転生王女は初恋の平民魔術師と結婚したい!

Y子

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三章

54.討伐5

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 丸呑みされた私はドラゴンの食道を通っていた。
 ぬめぬめした壁に押し出されるように進んでいく。




 真っ暗な視界のなかで思い出したのは杏奈の記憶だった。
 彼女の人生は私に沢山のことを教えてくれた。
 家族の愛、人生の後悔、選択をすることの大切さ、そしてこの世界にない知識。
 杏奈の人生があったから私はここまでこれた。
 感謝してもしきれない。


 まだ食道は続いている。
 首が長い分胃に到達するのに時間がかかるのだろう。





 諦めるつもりなど毛頭なかった。
 だってここで諦めたらアシルが死んでしまう。
 皇子もノルウィークの兵士も、ナフィタリアの兵士も。

 国も滅ぶだろう。


 だからここでドラゴンを倒さなければならなかった。
 幸いにもその術を私は持っている。

 ぬめぬめとしたトンネルを抜け、広い空間に投げ出される。ばしゃん、と着水の音が聞こえた。
 暗くて何も見えないけれどここは胃の中だろう。
 今はまだ身体にかけた強化の魔術が残っているから平気だけれど、それも長くは続かないだろう。
 肩の傷のこともある。
 ゆっくりしている時間は無い。


 ここが胃の中なら下に腸が、隣に肝臓がありその上に肺、そして心臓があるはずだ。


 杏奈は学生だったけれど生物の身体に電気が流れていることを知っていた。
 そして心臓は微弱な電気信号で動いていることも。

 さすがにドラゴンの正確な中身まではわからないけれど、生物の基本的構造はみな同じなのだ。
 心臓と肺と消化器官がある。魔物も動物もそれは同じだ。
 ドラゴンも大きくは変わらないだろう。
 それに身体の中身はどんな生き物も繊細で脆弱なものだ。だから雷の力は必ず効くはずだ。

 これまでに学んできた魔物の生体構造を思い浮かべドラゴンに当てはめていく。

 魔術はイメージが大切なのだとアシルは言った。
 具体的であればあるほどいいという。

 だから電気がドラゴンの身体を駆け巡る様をイメージした。
 心臓も肺も脳も、身体全てを壊す雷を。




 バチバチッと弾ける音がした。
 と同時に胃が激しく収縮しだす。
 ドラゴンが動いているせいなのか、まるで激しく揺さぶられているようだ。
 あまりにも激しく動くものだから上下左右の感覚がなくなってしまった。
 それでも魔術を行使することをやめはしない。

 吐き出されないよう剣を胃に突き刺した。ここから出るわけにはいかなかった。
 この位置からなら邪魔されることなくドラゴンの内蔵を狙える。
 力尽きるまで身体の中から焼き尽くすことができる。


 覚悟は出来ていた。
 死ぬのは怖かったけどそれは既に一度経験している。
 後悔がない人生だったとは言えない。
 それでも私は、私の役割を果たしたのだと胸を張って言える程度には満足している。

 だから大丈夫。
 
 苦しくなってきた。
 でもまだだ。まだドラゴンは動いている。

 ここで仕留めきらなければならない。
 そうでないと全てが無駄になる。





 
 程なくして大きな衝撃と共に動きは止まった。
 力尽きたのだろうか。
 それを確かめる術は私にはない。
 もし息絶えてなかったとしてもアシルや皇子が止めを刺してくれるだろう。

 何にしても私の役目が終わったことだけは確かだ。

 ほっとすると同時に全身が痛むことに気がついた。
 胃液の中にずっと浸かっているのだ。
 魔術の効果が切れ皮膚が溶けはじめているのかもしれない。
 強化の魔術や回復の魔術をかけなおす余力はもうなかった。


 せめて顔だけは綺麗なままで残ってくれたらいいけれど……。
 ううん、このままとけてなくなってしまったほうが汚いのを見られなくていいかもしれない。



 もしまた生まれ変わることができるのなら、好きな人に想いを告げられる人生になりますように。
 そう祈ったところで私の意識はプツリと途切れた。
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