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四章
58.失意2
しおりを挟む夜、ベッドにうずくまり声を押し殺しながら涙を流す。
私の嘆願は国王陛下に聞きいられることはなかった。
もう決めた事だ、との一点張りで何を言っても首を横に振るばかり。
剣の祝福を授かった私は魔の祝福を授かったものと結婚しなければならず、王女といえど醜い私を貰ってくれる男はどこにもいない。そう言われてしまうともう何も言えなくなった。
そして剣の祝福を授かった王女としての責務を果たすようにと命じられた。
王の決定は覆せない。
わかってはいたことだ。
私は王女で、王に従わなければならない。
望まない相手との婚姻なんてよく聞く話だ。私だけの不幸ではない。
私は王女なのだ。
こんなことで泣くなんて王女らしくない。
けれど涙は止まらなかった。
王都に帰ってきたとき、希望に満ちた日々を送れるのだと信じていた。
大切な人と過ごし、国と民のために全力を尽くそうと思っていた。
それがこんなことになるなんて……。
国王陛下はテイラー子爵を選んだ理由を教えてくれなかった。
疑いたくないけれど、どうしても考えてしまう。国王陛下は私が不幸になることを望んでいるのではないかと。
私の何がいけなかったのだろう。
褒めてほしくて認めてほしくて、抱きしめてほしくてずっと努力してきた。
努力が足りなかったのだろうか。
家族への未練はもうないけれど、それでもこのような仕打ちを受けるほど嫌われていたのだと思うと苦しくなる。
けれど王から命じられたのだからどんなに辛くとも従わなければならない。
いや、まだ可能性はある。
明日皇子が来るのだ。彼にお願いすれば……。
けれどナフィタリアの王族の婚姻に関することに彼を巻き込んでいいのだろうか。
これはあくまでもナフィタリアの問題だ。相手がノルウィークの貴族とはいえ、場合によっては他国に干渉したとして皇子が非難される立場になってしまう。
それに王族として王が決めた婚姻を嫌がるなんてと失望されるかもしれない。
結婚相手を選べないのは彼も同じなのに。わがままだと思われるかも。
今後の国のことを考えると彼との繋がりは大切だ。私が愛想を尽かされる訳にはいかない。
ベッドから起き上がって涙を拭う。
最後にあの場所へ行こう。
アシルは居ないかもしれない。そもそもいつも待ち合わせなんてしていないのだ。
三日おきにあの場所へ行くと彼がいる。もしかしたら私のタイミングに合わせてくれていたのかもしれない。
何にしても昨日会ったばかりだったから今日は会えない可能性が高い。
それでも構わなかった。
ガウンを羽織って時間を確認し、バルコニーから飛び降りる。
いつものように警備の間隙を縫ってあの庭園へ向かった。
ガゼボの柱には小さなランタンが掛けられていた。
小さな光に照らされるように黒髪の青年が立っている。
その姿に泣きそうになった。
いつだって彼は私に背を向けて立っていた。一度だって私の方を向いていたことはない。
きっとそれが答えなのだろう。
「……ねぇ、こんなところで何をしているの?」
最後だからまたあの日と同じ言葉をかける。
声は少し震えていた。
アシルはゆっくりと振り返る。
そして言うのだ。人を待っていたと。
「こんばんは。俺はアンナを待っていたんだ」
「私を……?」
あの日と違う返答に困惑した。
そんなことを言われたら期待してしまう。アシルも私の事を好きなんじゃないかって。
「明日はアルが来るだろ? ドラゴンの研究について話さないといけない。だけど誰よりも先にアンナに話したくて。魔物をコントロールする方法がついにわかったんだ」
楽しそうに研究の進捗を報告してくれるアシルを見て嬉しくもあるけれど同時に少しだけ悲しくなった。
彼が最も愛しているのは魔術だ。
それでもいつも私に寄り添ってくれる彼の優しさに何度も救われた。
彼が居てくれたから私は大切な人を守ることができた。
そもそも今の立場に私が居られるのはアシルに夢を貰ったからだ。
アシルが好きだ。
私の人生を変えてくれたから。私を励まし、多くのことを気付かせてくれたから。
「あのね、今日はアシルに聞いてほしいことがあるの」
「何? なんでも聞くよ」
優しく手を握られて心が幸せで満たされる。
「私の結婚相手が決まったの」
「えっ………………おめでとうございます。とても喜ばしいことですね」
アシルは驚いたように小さく声を上げたが、すぐに微笑んでお祝いの言葉をくれた。
やっぱり私の片想いだったみたいだ。
私の慶事を喜んでくれている彼の表情に悲しみなど欠片もない。
「相手はノルウィークの子爵で私より年上の娘がいるんですって。それだけでなく婚外子が十人もいて、おまけに妻を殺害した噂が立つような人なの」
私の言葉にアシルは固まった。
「次の誕生日の日に式をあげるらしいわ。醜い痣があるから式はささやかで質素なものにするって。結婚したら南の端の小さな領地で暮らせって……。私、王女じゃなくなるんだって……」
涙が零れる。
これまでの全てがこんな簡単に奪われるなんて思わなかった。
「……明日アルが来るからそんな相手と結婚しなくていいようにしてもらおう。国を救ったアンナが不幸になるなんて許されない」
「駄目よ。これはナフィタリアの問題だもの。相手との話も進んでいるし、ここでアルに助けを求めたら……彼の立場が悪くなるわ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。アンナは幸せにならないといけないんだ」
「いいの。私は王女だから。……それより、聞いて欲しいことはまだあるの。ちゃんと最後まで聞いて」
アシルは口を閉じて小さく頷いた。
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