森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる

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番外編 幼き日のレオン②

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 孤児院を経営しているヴィンス・ロイドは、新しく預かることになった子供を迎えに隣町までやって来た。

 商業ギルドの職員が仲介していたため、ギルドに顔を出すと、子供の家を教えてくれた。

 家まで行ってみると、明らかに無人である。

 念のため扉をたたいたが、やはり応答がない。

 ドアをそっと開けると、鍵もかかっておらず中に入れた。

 家の中の空気は冷え切っており、人間が住んでいる形跡が感じられなかった。

 仕方なく商業ギルドへ戻り、そのことを話すと、ギルド職員のゲーリックは、大変に驚いて一緒に子供を探してくれるという。

 町中を探して歩いたが、見つけることはできなかった。

 飲食店の店員が、数日前に見かけたという情報をくれた。


「うちの残飯を荒らしていたんですよ。猫かと思ってどなったら子供だったんでびっくりして。他の店でもごみを漁っていたみたいですよ。殴ってやったって言ってる奴がいたから」


 ヴィンスはこの話を聞いて、胸が痛んだ。

 幼い子供がゴミを漁ってなんとか食いつないでいる。

 それを殴りつける大人もいる。


(早く見つけてやらなくては‥‥)


 そんなヴィンスの思いと裏腹に、なかなかレオンという少年は見つからなかった。

 宿に泊まり、翌日も探したが見つからない。

 いつまでも孤児院を留守にしているわけにもいかず、一旦町に帰ることになった。







 それからというもの、孤児院に留守番の寮母を雇い、週末になるとこの町までレオンを探しに来るようになった。

 ひと月経つと、もうこの町にいないのだろうかと思えてきた。

 今日を最後に、捜索を諦めようと決めたところだった。

 孤児が隠れひそんでいそうな裏路地を中心に探し歩いていたら、唐突に倒れている少年を見つけたのだ。

 慌てて駆け寄ってみると、ガリガリにやせ細った子供だった。

 特徴は聞いていたレオンに合致した。


「しっかりしなさい。いま助けてあげるから」


 ヴィンスはレオンを抱き上げ、教会に併設されている救護院へとレオンを連れて行った。

 医師の見立てでは衰弱しているだけだから、ひたすら食べさせ、寝かせろとのことだった。

 宿にレオンを連れ帰り看病をする。

 体を起こし唇に水を数滴たらしてやると、飲み込んだ。

 気長に水を口に含ませ、飲み込ませる。

 繰り返していたら、レオンが意識を取り戻した。

 水の入ったコップを口元にあてがうと、水がこぼれるのもかまわず、ゴクゴクと飲んだ。

 急にたくさんの水を飲んだせいか、今度は一気に嘔吐した。

 吐き出した水の中に、泥のようなものが含まれていて、ヴィンスは自分のことのように辛い気持ちになった。


「ゆっくり飲みなさい。吐き出してしまわないように」


 そう声をかけると、レオンは大人しくしたがって、ゆっくりと水を飲んだ。


「何か食べるかい?」


 そう尋ねると、レオンは警戒してヴィンスをじっと見る。


「私はヴィンス・ロイド。隣町の教会で神父をしている者だよ。きみは、レオンくんだろ?」


 レオンは黙って頷いた。


「お腹が弱っているようだから、急にたくさんは無理だと思うけど、おなかはすいているだろう?」


 レオンはまた頷いた。


 ヴィンスは宿屋の主人に言ってパンがゆを用意してもらった。

 湯気のたつ温かい食べ物を口にするのは、母が死んで以来だった。

 優しいミルクの甘さが体中に染み渡るようだった。

 レオンは知らず知らず、涙を流しながらパンがゆを完食した。

 ヴィンスは、ほほ笑んでその様子を見て、食べ終わるとレオンの頭をクシャリと撫でた。


「ゆっくり休みなさい。起きたらもう少ししっかりした物を食べよう」


 レオンは久しぶりに柔らかい寝具で安心して眠りに落ちた。

 しっかり眠って、食事をしっかりとると、レオンはみるみるうちに元気になった。

 ヴィンスの温かい人柄に触れ、レオンは孤児院へ行くことを了承した。

 ヴィンスは隣町の孤児院へレオンをようやく連れて帰ることができたのだった。






 孤児院では、予定よりも遅いヴィンスの帰りを皆が心待ちにしていた。

 道中に何かあったのではないかと心配していたのだ。

 やせっぽっちの目つきの悪い男の子を連れて帰ってきたので、孤児たちはこれがなかなか見つからなかったレオンだな、とすぐにわかった。

 孤児院には1歳から7歳の男女7名の孤児がいた。レオンは8人目だ。

 レオンより年上は、7歳のノアとシシー。

 同じ年のヨハンと、あとはみんなだった。

