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リビアの手記②
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お兄様が亡くなったのは、私の婚約が調った直後のことでした。
ある朝、お兄様の部屋に食事を持って行くと、魂が抜き取られた後の抜け殻のように倒れていました。
もうそこに命はないのだと、すぐにわかりました。
お兄様の様子に不吉な予感を持っていたにもかかわらず、どうしてもそんな現実は受け入れられなくて、結局心の準備すらできていなかった私は、取り乱してお兄様に縋り付き、声を上げて泣きました。
「ああ、リビア、泣かないで。どうしたんだい?」
突然、死んだはずのお兄様の声が机の上から聞こえてきて、びっくりして涙が止まりました。
「お兄様…?」
そこには両腕で抱えるほどの大きさの黒い箱がありました。
耳をすませば小さな羽音のような低い音が箱から聞こえてきます。
「リビア、ぼくだよ」
確かにお兄様の声が、この箱から聞こえました。同時に赤や緑の光がわずかに箱の表面を走ります。
これがきっと、お兄様が夢中で作っていた魔道具「記憶保存装置」なのでしょう。
この装置の説明を聞いたときのことを、ぼんやりと思い出します。
今度は何を作っているのかと問うた私に、兄は優しく答えてくれました。
この装置にお兄様の記憶を移すのだと。例えばお兄様の声とか、思考パターンとか、お兄様が書いた詩、好きな食べ物、とにかく情報は多ければ多いほどいいと。
「お兄様の情報を、この機械が覚えるってこと?」
「覚えるだけじゃないぞ。その情報から、僕が言いそうな事、考えそうな事をこいつが言ったり考えたりするんだ。だから僕が死んでも、こいつがいればずっとリビアと一緒にいられるだろう?僕と言う存在が永遠に残せるんだ。すごいだろう?」
それは確かに、すごいことだったのだと思います。お兄様の体が死を迎えた今、こうしてお兄様と話をすることができるのですから。
ハルトは悲しみに打ちひしがれる私にとって希望の光でありました。たった一人取り残された現実に、私は耐えられなかったのです。
思えばお兄様は、そう遠くない未来に体が終わりを迎えることを予測していらしたのでしょう。私のために、無理を押してハルトを残してくれたのです。
ハルトの言う通りに、お兄様の体をおじい様のお墓の石室に収納しました。そして、私が伯爵家にお嫁に行くまではお兄様の不在を隠して生活することになりました。
学園に通っている間は、王都にハルトを持って行きましたが、さすがに伯爵家へ嫁ぐ際には持ってはいけませんでした。
生家の地下室に隠すようにハルトを置き、私は家を出ました。
この時にハルトの原動力となっている魔道石をはずし、お兄様の死を公表すればよかったのかもしれません。
でも、できませんでした。
私は旦那様にも内緒にして、お兄様が病気で臥せっているという設定を最後まで守ったのです。
そうまでして守ったハルトの秘密でしたが、私は大人になるにつれ、心の中でハルトへの違和感が増していたのです。
『ハルトはお兄様じゃない』
お兄様が生きていたら、もしかしたら言ったかもしれないセリフ。
お兄様が生きていたら、もしかしたら感じたかもしれない感情。
そういうものをもたらすこの装置。
だけれども、やはりハルトはただの道具でしかないという事実に、私の心が耐えられなくなっていったのです。
お兄様は言いました。
「いつかリビアが大人になったら、きっとハルトは必要なくなる。その時は、すべての記憶を消してとハルトに命令して」
そんな日が来るとは思えなかったのですが、私は頷いてお兄様の言葉を聞いたのでした。
ある朝、お兄様の部屋に食事を持って行くと、魂が抜き取られた後の抜け殻のように倒れていました。
もうそこに命はないのだと、すぐにわかりました。
お兄様の様子に不吉な予感を持っていたにもかかわらず、どうしてもそんな現実は受け入れられなくて、結局心の準備すらできていなかった私は、取り乱してお兄様に縋り付き、声を上げて泣きました。
「ああ、リビア、泣かないで。どうしたんだい?」
突然、死んだはずのお兄様の声が机の上から聞こえてきて、びっくりして涙が止まりました。
「お兄様…?」
そこには両腕で抱えるほどの大きさの黒い箱がありました。
耳をすませば小さな羽音のような低い音が箱から聞こえてきます。
「リビア、ぼくだよ」
確かにお兄様の声が、この箱から聞こえました。同時に赤や緑の光がわずかに箱の表面を走ります。
これがきっと、お兄様が夢中で作っていた魔道具「記憶保存装置」なのでしょう。
この装置の説明を聞いたときのことを、ぼんやりと思い出します。
今度は何を作っているのかと問うた私に、兄は優しく答えてくれました。
この装置にお兄様の記憶を移すのだと。例えばお兄様の声とか、思考パターンとか、お兄様が書いた詩、好きな食べ物、とにかく情報は多ければ多いほどいいと。
「お兄様の情報を、この機械が覚えるってこと?」
「覚えるだけじゃないぞ。その情報から、僕が言いそうな事、考えそうな事をこいつが言ったり考えたりするんだ。だから僕が死んでも、こいつがいればずっとリビアと一緒にいられるだろう?僕と言う存在が永遠に残せるんだ。すごいだろう?」
それは確かに、すごいことだったのだと思います。お兄様の体が死を迎えた今、こうしてお兄様と話をすることができるのですから。
ハルトは悲しみに打ちひしがれる私にとって希望の光でありました。たった一人取り残された現実に、私は耐えられなかったのです。
思えばお兄様は、そう遠くない未来に体が終わりを迎えることを予測していらしたのでしょう。私のために、無理を押してハルトを残してくれたのです。
ハルトの言う通りに、お兄様の体をおじい様のお墓の石室に収納しました。そして、私が伯爵家にお嫁に行くまではお兄様の不在を隠して生活することになりました。
学園に通っている間は、王都にハルトを持って行きましたが、さすがに伯爵家へ嫁ぐ際には持ってはいけませんでした。
生家の地下室に隠すようにハルトを置き、私は家を出ました。
この時にハルトの原動力となっている魔道石をはずし、お兄様の死を公表すればよかったのかもしれません。
でも、できませんでした。
私は旦那様にも内緒にして、お兄様が病気で臥せっているという設定を最後まで守ったのです。
そうまでして守ったハルトの秘密でしたが、私は大人になるにつれ、心の中でハルトへの違和感が増していたのです。
『ハルトはお兄様じゃない』
お兄様が生きていたら、もしかしたら言ったかもしれないセリフ。
お兄様が生きていたら、もしかしたら感じたかもしれない感情。
そういうものをもたらすこの装置。
だけれども、やはりハルトはただの道具でしかないという事実に、私の心が耐えられなくなっていったのです。
お兄様は言いました。
「いつかリビアが大人になったら、きっとハルトは必要なくなる。その時は、すべての記憶を消してとハルトに命令して」
そんな日が来るとは思えなかったのですが、私は頷いてお兄様の言葉を聞いたのでした。
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