それでも魔王は聖女を攫う

大和

文字の大きさ
13 / 40

9.5. 異界の少女は勉強中

しおりを挟む


「リオ様、お茶をお持ちしました。休憩にいたしましょう」
「ありがとう、カトレア!」

 小一時間ほどにらめっこしていたこの国の分厚い歴史書を閉じて思いっきり伸びをする。

「お勉強は順調ですか?」
「うーん、ぼちぼちかなぁ……文章を読むのはまだ難しくって」

 ──この世界に来て、もう随分経つ気がする。
 ごくごく普通の女子高生だった私、加藤理音は、学校帰りに交通事故に巻き込まれて死んだ……はずだった。
 気がついたら私の身体は宙に浮いていて、というか落下していて。状況を理解する前に、私は大きな腕に抱きとめられていた。

 時空の歪みで異世界へ。
 そんなファンタジーの当事者になるなんて考えたこともなくて、最初はすごく戸惑った。文化も暮らしも現代日本とは全然違うし……ただ、初めからこの国の言葉を理解出来ていたのだけは救いだった。
 いろいろな人と会って、話をして──元の世界に戻れないだろうって聞いた時は悲しかったけれど、きっと自分はあの日死んでしまうはずで、それなのに何かの縁で今もこうして生きられているのだ。
 ならば今度はこの世界で、一生懸命暮らしていこうと決意した。

 幸いというべきか、私を助けてくれたヴァンはなんとこの国の王様ということで、城に招かれて何不自由ない生活をさせてもらっている。
 美味しい食事、温かい寝床、優しい人々。
今まで自分が不幸だなんて思ったことはないけど、今こんなに幸せでいいのかとときどき不安になる。
 だけどそんな時はいつでもヴァンが寄り添ってくれて、幸せでいいんだと笑いかけてくれる。
 ずっとそれに甘えていたけれど──最近、私は猛勉強中なのだ。

「単語は分かるんだけど、文法が元の世界と全然違ってて……しゃべるのには困らないんだけどなぁ……」
「語学は反復練習が大切です。その歴史書を読み終える頃にはうんと上達しているでしょう」
「そうだといいな!」

 手際よくお茶の支度をしながらカトレアがくれる言葉に嬉しくなる。
 彼女は少し前、陛下に連れられて突然私の前にやって来た。

『彼女は今日からリオ付きの侍女とする。何かあれば申し付けるといい』
『ええ……?』
『カトレアと申します』

 固い声で名乗った彼女は、どう見てもいつもアイリス様の後ろに控えていた女性だった。

『あの、アイリス様の侍女の方なんじゃ……』
『……彼女は今、病で臥せっている。看病のためにこちらの侍女を数人付けたんだ』
『えっ⁉︎ アイリス様は大丈夫なの⁉︎』
『ああ、大事ない。だが感染の恐れもある、しばらく見かけないだろうが心配するな』
『……なら、いいんだけど……』

 アイリス様。誰より美しく、厳しく、優しい王妃様。
 早く良くなるといいな、と呑気に考える私は、ヴァンの陰でカトレアが血が滲むほど手を握りしめていたことに気づかなかった。

 ヴァンが去った後、私に向き直ったカトレアは一言、こう尋ねた。

『リオ様は、アイリス様のことをどう思われていますか?』

 突然の質問にびっくりしてしまったけど、城での生活の中でアイリス様の話を振られることがなかったから、私は思わず大きな声で返してしまった。

『──すごくすごく、優しいひと!!』
『……!』

 それから数分間、滔々と彼女の話を続ける私に初めぽかんとしていたカトレアは、突然がしりと私の手を握った。

『……そう、そうなのです!』

 聞けば、カトレアはアイリス様の祖国から一緒にこの国に来たのだという。淡々としていて誤解されやすいアイリス様を、カトレアはずっと案じていたようだった。

『本当は、私もアイリス様のお側に居たいのですが……』
『え、じゃあそうした方がいいんじゃ』
『……いいえ、しばらくの辛抱です。今はリオ様に誠心誠意お仕えすることが、翻ってあの方のお力になるでしょうから』

 その言葉の意味を──私は、この時全く理解していなかった。



 料理長特製だという焼菓子に舌鼓を打っていると、部屋の扉がノックされた。

「ごきげんよう、リオ様。お勉強中に失礼します」
「サラム!」

 やって来たのはヴァンの側近である執政官のサラムだった。さらりとした銀髪に眼鏡をかけて、いつもニコニコと柔和な笑みを浮かべている。

「今、休憩してるところなの。どうかした?」
「いえ、陛下から様子を見てくるよう仰せつかりまして」
「……すぐにお茶をお持ちします」
「お構いなく」

 踵を返して部屋を出て行ったカトレアの姿を見送って、私はサラムにこっそり尋ねてみることにした。

「……あのね、サラム……」
「はい、なんでしょう?」
「アイリス様のお加減は、どう?」
「…………」

 カトレアにもアイリス様の病状は知らされていないらしく、前に彼女に尋ねた時悲しい顔をされてしまった。
 ヴァンに近しいサラムなら知っているかもしれない、と軽い気持ちで聞いたけれど……返ってきたのは、予想外の言葉だった。

「……実は、あまり芳しくないのです」
「えっ⁉︎」
「どうかこれはご内密に。陛下にも、あの侍女にもお伝えになりませんよう。いたずらに悲しませてしまいますからね」
「そ、そんなに悪いの……?」
「おそらく、長くは保たないでしょう」

 サラムがくっと眼鏡を持ち上げる。

「……ですからリオ様、どうかしっかりお勉強に励んでくださいね」
「……え、?」
「妃殿下亡き後、王妃の座に就かれるのは貴女なのですから」
「え、え、ちょっと!」

 何を言っているんだろう。
 王妃。私が?

