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10. 友の願い
しおりを挟む……どうにも最近、エドウィンのことを探られている、気がする。
侍女たちは夕食を片付けるとすぐに城内へ戻ってしまうのだが、最近夜更けに塔まで来ているようなのだ。時々、扉の外で微かな足音と人の気配がする。
幸い、エドウィンは今多忙らしく、ここ数日は塔に来ていない。
このまま来ないでいてくれたら──そう、思っていたけれど。
「……来てしまったのですね」
「どうしたんだアイリス、悲しいことを言わないでくれ」
迷惑だったか、と眉を下げる彼に首を振る。
「そうではないのです。ただ……」
「ただ?」
「……監視の目が日に日に厳しくなっています。いつ貴方が見つかるか……」
きっと、最初で最後の「友達」。
今、自分の身すら危うい状況で、一国の王たる彼を危険に晒すわけにはいかない。
ずっと考えていたことを、伝えるべきは今日しかないだろう。
「───エドウィン、どうかもう、此処には来ないでください」
「……どうして?」
「クレルシェンドは魔族に対して否定的です。貴方が許可なくこの国に度々侵入していたと知れれば、それこそ戦争になりかねない」
「上手くやってみせると言っても?」
「友の身を、案じる気持ちを汲んではくれませんか」
揺れる真紅を真っ直ぐに見つめる。その真摯な瞳に、私がどれだけ救われていたか。
そっと部屋の中を顧みる。彼がいつもひとつずつ持ち込む土産を、侍女の目には触れないように陰に飾っていた。
未だに咲き続ける白い花、空色の石、宝石のように輝く飴玉、手作りと思しき不恰好な人形。
その他にもいろいろと与えられた小さな宝物たちが、いつでも私の心を慰めてくれたのだ。
その優しさを思うだけで、私はきっと最期まで役目を全うできる。
「もっと、お話しできればよかった。出来れば陽の当たる場所で」
「待ってくれアイリス、それでは貴女が……」
「エドウィン。どうか友の願いを聞いてください」
きっと私は今、情けない顔をしている。彼にはこんな姿ばかり見せていた。全てが変わってしまう前の王妃らしい姿で会うことができたなら──否、きっとそれではこんなふうに友達になることもなかっただろう。
「アイリス、」
何かを言いかけた彼がこちらに腕を伸ばした刹那、
かつん、
遠くで階段の鳴る音がした。
「エドウィン……!」
「しかしアイリス、」
「早く行って、二度と来ないで……!」
ばさり、漆黒の翼が羽搏く。
「……必ず、貴女を───」
風の音と共に、彼の声は掻き消えた。
彼の言わんとした言葉を理解して、瞼の奥が熱くなる。
「……来ないでって、言っているのに……」
ばたばたと階段を駆け下りる音が響く。
姿を見られる前に彼を帰せてよかった。この国で咎められるべきは私だけだ。
どうかあの優しい王に、精霊の更なる加護があらんことを。
眦が濡れているのは、きっと気のせいだ。
程なくして、アレクを筆頭に近衛兵達が西の塔に押しかけた。
「アイリス=アウル=クレルシェンド! 貴様を王の御前に連行する!」
私はこれから、自分の夫に裁かれる。
◆ ◆ ◆
ほとんど弾き飛ばされるような転移の仕方は初めてだった。
突然王城に帰還した俺を、ギールとクオンが呆然と見つめる。
「……陛下? 今のは……」
「変な転移、でしたねー」
「…………」
空間転移には風と時の精霊の力を借りる。それは基本的に自分で制御できるはずのものだが、あの一瞬、アイリスの叫びに精霊が同調した。結果、俺の意思とは関係なく転移が完了してしまったのだろう。
精霊の加護というのを甘く見ていた。
「……少し、まずいことになった」
ギールが眉間に皺を寄せる。
「何をやらかしたんです? まさかクレルシェンドの人間に姿を見られたんじゃ……」
「見られてはいないはずだ。だが……アイリスの身が危ないかもしれない」
蒼白な彼女の顔を思い出す。やつれてしまってもなお美しい彼女は人の気配に色を無くし、二度と来るなと俺を追い出した。
きっと、全てを自分が背負うつもりで。
クレルシェンドの現状は普通ではない。この先アイリスがどんな扱いを受けるのかすら分かったものではないのだ。
「……ギール、すぐに支度を」
「おや、ようやく腹を決めましたか」
「ああ。言っただろう、彼女は喪われるべきじゃない」
泣きそうに歪んだ朝焼けの瞳。
あんな顔を、させたくなかったのに。
「必ず彼女を───攫ってみせる」
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