58 / 67
四章
57.失意
しおりを挟むあれから一ヶ月が過ぎた。
ドラゴンの死骸はある条件と引き換えにナフィタリアが全てを所有することとなった。
現地の調査も終わって変質したコボルトからはじまった問題は解決したと言えるだろう。
ナフィタリアの王女がドラゴンを討伐したという報せはすぐさま大陸中に広まったらしい。
近隣諸国から山のような手紙が届き、しばらくはその対応に追われ息をつく暇もなかった。
が、それも先日ダルタの王子と会談して一段落ついたところだ。
日常が戻ってきていた。
私はいつも通り公務に追われているしアシルは魔術の研究で忙しくしている。
変わったことと言えばアシルが叙勲されたことくらいだ。
本当はドラゴン討伐に関わった褒賞として小さな領地と爵位を貰うはずだったのにアシルはそれらよりドラゴンを要求した。
そして国王陛下はその要求を受け入れた。国王陛下にとってドラゴンの死骸なんてなんの価値も無いものだったからだ。
あまりにも予想外の展開にアルベリク卿も苦笑いしていたが、当の本人はドラゴンを手に入れることが出来て満足したようだ。
叙勲されても爵位はない。準貴族と同等の待遇を受けられるものの平民という身分は変わらないまま。
残念だけど国王陛下の決定を覆すことは出来ないのでアシルを貴族にするのは次の機会をまたなければならない。
それでも勲章を授かったのはめでたい事だ。
お祝いのパーティーを開こうとしたら、その時間が勿体ないからと叙勲された直後から魔術師の塔に篭って研究をはじめてしまった。
思わずため息が出てしまう。
アシルに会えるのは夜にこっそり思い出の庭園に行った時だけ。
そのときも半分はアシルの研究の話を聞いている。せっかく生きて帰ってこれたのだから頑張って好きになってもらいたいのに、私たちの関係は一歩も前進しない。
当然告白もできていなかった。
彼の功績が認められたとはいえ身分は平民のまま。
しかもドラゴンの討伐で私は彼の命を救っている。その過程で私は貴族の女性としては致命的な傷を負った。
こんな状態で告白なんてしたら、アシルは断ることができないだろう。
それは私の本意ではない。
けれどこの先どうすれば先に進めるのかがわからない。
アシルに意識してもらうためには……やっぱり魔術の勉強を頑張るしかないのだろうか。共通の話題があればもっと一緒に居たいと思ってもらえるかも。
けれど私が公務や訓練の隙間に魔術の勉強をしたところでアシルの話し相手になれるだろうか。
しかも明日にはまた皇子がナフィタリアに来るのだ。
このままでは以前と同じようにまた二人が楽しそうに話しているのを眺めることになるだろう。
なんとかしなくては。
そんな事を執務室で考えていると、エラが手紙を持ってやってきた。
「シャルロット様、国王陛下からの手紙を預かってまいりました」
「国王陛下から……? 何かしら」
差し出された手紙を受け取る。
エラは私の侍医としてナフィタリアに来たはずなのに何故か侍女としても働いていた。
痣の治療だけでなく私の食事管理や肌や髪のケア、そして訓練の付き添いとアドバイスまでしてくれている。
毎日アシルと共にドラゴンの研究もしているし、私と同じくらい、いや私より忙しいかもしれない。
彼女のおかげで痣も治ってきている。
顔や腕の痣はまだまだ目立つが、もともと色の薄かった痣はよくよく目を凝らさないと見えないくらいになっていた。
元々皇子の側近だったようだしノルウィークの中でもかなり優秀な人材なのだろう。
ありがたいけれど少し申し訳ない気もしていた。
そんな気持ちを振り切るように手紙の封をあけ中身を確認する。
そこには私の結婚相手が決まったという事が書かれていた。
信じられなくてもう一度手紙を読み返す。
確かにノルウィークのテイラー子爵を私の伴侶にすると書いてある。
知らない人だ。
隣国とはいえ貴族全員を把握できているわけではない。
小国といえども王女の伴侶として選ぶくらいなのだから皇族の血が入っているかよほどの傑物なのかもしれない。
だって私の伴侶となる人なのにもう爵位を継いでいる。若くして貴族の当主として認められるのは優秀な証拠だ。
だとしてもどうして急にこんなことを……。
手紙の最後には国王陛下の名と御璽が押されていた。これは偽物なんかじゃない。
泣き出しそうになるのを必死に堪える。
王が決めた事を覆すことなんてできない。
私は受け入れるしかないとわかっている。けれど受け入れたくない。
私には好きな人がいるのに。
ううん、駄目。もう決まったことなのだから受け入れないと。
初恋は叶わないと聞く。私の場合もそうだっただけだ。
きっと件の子爵は素晴らしい人に違いない。いつか愛することもできるだろう。
だから気持ちを切り替えよう。
アシルのことは忘れて伴侶となる人のことを考えなければ。
ゆっくりと息を吐き、顔に出ないよう細心の注意を払いながらエラへ視線を向ける。
「エラ……、ノルウィークのテイラー子爵がどういう方なのか知ってる……?」
「テイラー子爵……? 彼は…………あまりいい噂は聞きません。祝福を授かった魔術師ではありますが、使用人に手を出し婚外子が十人もいます。子爵夫人が去年の暮れに亡くなっているのですが、あまりにも突然でしたから……社交界では様々な憶測が飛び交っていました。ですがご息女は優秀な魔術師で、彼女の性格や能力には何の問題もございません。今後関わることがございましたら彼女自身を見てあげてください」
婚外子?? ご息女?
テイラー子爵は寡夫なのか。
魔術師の娘がいるのだから年齢は……四十くらいだろう。
そうだとすれば国王陛下より年上だ。
どうしてそんな人が私の結婚相手になるのだろう。
「話が逸れてしまいましたね。申し訳ございません。ナフィタリアにテイラー子爵が来るのでしたら、私がシャルロット様をお守りいたしますのでご安心ください」
「ありがとう……。少し一人にしてくれるかしら」
「わかりました。部屋の外で待機しておりますので何かございましたらお声かけください」
エラは一礼して退室した。
私の結婚相手は父親ほども年齢の離れたノルウィークでも評判の悪い男性。
ううん、もしかしたら噂は正しくなくて、実はとてもいい人なのかもしれない。会ってもいない人を噂で判断するのはいけないことだ。
だとしても年齢差は覆らないし私より年上の娘がいるという事実も変わらない。
涙が零れる。
自分で相手を選ぶことができないことは理解していた。私は王女なのだから、自分の感情より優先しなければならないことは沢山ある。
それでも伴侶となる人は同年代の誠実な人だと思っていた。
アシルでなくても王族の伴侶として相応しい人であると……。
王女である私は子を産まねばならない。
王家の血を絶やすことは許されないから。身体の弱い妹が子どもを授かれなかったときのために産まないという選択はとれない。
これは王女の義務だ。
そして国王陛下の決定は覆せない。
異論を唱えてもいけない。
ずっとそう教えられてきた。
…………。
けれど今なら国王陛下も私の言葉を聞いてくれるかもしれない。
私はドラゴンを討伐し国を救ったのだ。
一人で成し遂げたわけではないけれど、私がいたおかげで被害は最小限に抑えられたと皇子も言ってくれたし、それを国王陛下も聞いている。
今後の外交において私の存在は不可欠だ。これまでのようにぞんざいに扱われることはないはず。
それにもしかしたら国王陛下はテイラー子爵のことをよく知らないのかもしれない。
彼のことを知ればきっと考え直してくれるはずだ。
意を決して国王陛下に直談判することにした。
0
あなたにおすすめの小説
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
悪役令嬢は死んで生き返ってついでに中身も入れ替えました
蒼黒せい
恋愛
侯爵令嬢ミリアはその性格の悪さと家の権威散らし、散財から学園内では大層嫌われていた。しかし、突如不治の病にかかった彼女は5年という長い年月苦しみ続け、そして治療の甲斐もなく亡くなってしまう。しかし、直後に彼女は息を吹き返す。病を克服して。
だが、その中身は全くの別人であった。かつて『日本人』として生きていた女性は、異世界という新たな世界で二度目の生を謳歌する… ※同名アカウントでなろう・カクヨムにも投稿しています
前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)
miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます)
ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。
ここは、どうやら転生後の人生。
私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。
有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。
でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。
“前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。
そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。
ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。
高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。
大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。
という、少々…長いお話です。
鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…?
※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。
※ストーリーの進度は遅めかと思われます。
※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。
公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。
※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中)
※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
継母になった嫌われ令嬢です。お飾りの妻のはずが溺愛だなんて、どういうことですか?
石河 翠
恋愛
かつて日本人として暮らしていた記憶のある貴族令嬢アンナ。彼女は夫とも子どもともうまくいかず、散々な人生を送っていた。
生まれ変わった世界でも実母は亡くなり、実父と継母、異母妹に虐げられる日々。異母妹はアンナの名前で男漁りをし、アンナの評判は地に落ちている。そして成人を迎えたアンナは、最愛の妻を亡くした侯爵の元にお飾りの妻として嫁入りすることになる。
最初から期待なんてしなければいい。離れでひとり静かに過ごせれば満足だと思っていたはずが、問題児と評判の侯爵の息子エドワードと過ごすうちに家族としてどころか、すっかり溺愛されてしまい……。
幸せになることを諦めていたアンナが、侯爵とエドワードと一緒に幸せになるまでの物語。ハッピーエンドです。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:22495556)をお借りしております。
旧タイトル「政略結婚で継母になった嫌われ令嬢です。ビジネスライクで行こうと思っていたのに、溺愛だなんてどうなっているのでしょうか?」
この作品は他サイトにも投稿しております。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる