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番外編 流珠緒も転生したい 4
しおりを挟む数日後。
「おい、タマオ。この男は何故謝罪をしておるのだ?フリンとは何だ?」
「…アーツ。私は仮眠を取りたいの。ワイドショーなんか見てないで消しなさい」
真昼間からテレビをつけて食い入るように見ている彼に、私は注意する。
彼…アーツに転生させてもらう約束をしてから、私の奇妙な生活が始まった。
アーツはやはり人間ではないらしい。私以外の者には姿が見えないのだ。時折私の背後に浮きながらついて来ているのに、誰もつっこまないから。
私は今自室でお昼休憩中だけれど…とにかく距離が近いし、「人間はどうして◯◯なのか?」という質問が多い。お昼くらいゆっくり休みたいのに。
「ねぇ、アーツ。あなた今までフラフラと世界中を渡り歩いていたんでしょう?また出かけたらいいじゃないの。私もまだ転生できないし」
そう言うと、彼は真顔でこう返す。
「我は出かけるのに飽きた。今は人間観察をするほうがよほど良い。タマオ、お前の観察もだ。お前を見ていると不思議な気持ちになる」
「………」
褒められている訳ではないのに、私はなんだか恥ずかしくなった。無言でテレビを消して近くのソファに寝そべる。
アーツはとにかく顔が良い。そんじょそこらの俳優が束になってもかなわないくらい。それだけではない。奇妙な事に、彼の瞳は虹色に輝いているのだ。目が合うと年甲斐もなくドキドキしてしまう。
思わず至近距離でじっと見つめてしまい、「タマオは我の顔が見えないのか?近眼なのか?」と言われたのは記憶に新しい。
それでもこんなイケメンの前で、平気でウトウトできるくらいには私も神経が図太くなったし、それなりに仕事をして疲れている。今はとりあえず眠ろう、そう思いながら私は目をつぶった…。
・・・・・・・
「…なんだ。眠ってしまったのか。確か寝ている者には何かかけてやるのだったな…」
アーツはそう思い、辺りを見渡す。ふと視線の先にブランケットを見つけたのでそれをかけてやった。
「少し動いただけでこれほど疲れているとはな。やはり人間は軟弱だ」
そう言いながら、寝ている珠緒をじっと見る。
「タマオは今日も朝から老若男女問わず頭を下げて挨拶をしていたな。それに常に周りに声をかけてせわしなく動いている。いつか倒れるのではないか?…わからぬ。何故ここで働き続けているのか。三倉舞来も転生してもうこの地に用はないはずだ。何故だ…何故だ…?」
アーツは腕組みをして、首をかしげた。彼女が何を考えているのかわからない。そもそも人間の考える事なんて、天上人の自分には全く理解できないし興味がなかった。
しかし珠緒は別だった。最初こそあんなに威勢のいい女だったのに、普段は物静かで何か言われると控えめに笑っている。
何かと気になってしまい、気づけば彼女の後をついてまわっていた。「後ろにくっつかないで。そんなに暇なら何か手伝って!」と叱られて竹ボウキを渡された事もあった。解せぬ。
色々考え込んでいると、珠緒が目を覚ました。
「ふわあ…ああ、少し体が楽になったわね。って、あら?このブランケット…あなたがかけてくれたの?」
「あ、ああ。以前タマオが寝ている従業員にかけていただろう?それを真似した」
「まぁ…ありがとう。嬉しいわ、アーツ」
彼女はニコッと笑った。
「ああ…それが『感謝』という行為なのか?不思議な気持ちだ。体が少し温まるような…もっと知りたい…」
またもや首をかしげるアーツに、珠緒は笑いながら質問した。
「ふふっ。不思議な気持ち、ねぇ…。それが何か知りたいのなら、一度人間の暮らしを体験してみたら?ここで働くとか」
「いっ、嫌だ。我はタマオのように何度も頭を下げられぬ。首が痛くなりそうだ」
「まぁ、ひどいわね。私の仕事を馬鹿にしてるの?ふふっ、それなら今後アーツには私の愚痴を聞いてもらう係になってもらおうかしらね。
あら?もうこんな時間だわ。そろそろお出迎えの準備をしないと」
そう言いながら、珠緒はさっさと身なりを整えて出て行った。一人残されたアーツはまた考え込む。
「タマオは本当に不思議な人間だ。当初は仕事が落ち着いたら転生したいと言っていたが…彼女はまた人間として生活するのか。ここを去って…。
…我と同じ、天上人だったら良かったのに。それなら…」
そう言いかけて、ハッとする。
「…?我は今、何を考えた…?
いや、いい。また後で思い出そう。それよりテレビをつけないと…あの番組が始まってしまう」
アーツはリモコンの電源ボタンをピッと押して、テレビをつける。とあるドラマが放送されるからだ…。
・・・・・・・
「…ふぅ。今日も一日頑張ったわね」
午後の仕事を無事終えた私は、自室に戻るとソファに座った。すると、どこからかアーツがやってきた。
「仕事は終わったのか?タマオ」
「ええ。今日も特に問題なく終えられて良かったわ。でも、団体のお客様が多いから疲れたわね。明日も大変だろうから早く休まないと…」
「休むだと?先程寝ていたのに、またか?」
「だって寝ないと疲れが取れないもの。二十代の頃のように夜ふかししても元気いっぱい、とはいかないわよ。何か用でもあったの?アーツ」
「用という程でもないが…試したい事があったのだ。良いか?」
「時間がかからないなら良いけれど…何かしら?」
すると。アーツはスッと私の後ろに移動してきたかと思うと…ソファへ座ったままの私にいきなりバックハグをした。突然の行為に私は仰天する。
「?!え、何?どうしたの?!」
「何って…元気にならぬのか?昼にテレビでやっていたのと同じ事をしたんだが。子供が母親にこうして抱きつくと、母親は疲れが取れるそうだ。違ったか?」
そう耳元で話される。私は内心ドキドキしながらも平静を装う。
「もう!またテレビを見ていたのね。すぐドラマやCMの真似をするんだから…。
ふふっ、でもいいわね。誰かに抱きしめられるなんて本当久しぶりだわ」
「…何?タマオは誰かに抱かれた事があるのか?我以外に」
「その言い方は誤解を招くからやめなさい…。そりゃあね。昔は彼氏とかいたから」
でも実は既婚者で、私は知らずのうちに不倫していた。ある日それを知らされて彼と即別れたのは余談である。
「………」
それを聞いた途端、アーツはハグをやめた。
「?どうしたの?」
「別に…」
彼は急に無口になりそっぽを向いた。何だか機嫌が悪そうだ。腕を組みムスッとしている。それが意味する事は。
(まさか…ね)
アーツの様子は気になるが、私も疲れている。私は彼をそのままにして寝る準備を始めた…。
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