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三章
55.事後
しおりを挟む目が覚めると見知らぬ場所にいた。
慌てて起きようとしたけど関節に痛みが走って動くことができなかった。
痛みを堪えながらゆっくりと起き上がる。
民家……だろうか。狭い部屋には家具は私が寝かされているベッドとサイドテーブルしかない。
ここはどこだろう。
天国……にしては地味で質素だ。
こんな天国は嫌すぎる。
けれど地獄でもないと思う。
色んな人に迷惑をかけてきた人生だと思うけど、誰かを虐げたり傷付けたりはしていないし。
何より静かで平和なこの場所が地獄だとは思えなかった。
改めて自分の状況を確認する。
身体の節々が痛くて身体が重く、少し寒気がする。
風邪でもひいているのだろうか。
死んでまで風邪をひくなんて理不尽だ。
着ているものは私のものではない白いシャツと黒いパンツ。
そして腰まであった長い髪は短くなっていた。ボブ……いや、ショートカットに近いかもしれない。
死後の世界ならもう少し華やかであってほしい。私は王女だったんだから綺麗なドレスを着せられて埋葬されてるだろうに。
あ、でも胃液の中に入ってたから身体はドロドロに溶けていたかもしれない。だとしたらこれも仕方ないか。
アシル達はあの後無事に国へ帰れただろうか。
イヴォンに好きなものを聞いたけど結局何もあげられなかったな。約束も守れなかった。
私が燃やしてしまった訓練場の木はもう撤去されただろうか。
考えても仕方ないことばかり頭に浮かんでくる。
それよりもここがなんなのか、この後私はどうなるのかを知らなくては。
杏奈の世界だと死んだら閻魔大王に裁かれるんだっけ。
シャルロットの世界では死んだら神のもとへ行くのだという。なら私はここを出て神に会いに行かなくてはならないのかもしれない。
神様に会えたらあの後みんながどうなったのかを聞いてみよう。
そう思った時、部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。
「失礼します。タオルとお水を…………、シャルロット様!?」
入ってきたのはイヴォンだった。
彼は私を見るなり大きな声で名前を呼んでベッドの傍まで駆け寄ってきた。
その勢いに驚いてちょっと引いてしまう。
というかなんでここにイヴォンがいるのだろう。
死後の世界ではないのだろうか。
ここがどこなのかを聞こうと口を開くが声が上手く出ない。
「何処か痛む場所はありませんか!? 動かしにくいところはありますか? 本当に…………良かった……」
イヴォンの目から涙がこぼれ落ちた。
私が泣くことはあっても彼が泣くところなんて見たことがない。
ドキドキする。
何もしていないはずなのに罪悪感が酷い。
そういえば他人が泣くところを見るのは初めてかもしれない。
目の前で泣かれるとこんな気持ちになるんだな。
どうにか泣き止んでほしくて、掠れる声で名前を呼んだ。その音は不明瞭で、ちゃんと聞こえたかどうかはわからなかったけど、イヴォンは涙を拭って笑ってくれた。
「申し訳ございません。つい…………。シャルロット様はあの日から五日間ずっと眠っていたのです。体温も高くて……ずっとお目覚めになるのを待っていました。喉は乾いていませんか?」
頷くとイヴォンは持ってきた水差しからコップに水を注いで渡してくれた。
冷たい水が美味しい。
「ここは……? 私はどうして……生きているの?」
ゆっくりと問いかけた。
酷い声だけれどなんとか話すことはできる。
「ここは以前立ち寄ったキラム村です。……あの日何があったのかは俺にはわかりません。アルフレッド皇子からシャルロット様が魔物を討伐したのだと聞きました。そのせいでお身体が…………。何にしてもまだ回復していないのです。ゆっくりお休みください。何か食べられるようでしたら準備させます」
食欲はなかったために首を横に振った。
「まだお熱があります。横になってください。シャルロット様が眠るまで傍にいますから」
「待って、他の人達は……? アシルは無事なの?」
不安になって尋ねるとイヴォンは優しく頷いて、あの時ドラゴンと対峙したものたちはみな無事だと教えてくれた。
アシルも皇子も周辺調査と事後処理のために駐屯地に留まっているらしい。
顔を見られないのは残念だったけど、みなが無事で安心した。
「イヴ……、あのね、今までありがとう。戻ったら、イヴの好きなもの、たくさん用意するわ。それに」
「シャーリィ、お話は起きてからにしよう。喉も辛いだろう。治ったらたくさん話せばいい」
それもそうだ。
私は死ななかったのだ。
驚異も消えた。
大切な人と過ごす時間は沢山ある。
元気になったら何をしよう。
助け出してくれたみんなにお礼を言って、これまでやれなかったことをして……。
これからの日々に思いを馳せながら私はゆっくりと目を閉じた。
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