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1章

3.悪役令嬢への誤解

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 寮の自室に戻ってベッドに倒れ込む。
 こんなに辛かった日ははじめてだ。
 お腹の中に重しが入ったようなかんじがずっと続いている。気持ち悪い。




 私がやったことは、職人たちを侮辱するような行為だったのだろうか。
 そんなことはないと言いたい。

 けれど彼女の言うように、私の刺繍は職人たちの刺すセブラム刺繍とは違うものだ。
 刺繍をはじめてまだ三年しか経っていない。王都の学校に通うのだからと義母がロワール刺繍を教えてくれたのがはじまりだった。
 すぐに刺繍の虜になり、どうせならとセブラム刺繍の勉強をはじめたのが一年前。
 だから技術は圧倒的に足りない。
 糸も違うからどう頑張ってもあの繊細さが出せない。

 それでもセブラム刺繍を知ってもらうきっかけくらいにはなれるだろうと思っていたのだ。


 もう何度目になるのかわからないため息をついた。
 リボンタイ、フローレンスから返してもらうのを忘れていた。
 洗い替え用としてもう一本あるけれど、新たに購入できるようなお金は持っていないから大切に扱わなければ。
 ブラウスも替えは少ないから汚さないよう大切にしないと。
 ここは貴族が通う学園だ。見窄らしい格好では周囲から浮くし嫌煙される。
 そうなったら家族に恩返しが出来なくなってしまうだろう。

 一刻も早く借金を返済しなければならない。

 落ち込んでいる暇なんてないのだ。
 アランと仲良くなるのも駄目、刺繍を広めるのも駄目。
 なら次の手を考えなければ。時間はどんなときでも等しく進んでいくのだ。
 無駄なことをしている余裕なんてない。

 そう思ってベッドから立ち上がったタイミングで扉がノックされた。

 王都に知り合いなんていないし部屋を訪ねてくる親しい友人もいないのに。
 不思議に思って扉をあけると、そこには寮長と知らない老紳士が立っていた。

「リゼットさん、こちらはセネット公爵家の方です」
「お初にお目にかかります。私はセネット公爵家のフローレンス様にお仕えしておりますオリヴァーと申す者です」

 目の前の老紳士は温和な表情で頭を下げた。
 私はわけがわからず助けを求めて寮長へ視線を向けたが、寮長からはさりげなく視線を逸らされた。

「セネット公爵家に仕える方が私に何の用ですか……?」
「フローレンス様からの贈り物を届けに参りました」

 困惑している私をよそにその老紳士と寮長は大きな箱を私の部屋に運び入れ、立ち去って言った。


「何なのこれ……」

 その箱にはリボンがかかっていて、確かにプレゼントのように思える。
 けれど私は彼女から贈り物を貰えるような関係では無い。
 そもそも好かれていないようだった。
 乙女ゲームの主人公と悪役令嬢なのだからその関係も仕方ない。
 だからこそこの謎のプレゼントが恐ろしい。

 まさか嫌がらせ?
 あんなちょっとしか絡んでないのにそこまで嫌われてしまったのか。
 まだ王太子とは顔を合わせてすらいないのに。

 このプレゼントをどうするか。
 開けずに捨てる……のは次に顔を合わせた時に気まずい。
 それに立場上彼女の好意を無視するなんて許されない。
 とりあえず中身を確認してみよう。
 幸い私は田舎育ちで虫もみみずも蛇も平気だし、家事も一通りできるから何が入っていても問題ない。

 どきどきしながらゆっくりとリボンを解き蓋をあける。





「これセブラム刺繍の道具……それに糸も……」

 箱の中には高級そうな布と、新品のリボンタイとブラウスも入っていた。

 ……もしかしてこれはリボンタイを持って帰ってしまったお詫びということなんだろうか。
 もしそうなら明らかに貰いすぎだ。
 私はお返しなんて用意できないのに。

 中には手紙も同封されていた。


『リゼット様へ
お怪我の具合はいかがでしょうか。
間違ってリゼット様のリボンタイを持ち帰ってしまったのでお詫びに新しいブラウスとリボンタイをお送りします。
また、刺繍もお好きなようでしたから糸と布、それにセブラム刺繍の道具も入れておきました。
よければこちらを使って刺繍の練習をされてはいかがでしょうか。
またお会い出来るのを楽しみにしています。

フローレンス』


 この質の材料を用意するのにかかる金額を考えると頭が痛くなってくる。
 後からお金を請求されたらどうしよう。
 さすがに公爵令嬢がそんなセコいことしないかな……?

 それに刺繍の練習に使えって書いてあるんだから、その用途なら使っても怒られないよね。
 うん、きっとそうだ。
 もし怒られたときのためにこの手紙を常に持ち歩こう。



 ………………。



 箱の中の糸はどれもキラキラしている。
 布も手触りがいい。私がいつも使っている安布とは大違いだ。
 我慢できなくなって中身を全てベッドの上に並べた。





「うわぁ、糸で綺麗なグラデーション作れちゃった!」

 こんなに沢山の糸があるのだからどんなモチーフでも刺せるだろう。
 すごいすごい。まるで宝石みたいだ。キラキラしてる。何時間でも見ていられそう。

 夢じゃないよね?
 ゆるみっぱなしの頬を抓るとしっかり痛い。夢じゃなかった!!

 嬉しい。
 こんなことが起こるなんて。
 こんな素敵な糸と布があるのだから早速何か刺繍しないと。
 何がいいだろう。
 やっぱり花の刺繍が鉄板かな。
 明日つけていけるようにリボンタイに刺繍しよう。赤いリボンだから……そうだ、白い百合の刺繍はどうだろうか。
 貰った糸には様々な白色がある。
 小さい刺繍でも色を多く使えば繊細で華やかなものになるし、細い糸を使うセブラム刺繍にしかできない作品にできる。
 これしかない!

 図案を考えて布に写し、色を決める。刺繍台に布をセットして準備は万端だ。
 小さい刺繍だからちょっと夜更かしして頑張ればすぐに完成するだろう。



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