45 / 46
閑話 エリザベスの最期
しおりを挟む
エリザベス・ヴァンダーウォールは、この半年間、体調が悪く寝込んでいた。
半年前、胸がムカムカと気持ち悪くなる症状が出始め、だんだん食事が摂れなくなってきた。
見る見るうちにやせ細っていき、今では寝台で半身を起き上がらせるのも辛いようだ。
体調が悪く、臥せっている姿をあまり子供たちに見せたくない、とエリザベスは考え、子供たちの出入りは禁止され、体調が良いときだけ子供たちは面会が許可された。
今日は何日かぶりにエリザベスの体調が良いので、面会できると言われ、アリステルは嬉しくて飛び跳ねた。
「お母さまにお花を持っていきたいわ。お庭に出てもいいでしょう?」
「よろしいですよ。では、庭師のベンも呼びましょうか」
アリステルはルンルンと庭へ出て、母に渡すための花を選んだ。
「お母さまの好きな薔薇の花にするわ。ベン、切ってもいいかしら」
「ようございますよ。どれ、切ってあげましょう」
「このオレンジのマーブルの花がいいわ」
「わかりました。…はい、どうぞ。棘は取りましたが、気を付けて持ってくださいね」
「ありがとう」
にっこりと嬉しそうなアリステルを、ベンもメイドもニコニコと見守った。
「お兄様、お兄様!お花を摘んだのよ。早くお母さまのところへ持っていきましょう!」
アリステルに呼ばれて、ハリソンも嬉しそうに近寄ってきた。
「きれいな薔薇だね。よし、じゃあお母さまのところへ行こう」
「はい!」
兄妹はエリザベスの寝室の扉をノックした。
小さい声で返事があったので、二人は扉を開け中に入った。
二人を見て、エリザベスはとても嬉しそうな笑顔を見せた。
「ハリー、アリス、こちらへいらっしゃい。私のかわいい子供たち」
ハリソンとアリステルは、ニコニコと母の寝台の側に寄った。
「お母さま、見て。お花を摘んできたのよ」
「まぁ、とてもきれいね」
「そうでしょう?お部屋に飾ってね」
「ありがとう。嬉しいわ」
メイドがアリステルから薔薇を受け取り、花瓶に生けるため一度部屋から出て行った。
「お母さま、ご飯は食べられているのですか?」
ハリソンが心配そうに聞く。
子供の目で見ても、エリザベスがやせてしまったのがわかるからだ。
「ええ、食べているわ。大丈夫よ」
そう言ってほほ笑むエリザベスの顔は青白く、ハリソンはあまり安心できなかった。
「アリス、ちゃんとお勉強はしているの?サミュエル先生を困らせていない?」
「ちゃんとお勉強しています。先生を困らせてなんかないわ」「そう。えらいわね。ハリーはどう?お勉強ははかどっていて?」
「はい、もう学園に入る準備は終わっています」
「そう、なら安心ね」
エリザベスは満足そうに頷いた。
「もうすぐアリスのお誕生日ね。パーティーを開いてあげられなくてごめんなさいね」
あと二週間ほどでアリステルは8歳になる。
例年、誕生日には親しい友人や親戚を招いていて誕生日パーティーを開いているのだが、今年はエリザベスの体調が悪いため、パーティーはなしだ。
「パーティーなんてなくても全然かまわないわ。そんなことより早くお母様に元気になってほしい」
「アリス、ごめんね。ありがとう」
「お母様、あやまらないで」
「ええ、そうね。ありがとう」
その時、エリザベスがゴホゴホと咳込み、息苦しそうになった。
なかなか咳がやまない様子を見て、ハリソンとアリステルは慌てた。
「大丈夫?お母様!」
「だれか、お医者様を呼んで!」
花瓶に薔薇を生けてきたメイドが、慌てて花瓶を置くと、母の背中をさすった。
「お坊ちゃま、お嬢様、お部屋にお戻りくださいませ。あとは私が世話を致しますから」
ハリソンとアリステルは後ろ髪引かれる思いだったが、母の療養の邪魔になるのは嫌だったので、大人しく部屋から出た。
閉じた扉の向こうから、まだエリザベスが咳込む音が聞こえる。
二人は自然と手をつないで、俯いて部屋を後にした。
◆ ◆ ◆
それから十日間が過ぎたが、エリザベスの部屋は面会謝絶となったままだった。
いつもだったら誕生日前は、ウキウキとプレゼントのことを考えたり、パーティーに着るドレスの試着をしたりと楽しく過ごしているのだが、今年は楽しく迎えられそうになかった。
アリステルの誕生日の前日、エリザベスの姉パトリシアがヴァンダーウォール伯爵家を訪れた。
「伯母様、ようこそおいでくださいました」
「ハリソン、アリステル、ごきげんよう。少しの間、お邪魔するわね」
「少しの間と言わずどうぞ、ごゆっくりして行ってください」
「ベスの具合はどうなのかしら。アリスのお誕生会を取りやめると言うから、気になって来てみたのよ」
「母は、だいぶ体がつらいみたいです。僕たちは部屋に入らないよう言われているので…」
「そう…。わかったわ、わたくしが様子を見てくるわ」
パトリシアは家令に案内させ、エリザベスの部屋へと入って行った。
それから長い時間、パトリシアは部屋から出て来なかった。
アリステルは気になってそわそわしていた。
(そうだわ、またお花を持って行って、お母様に渡しましょう)
アリステルは一人で庭に出て、紫とピンクのペチュニアを幾本か摘み、手に持った。
そのまま庭からエリザベスの部屋の前まで行く。
換気のために開いている出窓から花を渡そうと思ったのだ。
すると、窓から話し声が漏れ聞こえてきた。
「パティ、わたくし、もう…」
アリステルはびっくりして足を止めた。
(お母様が、泣いている・・・?)
