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二章
17.報告
しおりを挟む調査隊が戻ってきたのは出発した朝から八日後の夕方だった。
ちょうど自主訓練が終わったタイミングに魔術師団の副団長が報告へとやってきた。
「取り急ぎご報告させていただきます。ロバン侯爵の懸念は当たっておりました」
副団長の話によると、国境近くの丘に武装したオーガの小さな群れがいたのだという。
それらのうちの二頭はノルウィークの装備を身につけていたらしい。
棍棒や木の棒程度の殴打武器しか持たず防具を身につけないオーガとしては極めて異質な群れだといえる。
オーガはコボルトより凶暴で強い。
このまま放置すれば大きな被害が出ると判断して調査隊五人でオーガの群れの討伐を決行したのだそう。
「無謀すぎるわ! いくら精鋭の騎士がついていたとしても異変の影響を受けたオーガをたった五人で討伐なんて……」
しかも五人は私たちと違って連携の訓練などしていない。
実質騎士三人だけで対処しなければならないのだから圧倒的に不利だ。
「怪我は!? みんな無事で帰ってきているの?」
今目の前に居るのは副団長ただ一人。
帰ってきたと報告を受けた後現れたのは彼だけだった。
もしかしてここに居ない人は……。
最悪な状況が脳裏を過ぎる。
「みな無事です。誰一人怪我はしていません」
訓練場の入口から聞きなれた声がした。
振り返るとそこには疲れ切った表情のイヴォンが立っていた。
「遅くなり申し訳ありません。今戻りました」
「イヴ! 本当に無事なの? 無理してない??」
思わず駆け寄ってイヴォンの身体を確かめる。
見えている部分に怪我は無い。
着替えてきたのかいつもの騎士服だ。汚れもなければ傷もない。
ただ彼が非常に疲れていることだけはわかった。
「シャルロット様、ここでその呼び方は……」
口元を引き攣らせたイヴォンに慌てて小声で謝る。
背後に副団長がいるのを失念していた。
「そ、そうだ! アシルは? それにシリルとレナルドは??」
「アシルは魔術師の塔へ、シリルは騎士団長へそれぞれ報告に行っています。レナルドは捕獲したオーガを魔術師の塔の地下牢へ運びにいきました」
「オーガを捕獲できたの!?」
これ以上ない収穫だ。
変質した魔物を生け捕りに出来たのならより詳しく調べることができる。
ノルウィークの装備を身につけていたということは向こうもこの異変を認知しているだろう。
あとは事情を説明して協力を要請するだけ。どこまでナフィタリアに有利な条件を付けることができるかが問題だが、それは王女である私の役目だ。
「さすがイヴォンね。これできっとノルウィークとの交渉は上手くいく」
「俺は何もしていません……。それより副団長の報告の途中なのでしょう?」
手柄を立てたというのに元気のないイヴォンを不思議に思ったけれど、確かに副団長を放っておくわけにはいかない。
慌てて戻って残りの報告を聞いた。
今回の調査で異変はコボルト以外の魔物にも起こっていることが確認できた。
次はその異変が何故起きたのか、他の場所でも起こりうるのかを調べなければならない。同時に異変の起きた魔物を討伐し、これ以上増えないよう対処する必要がある。
そして今後の方針を国王陛下に報告してノルウィークへ協力を仰ぐことの了承を得なければならない。
間違いなく反対はされないだろう。
陛下は軍事のことに興味が無い。何かあればノルウィークに援軍を要請すればいいと思っている。
だからここは大丈夫だ。
それより問題はノルウィーク相手にどう交渉するかだ。
今回の件はナフィタリアの王女である私が指揮をとる。要請するのは調査と討伐のための援軍だ。
異変は両国の脅威だが、ナフィタリアから動いて援軍を要請するのだからノルウィーク側の援軍は私の指揮下に入ることになる。
けれど私はまだ十五歳。騎士となる年齢には達していない。
神の祝福を授かった王女といえども子どもの下につくことを嫌がる騎士はいるかもしれない。
ナフィタリアはノルウィークよりも立場が下なのだ。
王女とはいえ格下の国の、それも子どもの言うことを聞いてくれるかどうか……。
それにナフィタリアに神の祝福を授かった人間は二人しかいないが、ノルウィークには大勢いるという話を聞いた。
流石に下級魔物の調査討伐に祝福持ちの騎士を入れることはないと思うが……。
けれどもし援軍の中に剣の祝福を授かった騎士がいたら、そしてその騎士がノルウィークで身分の高い人間だったら。
私の指示には従わないだろう。それでは困る。
可能性が低くても対策をとっておかなければ。
騎士ではなく魔術師を要請するべきだろうか。
ノルウィークでも魔術師より騎士の方が立場が上なのは変わらない。
王族という身分と剣の祝福の二つでどうにか指示を聞かせられるのではないだろうか。
今回の事はナフィタリアが主導して解決しなければならない。
そうすることでノルウィークに恩を売ることができ、今後の外交が僅かだが有利になる。
仮にノルウィークにおんぶにだっこで全てを委ねてしまったら、ナフィタリアはこの先もずっとノルウィークの属国、いや、傀儡国となるだろう。
現に国王陛下はノルウィークの機嫌をとることしか考えていない。陛下を支持する貴族たちもノルウィークとの交易で大きな利益を得ている。
このままではナフィタリアという国がなくなってしまう。
いずれにしてもまずは生け捕りにしたオーガから情報を得なければ。
異変に対する情報を多く持っていれば自然と主導権は握れるはずだから。
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