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三章
52.討伐3
しおりを挟む異変に気付くのにそう時間はかからなかった。
ドラゴンは騎士達の攻撃を意に介することなく私に向かって進む。
脚を斬られているはずなのに、その歩みが止まることは無い。
「駄目だ! 傷がすぐに塞がってしまう……!」
騎士達からそんな声が聞こえた。
魔術も防がれ、剣で斬りつけてもすぐに回復する。
そんな相手が私に向かって来る。
怖い。
そんなに走っていないのに息が上がる。
気を抜くと泣いてしまいそうだ。
追いつかれたら私は食べられてしまうのだろうか。
やっぱり皇子の言う通り逃げていれば……。
ううん、違う。私は間違っていない。
あれは間違いなく上級の、いや、それより上の存在だ。
上級魔物一体で小さな国が滅亡したという記録もある。それほどに魔物は人間の手に余る存在なのだ。
もし討伐出来なければ、ナフィタリアは、私の国はなくなってしまうだろう。
だから諦めてはいけない。
怖くても立ち向かって、どんな手段を用いてもあれを討伐しなければならない。
例えどんな代償を払ったとしても。
覚悟を決めなきゃ。
ここで負けたら生き残れたとしても全てを失う。
泣きそうになるのを堪えながらドラゴンを見上げる。
先程見た時より距離は縮まっていた。
あれ、私止まっていないのに……。
もしかしてあのドラゴンの動きが早くなっているのだろうか。
恐怖に身体が震える。
けれど泣いている暇は無い。
追いつかれる前にあれを倒す方法を見つけなければ。
震える手で剣を握った。
いっそ体力が無くなる前に迎え討つ方が可能性があるかもしれない。
そんなことを考えたときだった。
「傷が塞がってしまうのなら、その前に中を焼くまでだ」
そんな言葉とともに皇子は高く跳躍した。彼の持つ剣は炎に包まれていた。
そして落下の勢いを利用してドラゴンの左肩から腕の先まで切り裂く。
ドラゴンは咆哮をあげ身を捩った。
「アシル!」
皇子が名を呼ぶと、アシルは小さな炎の球を無数に作り出した。
百いや二百……もっとあるかもしれない。
その火球が一斉にドラゴンに向かって飛んでいく。
……んだけど、真っ直ぐに向かっているわけではなくそれぞれが蛇行し複雑な軌跡を描いている。
ドラゴンは先程と同じように火球を打ち落とそうとするが数と複雑な動きに対応出来ないようだ。
先程皇子がつけた傷に半分ほどの火球が直撃した。
ドラゴンの傷口から火が上がる。
アシルから魔術の火は普通の火とは違うのだと教わったことを思い出す。
術師の技量次第で本来燃やすことの出来ないものを燃やすことが出来ると。
そして魔術はイメージなのだと。想像する力が魔術を強くする。
だとしてもあんな数の火球を複雑に動かし、五十メートル以上離れたドラゴンの身体を燃やすなんてどんな想像をすればできるのか。
やっぱりアシルは天才だ。
これでドラゴンにも魔術が効くことはわかった。ドラゴンと言えども身体の内部までは強くないのだろう。
それに二人が燃やした傷跡は回復していない。これなら勝てるかもしれない。
ドラゴンの目がアシルと皇子に向いた。
『邪魔立てするのならお前らから喰ろうてやる!』
ドラゴンが吼え皇子に向かって炎の息を吐いた。
皇子はそれを躱し、再びドラゴンの身体を切り付ける。
アシルが皇子を補佐するようにドラゴンへ火球を放つ。
ドラゴンは魔術を意に介すことはなく皇子に噛み付こうとした。すんでのところで皇子は身を躱す。
…………やっぱりドラゴンの動きはどんどん早くなっている。
ダメージを与えられるといってもこんな状況では表面に傷を負わせる程度が関の山。
ドラゴンの身体は大きく表面をいくら傷付けてもそれは致命傷にはならない。
このままでは体力が尽きて避けることができなくなるだろう。
加勢しないと。
雷の斬撃を飛ばす。雷はドラゴンの身体に当たり、そして弾けた。
やはり傷口に当てないと効果はないのだろう。
ドラゴンは私の攻撃に見向きもしない。
それならば皇子と同じようにドラゴンの足元まで寄って攻撃するまでだ。
意を決して駆け出す。
あのドラゴンに弱点はどこだろう。
普通の生命体なら首を落とせばいい。そこまで出来なくとも深い傷を負わせるだけでも致命傷となる。
ドラゴンの弱点となりうる首は長いが太い。一太刀で落とせる太さでは無いし魔術を使ったところでどこまで傷を負わせられるか……。
駄目、弱気になるな。
可能性はゼロではないのだ。賭けるしかない。
目標をドラゴンの首に定める。
走りながら足に強化の魔術を重ねがけした。これであそこまで届くはず。
ドラゴンの炎を避けた皇子と目が合った。
「シャーリィ! こっちに来ては駄目だ!!」
皇子の声が耳に届いたのとドラゴンの炎が吐き出されたのはほぼ同時だった。
慌てて炎の息を避ける。
しかし体勢を立て直す間もなくドラゴンの追撃が襲ってきた。
飛び退くように転がりながらドラゴンの牙を避ける。
私一人なら丸呑みできそうなその口の大きさにゾッとした。
しかし避けた後も追撃は続く。
反撃したくとも余裕がない。
このままではいつか本当に食べられてしまう。間合いを詰めなきゃ。
身体に強化の魔術を更にかける。
突進してくるドラゴンの頭をギリギリで躱し、そのまま前に進もうとしたときだった。
突然私の右側が爆発した。
衝撃に吹き飛ばされる。すぐさま体勢を立て直し立ち上がったら今度は背後が爆発した。
転げ回りながらドラゴンの牙を避ける。
何が起こっているのかわからない。
この爆発はドラゴンの魔術なのだろうか。
状況が把握出来なくて周囲を見回す。
あちこちで同様の爆発が起きていた。
騎士や魔術師が為す術なく倒れていく。
皇子はなんとか持ち堪えているけれど、それも時間の問題だ。
絶望的な状況だった。
『我を繭から引き摺り出して倒そうなどと考える割には弱すぎたな、人間たちよ。さて、神の力を使う娘。お前もあれらと同じく非力なのか?』
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