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四章
60.協議
しおりを挟む翌朝、予定通り皇子がやってきた。
今回は前回と違って正式に皇族としてナフィタリアに訪問している。
だからノルウィークの使節としてまずは国王陛下と会談しなければならない。
彼とゆっくり話ができるのは昼食後になるだろう。
執務室で魔術師団長からの報告書に目を通しながらため息をつく。
今回皇子が訪問する目的は大きく三つ。
国王陛下と同盟条約についての協議のため、私と魔術協定の話をするため、そしてアシルと共にドラゴンの研究をすすめるためだ。
あの日、皇子はノルウィークの数人の魔術師を研究に参加させることを条件にドラゴンの死骸全てをナフィタリアが所有することを提案した。
アシルはそれを二つ返事で承諾したという。
その話を聞いて、そんなことになるんだったら私も交渉に口出しすべきだったと後悔した。
他国の魔術師を研究に参加させるのだから両国間で多くの取り決めが必要となる。そしてその成果は両国で共有される。
もちろんこれから細かい部分を決めていくけれど私の薄っぺらい知識でナフィタリアに有利な協定を結べるかどうか……。
本当はアルベリク卿にも同席してもらうつもりだったのに皇子は二人で話したいなんて言うから断ることはできないし、私としても皇子との良好な関係は維持したいから自力でどうにかするしかない。
昨日のこともあって憂鬱だ。
「シャーリィ、少し休憩した方がいい。朝からずっとそれを見てるじゃないか。無理して詰め込んでも意味は無い」
「それはそうだけど……なんだか何もせずに待つのも不安なのよ」
「でしたら少しお化粧直ししましょう。ちょうどノルウィークから髪飾りが届いたのです」
「ノルウィークから? どうしてそのような贈り物が……?」
「髪飾りだけではありませんよ。あの時ドラゴン討伐に参加したもの達から沢山の贈り物が届いております。みなシャルロット様に感謝しているのですよ」
「どうして今なんだ? シャーリィが帰ってきてもう一ヶ月も経つのに」
「それは…………どうしてでしょうね」
エラは意味深に微笑んで会話を切り上げた。
「さあ、お色直しをしましょう」
結局髪飾りや化粧どころかドレスも着替えさせられた。
私は今ノルウィークで流行っているという繊細なレースのドレスを着ている。
私の髪の色に合わせてドレスは淡いピンク色だ。痣の濃い部分を隠すようなデザインになっているところを見るとエラも関わっていたのだろう。
「とてもお似合いです。きっとアルフレッド様もお喜びになると思います」
「少し恥ずかしいわ……。こんな華やかなドレスを着るのは久しぶりだもの」
顔や身体に痣があるため普段は騎士服を着るようにしていたし、ドレスを着なければならない時も極力肌が隠れて痣が薄く見えるように濃い色のものを選んでいた。
「これからはもっと華やかなドレスを着ましょう。シャルロット様は国を救った英雄なのです。誰よりも華やかなものが似合いますわ」
「ありがとう」
化粧とドレスのおかげでなんとなく昔に戻れたような気がした。
生きて帰ってこれただけで充分だと思っていたけれど、顔や身体の痣を誰より気にしていたのは私なのかもしれない。
エラとイヴォンと共に皇子を迎えるために王宮のエントランスへ向かった。
皇子は初めて会った時と同じく煌びやかで正に王子様という出で立ちで、綺麗にしてくれたエラに心の中で感謝した。
先程のドレスで彼の横に立ったらきっと惨めさに消えたくなっていただろう。
今の格好でも釣り合っているとは言えないけれど、それでも随分マシだろうから。
皇子は私を見るとほんの少しだけ言葉に詰まった。
「……久しぶりだね。エラから定期的に報告を受けてはいたけれど、直接君の元気な姿を見ることができて嬉しいよ」
「全てエラのおかげよ。怪我のことだけでなく私の食事や体調についても徹底して管理してくれてるもの」
「安心したよ。……エラは君に厳しくしていないかい? 彼女は誰よりも有能ではあるけれど誰に対しても凄く厳しいんだ」
少し離れたところにいるエラに聞こえないよう小声で尋ねてきた皇子に思わず笑ってしまった。
「ええ、確かに少し厳しいわよね。でもそれ以上に優しくて頼りになるわ。今日のために用意した紅茶は彼女と一緒に選んだのよ。それに彼女といると沢山のことを学べるわ」
エラはナフィタリアの侍女とは全く異なる接し方をしてくる。
彼女が魔術師で同じく魔術師の皇子の側近だったからだろうか。
その距離感は私にとってはとても心地いい。
お互いの近況を軽く話しながら離宮のサンルームへ移動する。
私もこの一ヶ月かなり忙しかったが、皇子もそれ以上に大変だったようだ。
「本当に大変だったんだ。以前話したオズワルドが特に……。ドラゴンがどんな動きをするのか詳しく話せと毎日付き纏われてね」
「ふふふ、第四皇子とは仲がいいのね」
皇太子の座を争うライバルだというのに、彼の話を聞いているとただの仲のいい兄弟としか思えない。
「仲がいいわけないよ。あいつは自分が特別な人間だという自覚がないんだ。自分が簡単にできることは当然のようにみんなも出来ることだと思っている」
そんな話をする彼は皇子らしくない。おかげで私は気負わずいられるからありがたくはあるけれど。
それでもこれから話すのは国にとって大切なことだ。気を引き締めなければ。
サンルームにつくと皇子はエラとイヴォンを退室させた。
二人で話したいと言ってはいたけれど本当に二人きりになるとは思わなかった。
「僕達がこれから話すことは両国の協定に関わることだけど、お互い腹の探り合いをするよりストレートにやり取りする方が楽だと思うんだ。だからここでの話は二人だけの秘密だし君が僕に何を言っても聞いても問題ない。知らないことはなんでも聞いて」
「ありがとう。私が社交が苦手だと話したことを覚えていてくれたのね」
「君とはこれからも長い付き合いになるからね。信頼してもらいたくて僕も必死なんだよ」
その言葉に笑顔を返したけれど、本当は少し胸が痛かった。
私と皇子との付き合いはあと半年ほどで終わってしまう。
テイラー子爵と結婚すれば国政に関わることなどないだろうから。
だからこそ、私が国のために、アシルのためにできる最後のことを完璧にやり遂げたかった。
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