62 / 67
四章
61.求婚
しおりを挟む皇子との会談は和やかというか、本当に友人との雑談のような雰囲気で進んだ。
両国の譲れない部分や譲歩できる部分を話し合い、うまくまとめることができたと思う。
「一応これで問題は無いと思うけど、気になることがあればいつでも相談してね」
「ありがとう。この後はドラゴンの研究の進捗について確認しに行くのでしょう?」
「ああ。聞きたいことも試したいことも沢山あるからね」
表情が明るくなった。
皇子も相変わらず魔術が大好きなようだ。
「あ……も、もちろん君との約束も忘れていないよ。前みたいに三人で訓練しよう」
皇子は決まりが悪そうに付け足した。
「その事だけど……三人じゃなくて二人だけでお願いできないかしら」
昨日アシルと距離を置くことを決めたばかりなのだ。
暫くは彼と顔を合わせずに過ごしたかった。
可能なら私が王都を去るまで会わないようにしたい。そうすればきっと諦めもつくだろうから。
「…………、もちろん大丈夫だよ。アシルからドラゴンの研究について聞いた後早速訓練をはじめるかい?」
「今日はやめておくわ。だってアルはドラゴンの研究に関わることを楽しみにしてたでしょう? 明日朝九時からはじめるのはどう?」
「うん、そうしよう。じゃあこの後は夕食まで一緒にドラゴンの研究の見学だね」
「残念だけどまだやらなければならないことが残っているの。アルは私のことは気にせず満足いくまで研究をしてね」
別行動している間にアルベリク卿に協定内容の確認をしてもらって、私の担当している公務の引き継ぎ準備をしなければならない。
皇子とともにサンルームを出るとエラが困惑したような表情で近くに来た。
「シャルロット様、アシル様から伝言を預かっております」
「アシルから……?」
「『いつもの場所』で待ってるからアルフレッド様と二人で来てほしいと……」
「いつもの場所? 訓練場ってことかな?」
皇子は不思議そうに首を傾げた。
私宛の伝言でいつもの場所と指定するくらいなのだから間違いなくあの庭園のガゼボのことだろう。
もう彼と会うべきではない。
しかしそれは難しいだろう。
庭園で私だけ引き返せば会わずにすむけれど、そんなことしたら皇子に不審がられてしまう。
それにこの先彼の願いを無視したという心残りを抱えて生きていくのも嫌だった。
「わかったわ。すぐに戻るからエラとイヴォンは戻って待っていて」
既に気持ちの整理はついている。
皇子と一緒にという部分がひっかかるけれど、何を言われても状況は変わらないだろう。
皇子とともにあの庭園へと向かった。
明るい時間帯にそこを訪れるのはアシルと初めて会ったとき以来だ。
こじんまりとした庭園は今でも手入れされているものの華やかさとは程遠い。
「ここが二人の『いつもの場所』?」
「ええ。ここでアシルと初めて会ったの」
少し戸惑うように皇子は周囲を見回している。
王宮の端のこんな小さくて古い庭園に来るとは思わなかったのだろう。
庭園の中央にあるガゼボにアシルはいた。
入口付近にいる私達の方を向いて立っている彼の顔は些か強ばっているように見える。
割り切っているつもりだったけど、やっぱりアシルに会うと苦しくなる。
好きなのに、好きと言ってもらえたのに、彼の手を取ることができなかった。
「待たせてしまったかしら。私達をここへ呼び出して何の話をするつもり?」
突き放すように問いかけた。
私達はもう友人ではない。ただの王女と臣下の関係だ。
「来てくださってありがとうございます。最後にもう一度確かめたかったのです。そして……」
アシルは表情を変えることなく皇子へ視線を向ける。
「……アルに聞きたいことがあるんだ」
「僕に?」
「シャルロット様がノルウィークの子爵と結婚すると聞いた。それは事実なのか?」
予想はしていた。
皇子に私の婚姻を阻止するよう頼むのだろう。
けれど彼だって皇子なのだ。
王命の重さも、それを拒絶することの意味も知っている。
これで何かが変わるとは思えない。
「…………君がそれを知っている理由は……まあいい。シャーリィとテイラー子爵の婚約は事実だ。十一月に式をあげると聞いている」
「アルはそれでいいのか?」
「よくないよ。けど………………はぁ、君のせいで全てが台無しだよ。もう後にひけなくなったじゃないか」
皇子はため息をついて私の方を向いた。
「シャーリィのことが好きなんだ。どうか僕と結婚してほしい。必ず君を幸せにすると約束するよ」
突然のプロポーズに頭が真っ白になる。
私は結婚相手が決まったばかりだというのに。
「でもっ、テイラー子爵との婚約が……」
「彼はノルウィークの貴族だ。多少強引にはなるけれど手がないわけではない」
「でも私はノルウィークに行くわけには……」
「ああ、大丈夫だよ。確かに僕は皇太子候補ではあるけれど、継承権を放棄すればナフィタリアに来ることができる」
その言葉でようやくテイラー子爵との婚約の意味を理解した。
国王陛下はノルウィークとの強固な繋がりを欲していた。
皇太子となる人物と良好な関係を築きたかったのだろう。けれど候補は二人いる。
だから私が不幸になるような縁談を用意した。
アルフレッド皇子が私のためにその立場を捨てれば、皇太子になれる皇子は一人に絞られる。
彼が皇子という立場を利用してこの縁談を無理やり阻止すれば、彼の評価は下がりやはり皇太子候補から外されてしまうだろう。
もし皇子が何も行動を起こさなくても国王陛下としては問題ない。
現状維持のまま私が不幸な婚姻をするだけなのだから。
「ドラゴン討伐の前に僕が言ったことを覚えているかい?」
「討伐の前……、渡したい物があるって言ってたこと……?」
「ああ。ノルウィークでは愛を伝える際に家紋の入ったプレゼントを渡すんだ」
そう言って彼は懐から小さな箱を取り出す。蓋をあけるとそこには指輪がはいっていた。
「シャーリィ、僕は君のことを愛している。これからも一緒に居てほしい」
皇子の目は真剣で、その言葉は嘘ではないのだとはっきりとわかった。
0
あなたにおすすめの小説
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
悪役令嬢は死んで生き返ってついでに中身も入れ替えました
蒼黒せい
恋愛
侯爵令嬢ミリアはその性格の悪さと家の権威散らし、散財から学園内では大層嫌われていた。しかし、突如不治の病にかかった彼女は5年という長い年月苦しみ続け、そして治療の甲斐もなく亡くなってしまう。しかし、直後に彼女は息を吹き返す。病を克服して。
だが、その中身は全くの別人であった。かつて『日本人』として生きていた女性は、異世界という新たな世界で二度目の生を謳歌する… ※同名アカウントでなろう・カクヨムにも投稿しています
前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)
miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます)
ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。
ここは、どうやら転生後の人生。
私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。
有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。
でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。
“前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。
そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。
ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。
高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。
大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。
という、少々…長いお話です。
鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…?
※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。
※ストーリーの進度は遅めかと思われます。
※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。
公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。
※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中)
※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
継母になった嫌われ令嬢です。お飾りの妻のはずが溺愛だなんて、どういうことですか?
石河 翠
恋愛
かつて日本人として暮らしていた記憶のある貴族令嬢アンナ。彼女は夫とも子どもともうまくいかず、散々な人生を送っていた。
生まれ変わった世界でも実母は亡くなり、実父と継母、異母妹に虐げられる日々。異母妹はアンナの名前で男漁りをし、アンナの評判は地に落ちている。そして成人を迎えたアンナは、最愛の妻を亡くした侯爵の元にお飾りの妻として嫁入りすることになる。
最初から期待なんてしなければいい。離れでひとり静かに過ごせれば満足だと思っていたはずが、問題児と評判の侯爵の息子エドワードと過ごすうちに家族としてどころか、すっかり溺愛されてしまい……。
幸せになることを諦めていたアンナが、侯爵とエドワードと一緒に幸せになるまでの物語。ハッピーエンドです。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:22495556)をお借りしております。
旧タイトル「政略結婚で継母になった嫌われ令嬢です。ビジネスライクで行こうと思っていたのに、溺愛だなんてどうなっているのでしょうか?」
この作品は他サイトにも投稿しております。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる