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二章
15.和解
しおりを挟む翌日の午前中にアシルは魔術師副団長と共に調査へ向かった。
魔術師達の疑惑は消えたけれど、やっぱりアシルが心配だったから騎士団長に頼み込んで護衛を三人ほどつけてもらった。
その中にはイヴォンもいる。
彼は私には勝てないけれど若手騎士の中では最も腕が立つのだ。そして何より信頼出来る。
そのため二年ぶりにイヴォンが隣にいない午後を過ごしていた。
気軽に話しかけられてツッコミを入れてくれる人が居ないというのはなんだか寂しい。
護衛は必要ないけどやっぱり話し相手としてイヴォンは必要だった。
小さくため息をついて目の前のソファーに座っているアルベリク卿を見る。
今日はアルベリク卿に執務室に来てもらっていた。
アシルの事、神の祝福の事、そして今後の方針について相談するためだ。
「それにしてもよく騎士達が引き受けてくれましたな」
「傭兵の格好をして魔術師の護衛をすること? それは、まぁ……全力でお願いしたもの……」
紅茶を飲むふりをしてアルベリク卿から目をそらす。
護衛につけた三人はみな私と仲が良く実力のある騎士だ。
王女としてではなくシャルロットとしてのお願いだと粘りに粘ってなんとか泣き落とした。
こんなこと絶対に他人には話せない。
騎士団には幼い頃からお世話になっているから多少駄々を捏ねても甘えても許してもらえるのだけれど、それは王女のすることではない。
だから今回のことはトップシークレットというやつだ。決して外部の人間に話してはならない。
もちろん三人とも非常に嫌がっていた。特に傭兵のふりをする部分に。
誇り高き騎士が傭兵の真似事をするのかと嘆かれたけれど、その騎士が国境付近を無意味に彷徨くと不味いのだ。
それでも護衛をつけるのは非常事態に備えたかったからだ。
もし本当に異変が起きているのなら必ず騎士の力が必要になる。
「それより、アシルの事だけど……魔術以外のことが全くできないと聞いたわ。本当なの?」
「昨日の事ですね。大変申し上げにくいのですが…………事実です」
アルベリク卿は肩を落としてため息をついた。
「アシルもシャルロット様と同じく何事もそつなくこなせるだろうと思って全てを後回しにしてしまったのです。魔術に関わることは誰よりも覚えが早く、教えずとも勝手に理解していきました。ですから……つい魔術の授業一辺倒になってしまいまして……」
魔術師達はみな魔術の話になると止まらないのだと聞く。
宮廷魔術師は全員貴族だというのに社交性は皆無、三度の飯より魔術が大好きな変わり者の集まり、らしい。
塔の案内のときもその後の講義も私のことをそっちのけで小難しい話ばかりしていたし、アルベリク卿も魔術の話をするのが楽しくて仕方ない人間なのだろう。
授業の時の説明はもっとわかりやすかったし、それ以外の話は普通にできるから少し意外だった。
「それだとアシルが困るわ。宮廷魔術師になったのだから貴族と関わる必要があるもの。……いい事を思いついたわ。アシルの教育は私が引き継ぐことにするわね」
「シャルロット様、そこは正直にアシルと話がしたいと仰ったらいかがですか?」
「ふふ、そうね。八年ぶりにアシルに会えたんだもの。ゆっくり話したいのよ」
アシルを好きなことは話していない。
けれどなんとなく気付かれているのかもしれない。
アルベリク卿はいつもより楽しそうに笑っている。
「でも他の理由もあるのよ。祝福を授かった人と話してみたいの。私の祝福とはかなり違うようだから気になるじゃない」
「そうですね。シャルロット様は万能型ですがアシルの祝福は特化型のようです。この呼称が正しいものなのかはわかりませんが……二人を比べることで見えてくることもあるでしょう」
「それに騎士団と魔術師団の関係もどうにかしなければならないわ」
「それは……私はもちろん賛成ですが、騎士団長がそれを受け入れるでしょうか……」
「大丈夫よ。そのために私がいるのだから」
ナフィタリアでは騎士に比べて魔術師の地位が低い。
例外はロバン侯爵であるアルベリク卿くらいだ。
昔からそういう傾向はあったようだけれど、私が生まれてからそれが顕著になったらしい。
だから今の魔術師団の境遇は私にも責任がある。
「もし本当にコボルトの異変が他の魔物にも作用するのなら騎士と魔術師がいがみ合っているのは致命的よ。のんびり関係改善なんてしてる余裕はないの」
「ではどうするおつもりですか?」
「実地訓練しましょう」
「…………シャルロット様、お言葉ですが魔術師と騎士が共闘するにはお互いの信頼関係がないと上手く行きません。また長い時間共に訓練することでようやく連携できるようになるのです。現状では」
「もう、そういうのはいいの! 時間が掛かるんだから早くやるに越したことはないでしょ」
時間は止まってくれないのだからやれる事はやっておかないと。
こうやって踏み出した一歩を感謝する日がいつか来るかもしれない。
アルベリク卿はため息をついた。
「…………わかりました。魔術師団長を説得してみましょう」
「お願いね! 私は騎士団長に話をしてみるわ。アルベリク卿が仲裁してくれればきっと上手くいくわよ」
騎士団長はお堅い人だけど優しくて強くて信頼出来る。
私にとって父親のような人だ。
騎士と魔術師の間に今は溝があるけれど、ちゃんと話せばわかりあえるはず。
調査隊が帰ってくる前に関係を改善してびっくりさせるんだから。
それにアシルの件で方々を引っ掻き回した事の償いというか挽回の意味もある。
あの件でイヴォンにはかなり呆れられてしまった。
もちろんそれで見放されるほど関係は浅くない……はずだけど、それでも甘え過ぎればいつかは彼も私の傍から居なくなってしまう。
騎士と魔術師の関係改善は一筋縄では行かないだろう。
でも私は王女なんだから誰もできないことを成し遂げなければならないのだ。
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