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ハルトの記憶①
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オスカー・オルドネス子爵に、僕が養子として迎え入れられたのは、跡取りとなるはずだった一人娘のアリアさんが古代文明の研究員として王都へ住まいを移し、結婚する気も跡を継ぐ気も全くないと宣言したためだった。
年の割に理解力があって、利発な孤児がいる、という評判を聞いて僕を選んでくれたらしい。
その後、未婚のままリビアを身ごもり家に帰って来たアリアさんは、どんなに父様が叱ろうが、宥めようが、子の父親を明かすことなく出産し、あっけなく命を落としてしまった。
娘を亡くした父様の落胆ぶりは見ていられないほどだったが、赤子の世話は待ったなしだ。貧しい我が子爵家には使用人の一人もいなかったが、母を失った乳飲み子を育てるため、通いの乳母が雇われることになった。
その乳母もリビアが2歳になる頃には経済的理由で暇を出さざるを得なかった。
僕がいなければ、父様一人でリビアを育てることは難しかっただろう。僕はこれでも孤児院で幼い子供の面倒も見ていたし、家事も一通りこなせた。
引き取られたときには、まさか子育てをしなくれはならないなんて、思いもしなかったけれど。
経営の苦しい領地を残して父様が亡くなったのは、僕が12歳、リビアが5歳の時だった。
泣きじゃくるリビアをなぐさめながら、僕は決断した。
(僕がオルドネス領を立て直して見せる。リビアのために!)
領民の手を借りて父様を葬ると、爵位継承の手続きを終え、僕は若すぎる領主となった。
父様が生前に熟していた領地経営のノウハウは理解していたし、領地が抱える問題に対して策を立て実行することもそう難しくなかった。多分、領地経営に向いていたんだろう。見る見るうちにオルドネス領の経営状況は好転した。
そうすると、食い物にしようと悪い大人が群がって来たが、軒並み返り討ちにし領地を守った。
ようやく16歳の成人を迎え、王立学園への入学義務を果たさなければならなかった。
そのために王都へ住むなんて馬鹿らしい。
そんな暇もなかったし、領地を離れる気もなかった。だから入学と同時に卒業認定試験を受けたんだ。
前代未聞と唾を飛ばして文句を言ってきた大人もいたけど、それを規制する決まりもなかったしね。
おかげで一日も通わずに王立学園を卒業することができた。
この時は少し目立ってしまったけれど、周囲から舐められることも減ったので結果良しとした。
この頃からだったと記憶している。体調に異変が起きたのは。
常に怠く、体が重い。ただの疲労とは思えなかった。
「お兄様、顔色が悪いわ。少し働き過ぎなのではなくて?」
可愛らしいリビアが、心配げに見上げてくる。僕はにこりと笑みを浮かべ、リビアの柔らかい金色の髪をくしゃりと撫でた。
「大丈夫だよ。急ぎで仕上げなければならない仕事があったせいかな」
「お仕事より、体を大事にしてね」
こうして心配してくれるのは、この世界にリビア一人。また逆を言えば、リビアにも自分しかいないのだから、不安を与えないようにしなくては。
仕事量をセーブするために管理をまかせることのできる者を雇った。仕事の負担が軽くなって、共に過ごす時間が増えたことを、リビアも喜んでくれた。
だけどあまり食欲がなく、目に見えるほど痩せてしまったから、結局また不安を抱かせてしまった。
「お兄様、お医者様はなんと仰っているのですか」
「疲れているせいだと言われたよ」
本当は医者には命に係わる病気だと告げられていた。現在の医療では治療方法はないと。
「本当ですか?でもこんなに痩せてしまって…。王都のお医者様をお呼びしましょうよ」
「少しゆっくり過ごせば良くなるよ」
気休めにはならなかったのか、リビアの表情が曇っている。
「だったらリビア、申し訳ないけど、僕の代わりに少し仕事をしてくれないか?そもそも僕はリビアが大人になるまでの繋ぎの領主だし、これを機に少しずつリビアも仕事を覚えなよ」
「繋ぎだなんて、私はお兄様にずっとやっていただくつもりです。でも、わかりました。今は私が頑張りますから、お兄様はゆっくり体を休めてください」
リビアが管理人に教えられながら領主の仕事を始めると、僕は多くの時間をリビアの母アリアさんが王都から持ち込んだ古代文明の研究資料を読んで過ごした。
アリアさんが王都から帰って来たとき、父様とは毎日言い争っていたけれど、僕にはいろいろな話を聞かせてくれた。キラキラと輝く瞳で古代文明を語っていた姿は忘れられない。だから彼女が果たせなかった研究の続きを、僕が手伝えたらと思ったんだ。
