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三章
38.案内2
しおりを挟む「見れば見るほど不思議だ……。雷の性質は……よくわからないな。木に落雷があると燃えるのに熱くないのか」
皇子はアシルの雷の魔術を見ながら真剣に考えている。
隣にいる私のことは頭から抜け落ちているらしい。さっきからアシルに夢中で私の方を見ようともしない。
食い気味にアシルに迫る皇子を落ち着かせたくて、アシルが平民で皇族に対する礼儀作法を知らないのだと説明したのだけれど、なぜかくだらないと一蹴されてしまった。
私からすれば好きな人の人生を左右する一大事なのだ。
危険からは遠ざけたいし危ない橋を渡らせたくない。
ナフィタリアの貴族相手なら私が守ることはできるけれど、ノルウィークの皇子相手に失礼な態度をとってしまったら彼の命にかかわる。
けれどそんな私の心配をよそに魔術師二人は私のわからない話で盛り上がっていった。
なんだか切ない。
というか皇子は私のこと好きって言ってなかった??
魔術師なのだからアシルと同じで何より魔術が好きなんだろうけど。でもそれにしたって酷い。
私だってアシルと話したいのに……。
けどそんな気持ちを顔に出すわけにはいかない。
私は王女なのだからこんなことで落ち込んではいけないのだ。
その気持ちを知ってか知らずか、アシルは私に視線を向け優しく微笑んでくれた。
「俺のは見よう見まねで再現しただけだから……。もともとはシャルロット様が使っていた魔術なんだ」
「シャーリィが魔術を……?」
アシルの言葉にようやく皇子は私の方を見た。
その表情を見るに、本当に私の事は忘れていたようだ。
「えっと……その、シャーリィ、君の話を聞きたいんだけど……いいかな」
皇子は気まずそうに私に話しかけた。
私のことを好きだと言ったくせに私の好きな人を独占するなんて許せない。
許せないけど私は王女だからこんな些細なことで怒ってはいけないのだ。
相手は大国の皇子だ。将来皇太子に、そして皇帝になるかもしれない人だ。
機嫌を損ねてはならない。
「ええ、もちろんよ。私は魔術師ではないから貴方を満足させられるような話ができるかはわからないけれど」
「あー……アシル、少し離れてくれないか。彼女と二人で話がしたいんだ」
「わかりました」
アシルが頭を下げて離れていく。
私も少しくらいアシルと話したかったな。
アシルは訓練場の入口付近まで移動した。
ちょうどそこにイヴォンが立っていたから雑談でもしながら時間を潰すのだろう。
「シャーリィ、君を放ってアシルと話し込んでしまって悪かった。許してほしい」
皇子からの謝罪の言葉に驚いた。
ノルウィークの皇子がナフィタリアの王女に謝るなんてあってはならないことだ。
けれど皇子はそんなこと気にしていないようで、私の執務室で告白してくれたときのように頼りなさげに言い募る。
「魔術の話になると周りが見えなくなってしまうんだ……。決して君のことを軽んじているわけではない。こんなのはただの言い訳にしかならないけれど……その、見たことのない魔術を見てつい……」
その様子に思わず苦笑が漏れた。
もっと堂々としていていいのに。
「気にしていないわ。アシルもそうだったしナフィタリアの他の魔術師も似たようなものだもの……。祝福を授かった魔術師はみな魔術のことになると何も見えなくなるの?」
「いや、それは個人の資質によるところが大きくて……。僕は祝福と相性がよかったんだ。魔術のことは好きだし一日中やってても飽きない。頑張ったぶんだけ成果も出るし、何より工夫次第で何だって出来るんだ。今まで出来なかったことでも視点を変えれば出来るようになったり……ってこんな事を話したいわけではないんだ」
楽しそうに話し出したかと思ったら慌てだした皇子がなんだか身近に感じて小さく笑ってしまった。
「本当に魔術のことが好きなのね。私もそれくらい好きな物があればよかったのだけれど……」
「シャーリィは剣が好きなんじゃないのかい?」
「…………わからないわ。好きだとか嫌いだとか考えたことなかったの」
剣はやらなければならなかったことだ。
王女らしくあるために必要なことかどうかという観点でしかものを見てこなかった。
「アシルが言ったこと……シャーリィも魔術を使えるというのは本当なのかい?」
「簡単なものならね。少し前からアシルに教えてもらっているの」
祝福持ちの魔術師相手に魔術を使える、だなんて言うのはちょっと恥ずかしい。
だって少し変わっているとはいえアシルと比べると私の魔術は未熟なのだから。
皇子相手に大きなことは言えない。
「どうして魔術を習おうと思ったんだい?」
「それは……」
言えない。
前世のゲームを参考にしただなんてどう説明すればいいのか。信じて貰えない可能性が高い上に変な子だと思われて距離を置かれてしまう。
ナフィタリアの王女としてそれはやってはならない事だ。
「剣だけでは限界を感じて……。何か新しいことをやらなければと思ったの。魔術を使える騎士なんてこれまで聞いた事なかったから……。でもまさかアルも似たようなことをしてるとは思わなかったわ」
間違いなく皇子の方が完成度は高いだろうけど……。
あ、また落ち込んじゃいそう。
「騎士はみな魔術師を見下しているからそんなふうに考える人がいるなんて思わなかったよ。しかも君は剣の祝福を授かっているのに……。シャーリィは魔術のことをどう思ってる?」
「えっと……色んなことができて素敵な力だと思うわ。私、アシルに魔術を習うまでよく知らなくて。……だから、ごめんなさい。大したこと答えられないわ」
「大丈夫だよ。…………シャーリィ、もし良ければここにいる間君に魔術を教えたいんだけど……どうかな」
皇子は少し恥ずかしそうに提案してくれた。
当然ノルウィークの皇子からの申し出を断るという選択肢はない。
彼の魔術の腕はノルウィークの中でもトップクラスだろう。そんな彼から教えを受けられるのだ。
私の努力次第でナフィタリアの魔術の水準をあげることが出来るかもしれない。
それに皇子との関わりを増やすことで私への恋心を諦めさせつつ友人としての関係を構築できるかもしれない。
けれど本当は断りたい。
皇子から習うということはアシルからの授業は受けられなくなる。そうなるとアシルと過ごす時間が減ってしまう。
今は緊急事態だから毎日会っているけれど落ち着いて日常に戻れば会う機会は減るのだ。
少しでもアシルと一緒に居たい。
でも。
「アルの迷惑にならないのなら……」
答えは決まっているのだ。悩むことすら許されない。
皇子は私の返答を聞いて嬉しそうに笑った。
「良かった。じゃあそれが終わったらアシルが言ってた雷の魔術見せてもらえるかな」
皇子はキラキラした目で私に要求した。
あ、そっち目的なのね。
どうやら本当に私より魔術のことが好きらしい。
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