 ノアは年長者としてレオンの面倒を見る係を買って出たが、シシーや年の近い女の子たちは、レオンの整った顔立ちを一目で気に入り、自分たちが面倒を見ると騒ぎ出した。


「男同士がいいに決まってるだろ!なぁ、レオン」


 ノアにそう言われれば、たしかに女の子に面倒を見られるなんて嫌だと思い、レオンは頷いた。


「ほらみろ!レオン、こっち来いよ。オレと一緒の部屋だぜ」

「ずるーい!ノア、ずるい!」

「わたしたちだってレオンと仲良くしたいわ」

 女の子たちがうるさく騒ぐ中、ノアはベーッと舌を出してレオンを連れ去ろうとした。

 レオンはノアに引っ張られながら、女の子たちに目をやり、控えめに言った。


「オレも仲良くしたいから、よろしく」


 レオンとノアが去った部屋で、女の子たちは頬を赤らめて目を輝かせていた。


「王子様みたいっ」

「明日は私たちでレオンをつかまえましょう!」

「そうね!」


 こうしてレオンはつつがなく孤児院に受け入れられたのだった。






 孤児院の年長組は、ノア、シシー、そしてレオンとヨハンの四人。

 年長組は、掃除や食事作りなどの家事を手伝った。

 レオンは手先が器用だったので、ナイフを使って鉛筆を削ったり、果物の皮をむいたり、チビたちの髪の毛を切ってやったりは、自然とレオンの仕事になった。

 いつの間にか、チビたちの扱いにも慣れて、立派なレオン兄ちゃんになっていった。

 町に出て小遣い稼ぎをするために、ノアに付いて行って、仕事のもらい方を覚えた。

 大店の番頭さんに仕事が欲しいと言うと、裏に連れて行かれ、簡単な雑用をやらせてもらえる。

 行く店によっても、行った日によっても与えられる仕事は異なったが、もらえる金はどの仕事も微々たるものだった。

 わずかな金でも、チビたちに飴玉の一つでも食べさせてやる資金にはなった。

 院長のヴィンス先生もあちこちに駆けずり回って、資金集めに奔走してくれているが、いつだって孤児院は火の車だった。




 ある日、レオンとヨハンの二人は、国を渡って商売をしている大店の仕事をしていた。

 他国から仕入れてきた青豆の品質をチェックして、分類する仕事だ。

 ザルにあけた青豆を、一粒一粒見て、中身がスカスカな物はこっち、つまっているのはこっち、と選り分けるのだ。

 青豆は大量にあり、一日かかっても終わるとは思えない仕事だった。

 二人はせっせと選り分け始めたが、じきにヨハンは飽きてしまった。


「なぁ、少し休憩しようぜ」


 レオンは返事もせず、ただひたすら真面目に青豆を選り分け続ける。


「ちぇ、レオンは真面目すぎるよ」


 そう文句を言ったが、仕方なくヨハンも青豆に向き合うのだった。

 一袋が終わると、もう一袋が開けられ、延々と作業を続け、夕方になると小銅貨が一枚ずつ渡された。

 レオンはありがたく受け取った。

 二人が帰ろうと店の外に出ると、店から出てきた男にレオンだけ呼び止められた。
 大体こういう時は、小言を言われるときだ。


「ヨハン、先に帰っていていいよ」

「そうするよ。ごめんね」


 ヨハンは速足で逃げるように帰って行った。

 レオンを呼び止めた男は、今まで見たことのない人だった。

 綺麗な色の服を着て、立派なあごひげが生えている。

 優しそうな笑顔を見せているが、鷹のように目が鋭く、レオンは少しこわかった。


「お前さん、なんて名前だい」

「・・・レオン」

「レオンか。よい名だ」


 レオンは何を言われるのかとドキドキして男の顔を見つめた。


「今日、お前の働きぶりを見ていた。つまらない仕事だったろう?」

「…まぁ、楽しくはなかった」

「そうだろう。だけどお前は真面目に取り組んでいた。仕事も正確で速い。いい仕事をしたな」


 そう言って、男はレオンに揚げパンを寄越した。


「褒美だ。ここで食べなさい。持っては帰れないだろう?」


 レオンは躊躇したが、うまそうな揚げパンの誘惑には勝てず、受け取って食べた。

 甘い蜜がかかっていて、とてもうまかった。


「また来なさい」

「はい。・・・ありがとう」


 レオンは礼を言って孤児院に帰った。


 その後、何度もその店には世話になったが、あの男には会えなかった。

 レオンが成長するともう少し難しい仕事を任されることが増えて、もらえる駄賃も倍になった。

 8歳になると、冒険者ギルドに冒険者として登録ができる。

 一足早くノアとシシーも登録していたので、レオンとヨハンもすぐさま登録した。

 冒険者になると依頼を受けることができるので、これまでの店の下働きより実入りがいいのだ。

 とは言っても、子供が受けることのできる依頼はそう多くない。

 どぶさらいだとか、薬草の採取だとか、地道に依頼をこなす日々を送った。
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