転生王女は初恋の平民魔術師と結婚したい!

Y子

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一章

13.理由4

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 そのまま無言でしばらく歩いた。
 気まずかったけれど雑談なんてできる空気ではない。

 イヴォンを連れてきたのはやはり間違いだっただろうか。
 彼は他の騎士よりも話しかけやすく、一緒に居ることが苦にならない。
 けれどそう思っているのは私だけで、彼はそう思っていなかったのかもしれない。
 平民に肩入れする私を見て嫌気がさしたのかも。

 けれどイヴォンだってアシルの力を見ればきっと考えが変わるだろう。
 私は十五歳で騎士団長と渡り合える程の才能を授かったのだ。アシルだってそれに近しいものを持っているはず。
 今は実力を発揮する機会がないからわからないだけだ。



 いくつかの分かれ道を適当に進む。
 この辺りは来たことない場所だから今自分が何処にいるのかさっぱりわからない。

 見慣れない建物が道沿いにぽつぽつと並んでいる。
 民家……なわけないんだけど、何の建物なんだろうか。

 そういえば初めてアシルに会った八年前のあの日もこうやって知らない道を適当に歩いていた。
 あの日は秋で今は春。季節は違うし場所も全然違う。

 それでもこんな広い王宮で、本来なら出会うはずのない私たちを神様は引き合わせてくれた。
 だから今回も、というのは都合の良すぎる願望だろうか。

 周囲をぐるりと見回す。人影は全くない。
 自力で見つけられなくても通りがかった使用人に聞いて回ればいつか見つかるだろうと思っていたのに、誰もいないのだからそれもできない。
 来る場所を間違えてしまったのだろうか。
 でもイヴォンの手前ここでUターンするのもなんだかバツが悪い。
 どこかでぐるっと一周回って別の場所に行けないものか……。

 そう考えていたところ、どこかで微かな声が聞こえた気がした。

「ねぇ、どこかから声が聞こえない?」
「俺には何も聞こえません」
「でも確かに声が……」

 耳に手を当てて周囲の音に集中する。


 …………やっぱり声が聞こえる。
 声は前方の建物の裏から聞こえていた。
 ゆっくりと近付いていく。

 男性の声だ。怒っているようで、いい加減にしろ、ふざけるな、という言葉が聞こえる。
 これ今行っちゃうとめちゃくちゃ気まずいんじゃ……。けれどもたもたしてたらアシルに会えなくなってしまう。

 建物の影に隠れながらそっと様子を伺う。

 そこに居たのは三人の男性だった。
 二人が黒髪の男性を責めている。そして三人が着ているのは宮廷魔術師のローブ。

 黒髪の男性は背を向けていたけれど、彼がアシルだということはすぐにわかった。




「貴方たち、ここで何をしているの!」

 本来ならばしっかり状況を見極めて、私が出ていく必要があるのかを確認した上で声をかけるべきだ。


 だって平民のアシルに王女が肩入れしていると知られたら余計な軋轢を生んでしまう。
 けれど一刻も早くアシルを助けたい気持ちと、先程のイヴォンとの口論による焦りによってこんな軽率な行動をとってしまった。

 まずいと思ったけれど動いてしまったものは仕方ない。
 二人がアシルを責めているのは確実なのだからきっちり咎めないと。

 私の声に驚いた三人が一斉にこちらを向く。

「お、王女殿下!? どうしてここに……」
「偶然通りかかったら貴方たちの声が聞こえたの。……ロバン侯爵からアシルは今王宮内を見て回っていると聞いていたのだけれど、この状況はどういうことかしら?」

 今私が見たのはアシルを責め立てている場面だ。この状況で王宮の案内をしていた、などとは言わせない。
 自然とキツい口調になる。

「そ、それは……」

 男は言い淀んで視線を落とした。

「わざわざこんな人の来ない場所で隠れて何をしていたの? アシルに怒鳴っていたようだけど、まさか平民だからという理由で虐げていたわけではないわよね」
「シャルロット様、落ち着いてください」

