42 / 67
三章
41.試合
しおりを挟む翌日の朝にノルウィークとナフィタリアの合同調査隊はコボルトやオーガのいた国境沿いへ向けて出発した。
私達が王宮を発つのはもう少し後になる。
それまでにノルウィーク式の戦い方を学ばなければならない。
訓練場の中央で皇子と相対する。
少し離れたところにアシルが立っていた。イヴォンは今日はついてきていない。
これは皇子の指示だった。
彼はイヴォンどころか訓練場の周囲に誰も立ち入らないように命じた。
模擬戦とはいえ皇子に怪我をさせないとは限らない。私に対する配慮なのだろう。
魔術が絡まなければ彼は思慮深くて優しくて素敵な人だと思う。
「昨日はアシルの魔術を見せてもらったから今日はシャーリィの動きを見せてもらうよ。いつもは三本勝負をしているんだろう? 今日もそうしよう」
皇子は訓練用の剣を手にした。
私もゆっくりと剣を構える。
皇子は魔の祝福を授かった魔術師だ。
学習型で剣を使えるといっても毎日訓練を積んでいる私に敵うわけがない。
目の前に立つ皇子を見据える。
彼は私よりずっと背が高い。イヴォンと同じくらいだ。
当然手足も長いから普通にやれば私の方が不利だ。
けれど私がこれまで剣を交えてきた相手は皆そうだった。
腰を落として地面を強く蹴り、皇子との距離を詰める。
まずは剣の届くところまで近付かなければ始まらない。
皇子は剣を横に薙いだ。
ギリギリまで身を屈めてそれを避け、踏み込みながら切り上げる。
皇子が半歩ほど後退したために私の剣は空を切った。
その勢いを殺すことなく身体を回転させながら更に踏み込んで剣を振る。
皇子はまた下がって私の剣を避けた。
動きを見るとはそういうことか。
それならばもう少し攻めよう。
大きく踏み込んで斬りかかる。
皇子は先程と同じように避けた。間髪入れず彼の体勢を崩すために剣を振る。
彼の体勢が僅かに崩れた。
チャンスだ。そう思って剣を握る手に力を込め、勝つための最後の一太刀を振ろうとした。
けれどそれは叶わなかった。
私の剣は皇子の剣にはじかれ、後方に飛ばされた。
「うん、なるほど……。もう一度やろう」
皇子は喜ぶでもなく、一人で納得したように頷いてまた剣を構えた。
悔しい。
私は剣の祝福を授かった王女なのだ。
いくらノルウィークの皇子であろうとも、魔術師相手に負けるなんて許されない。
次こそは絶対に勝たなければ。
けれどそのやる気も虚しく、私は次も、また次も皇子に勝つことは出来なかった。
右手から剣が滑り落ちた。
私の祝福は剣なのに魔術師にすら勝つことが出来ないなんて。
涙が滲む。
顔をあげることができない。
泣いてはいけない。私は王女なのだから。
こんな挫折は今までだって沢山あった。これまで乗り越えてきたのだから今回だって努力すればいい。
今度は何を間違ったのだろう。いつから間違っていたのだろう。
間違えても終わりではないのだ。
挽回すればいい。やり直せばいい。
落ち込む時間は勿体ない。時間は有限なのだ。
いつもならそう思えたのに今回は駄目だった。
「…………ごめんね。わかってはいたんだけど一応確認するべきだと思ったから。君は僕と同じ学習型だ。昨日説明した通り僕たちは先達に習うことで上達する。その結果は指導者によって大きく変わるんだ」
皇子の言葉は聞こえるけれど、その言葉の意味を理解することができない。
いや、理解したくない。
「君は確かに剣の祝福を授かった人間だ。けれど君がここで訓練している相手は普通の騎士なんだ。だから君の実力は祝福持ちの騎士としては……弱い。そして僕の相手は……オズワルドだった。唯一の三本の剣を持つ天才相手に僕は剣を習った」
『弱い』という言葉が心を刺す。
「シャーリィ、今回の討伐に君を連れていくことはできない。祝福持ちと一緒に戦うには君は弱すぎるんだ。けれどナフィタリアの兵士達にその事実を突きつけるわけにはいかない。士気に関わるし、何よりこの国における君の立場が悪くなってしまう。……理解してくれるね」
頷くしかない。
今回の調査討伐におけるリーダーは私ではなく皇子だ。
私は彼に自分の価値を示すことができなかった。
だから……。
「待ってください。俺からもひとついいですか?」
口を挟んできたのは離れたところにいたはずのアシルだった。
いつの間にかこんなに近くに来ていたのか。
アシルは私と目が合うと優しく微笑んで先程落とした剣を拾ってくれた。
「昨日も話したようにシャルロット様は魔術も使えます。剣の腕だけではなく魔術も見た上で評価していただけませんか」
アシルは皇子に向かって力強く言った。
確かに私は魔術を使うことが出来る。けれどそれは魔術師である皇子やアシルには決して敵わない。
それに戦いながら使うのはまだ難しいのだ。
魔術を使ったからといって評価が変わるとは思えない。
「アシル……。でも私の魔術は……」
「大丈夫です。シャルロット様は弱くありません。俺を信じて」
アシルは私の手を力強く握ってくれた。
本当に自分でもどうかと思うんだけど、アシルにこうやって手を握って慰めてもらうだけで沈んでいた気持ちが前向きになる。
好きな人だから、なんだろうな。
