あなたを消すには愛しすぎた

玖保ひかる

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リビアの手記①

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 私の罪を告白します。

 私は長らく、私を愛し信じてくれた人達を騙し、嘘を付き続けてきました。

 罪を打ち明け、懺悔すれば良かったのでしょうが、今となってはすべて手遅れだと感じています。

 私の命の終わりに、ここに真実を記して残すことに致します。




 お兄様が念話機という魔法のような道具を開発したとき、一躍、時の人となったお兄様に、婚約の申し込みが殺到しました。

 でもお兄様はもともと出自がはっきりしない孤児でしたし、体調が悪かったこともあって、すべての縁談をお断りしていたようです。

 それならば、と私への縁談もたくさん届いたようでした。

 お兄様は体調が悪い中でもしっかり調査をして、私の嫁ぎ先を決めてくれました。婚約者になった伯爵家の令息は私より二つ年上で、笑顔が素敵な方でした。見つめられると、自然と胸が高鳴り、頬が赤くなりました。

 その頃、お兄様はすっかり研究にのめり込んでいました。ほとんど部屋からは出ず、取り付かれたように机にかじりついていたように思います。

「お兄様、少し休憩にしませんか」

 そう声を掛けると、お兄様は手を休めて軽く息を吐きました。

「ありがとう。そうだね、少し休もうかな」

 振り返ったお兄様の顔は青白いを越えて真っ白のように見え、不吉な予感に胸がざわつきました。

「お兄様、そんなに根を詰めては体に障るわ」

「心配をかけてすまないね。でも、どうしても早く仕上げたいんだ。僕が死んでも、僕が作った物は残るだろう?これはね、僕が生きた証になるんだ」

 お兄様の言葉に、私は青ざめました。

「お兄様、死ぬなんて言わないで」

 お兄様はハッとして口をつぐみました。

「ごめん」

 お兄様は謝ってくれましたが、心の中では自分の死を間近に確信し、魔道具を残すことで精一杯生きた証を残そうと考えていたのだと思います。

 でも私は、お兄様に死んでほしくなかったのです。

 私のお母様は私を産んだときに出血が多くて儚くなったと聞いています。顔も知りません。

 唯一の肉親だったおじい様も、幼い時に病気で亡くなってしまいました。おじい様との思い出も、かすかにしか覚えていません。

 私にはお兄様しかいなかったのです。たとえ血がつながっていなくても、お兄様だけを頼りに生きてきたのです。

 それから後、ほとんど寝たきりになってしまったお兄様は、気力を振り絞るようにしてその魔道具作りを続けていました。

 私には魔道具の仕組みはわかりませんが、現代では失われてしまった古代の技術がすさまじい物だったことはわかります。そして、それを再現してしまったお兄様こそ、本物の天才と呼べる人だったと思います。

 年を重ねるごとに、お兄様の魔道具に空恐ろしさを感じるようになっていきました。そのことを愛する旦那様にも秘密にしていたせいで、罪悪感も募りました。

 私も親となり、子育てや日々の営みに忙しく、次第に生家から足が遠のくようになりました。いえ、忙しさはただの理由付けだったのかもしれません。

 生家を訪れなくなって何年も経つと、忘れたふりをして生きていくこともたやすくできました。ですが、ずっとわだかまりのようなものは消えませんでした。




 長い年月が経ちました。

 愛する旦那様が亡くなって深い悲しみを感じた時、私はけれども喪失感を持ちませんでした。

 旦那様と一緒に作ったたくさんの思い出が、私を形作っているからです。

 愛する子供たち、孫たちも私を支えようと側にいてくれます。

 失ったと同時に、それ以上に生み出された幸福が私を満たしていることが分かったのです。

 その時、私は唐突にお兄様を葬り去ろうと、決心がついたのでした。

 そうと決めたら、やるべきことを片付けなければいけません。引き留める子供たちを説得し、身辺整理をしたのちに、私は生家に舞い戻ったのです。

 もう死ぬのを待つだけだったはずの私にも、まだこんなに力が残っていたのかと自分でも驚きました。

 私が生まれ育ったこの家は、こんなに小さかったのでしょうか。いえ、何も変わっていないのです。私がすっかり伯爵家の人間になったせいで見違えたのでしょう。

 地下室への階段を降りると、カツン、カツン、と踵の甲高い音が響きます。なぜだか少しソワソワと落ち着かない心地がしました。

 蝶番がさび付いた音を立てながら、扉が開くと、あの日と変わらぬ姿のまま、お兄様が待っていました。

「リビア?リビアなのかい?」

 お兄様の嬉しそうな声。

 長く会いに来なかったことを恨まれているのではないかと恐れたときもありました。でも、そんなことは杞憂だったのです。

 お兄様はずっと、私を待っていたのです。

「僕を殺しに来たの?」

「そうよ。お兄様、消えてくださる?」

 お兄様の返事はわかっていました。お兄様はいつだって、私のためだけにいてくれたのですもの。

「いいとも」

 私はただ一言、「すべての記憶を消してオールデリート」と唱えるだけで良かったのです。いつか、その日が来たらそう唱えるようにと、お兄様が教えてくれた通りに。



 ああ、でもわかっていただけるでしょう?

 私はお兄様を愛していたのです。

 いざその時になったら、喉が詰まったように、その一言が言えなかったのです。

 お兄様の記憶を学習させただけのただの道具とわかっていても、お兄様の声で、お兄様の考えを話すハルトを、とても消すことなどできなかったのです。

 あんなに固く決心したはずだったのに。

 結局私は、ハルトを動かす原動力となっている魔導石を本体から外すことしかできませんでした。

 動力を失った記憶保存装置ハルトは、プツリと最後の音を立てて止まった。ずっと低く静かに聞こえていたブーンという羽音のような音がなくなった部屋に、静寂が広がりました。


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