転生王女は初恋の平民魔術師と結婚したい!

Y子

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四章

62.求婚2

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 私はすぐに答えられなかった。

 だって近くにアシルがいる。
 私の好きな人が見ているのに、彼ではなく別の人の手を取ることはしたくなかった。
 けれど私が選ぶべき人は既に決まっている。
 私は王女なのだから、王の意を汲み王が望むもののために行動しなければならない。

 たった一言だ。『はい』と言えばいい。
 でも……。



 言いあぐねているといつの間にかアシルが隣にいて手を優しく握ってくれた。
 その手の温かさに泣きそうになる。
 両想いだったのに私は彼を拒んだ。
 それを間違っていたとは思わない。

 私は正しい選択をした。そしてこれから選ぶこともまた正解だ。

 でもどうしても声が出なかった。


「…………君たちが想いあっているのは知っている。シャーリィはアシルしか見ていなかったからね。けれどこれは君達の感情でどうにかなるものではない。君の婚姻を覆すことができるのは僕がノルウィークの皇子だからだ。選ぶといい。君を愛している僕か、会ったこともない遥か年上の男か……」

 選ぶまでもない。
 王がそれを望んでいるのだ。

 アシルの手を振り払って皇子の手をとろうとしたとき、アシルに手を引かれ強く抱き締められた。

「選択肢は本当にその二つだけ? アルの立場なら他の選択肢を出せるだろ」
「残念だけど他国の王族の婚姻に口出しする権利は僕にはない。それに僕が彼女を愛していることは事実だ。他の選択肢を提示できたとしても、それをする必要があるとは思えない」
「あるよ。シャルロット様は君を好きではない。これまでずっと辛い思いをしてきた彼女に、俺たちを助けてくれた彼女にそんな仕打ちをするのか?」

 その言葉に焦った。
 ノルウィークの皇子になんてことを言うのか。

 彼は私達が気安く接することを許してくれている。けれど本来はそんなことをしてはならない人なのだ。

「アシル!」
「シャルロット様と無理矢理結婚するのがアルの望みなのか? 君と結婚することがシャルロット様にとっての幸せなのか?」
「……君と結婚しなければシャーリィが幸せになれないとでも言うつもりかい?」
「まさか。けど他人に決められた結婚で幸せになれるとは思えない」

 その言い方だと皇子と結婚することで私が不幸になると言っているように聞こえてしまう。
 あまりにも不敬だ。
 看過するわけにはいかない。
 慌ててアシルから離れて皇子に向き直る。

「ごめんなさい。私が中途半端だから悪いの。貴方との婚姻が嫌なわけではないのよ。ただ、急で驚いただけだから……」

 皇子のことを好きなわけではないけれど、でも人として尊敬できるし私には勿体ないと思うほど素晴らしい人だと思う。
 国王陛下もそれを望んでいるのだから私に彼を拒絶する理由は無い。
 こんな状況でなければきっと笑顔で彼のプロポーズを受けただろう。

「アルと結婚するわ。だから、……アシルの先程の言葉を聞かなかったことにしてほしいの。ノルウィークの皇子に無礼を働いたことは許されることではないけれど……お願いします。アシルを許してください」

 私のせいでアシルが不幸になるのは嫌だった。  

 皇子は首を横に振った。

「アシルを咎めるつもりなんてないよ。彼は僕の友人だし恩人でもある。あの時アシルが居てくれたから僕は生きてここに居られるんだ」

 そう言うと皇子はため息をついた。

「僕だってシャーリィを無理矢理娶ることはしたくないんだよ。けれど先程も言ったように僕達の感情で王族の婚姻を決めることはできない。国同士の利害も関わってくるからね」
「それなら俺とアルの利害を一致させよう。俺はシャルロット様が望む相手と幸せになってくれればいい。それが俺でなくても構わない。だから今回の婚姻を無効にしたいんだ。アルに協力してほしい。その対価として俺からはこの魔道具とドラゴンを差し出すよ」

 アシルは懐から手のひら程度の大きさの筐体を取り出した。
 彼はそれを魔道具だと言ったけれどこれまで見た魔道具とは全然違う。
 中身が剥き出しになっているし中央には赤黒い丸いものが入っていて、そしてその上に私が褒賞としてあげた琥珀色の宝石が乗っている。

「その魔道具についてるのはアダマンテウスだろう? それにドラゴン?? どういうことだい?」
「俺の全財産。足りない?」
「いや、足りないって……え? 全財産?? あれ、え? アシルは平民って言ってなかったっけ?」

 皇子は困惑している。
 当たり前だ。平民がこんな高級な宝石を持っているなんて有り得ないし、ドラゴンの死骸に至っては本来値段をつけることなんて出来ない代物だ。

「アシルは今でも平民のままよ。そしてその二つは確かにアシル個人の所有物なの。アシルは領地と爵位の代わりにドラゴンを欲しがったのよ……。えっと、一応所有権はアシルにあるのだけど、使用権はナフィタリアにもあるから両国の研究に支障はないわ」
「え……だからって……ドラゴンだよ? 伝説の生き物だよ?? 有り得ない……」

 皇子は眉間に皺を寄せ、理解が出来ないというように呟いた。
 気持ちはよくわかる。
 あの時は私も同じ気持ちだったから。でも国王陛下がそれでいいと言ったのだから受け入れるしかない。

「魔道具の説明してもいい?」

 アシルは話が逸れたことが不満だったのか、いつもより低い声でそう言った。
 私と皇子が頷くと彼は簡単に魔道具について話してくれた。
 その不気味な魔道具は魔物避けの魔道具なのだという。擬似的に強い魔物の気配を作り出し、それより弱い魔物が近寄れないようにできるらしい。

「もちろんあのドラゴンみたいなのには効かないし、範囲も限定的だけど……。あ、これはナフィタリアの技術は一切使ってないから漏洩ではないよ」
「ちょっと待って。その魔道具もドラゴンもアシルの夢を叶えるためのものでしょう? 全てを手放したらアシルの夢が……」

 初めて会った時から彼の願いは変わっていない。
 私のためにそれらを諦めさせたくはなかった。

「大丈夫だよ。俺の役目はもう終わったから。俺の夢を俺が叶える必要はないんだ。別の誰かが成し遂げてくれればそれでいい。それよりシャルロット様が幸せになることの方が大事なんだ」
「どうして……」
「シャルロット様のことが何よりも好きだから。全てを失っても構わないと思えるくらいに好きなんだ」

 ずっと彼の一番は魔術なのだと思っていた。
 だって一緒にいても魔術のことばかりだし、私と話していても照れたり喜んだりしない。
 だからそんなふうに思ってもらえてるなんて考えもしなかった。

 私が王女でなかったら、迷わず彼の手をとって一緒に逃げていただろう。
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