我ながら単純過ぎる性格だと思うけれど、こんな自分は嫌いじゃない。
「……わかった。一度試してみよう。シャーリィが魔術を使うのなら僕も魔術を使って応戦するよ。念の為にお互いの身体を強化しておこう」
皇子は自分自身に、そして私はアシルに魔術をかけてもらった。
アシル曰く、身体全体に魔力を通しにくくなる魔術をかけたから多少被弾しても怪我をすることはない、とのこと。
そう言われても当たったら痛いだろうからなるべく当たりたくない。避けるか剣で受け止めるようにしなければ。
「じゃあ準備が出来たらかかってきて」
皇子は笑顔で剣を構えた。
0
あなたにおすすめの小説
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
悪役令嬢は死んで生き返ってついでに中身も入れ替えました
蒼黒せい
恋愛
侯爵令嬢ミリアはその性格の悪さと家の権威散らし、散財から学園内では大層嫌われていた。しかし、突如不治の病にかかった彼女は5年という長い年月苦しみ続け、そして治療の甲斐もなく亡くなってしまう。しかし、直後に彼女は息を吹き返す。病を克服して。
だが、その中身は全くの別人であった。かつて『日本人』として生きていた女性は、異世界という新たな世界で二度目の生を謳歌する… ※同名アカウントでなろう・カクヨムにも投稿しています
前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)
miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます)
ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。
ここは、どうやら転生後の人生。
私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。
有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。
でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。
“前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。
そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。
ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。
高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。
大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。
という、少々…長いお話です。
鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…?
※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。
※ストーリーの進度は遅めかと思われます。
※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。
公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。
※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中)
※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
継母になった嫌われ令嬢です。お飾りの妻のはずが溺愛だなんて、どういうことですか?
石河 翠
恋愛
かつて日本人として暮らしていた記憶のある貴族令嬢アンナ。彼女は夫とも子どもともうまくいかず、散々な人生を送っていた。
生まれ変わった世界でも実母は亡くなり、実父と継母、異母妹に虐げられる日々。異母妹はアンナの名前で男漁りをし、アンナの評判は地に落ちている。そして成人を迎えたアンナは、最愛の妻を亡くした侯爵の元にお飾りの妻として嫁入りすることになる。
最初から期待なんてしなければいい。離れでひとり静かに過ごせれば満足だと思っていたはずが、問題児と評判の侯爵の息子エドワードと過ごすうちに家族としてどころか、すっかり溺愛されてしまい……。
幸せになることを諦めていたアンナが、侯爵とエドワードと一緒に幸せになるまでの物語。ハッピーエンドです。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:22495556)をお借りしております。
旧タイトル「政略結婚で継母になった嫌われ令嬢です。ビジネスライクで行こうと思っていたのに、溺愛だなんてどうなっているのでしょうか?」
この作品は他サイトにも投稿しております。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる