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三章
36.皇子5
しおりを挟む昼食は皇子と二人でとることになった。
友人と共に昼食をとるのは初めてのことだった。
ダイニングルームに私以外の人がいることが新鮮で、そしてなんだか擽ったい気持ちになる。
告白したばかりだというのに皇子はなんてことない顔をして色んな話をしてくれた。おかげで私も一時的に告白のことを忘れ会話を楽しむことが出来ている。
他の国の面白い特産物の話や奇妙なペットの話、最近ノルウィークで流行っているというゲームの話。
特に気になったのは教育機関の話だ。
ノルウィークには貴族の子女を集めて教育する場所がある。存在自体は知っていたけれど詳しくは知らなかったから彼から話を聞くことができて嬉しい。
その頃には食事も終盤になり、デザートの苺のミルフィーユが運ばれてきていた。
「そこでは全てにおいて順位をつけられるんだ。各分野の知識、剣や魔術の腕、立ち振る舞い、社交性……。皇族や祝福を持ったものは特に厳しく採点される」
「皇族なのに採点されるのね……」
他人と比べられるのは大変だろう。
そういえば杏奈の人生でも似たような場所があった。
あそこでは学業の順位しかつけられなかったけれど、目に見えないだけで様々なランク付けがされていたように思う。
そんな場所で生きるのは息苦しいだろう。
「幼少のころからそこで学び、18歳になって規定以上の成績を修めることで一人前の大人としてみなされるんだ」
「……だとしたらアルはまだ一人前の大人ではないの?」
ノルウィークの第七皇子はイヴォンと同い年の17歳だ。
「ああ。結婚相手も決まってないしね。まだ僕は大人として認められていない」
「ノルウィークは18歳になって成績が優秀で、しかも結婚相手が決まった人しか大人になれないのね。……もしかして18歳以上の子どもが居たりするの?」
私の疑問に皇子は楽しそうに笑った。
「結婚しなければならないのは祝福持ちだけなんだ。ノルウィークでは祝福を持った人間は成績順に並べられ、対応する祝福と順位の相手と結婚する決まりになっているんだ」
「対応する祝福?」
「剣なら魔、魔なら剣。その組み合わせが最も子どもが祝福を授かる可能性が高いんだ。もちろん剣と剣、魔と魔でも低くはないようだけど……。両親が優秀なら子はより優秀になる」
祝福を持ったものということは皇族も含めてその扱いなのだろう。
人間をまるで動物のように扱うんだな。
思うところがないわけではないが、ノルウィークはそれで成果を出しているのだから間違っているとはいえない。
それはそうとして、とんでもないことを聞いてしまった。
剣と魔の組み合わせの二人から生まれた子は祝福を授かる可能性が高い。
ナフィタリアで祝福を授かったのは私とアシルだけ。性別も組み合わせも問題ない。
つまり二人は結ばれる運命にあるのでは!?
ここに私のベッドがあれば枕を抱きしめて嬉しさのあまりジタバタしていたことだろう。
けれど今目の前に居るのはノルウィークの皇子。
平静を保たなければならない。
紅茶を飲んで自分を落ち着かせる。
不審に思われないよう会話を続けなければ。
「成績だけで結婚相手を決めるの? 定められた相手と性格が合わなかった場合はどうなるの?」
「もちろんお互いの家柄もある程度は考慮されるし諸外国の王族と結婚しなければならないこともあるから必ずしも成績だけで決めるものではないよ。それと……結婚相手に求めるのは共に過ごす時間ではなく優秀な祝福を授かる優秀な子どもだ」
皇子は割り切っているのか、話す内容がかなりドライだ。
私もいずれ国王陛下が選んだ誰かと結婚しなければならないと思っていたから結婚に希望を持てない気持ちはよくわかる。
「こっちでは16で結婚するんだろう? シャーリィは今15歳だからそろそろ相手を決めなければいけないんじゃないかい」
「う、うん、そうなんだけど……」
唐突にナフィタリアの話になってしまって動揺する。
当然その話はずっと前に出ていた。
有力貴族の子息たちとお茶会で何度も交流させられたのは12歳の頃だったか。
女性らしくあることを強く求められたことと第一王女の婚約者という立場しか見ていない彼らに頭に来た私は、彼らに対して威勢よく啖呵を切った。
「その、私より弱い人を婚約者として認めないって言い切ったから……相手を決めるのはもう少し先、かしら……」
実際はもう少し棘のある言い方をした。
お茶会に参加した令息は私に面子を潰され、彼らとの関係は最悪なものとなった。
そしてこの件で私はアルベリク卿とモーリスにかなり怒られた。
王女たるもの不用意に臣下の面子を潰すようなことはしてはならなかったらしい。
以降は相手の立場を考えて発言するようにしている。
「あはは、それは酷いな。剣の祝福を授かった君に勝てる男はナフィタリアにはいないだろう」
「そ、そんなことないのよ。騎士団長とはだいたい互角だし、勝ち越すことは無理でも私から一本取れる人は何人かいるし……」
全員妻子持ちだけれど。
モーリスにいたっては私と同じくらいの年齢の息子がいる。
「シャーリィは結婚したくないの?」
「そうではないわ。ただ、人生の伴侶となる人は尊敬できる人であってほしいの。夫婦とはお互いを支え合うものでしょう」
少なくとも私を王女としかみない人や他人の大切なものを馬鹿にするような人とは結婚したくない。
それだけだ。だから条件が厳しい訳ではない。
この価値観は杏奈の人生で得たものだ。彼女の両親は仲が良く、お互いのことを思いやっていた。
彼女の両親のような関係が理想だった。
ここまで話しておいて何だが、皇子に告白された直後に話す内容ではないのかもしれない。
「好きな人ではなくて尊敬できる人なら政略結婚でも望みはありそうだね。年上の方がいいの?」
「視野が広くて柔軟な考え方ができるのなら年齢は関係ないと思っているわ。そして私の短所を指摘したり補ったりしてほしいの。どれだけ努力しても届かないことはあるから……」
「シャーリィの苦手なことって何?」
「そうね、社交かしら……。言葉の裏にある本心を読むのが苦手なの。婉曲的な表現も仕草で感情を示唆するのも……もっと素直に言えばいいのにと思ってしまって……」
思い出すだけで憂鬱になる。
わかっているのだ。察することができない人間を篩にかけているということは。
それでもまどろっこしいし時間の無駄だと思ってしまう。
「シャーリィは社交が得意な尊敬できる人と結婚したいんだね」
「そう言われると不思議な感じがするわね。けれど自分で相手を選べるわけではないのだから、理想の相手なんて考えない方がいいと思っているの」
「僕もその考えには同意するよ。理想と現実は決して重ならないものだ」
優しく同意してくれる皇子に申し訳ない気持ちになる。
彼は私に隠すことなく全てを話してくれたのに、私は好きな人がいることを伝えていない。
狡いことをしてしまっている。
けれどこの後のことを考えると話すわけにはいかなかった。
アシルは平民だ。本来ならばノルウィークの皇子と関われるような身分ではない。
それに不興を買ってしまえば彼の命に関わってくる。ナフィタリアにとっては大切な祝福持ちの魔術師だけれど、皇子にとってはそんなこと関係ない。
私のせいで彼にとって不利な状況を作りたくなかった。
でも皇子はそんなくだらない事は考えないかもしれない。
そもそも彼は私を無理やり娶ることだって不可能では無い立場だ。そうしないのは彼の優しさと誠実さの証明でもある。
それを疑うべきではない。
それでも私は全てを打ち明けることはしなかった。
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