 私を宥めるようにイヴォンが横から口を出してきた。
 それが更に私を苛立たせる。
 どうしてそんなに冷静なのか。
 この二人はアシルを、ナフィタリアで唯一祝福を受けた魔術師を虐めていたのに。

「まずは三人の話を聞きましょう。……お前たちはそいつの指導をしていたんだろう? ロバン侯爵からは何を指導するよう指示されたんだ?」
「…………宮廷魔術師として必要な礼儀作法や言葉遣い、そして知るべき規則や貴族のしきたりについて指導しておりました」

 内容は普通だ。
 けれどそれならば人目を忍んで指導する必要は無いし怒鳴ることもないだろう。

「こんな場所を選んだのはシャルロット様に見つからないようにするためか?」

 イヴォンの問いかけに目の前の魔術師は小さく肯定の言葉を返した。

「そこの魔術師はシャルロット様の目に触れさせられないほどに不出来だったわけだな」
「そんなはずないわ! アシルは神の祝福を授かっているのよ。生まれは確かに平民だけど、誰よりも優秀なの。こんな場所で怒鳴られながら指導される必要なんてない」

 アシルを貶すような言葉にカッとなって言い返す。
 私と同じ神の祝福を授かっているのだ。
 だからアシルはどんな事も人並み以上に出来る。
 だって彼は神に愛されているのだから。







 けれどそんな私の言葉を否定したのはアシル本人だった。

「シャルロット様、お……私が不出来なのは事実です。魔術のこと以外は全く覚えられなくて……その、すみません……」

 申し訳なさそうに頭を下げたアシルに、隣にいた魔術師が慌てたように『申し訳ありませんだろ!』と小声で叱りつけた。

「アシルは魔術師としての才能は申し分ありません。ですが、宮廷魔術師としては……言葉遣いも貴族の家名も王家の歴史も覚えられず、所作も見苦しくてシャルロット様に拝謁するにはあまりにも……。私共の指導が至らないせいでございます。どうかお許しください」

 二人の魔術師は深々と頭を下げた。

 アシルも二人の魔術師も嘘をついているようには見えない。

「だから言ったでしょう。魔術師達はシャルロット様から彼を隠したかっただけなのだと」

 呆れの滲んだ声でイヴォンが言った。
 私はただ勘違いしていただけだったのか。

「本当に……? アシルは誰にも虐められてないの? 嫌な思いはしてない?」
「はい。先輩達は優しくしてくれます」

 少しだけ嬉しそうに笑う彼の言葉に申し訳なさが募る。

 本当に私は一人で勘違いしてから回っていただけらしい。
 イヴォンが苦言を呈するわけだ。意地になってアシルを探す私は滑稽だっただろう。

「私のせいでこんな場所に来ることになってしまったのね……。でも……貴方が辛い思いをしていなくてよかった」

 いつものように笑ったつもりだが、綺麗に笑えている自信がない。

「王女殿下に……えっと、気にかけてもらえて…………、光栄です」

 言葉が咄嗟に出てこないのか、アシルの言葉はたどたどしい。
 無理して慣れない言葉を使わなくていい。
 そう言いたかったけれど、これ以上は本当にアシルの邪魔をしてしまうことになりそうだ。

「ロバン侯爵から聞いてるとは思うけど、最近魔物に異変が起きてるの。貴方の力がこの国の未来を左右するわ」

 それはアルベリク卿の言葉だ。
 こんなことを言ったところで王女である私が平民であるアシルを特別扱いしていることは誤魔化せないだろう。

 軽率な行動をとってしまった。

 アシルを指導していたという魔術師二人は爵位は低いものの歴史のある家の出身だ。
 彼らの目に私はどう映っただろう。

「異変の原因を特定し問題を解決するように。貴方ならきっとできるわ。期待してる」

 
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