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第1関門!
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式が終わって、食事会も済ませて、もうクタクタだ。ボロが出る前に、「疲れたから」と早めに戻ってきたものの、どこへ行くにも何をするにも誰かがまとわりついてきて、疲れる。入浴だけは全員下がってもらい、今は広い浴場にリリーと二人きりだ。
「なんなのあのじじぃ!」
「アーシャ様、声を荒げないでください」
「見るからに、悪そうな顔してたじゃない!」
「そういう方もいらっしゃいます」
「身体ばっかりジロジロ見てきて、気持ち悪いったらありゃしないじゃない!あんなゴミを重臣に置いておくなんて、この国も廃れたものね」
「誰が聞いているかわかりませんので、どうかお許しに・・・」
「あの挨拶してきた、若いのもなんなの!くねっくねして、距離が近すぎるのよ!よくあんな顔を晒せるものね、見てるだけで気分が悪くなりそう」
「アーシャ様!いい加減になさってください」
甲高いリリーの声に、現実に戻されたような気がする。頭がすごく熱くて、クラクラする。自分でも分かっているのだ。どれほど自分の性格が醜く、冷たいかくらいは。でも、全て事実なのだ。式の最中、挨拶にたくさんの人が来た。その中の、あの重臣の年のいった男は、舐めるように身体を見て来て、気味の悪い笑み口元に浮かべていた。あの薄汚い笑みは何かを企んでいる笑みだ。近づいてはいけないと本能が言っている。父親らしい人に連れてこられた青年もそうだ。なんとも歪な表情で、痩せっぽちな身体をずっと揺すっていた。定まらない視線も不愉快だったけれど、それ以上に近いのだ。何かの拍子に、体と体がぶつかってしまいそうなほどだ。たったそれだけだ。なのにどちらも許してやることはできない。そんな自分に嫌気がさしてる。
「ノアジール様、私のことどんな風に思っていると思う?」
静まり返った浴室に少し低めの小さな声が響く。側にいるリリーにしか伝わらないだろう。
「悪いようには捉えていないと思います」
それはこれからのことを見越してか、とは聞けなかった。人に怯えられることが、怖いのだ。そして何より、誰も側にいてくれないことが一番嫌なのだ。最期の時まで連れ添う夫には、尚更である。
「そう・・・」
「ですが、無理をして笑っていてはアーシャ様が幸せになれません」
無理をして笑っている、というより必死で隠しているのだ。些細な言葉で人は傷ついてしまう。それは自分も同じなのに、ついえぐるようなことを口にしてしまう。幼い頃はそうしなければ自分がやられてしまう、その状況だった。当然、今は違う。毎日怒鳴りつけてくる母親も、理不尽な家庭教師ももういない。抗う必要はもうないのだ。だから、傷つけぬよう、笑っていれば良いのだ。
「あなたはどこまでもお人好しなのね」
最高の褒め言葉のつもりだ。たとえそれが嫌味に聞こえても、そんな言葉しか出てこなかった。
「えぇ、そうかもしれませんね。そうそう、今晩は旦那様と一緒に眠るんですよ?しておきたいことは何かないのですか?」
自分の話はしたくないのか、それとももう少し夫に関心を持たせたいのか、真意の見えないリリーは続ける。
「アーシャ様はなんだか旦那様によそよそしいのです。もう少し懐っこくできませんか?」
「懐っこく、がわからないのよ」
髪の毛を乾かすのと同じくらい、煩わしい。今日だって自分よりもはるかに可愛い娘はたくさんいた。その中には性格も良さそうで、人当たりのいい娘だっていた。結局鉱山が欲しいだけか、なんて思ってしまったりもした。どうせこの後、間も無く愛人を作り、そっちに行くだろう。これがきっと散々人を傷つけた天罰だ。
「もっと心を許し、自ら歩み寄るのです」
リリーの髪の毛を梳かす手に力こもり、少し痛いくらい。疲れて嫌味を言う気力もなく、ため息を吐くくらいしかできない、否、しなかった。
「心を許したら、性格が悪いのがバレちゃうじゃない。そっちの方がよっぽど困るわ」
それに、彼もその方が良いだろう。他に想っている人がいるのに、こっちが馴れ馴れしくしていては上手くいかなくなってしまうだろう。そのくらいの優しさはある。
「なんだか違うような気がします」
「あなたには分からないのよ。そう、いつもの香水あるかしら?」
「只今お持ちいたします」
リリーがいなくなり、名前も分からない部屋に一人になった。妙に空気が冷たくなった。
鏡の向こうに大嫌いな人が写っていた。目が合うと、咄嗟に顔を伏せた。早く寝たい、それしか考えられないくらい今日は疲れてしまった。でも、ふとこの後のことを思い出し、今度は緊張の波に襲われた。二人きりで気まずくならないだろうか、放って置かれたら寂しいかもしれないとか、無理に話しかけられたり、気を遣われないだろうかとか、色々不安なことがある。もし、普通の恋愛だったらと、途中まで考えたが、やっぱりやめた。普通の政略でもなんでもなかったら、結婚することはまずなかっただろう。リリーの足音が聞こえる。緊張の鼓動も連れて聞こえる。
