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四章
59.告白
しおりを挟む「今から私が言うことに返事は要らない。何も言わないで……そしてすぐに忘れて」
答えはわかっている。
それでも伝えるのは、最期を覚悟したときの一番の後悔がこれだったからだ。
「私、アシルが好き。初めて会った日からずっと好きだった……。貴方との約束があったからずっと頑張ってこれたの」
涙が溢れて視界が滲んでいる。
今目の前にいるアシルがどんな顔をしているのかわからない。
「優しく握ってくれる手も、楽しそうに魔術の話をしてくれるときも、辛い時に優しくしてくれるのも……。アシルが好き。好きなの……。誰よりも、何よりも好きなの……」
涙と同じように想いも一度口にすると止まらなくなるようだ。
想いが先走ってしまって、ちゃんと話そうと思っているのに上手く話せない。
でも二度とこの想いを伝えることは出来ないのだから全てを伝えたい。
私がどれだけ感謝しているのかを、アシルの存在に何度も助けられたかを。
涙を拭ってもう一度口を開こうとした瞬間、アシルに抱き寄せられた。
「俺もアンナの事が好きだ。でもアンナは王女だから無理だと思ってた。俺は平民だから……」
「本当、に……?」
「嘘なんかじゃないよ。ずっとアンナのことが好きだった。あ、でも最初の方は好きっていうより憧れだったかも。アンナは王女で何でもできるから」
アシルの言葉を信じていいのだろうか。
私が王女だから、私が泣いているから慰めるために言ってくれているだけじゃないのだろうか。
「昔と変わらず話しかけてくれたことも俺の話を聞いてくれたことも、助けてくれたことも……すごく嬉しかった。だからアンナに好きだと言ってもらえて夢みたいだ」
抱きしめられているからアシルの表情はよくわからない。
けど嫌そうな声でないことだけはわかる。
彼の言葉を信じていいのだろうか。
けれど国王陛下の言葉が頭をよぎる。
『醜い痣が身体中にある女を娶りたいと思う男はいない』
エラは絶対に綺麗にしてみせると言ってくれているけれど、それが難しいことはなんとなくわかっていた。
国を救った英雄と言われていてもそれは今だけ。数年もすればその輝かしい功績より醜い痣が目につくようになるだろう。
「でも私の顔には醜い痣があるわ。顔だけじゃなくて身体にも……」
「アンナに醜いところなんてないよ。今も昔もずっと綺麗だ」
「そんなわけない! こんな痣があるから私は……っ、ごめんなさい。言い合いをしたいわけじゃないの」
アシルと過ごせる時間は限られている。
これが最後なのだ。だからもっと大切な事を話さなければ。
彼の言葉が本心からのものでも、同情からのものでもいい。
結果は変わらない。
アシルの胸元を押して少しだけ身体を離す。
顔をあげると不安げな表情をしていた。
こんなに近くで彼の顔を見ることができるのはこれが最後だ。
しっかり目に焼き付けておかないと。
「アシルに好きだと言ってもらえて幸せよ。私、ずっと誰かに愛されたかったの。夢が叶って嬉しい……。これでこの先も頑張れるわ」
「この先?」
「今日でここに来るのを最後にするわ。結婚相手が決まったのに初恋の人との思い出の場所に入り浸るわけにはいかないでしょう? それに貴方と昔のように話すのもこれで最後よ」
「なんで……」
「だって私は王女だから。王の命に従わなければならないの」
王女である私が王政を否定することは許されない。
「大丈夫。思いっきり泣いたからすっきりしてるの」
「嫌じゃないのか……? かなり年上の、しかもいい人じゃないんだろ?」
「貴族の結婚だもの。好きな人と結ばれる方が稀なのよ。それに私には剣の祝福があるから仕方ないわ」
「それは……ノルウィークの決まりだろ。ナフィタリアは関係ないじゃないか」
「その組み合わせが最も祝福持ちの子が生まれる可能性が高いんですって。ナフィタリアには今まで祝福を持って生まれた人がいなかったから決まりがなかっただけなのよ」
「俺は? 俺だって祝福を授かってる。アルベリク先生の後ろ盾だってある。絶対にアンナを悲しませるようなことはしないから……だから、俺と……俺と結婚してほしい」
アシルがそう言ってくれることが嬉しくて、また涙が溢れた。
その言葉は嘘ではないのだと信じられた。
なんて幸せなのだろう。
けれど私はゆっくりと首を横に振った。
「私の婚姻はノルウィークとの繋がりを作るためのものなんですって。だからノルウィークの貴族じゃないと意味が無いの」
「でも子爵なんだろ? 意味があるのか?」
「……エラから彼の娘が優秀だと聞いたからそっちの繋がりに期待しているのかも」
そう思うしかない。
国王陛下は私を不幸にするために彼を選んだのだと思いたくなかった。
「……二人で逃げよう。ナフィタリアを出て……ダルタから船に乗って西の大陸まで行けば誰も追って来れない」
「駄目よ。そんなことをしたらアシルの夢が叶わなくなるわ」
「俺の事はいい。それよりアンナが」
「私は王女だから。優先するべきは国の……王の命よ。それに私の大切な人たちを裏切るわけにはいかないもの」
ナフィタリアにはこれまで私を支え続けてくれた人達がいる。
たかが結婚相手が気に入らない程度で彼らの期待や信頼を裏切ることはできない。
アシルは眉根を寄せて悲痛な表情を浮かべている。
「アンナ……」
「そんな顔をしないで。最後に貴方に気持ちを伝えることができて、好きだと言ってもらえてよかったわ。それに……ふふ、少しだけ喋り方が荒っぽくなったわよね。本来はそんな話し方するのね」
私が王女だからいつだって気を使ってくれていたのだろう。
きっと私の知らないアシルの一面は沢山ある。それを見られなくなるのは少し悲しい。
「明日から私達はただの王女と臣下の関係になるわ。だからその前にもう一度抱きしめてもらえるかしら」
アシルは何も言わずに私を強く抱き締めてくれた。
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