まだ解明されていなかった古代文字に、僕はある規則性を見出した。すると古代の文献がすらすらと読み解けるようになった。王立研究所の成果をはるかに凌駕して、失われた技術を理解し再現するまでになった。
年の割に理解力があって、利発な孤児がいる、という評判を聞いて僕を選んでくれたらしい。
その後、未婚のままリビアを身ごもり家に帰って来たアリアさんは、どんなに父様が叱ろうが、宥めようが、子の父親を明かすことなく出産し、あっけなく命を落としてしまった。
娘を亡くした父様の落胆ぶりは見ていられないほどだったが、赤子の世話は待ったなしだ。貧しい我が子爵家には使用人の一人もいなかったが、母を失った乳飲み子を育てるため、通いの乳母が雇われることになった。
その乳母もリビアが2歳になる頃には経済的理由で暇を出さざるを得なかった。
僕がいなければ、父様一人でリビアを育てることは難しかっただろう。僕はこれでも孤児院で幼い子供の面倒も見ていたし、家事も一通りこなせた。
引き取られたときには、まさか子育てをしなくれはならないなんて、思いもしなかったけれど。
経営の苦しい領地を残して父様が亡くなったのは、僕が12歳、リビアが5歳の時だった。
泣きじゃくるリビアをなぐさめながら、僕は決断した。
(僕がオルドネス領を立て直して見せる。リビアのために!)
領民の手を借りて父様を葬ると、爵位継承の手続きを終え、僕は若すぎる領主となった。
父様が生前に熟していた領地経営のノウハウは理解していたし、領地が抱える問題に対して策を立て実行することもそう難しくなかった。多分、領地経営に向いていたんだろう。見る見るうちにオルドネス領の経営状況は好転した。
そうすると、食い物にしようと悪い大人が群がって来たが、軒並み返り討ちにし領地を守った。
ようやく16歳の成人を迎え、王立学園への入学義務を果たさなければならなかった。
そのために王都へ住むなんて馬鹿らしい。
そんな暇もなかったし、領地を離れる気もなかった。だから入学と同時に卒業認定試験を受けたんだ。
前代未聞と唾を飛ばして文句を言ってきた大人もいたけど、それを規制する決まりもなかったしね。
おかげで一日も通わずに王立学園を卒業することができた。
この時は少し目立ってしまったけれど、周囲から舐められることも減ったので結果良しとした。
この頃からだったと記憶している。体調に異変が起きたのは。
常に怠く、体が重い。ただの疲労とは思えなかった。
「お兄様、顔色が悪いわ。少し働き過ぎなのではなくて?」
可愛らしいリビアが、心配げに見上げてくる。僕はにこりと笑みを浮かべ、リビアの柔らかい金色の髪をくしゃりと撫でた。
「大丈夫だよ。急ぎで仕上げなければならない仕事があったせいかな」
「お仕事より、体を大事にしてね」
こうして心配してくれるのは、この世界にリビア一人。また逆を言えば、リビアにも自分しかいないのだから、不安を与えないようにしなくては。
仕事量をセーブするために管理をまかせることのできる者を雇った。仕事の負担が軽くなって、共に過ごす時間が増えたことを、リビアも喜んでくれた。
だけどあまり食欲がなく、目に見えるほど痩せてしまったから、結局また不安を抱かせてしまった。
「お兄様、お医者様はなんと仰っているのですか」
「疲れているせいだと言われたよ」
本当は医者には命に係わる病気だと告げられていた。現在の医療では治療方法はないと。
「本当ですか?でもこんなに痩せてしまって…。王都のお医者様をお呼びしましょうよ」
「少しゆっくり過ごせば良くなるよ」
気休めにはならなかったのか、リビアの表情が曇っている。
「だったらリビア、申し訳ないけど、僕の代わりに少し仕事をしてくれないか?そもそも僕はリビアが大人になるまでの繋ぎの領主だし、これを機に少しずつリビアも仕事を覚えなよ」
「繋ぎだなんて、私はお兄様にずっとやっていただくつもりです。でも、わかりました。今は私が頑張りますから、お兄様はゆっくり体を休めてください」
リビアが管理人に教えられながら領主の仕事を始めると、僕は多くの時間をリビアの母アリアさんが王都から持ち込んだ古代文明の研究資料を読んで過ごした。
アリアさんが王都から帰って来たとき、父様とは毎日言い争っていたけれど、僕にはいろいろな話を聞かせてくれた。キラキラと輝く瞳で古代文明を語っていた姿は忘れられない。だから彼女が果たせなかった研究の続きを、僕が手伝えたらと思ったんだ。
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