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1章
4.悪役令嬢への誤解2
しおりを挟むそうして気付けば夜が明けていた。
というか朝起きる時間になっていたのだ。
慌てて刺繍道具を片付けて学校の準備をする。
刺繍に夢中になって遅刻した、なんてフローレンスに知られたらきっとまた叱られる。
今日はお礼をしなければならないのに。
朝食をとる余裕もなく校舎へ向かう。
なんとかいつもの時間に間に合った。
今日はフローレンスから貰った糸と道具で刺したリボンタイだから見せに行きたい。
技術は拙いけれど、でもそれ以外は紛うことなくセブラム刺繍だ。
フローレンスは昨日の言葉は厳しかったけれど、マイナーなセブラム刺繍を知っていてすぐに道具と素材を手配できるのだから刺繍が好きなのだと思う。
だから仲良くなりたい。
王都に来てからそれなりに友達はできたけれど、好きなことを思い切り話せるような気心の知れた友人はいなかった。
みんな流行のドレスやスイーツ、恋愛話をしたがるのだ。
それらは私には縁遠いものだったから。
一年生の教室のある東棟のロビーをうろうろする。
フローレンスに会ったら昨日のお礼を言って、リボンタイの刺繍を見せて、それで刺繍の話をして……。
あ、こんな場所で長々と立ち話なんてしたらまた貴族に相応しくないと叱られてしまうかな。
リボンタイは綺麗に結べているし、ブラウスに皺もない。うん、身嗜みはばっちり。
これなら雲の上の存在である公爵令嬢に話しかけても怒られないだろう。
そうこうしているうちにフローレンスがやってきた。
そばには誰もいない。
今なら話しかけられる!
そう思って彼女の側へ行こうとして……足を止める。
たかが男爵家の養子が公爵令嬢に話しかけていいんだっけ???
昨日のお礼を言わなければならないのだけど、私は男爵家の養子。貴族の血なんてこれっぽっちも入っていない。
そしてフローレンスからはちょっと嫌われている(たぶん)。
一応学生の間は親の爵位関係なく平等だという話は入学式のときにされたけど、だからといって気安く話しかけていいものだろうか。
足を踏み出したはいいがそれ以上前に進むことができなくて困っているとフローレンスと目が合った。
やばい。
そう思った時にはもう遅かった。
「ごきげんよう。リゼット様は朝早いのですね」
「お、おはようございます。えっと、いつもこのくらいの時間に来るようにはしているんです」
やってしまった。
これじゃ話しかけられるのを待っていたみたいじゃん。実際どうすべきかわからずにフローレンスを見つめていたので間違いではないけれど。
でもさすがに引かれてしまったかもしれない。
「今日はフローレンス様にお礼が言いたくて……」
「お礼?」
「はい。昨日の怪我を手当してくれたことと、あと刺繍道具のプレゼントも……。私、嬉しくて……これ、夜に刺したんです」
リボンタイの刺繍部分をフローレンスに見せた。
「も、もちろんまだ職人さん達のように上手くは刺せないですけど……。昨日フローレンス様に言われたことを自分なりに考えてみました。私は偽物のセブラム刺繍を広めたいわけではなくて本物のセブラム刺繍を知ってもらいたいんです」
一番の目的は借金を返済することだけれど、刺繍に対する気持ちも本物だ。
私の好きなものを沢山の人に好きになってほしい。
「だからこの国の貴族として正しい行いができるようもっと努力します」
だから友達になってください、なんて下心はしっかり心の奥底にしまっておく。
とりあえずは好感度稼ぎからだ。
彼女は貴族に相応しくない言動を嫌うようだから。
昨日は道端ですっ転んだ挙句意識低いこと言ってしまったから怒られた……のだと思う。
今日は身嗜みもばっちりだし大丈夫。たぶん。
「とてもいい心掛けね。きっと国王陛下もお喜びになるでしょう。けれど……」
フローレンスは言葉を止めて眉をひそめた。
「この国の未来のために勉学に励むのは貴族の務めよ。目の下にくまを作るなんて論外なの。そんな状態では授業の内容を理解することなんて出来ないわ。私と話す時間があるのなら、授業がはじまるまでに少しでも休んで集中できるよう努めなさい」
厳しい口調でそう言ってさっさと行ってしまった。
ま、また駄目だった……。
まさか夜更かししたことを叱られるなんて。フローレンスの基準はよくわからない。
私はため息をつき重たい気分で教室へ戻った。
放課後は週に三日図書館で働かせてもらっている。
そのお金は生活費と刺繍の材料費に宛てていた。
貴族が通う学園の図書館とあって、私の知っている図書館とはスケールが違う。
もちろんバイト代のお値段もだいぶ違う。
本を棚に戻したりちょっとしたお掃除、学生の案内といった簡単な仕事しかしていないのに仕送りがなくてもなんとか食い繋いでいける程度のバイト代を貰えている。
今日は特に生徒が少ないから楽だ。
本の整理をしている振りをして小さくため息をつく。
今日はフローレンスと仲良くなれると思ったのに本当に残念だ。
やっぱり主人公と悪役令嬢という関係上、親しくなるのは難しいのだろうか。
無理やり絡みに行って余計に嫌われたら目も当てられないし……、なんて考えている時だった。
「こんなところで何をしているの?」
声のした方を向くと、そこにはフローレンスが立っていた。
しかも何だかちょっと機嫌が悪そうだ。
まだ何もしてないのに!?
「ご、ごめんなさい! 私ここでバイトしてて……」
「バイト……? もしかして図書館で働いているの?」
「はい……えっと、家の経済状況が、その、あまりよくなくて……」
これはまた貴族として相応しくないって怒られるやつだ。
どうしよう、仲良くなるどころじゃない。
嫌われていく一方だ。
「そう……………。でもあまり無理はしないことね。頑張りすぎて倒れてしまったら元も子も無いもの」
けれどフローレンスは今朝のように厳しく叱責するのではなく、思いのほか優しげな言葉をかけてくれた。
眉間には深く皺が寄っているし不機嫌そうな表情だけど。
「もう行くわね」
去っていくフローレンスの後ろ姿を見送りながら、私は何を言われたのかよくわからずに立ち尽くしていた。
あれ、もしかして私怒られなかった??
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