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二章
21.好意2
しおりを挟むようやくアシルと二人きりになれた!
嬉しい。けどなんだか緊張してきた。
何を話せばいいだろう。
恥ずかしくて目の前に座っているアシルを直視できない。
そうだ、今日はアシルに恩賞を授けに来たのだからそれから話さなければ。
「イヴォンがうるさくて悪かったわね。今日はアシルにオーガ討伐の恩賞を渡しにきたの」
ドキドキしながら用意していた宝石を取り出す。
アシルの瞳の色に似たアダマンテウス。気に入ってもらえるといいな。
「今回のことは公にならないわ。でも貴方が国のためにした事をなかったことにはしない。この宝石はね、アダマンテウスという名の宝石でとても希少なものなの。王族でさえもうこの大きさのアダマンテウスを手に入れることはできないのよ」
宝石の価値なんて理解しなくてもいいと言ったのにこうやって説明したのは少しでも喜んでもらいたいからだ。
これを授けるくらいアシルのことを、そして今回の功績を評価しているのだと知ってほしかった。
私がこんなふうに恩賞を授けられるのはこれが最後になるだろうから。
「だからこれからも……」
あれ、なんだかおかしい。
アシルは先程から言葉を発しないし動きもしない。
もしかして恩賞の宝石が気に入らなかったのだろうか。やっぱり男性は宝石なんて興味無いのかもしれない。
私はまた失敗してしまったのだろうか。
「アシル? もしかして宝石が気に入らなかったの? もし他に欲しいものがあるなら用意するわ。何でも言って。私に出来ることならなんだってするから……」
慌てて取り繕うように言葉を並べ立てる。
どうしよう。
まさか無言になるくらい気に入らないなんて思わなかった。
アシルは困ったように小さく首を横に振った。
「いえ、その……このような物をいただけるなんて光栄、です」
言葉を選びながら恐る恐る話すアシルに苦笑が漏れる。
「この部屋には貴方を咎める人はいないのよ。言葉遣いを気にする必要は無いわ」
「はい。ありがとうございます」
「畏まらないで。昔みたいに話していいの。貴方は私と同じ神に選ばれた人間よ。私たちは対等であるべきなの」
身分なんて所詮は人間が勝手に定めたものだ。
そんな理由でアシルと話せないのは嫌だ。
「……わかった。じゃあ普段通り話すよ」
「早速アシルの話を聞かせてくれる? 貴方の本当に欲しいものをプレゼントしたいの」
「何も要らない。欲しいものなんてないんだ。俺はここで魔術の研究や訓練が出来たらそれでいい」
「魔術師はみんな魔術の研究が好きだって聞いたけどアシルもそうなのね。なら魔術の研究に必要なものを用意するわ」
「ここに全て揃ってる。だから他には要らない」
困った。
アシルには物欲がないのかもしれない。
「だったら夕食に招待するわ。みんなで一緒に美味しいものを食べましょう」
「それも要らない。貴族の食事は時間がかかりすぎる。その時間を研究に使いたいんだ」
宝石も駄目、魔術の道具も駄目、食事も駄目。
駄目だ。アシルを喜ばせるものが何一つ浮かばない。
もしかして私とのこの時間すら無駄だと思ってるんだろうか。
迷惑だと思われてるんだろうか。
そう思ったらなんだか泣きたくなってきた。
私、周囲の人に迷惑かけてばかりじゃない。
「アシルは……研究が一番好きなの?」
「ああ。魔術は面白いんだ。やったらやったぶんだけ成果が出る」
私の問いかけにアシルは嬉しそうに笑った。
その笑顔は今まで見てきた笑顔と全然違って、少しだけ苦しくなる。
私は今までアシルの作り笑いしか見てなかったんだ。
「昔教えてくれた夢は今も変わらない?」
「もちろん。魔術の研究を進めて、もっと質のいい魔道具を作って……。それに魔物が集まりやすい場所の特徴も調べて世界中の危険な場所を地図に書き記したいと思ってる。魔物の分布を見ると特定の地域に特定の種族が集まっているんだ。魔物の生態を調べれば危険な場所を知ることが出来るはず。それに条件さえわかれば魔物をおびき寄せることも、魔物が来ない地域を作り出すことだって不可能ではない」
アシルはさっきまで大人しかったのが嘘のように饒舌に語りはじめた。
やっぱりアシルも根っからの魔術師なんだなぁ、なんて思ったら出てきそうだった涙が引っ込んでしまった。
すごく楽しそう。目を輝かせながら語る彼は魅力的だと思う。
見ていると私も幸せな気持ちになるくらい。
でもアシルは私のことなんて眼中に無い。
王女である私より魔術の方が大好きで、希少な宝石より魔術の研究に使える道具の方が価値がある。
きっと八年前の約束だって拘っているのは私だけだ。あの日のことはアシルにとってよくある一日だったのかもしれない。
もしかしたら会話の内容だって忘れているかも。
だってあの日話した時間は本当に短かったから。
バレないよう小さくため息をつく。
失恋しちゃった。
告白すらしてないのに。
アシルは嬉しそうに最近の研究について話してくれている。
けれど私には何を言っているのかさっぱりわからない。知識が足りないからだ。
もし私も魔術師だったら一緒に楽しく会話ができただろうか。
私が魔術師だったらもっと私のことを見てくれただろうか。
なんてこと考えても仕方ない。
私は魔術師じゃなくて王女だし、授かった祝福は剣だ。
「もし時間があるならアンナにも見せたいんだ。俺の八年間の成果を。アンナとの約束を果たすために努力したんだ。まだ誰よりも優れた魔術師だと胸を張って言えないけど……」
「……!!」
困ったように笑うアシルの言葉にまた泣きそうになってしまった。
「覚えてくれてたの……? 私の名前……」
「え、うん。あっ……アンナって呼ばない方がよかったか? シャルロット様って呼ぶべきだった?」
「ううん! 杏奈って呼んでほしいの。アシルにはそう呼んでほしい……」
その呼び名は特別だ。
シャルロットとして生きてきた中でその名を名乗ったのはアシルだけだから。
「じゃあ二人の時はアンナって呼ぶよ」
どうしよう。
嬉しくてたまらない。
アシルが昔のことを覚えてくれていたことも、アンナの名をまた呼んでくれることも、二人きりの秘密ができたことも。
大したことないはずなのに、こんなに嬉しく感じるなんて。
この気持ちが本当の恋なのかはまだわからない。
けれど私が今好きだと思えるのはアシルだけだ。
「あ、あのね、お願いがあるの。私、魔術師のことや魔術に詳しくないの。もし良ければアシルに教えてほしい……」
少しだけ緊張で声が震えてしまった。
このお願いはアシルの邪魔をしてしまうお願いだ。
それでも言わずにはいられなかった。少しでもアシルと関わりたかったから。
「もちろんいいよ。アルベリク先生ほど上手に教えられないかもしれないけど……。頑張ってみるよ」
アシルは嬉しそうに快諾してくれた。
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