「ベス、大丈夫。大丈夫よ。気持ちをしっかり持って」
「パティ…もしも私に何かあった時には、子供たちを、ハリーとアリスをお願いね…」
「わかってるわ。大丈夫よ。あなたは元気になることだけを考えて」
「ええ…」
アリステルは聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして、身をひるがえした。
ペチュニアを持つ手がカタカタと小刻みに震えている。
アリステルの姿が見えなくなって、心配して探していたハリソンがアリステルを見つけてやってくる。
「アリス!お庭にいたのかい?」
アリステルはハリソンの顔を見て、ワッと泣き出した。
「どうしたんだい?アリス」
「お母さまが…泣いて…いて…、ヒック…、お母さまに何かあったら、…子供たちをお願いって、パトリシア伯母様に言ってて‥‥」
そこまで聞いて、ハリソンは理解した。
母の容体がとても悪いこと。
それをアリステルが知ってしまったこと。
そして自分は、アリステルのようには泣いてはいけないこと。
ハリソンはグッと力を入れて、アリステルに言った。
「アリス、泣かないで。お母様は具合が悪くて、少し不安になってしまったんだよ、きっと。すぐに元気になるさ。大丈夫だから、泣かないで」
アリステルを優しく抱きしめて、背中をトントンと優しく叩いてやる。
アリステルがまだ赤ちゃんの頃、こうしてやると泣き止んだことを体が覚えていた。
「お母様、死んじゃうの?」
「僕たちを置いて死んでしまうと思うのかい?」
「ううん」
「そうだろう?きっと大丈夫だよ」
「うん」
背中のトントンを続けているうちに、アリステルの目がトロンと眠たげになってきた。
「少し部屋で休んだらいいよ」
「うん。そうするわ」
アリステルの手にぎゅっと握られている花をハリソンは優しく受け取ると、アリステルを部屋へ戻した。
ペチュニアはしゅんと元気なく、うなだれているようだった。
◆ ◆ ◆
その後、ひと月もしないうちにエリザベスの容体は急激に悪化した。
一日の大半を眠って過ごし、目覚めるほんのひと時は、体の痛みと息苦しさでとても辛そうであった。
伯爵家に出入りする医師が、ついに王都のヴァンダーウォール伯爵を呼び出した。
二日後には伯爵が屋敷に戻り、その時は目覚めないエリザベスの枕元に、子供たちも呼ばれた。
「お母様の手を握ってやりなさい」
そう医師に言われて、アリステルとハリソンはお母様の手をぎゅっと握った。
すると、今まで深く眠っているようだったエリザベスの目がふっと開いて、子供たちを捉えた。
「「お母様!」」
「ベス!わかるか!」
エリザベスは、弱々しい笑顔を見せた。
「アリス…いつでも、笑顔で…」
それだけ言って、またエリザベスはスッと深い眠りに戻っていった。
「お母様、お母様!」
もうアリステルの声にも反応はしなかった。
「さぁ、それでは奥方様を休ませましょう。お子様方をお部屋に連れてお行きなさい」
医師がそう告げると、メイドたちがハリソンとアリステルを連れて行った。
翌日、エリザベスは静かに息を引き取った。
アリステルはずっと泣き通し、疲れては眠る。目覚めては泣き、また疲れて眠る。
そうして一日を過ごした。
その間、ハリソンはアリステルを抱きしめて、背中をトントンしてやった。
「泣かないで、アリス。お母さまが、いつでも笑顔でって言ったよ」
「そんなの無理だもの…!わーん!!」
「アリス、そんなに泣いたらお母様が悲しむよ。お母様はアリスが笑った顔が見たいんだよ」
「お母様は死んでしまったもの…。もうわたくしの笑顔を見てはくれないわ…わーん!!」
「アリス、アリス。もう泣かないで。お顔がパンパンになってるよ」
「お兄様のバカ―!」
ハリソンは言葉を尽くしてアリステルをなぐさめた。
アリステルが疲れて眠ると、ハリソンも疲れ果てて一緒に眠ってしまった。
そんな二人を周りの大人たちは痛ましく見守るのだった。
◆ ◆ ◆
葬儀はつつましやかに行われた。
若い奥方の逝去を、領民もみな悲しく思い、通り過ぎる葬列を言葉少なに見送った。
トボトボと手をつないで歩くハリソンとアリステルを目にすると、みな涙を誘われた。
葬儀も終わり、弔い客もみな引き上げるまで、アリステルはハリソンから離れたがらなかった。
アリステルにとっては、ハリソンだけが、心の支えだった。
日常が戻ってくると、アリステルはエリザベスの最期の言葉を、ようやく受け止めることができた。
「お兄様、わたくし、まだとても笑えそうにありません。でも、どんな時もお母さまが見守ってくれていると思うと、笑顔で頑張らなくてはって思うの」
そう言いながらもまた目に涙がたまって来てしまう。
ハリソンは優しくアリステルの目尻の涙を拭いて、頭を撫でた。
「きっとお母様は見守ってくれているよ。アリスには僕がいる。一緒に頑張ろう?」
「うん!お兄様、大好き」
アリステルは自分からハリソンの胸に飛び込んだ。
ハリソンはぎゅっと抱きしめると、アリステルの髪に顔をうずめた。
ハリソンにとっても、アリステルだけが、心の支えなのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
これをもちまして完結とさせていただきます。
読んでいただきありがとうございました。
半年前、胸がムカムカと気持ち悪くなる症状が出始め、だんだん食事が摂れなくなってきた。
見る見るうちにやせ細っていき、今では寝台で半身を起き上がらせるのも辛いようだ。
体調が悪く、臥せっている姿をあまり子供たちに見せたくない、とエリザベスは考え、子供たちの出入りは禁止され、体調が良いときだけ子供たちは面会が許可された。
今日は何日かぶりにエリザベスの体調が良いので、面会できると言われ、アリステルは嬉しくて飛び跳ねた。
「お母さまにお花を持っていきたいわ。お庭に出てもいいでしょう?」
「よろしいですよ。では、庭師のベンも呼びましょうか」
アリステルはルンルンと庭へ出て、母に渡すための花を選んだ。
「お母さまの好きな薔薇の花にするわ。ベン、切ってもいいかしら」
「ようございますよ。どれ、切ってあげましょう」
「このオレンジのマーブルの花がいいわ」
「わかりました。…はい、どうぞ。棘は取りましたが、気を付けて持ってくださいね」
「ありがとう」
にっこりと嬉しそうなアリステルを、ベンもメイドもニコニコと見守った。
「お兄様、お兄様!お花を摘んだのよ。早くお母さまのところへ持っていきましょう!」
アリステルに呼ばれて、ハリソンも嬉しそうに近寄ってきた。
「きれいな薔薇だね。よし、じゃあお母さまのところへ行こう」
「はい!」
兄妹はエリザベスの寝室の扉をノックした。
小さい声で返事があったので、二人は扉を開け中に入った。
二人を見て、エリザベスはとても嬉しそうな笑顔を見せた。
「ハリー、アリス、こちらへいらっしゃい。私のかわいい子供たち」
ハリソンとアリステルは、ニコニコと母の寝台の側に寄った。
「お母さま、見て。お花を摘んできたのよ」
「まぁ、とてもきれいね」
「そうでしょう?お部屋に飾ってね」
「ありがとう。嬉しいわ」
メイドがアリステルから薔薇を受け取り、花瓶に生けるため一度部屋から出て行った。
「お母さま、ご飯は食べられているのですか?」
ハリソンが心配そうに聞く。
子供の目で見ても、エリザベスがやせてしまったのがわかるからだ。
「ええ、食べているわ。大丈夫よ」
そう言ってほほ笑むエリザベスの顔は青白く、ハリソンはあまり安心できなかった。
「アリス、ちゃんとお勉強はしているの?サミュエル先生を困らせていない?」
「ちゃんとお勉強しています。先生を困らせてなんかないわ」「そう。えらいわね。ハリーはどう?お勉強ははかどっていて?」
「はい、もう学園に入る準備は終わっています」
「そう、なら安心ね」
エリザベスは満足そうに頷いた。
「もうすぐアリスのお誕生日ね。パーティーを開いてあげられなくてごめんなさいね」
あと二週間ほどでアリステルは8歳になる。
例年、誕生日には親しい友人や親戚を招いていて誕生日パーティーを開いているのだが、今年はエリザベスの体調が悪いため、パーティーはなしだ。
「パーティーなんてなくても全然かまわないわ。そんなことより早くお母様に元気になってほしい」
「アリス、ごめんね。ありがとう」
「お母様、あやまらないで」
「ええ、そうね。ありがとう」
その時、エリザベスがゴホゴホと咳込み、息苦しそうになった。
なかなか咳がやまない様子を見て、ハリソンとアリステルは慌てた。
「大丈夫?お母様!」
「だれか、お医者様を呼んで!」
花瓶に薔薇を生けてきたメイドが、慌てて花瓶を置くと、母の背中をさすった。
「お坊ちゃま、お嬢様、お部屋にお戻りくださいませ。あとは私が世話を致しますから」
ハリソンとアリステルは後ろ髪引かれる思いだったが、母の療養の邪魔になるのは嫌だったので、大人しく部屋から出た。
閉じた扉の向こうから、まだエリザベスが咳込む音が聞こえる。
二人は自然と手をつないで、俯いて部屋を後にした。
◆ ◆ ◆
それから十日間が過ぎたが、エリザベスの部屋は面会謝絶となったままだった。
いつもだったら誕生日前は、ウキウキとプレゼントのことを考えたり、パーティーに着るドレスの試着をしたりと楽しく過ごしているのだが、今年は楽しく迎えられそうになかった。
アリステルの誕生日の前日、エリザベスの姉パトリシアがヴァンダーウォール伯爵家を訪れた。
「伯母様、ようこそおいでくださいました」
「ハリソン、アリステル、ごきげんよう。少しの間、お邪魔するわね」
「少しの間と言わずどうぞ、ごゆっくりして行ってください」
「ベスの具合はどうなのかしら。アリスのお誕生会を取りやめると言うから、気になって来てみたのよ」
「母は、だいぶ体がつらいみたいです。僕たちは部屋に入らないよう言われているので…」
「そう…。わかったわ、わたくしが様子を見てくるわ」
パトリシアは家令に案内させ、エリザベスの部屋へと入って行った。
それから長い時間、パトリシアは部屋から出て来なかった。
アリステルは気になってそわそわしていた。
(そうだわ、またお花を持って行って、お母様に渡しましょう)
アリステルは一人で庭に出て、紫とピンクのペチュニアを幾本か摘み、手に持った。
そのまま庭からエリザベスの部屋の前まで行く。
換気のために開いている出窓から花を渡そうと思ったのだ。
すると、窓から話し声が漏れ聞こえてきた。
「パティ、わたくし、もう…」
アリステルはびっくりして足を止めた。
(お母様が、泣いている・・・?)
「ベス、大丈夫。大丈夫よ。気持ちをしっかり持って」
「パティ…もしも私に何かあった時には、子供たちを、ハリーとアリスをお願いね…」
「わかってるわ。大丈夫よ。あなたは元気になることだけを考えて」
「ええ…」
アリステルは聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして、身をひるがえした。
ペチュニアを持つ手がカタカタと小刻みに震えている。
アリステルの姿が見えなくなって、心配して探していたハリソンがアリステルを見つけてやってくる。
「アリス!お庭にいたのかい?」
アリステルはハリソンの顔を見て、ワッと泣き出した。
「どうしたんだい?アリス」
「お母さまが…泣いて…いて…、ヒック…、お母さまに何かあったら、…子供たちをお願いって、パトリシア伯母様に言ってて‥‥」
そこまで聞いて、ハリソンは理解した。
母の容体がとても悪いこと。
それをアリステルが知ってしまったこと。
そして自分は、アリステルのようには泣いてはいけないこと。
ハリソンはグッと力を入れて、アリステルに言った。
「アリス、泣かないで。お母様は具合が悪くて、少し不安になってしまったんだよ、きっと。すぐに元気になるさ。大丈夫だから、泣かないで」
アリステルを優しく抱きしめて、背中をトントンと優しく叩いてやる。
アリステルがまだ赤ちゃんの頃、こうしてやると泣き止んだことを体が覚えていた。
「お母様、死んじゃうの?」
「僕たちを置いて死んでしまうと思うのかい?」
「ううん」
「そうだろう?きっと大丈夫だよ」
「うん」
背中のトントンを続けているうちに、アリステルの目がトロンと眠たげになってきた。
「少し部屋で休んだらいいよ」
「うん。そうするわ」
アリステルの手にぎゅっと握られている花をハリソンは優しく受け取ると、アリステルを部屋へ戻した。
ペチュニアはしゅんと元気なく、うなだれているようだった。
◆ ◆ ◆
その後、ひと月もしないうちにエリザベスの容体は急激に悪化した。
一日の大半を眠って過ごし、目覚めるほんのひと時は、体の痛みと息苦しさでとても辛そうであった。
伯爵家に出入りする医師が、ついに王都のヴァンダーウォール伯爵を呼び出した。
二日後には伯爵が屋敷に戻り、その時は目覚めないエリザベスの枕元に、子供たちも呼ばれた。
「お母様の手を握ってやりなさい」
そう医師に言われて、アリステルとハリソンはお母様の手をぎゅっと握った。
すると、今まで深く眠っているようだったエリザベスの目がふっと開いて、子供たちを捉えた。
「「お母様!」」
「ベス!わかるか!」
エリザベスは、弱々しい笑顔を見せた。
「アリス…いつでも、笑顔で…」
それだけ言って、またエリザベスはスッと深い眠りに戻っていった。
「お母様、お母様!」
もうアリステルの声にも反応はしなかった。
「さぁ、それでは奥方様を休ませましょう。お子様方をお部屋に連れてお行きなさい」
医師がそう告げると、メイドたちがハリソンとアリステルを連れて行った。
翌日、エリザベスは静かに息を引き取った。
アリステルはずっと泣き通し、疲れては眠る。目覚めては泣き、また疲れて眠る。
そうして一日を過ごした。
その間、ハリソンはアリステルを抱きしめて、背中をトントンしてやった。
「泣かないで、アリス。お母さまが、いつでも笑顔でって言ったよ」
「そんなの無理だもの…!わーん!!」
「アリス、そんなに泣いたらお母様が悲しむよ。お母様はアリスが笑った顔が見たいんだよ」
「お母様は死んでしまったもの…。もうわたくしの笑顔を見てはくれないわ…わーん!!」
「アリス、アリス。もう泣かないで。お顔がパンパンになってるよ」
「お兄様のバカ―!」
ハリソンは言葉を尽くしてアリステルをなぐさめた。
アリステルが疲れて眠ると、ハリソンも疲れ果てて一緒に眠ってしまった。
そんな二人を周りの大人たちは痛ましく見守るのだった。
◆ ◆ ◆
葬儀はつつましやかに行われた。