「そんなのありえない! だって王妃はアイリス様で……っ」
「ですから妃殿下が亡くなられた後の話です。そう遠い話ではなさそうですが」
「そんな、そんなの……!」

 サラムが不思議そうに首を傾げる。

「お嫌なんですか? 陛下のことはお嫌いではないでしょう?」
「ヴァンのことは……そりゃ好き、だけど……、そういうことじゃなくて!」
「……突然のことで心乱されるのも分かります。しかしどうか、お覚悟をお持ちくださいリオ様」

 貴女が、この国の王妃となるのです。
 サラムが耳元でそう囁いた瞬間、カトレアが部屋に戻ってきた。

「……リオ様?」
「それでは私はこの辺で。陛下にはよく学んでおられましたとお伝えしておきましょう」

 ぱっと離れた彼はいつもの柔和な表情で去っていく。
 呆然とする私をカトレアが心配そうに覗き込んだ。

「リオ様、どうかなさいましたか? まさかあの男に何かされたんじゃ……」

 彼女の琥珀色の瞳を見つめる。カトレアにも言うなと言われた。つまり彼女も、アイリス様のことを知らないのだ。

「……ううん、なんでもない……なんでも、ないの…………」


 ──貴女は、学ばなければなりません

 アイリス様はそう言った。

 ──この国のこと、他国のこと、そこに生きる人々のこと。貴女は貴女の感性のままで、よく学び、考えなさい

 貴女がそう言ってくれたから、私、苦手な勉強も頑張ろうって思ったんです。

 ──そうすれば、貴女は───…

 あの時。
 そうすればどうなると、私に言いたかったんですか、アイリス様───

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

皇太子から婚約破棄を言い渡されたので国の果ての塔で隠居生活を楽しもうと思っていたのですが…どうして私は魔王に口説かれているのでしょうか?

高井繭来
恋愛
リコリス・ロコニオ・クレーンカは8歳のころ皇太子に見初められたクレーンカ伯爵の1人娘だ。 しかしリコリスは体が弱く皇太子が尋ねてきても何時も寝所で臥せっていた。 そんな手も握らせないリコリスに愛想をつかした皇太子はリコリスとの婚約を破棄し国の聖女であるディルバ・アーレンと婚約を結ぶと自らの18歳の誕生の宴の場で告げた。 そして聖女ディルバに陰湿な嫌がらせをしたとしてリコリスを果ての塔へ幽閉すると告げた。 しかし皇太子は知らなかった。 クレーンカ一族こそ陰で国を支える《武神》の一族であると言う事を。 そしてリコリスが物心がついた頃には《武神》とし聖女の結界で補えない高位の魔族を屠ってきたことを。 果ての塔へ幽閉され《武神》の仕事から解放されたリコリスは喜びに満ちていた。 「これでやっと好きなだけ寝れますわ!!」 リコリスの病弱の原因は弱すぎる聖女の結界を補うために毎夜戦い続けていた為の睡眠不足であった。 1章と2章で本編は完結となります。 その後からはキャラ達がワチャワチャ騒いでいます。 話しはまだ投下するので、本編は終わってますがこれからも御贔屓ください(*- -)(*_ _)ペコリ

十の加護を持つ元王妃は製菓に勤しむ

水瀬 立乃
恋愛
様々な神の加護を信じ崇める国・ティーズベル王国。 訳ありの元王妃・ティアは、その身分と聖女だった過去を隠し、愛息子と共に辺境のギニギル村で暮らしていた。 恩人で親友のマロアと二人で開店した米粉の洋菓子店・ホワンは連日大盛況。 年に一度の豊穣祭の初日、ある事件がきっかけでティアの日常は一変する。 私、王宮には戻りません。王都で気ままに、お菓子を作って暮らします! ※小説家になろう様でも同作品を連載しています(https://ncode.syosetu.com/n7467hc/)

私を裁いたその口で、今さら赦しを乞うのですか?

榛乃
恋愛
「貴様には、王都からの追放を命ずる」 “偽物の聖女”と断じられ、神の声を騙った“魔女”として断罪されたリディア。 地位も居場所も、婚約者さえも奪われ、更には信じていた神にすら見放された彼女に、人々は罵声と憎悪を浴びせる。 終わりのない逃避の果て、彼女は廃墟同然と化した礼拝堂へ辿り着く。 そこにいたのは、嘗て病から自分を救ってくれた、主神・ルシエルだった。 けれど再会した彼は、リディアを冷たく突き放す。 「“本物の聖女”なら、神に無条件で溺愛されるとでも思っていたのか」 全てを失った聖女と、過去に傷を抱えた神。 すれ違い、衝突しながらも、やがて少しずつ心を通わせていく―― これは、哀しみの果てに辿り着いたふたりが、やさしい愛に救われるまでの物語。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

処理中です...