「なんなのあのじじぃ!」
「アーシャ様、声を荒げないでください」
「見るからに、悪そうな顔してたじゃない!」
「そういう方もいらっしゃいます」
「身体ばっかりジロジロ見てきて、気持ち悪いったらありゃしないじゃない!あんなゴミを重臣に置いておくなんて、この国も廃れたものね」
「誰が聞いているかわかりませんので、どうかお許しに・・・」
「あの挨拶してきた、若いのもなんなの!くねっくねして、距離が近すぎるのよ!よくあんな顔を晒せるものね、見てるだけで気分が悪くなりそう」
「アーシャ様!いい加減になさってください」
甲高いリリーの声に、現実に戻されたような気がする。頭がすごく熱くて、クラクラする。自分でも分かっているのだ。どれほど自分の性格が醜く、冷たいかくらいは。でも、全て事実なのだ。式の最中、挨拶にたくさんの人が来た。その中の、あの重臣の年のいった男は、舐めるように身体を見て来て、気味の悪い笑み口元に浮かべていた。あの薄汚い笑みは何かを企んでいる笑みだ。近づいてはいけないと本能が言っている。父親らしい人に連れてこられた青年もそうだ。なんとも歪な表情で、痩せっぽちな身体をずっと揺すっていた。定まらない視線も不愉快だったけれど、それ以上に近いのだ。何かの拍子に、体と体がぶつかってしまいそうなほどだ。たったそれだけだ。なのにどちらも許してやることはできない。そんな自分に嫌気がさしてる。
「ノアジール様、私のことどんな風に思っていると思う?」
静まり返った浴室に少し低めの小さな声が響く。側にいるリリーにしか伝わらないだろう。
「悪いようには捉えていないと思います」
それはこれからのことを見越してか、とは聞けなかった。人に怯えられることが、怖いのだ。そして何より、誰も側にいてくれないことが一番嫌なのだ。最期の時まで連れ添う夫には、尚更である。
「そう・・・」
「ですが、無理をして笑っていてはアーシャ様が幸せになれません」
無理をして笑っている、というより必死で隠しているのだ。些細な言葉で人は傷ついてしまう。それは自分も同じなのに、ついえぐるようなことを口にしてしまう。幼い頃はそうしなければ自分がやられてしまう、その状況だった。当然、今は違う。毎日怒鳴りつけてくる母親も、理不尽な家庭教師ももういない。抗う必要はもうないのだ。だから、傷つけぬよう、笑っていれば良いのだ。
「あなたはどこまでもお人好しなのね」
最高の褒め言葉のつもりだ。たとえそれが嫌味に聞こえても、そんな言葉しか出てこなかった。
「えぇ、そうかもしれませんね。そうそう、今晩は旦那様と一緒に眠るんですよ?しておきたいことは何かないのですか?」
自分の話はしたくないのか、それとももう少し夫に関心を持たせたいのか、真意の見えないリリーは続ける。
「アーシャ様はなんだか旦那様によそよそしいのです。もう少し懐っこくできませんか?」
「懐っこく、がわからないのよ」
髪の毛を乾かすのと同じくらい、煩わしい。今日だって自分よりもはるかに可愛い娘はたくさんいた。その中には性格も良さそうで、人当たりのいい娘だっていた。結局鉱山が欲しいだけか、なんて思ってしまったりもした。どうせこの後、間も無く愛人を作り、そっちに行くだろう。これがきっと散々人を傷つけた天罰だ。
「もっと心を許し、自ら歩み寄るのです」
リリーの髪の毛を梳かす手に力こもり、少し痛いくらい。疲れて嫌味を言う気力もなく、ため息を吐くくらいしかできない、否、しなかった。
「心を許したら、性格が悪いのがバレちゃうじゃない。そっちの方がよっぽど困るわ」
それに、彼もその方が良いだろう。他に想っている人がいるのに、こっちが馴れ馴れしくしていては上手くいかなくなってしまうだろう。そのくらいの優しさはある。
「なんだか違うような気がします」
「あなたには分からないのよ。そう、いつもの香水あるかしら?」
「只今お持ちいたします」
リリーがいなくなり、名前も分からない部屋に一人になった。妙に空気が冷たくなった。
鏡の向こうに大嫌いな人が写っていた。目が合うと、咄嗟に顔を伏せた。早く寝たい、それしか考えられないくらい今日は疲れてしまった。でも、ふとこの後のことを思い出し、今度は緊張の波に襲われた。二人きりで気まずくならないだろうか、放って置かれたら寂しいかもしれないとか、無理に話しかけられたり、気を遣われないだろうかとか、色々不安なことがある。もし、普通の恋愛だったらと、途中まで考えたが、やっぱりやめた。普通の政略でもなんでもなかったら、結婚することはまずなかっただろう。リリーの足音が聞こえる。緊張の鼓動も連れて聞こえる。
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