若い奥方の逝去を、領民もみな悲しく思い、通り過ぎる葬列を言葉少なに見送った。
トボトボと手をつないで歩くハリソンとアリステルを目にすると、みな涙を誘われた。
葬儀も終わり、弔い客もみな引き上げるまで、アリステルはハリソンから離れたがらなかった。
アリステルにとっては、ハリソンだけが、心の支えだった。
日常が戻ってくると、アリステルはエリザベスの最期の言葉を、ようやく受け止めることができた。
「お兄様、わたくし、まだとても笑えそうにありません。でも、どんな時もお母さまが見守ってくれていると思うと、笑顔で頑張らなくてはって思うの」
そう言いながらもまた目に涙がたまって来てしまう。
ハリソンは優しくアリステルの目尻の涙を拭いて、頭を撫でた。
「きっとお母様は見守ってくれているよ。アリスには僕がいる。一緒に頑張ろう?」
「うん!お兄様、大好き」
アリステルは自分からハリソンの胸に飛び込んだ。
ハリソンはぎゅっと抱きしめると、アリステルの髪に顔をうずめた。
ハリソンにとっても、アリステルだけが、心の支えなのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
これをもちまして完結とさせていただきます。
読んでいただきありがとうございました。
27
あなたにおすすめの小説
助けた騎士団になつかれました。
藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。
しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。
一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。
☆本編完結しました。ありがとうございました!☆
番外編①~2020.03.11 終了
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~
白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。
父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。
財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。
それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。
「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」
覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!
【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。
絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。
今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。
オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、
婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。
※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。
※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。
※途中からダブルヒロインになります。
イラストはMasquer様に描いて頂きました。
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。
公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。
木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。
時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。
「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」
「ほう?」
これは、ルリアと義理の家族の物語。
※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。
※同じ話を別視点でしている場合があります。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる