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二章
19.報告3
しおりを挟む塔の入口の前にはアルベリク卿とアシルが立っていた。
先程のイヴォンとの会話のせいでなんとなく気恥ずかしい。でもここで意識したら気まずくなって余計に会話なんてできなくなる。
「お待ちしておりました」
アルベリク卿が頭を下げる。それを見たアシルが一拍ほど遅れて頭を下げた。
「捕獲したというオーガを見に来たわ。説明してくれるかしら」
二人について地下牢へ向かう。
魔術師の塔には魔物を研究するための頑強な牢があるのだという。
頑強にするために地下に作ったのかもしれないけどそれなりに階段を降り続けてもまだつかない。
帰りはこれを登らないといけないんだけど、若いアシルはともかくアルベリク卿は体力がもつのだろうか。
「牢はいくつもの魔術をかけて魔物が破壊できないようにしております。危険はありませんのでご安心ください」
「何か問題があってもアシルがいるのだから心配してないわ」
神の祝福を授かった魔術師で、今回の討伐の功労者だ。変質しているとはいえたった一頭のオーガくらい簡単に対処できるだろう。
「その時は護衛である私がシャルロット様をお守りいたします」
「ええ、そうね。イヴォンはいつも私を守ってくれているものね」
少し拗ねたような態度のイヴォンが少しだけおかしくて小さく笑ってしまった。
程なくして重々しい鉄の扉が眼前に現れた。
「この先に例のオーガが居ます。覚悟はよろしいですね?」
頷くとゆっくりと扉が開かれた。
五つある牢の一番奥にそれはいた。
ボサボサの頭髪に埋まった小さな二本の角と長い耳、そしてギョロりとした大きな目。
飢えた獣のようなオーガは私と目が合うと檻に飛び付いて大きな声を出した。
「オンナ! おんナのニクッ……! クワせロ!!」
その勢いに思わず息をのみ、一歩後退してしまった。
オーガは檻を壊そうとしているのか、人間よりふた回りほど大きな拳を檻に打ち付けている。
大きな音が牢に響いた。
「人の……言葉が話せるの……?」
魔物が人語を話すなんて聞いた事がない。
上級魔物でさえ言葉を話す個体はこれまでに報告されていないというのに。
「そのようです。とは言っても簡単な単語を発するのみで複雑な会話が出来るわけではないようですが……」
オーガは人喰い鬼である。
二足歩行で浅黒い肌、そして人より少しだけ大きい身体が特徴の魔物だ。
人と似ているものの知能はなく、その身体に不釣り合いな怪力で人を襲う。
それが私の知っているオーガだ。
涎を垂らし私を凝視するその姿に怖気が走った。
今私はあれに王女でも人間でもなく、ただの獲物として見られている。
ありえない事ではあるけれど、あの檻がもし壊れてしまったらと思うと足が震えた。
王女は佩剣を禁じられている。理解し納得しているつもりだったけれど初めてその事を恨めしいと思ってしまった。
もし今手元に剣があったなら……。そう思わずにはいられない。
王都周辺の魔物の討伐は何度も参加した。
けれど王都の近くにいる魔物は下級の分類に入る弱い魔物ばかりだ。
オーガも下級の魔物ではあるが、変質したオーガはこれまで見た魔物とは明らかに違っている。
私が遣わせた調査隊はこのオーガと対峙したのか。その上で民のために討伐することを選んだ。
ここで私が怯むなんて情けない。
両手を強く握りしめて恐怖心を無理やりしまい込む。
「シャルロット様、少し離れましょう」
「大丈夫。怖くなんてないわ。続けましょう」
いつもの調子でイヴォンに答えた。
声は震えてなかった、と思う。
「……このオーガから特殊な魔力を検出しました。件のコボルトの死骸からも僅かながら同様の魔力の痕跡が見つかっております」
アルベリク卿は小さな石を二つ取り出した。
二つは同じ色をしている。しかし片方はややくすんでいるように見えた。
「これは最近の研究で発見された魔力を識別することのできる石です。この石を対象の」
「講義はまた別の機会にお願いできるかしら。今は結論だけ欲しいの」
慌ててアルベリク卿の話を遮る。
ここで小難しい言葉を並べたてられても何も頭に入ってこない。
それに早く終わらせてここから出たかった。
「失礼しました。では結論のみお話いたします。件のコボルトとこのオーガは別の魔物の影響を受けてこのような状態になったと考えられます。恐らく国境付近に上級に分類される魔物が、それも他の魔物を変質させてしまえる厄介なものが住み着いている可能性が高いでしょう」
それは私の想定していたものよりずっと悪く、最悪なんて言葉では足りないほど酷い結論だった。
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