異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第2章 変わり果てた後で冒険の始まり

第6話 元少年は前に向かって全力疾走!

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 しばしの後、オレは再びオスリラに案内されて与えられた部屋に戻っていた。

「驚かれましたか?」
「当たり前です! だいたい、いきなり男と結婚しろと言われて納得出来るのですか?!」
「確かにアタルクス様の場合、正しい姿になって間がありませんから、当惑するのも無理はありませんが、心配はいりませんよ。気持ちをしっかり持てば大丈夫です」

 いや。そんな精神論で性別の壁は乗り越えられませんって!
「ご心配なく。なにしろ。一三歳まで男として生活していた私も、すでに婚約者がいるのですから」
「ええ?!」

 今までオレのハーレム要員に加える事を前提にしていた、オスリラまですでに婚約者がいるだって?!
 ちくしょう!
 オレの純情を返してくれ!

「それではオスリラさんも『お披露目』を受けたのですか?」

 自分が受ける気はさらさらないが、それでも一応はどういうものかは確認しておかねばなるまい。
 しかしオスリラは静かに首を振る。

「いいえ違います。私はあなた様と違い、二十歳でかろうじて合格した『聖女の落ちこぼれ』ですからね。『お披露目』の機会を得られませんでしたけど、この都度プロポーズされたのです」

 そう言って微笑んだオスリラは本当に幸せそうだ。
 だが今の発言はちょっと聞き捨てならん。

「え?! 二十歳で聖女に合格……なんですか?」
「ええ。脱落者は殆ど十五歳頃には、聖女になる見込みが無いということで、諦めて世俗に戻るのですが、私の場合は修行を始めたのが遅かったのと、それなりに才能があったので二十歳まで猶予をいただいていたのです」
「あの……それではオスリラさんは……いま何歳なんですか?」

 女性に年を聞くのは失礼だとはよく言われるが、今は少なくとも肉体的には『女性同士』だし『元男同士』でもあるので、そこは勘弁してもらいたい。
 この場合、咲いている花は『百合』なのか『薔薇』なのか、などとどうでもいい妄想がオレの頭の中で咲き誇る。

「わたしですか? いまは二十四歳ですよ」

 ええ?! オスリラはどう見ても一八歳かそこらですよ!
 いくら何でも若作りしすぎでしょう!
 オレの驚いた顔を見てそこでオスリラは、いたずらっぽく笑う。

「実を言うと私にプロポーズしたのは、男として育っていたときの幼なじみなのですよ。髪や目の色、それに性別が変わっていても、十年ぶりに再会したときすぐに私だと分かってくれたのは、驚きましたし、嬉しかったです」

 まあ確かに『十年ぶりに再会した幼なじみが美人になっていて、そこから始まる恋愛』というのは、お約束のパターンだ。
 幼い頃には相手を男だと思い込んでいたけど、実は女の子だった――などという展開もありふれている。
 ひょっとするとその幼なじみは、そのように考えてプロポーズしたのかもしれない。

 だけどオスリラと幼なじみの場合、肉体的には健全な恋愛かもしれないけど、精神的にはBLじゃないの?
 いや。もうオスリラは完全に心まで女だから、やっぱり普通の恋愛なのか。
 何より『元男』によるのろけ話なんぞされたところで、オレにとってはむしろ恐怖が増すばかりだ。
 自分が同じ道を歩むかもしれない。いや。すでにそうなりつつあるのだから。

「それに私などまだまだです。たとえばレシーラ院長は何歳だと思っておいでですか?」

 え? レシーラも見た目は二十代後半だけど、ひょっとするとあれで三十路、いや。下手をすると四十歳とかあるのか?
 だがオスリラの次の発言は俺の度肝を抜くに十分だった。

「レシーラ院長は今年で御年五十歳です。国王陛下がまだ王子だった頃には、共に戦場に立って、負傷したその身を癒やし続けたと聞いています」

 げえ?!
 あの院長はリ○リサ先生と同い年?!
 それでは『聖女』というのは○紋法並に若さを保てるというのか?!

「聖女が原則として側室なのも、殆どは夫に先立たれてしまうので再婚するのですが、そのとき可能な限り余計なしがらみがつかないようにとの意図があるとも聞いています」

 そりゃまあファンタジー世界なら『エルフと人間の夫婦』だとか、寿命が大きく違うから相手に先立たれる前提で結婚するのはよくある話だけど、再婚まで既定の方針で制度が整えられるというのはなんか複雑だ。

「我が夫の場合、妻はいまのところ私だけですし、あの人も『妻はお前一人いれば十分だ』といってプロポーズしてくれました。身分的には聖女の夫としては低いと言われていますけど、私にとっては身分など関係なく『理想の夫』です」

 そういってオスリラはその頬を染め、身体をひねる。
 ああ。もうそんなのろけ話は聞きたくありませんよ!
 だが動揺するオレに対し、オスリラはまだまだ先があると言わんばかりである。

「過去の選ばれし者はもっと凄いですわ。彼女たちはみな、その姿を変えること無く若いままで何十年も過ごし、最期には偉大な業績を成し遂げた末、女神イロールに直接お仕えすべく、神界に迎え入れられたそうです。きっとあなた様も同じでしょう。私にとってはうらやましい限りです」

 ここでオスリラはオレに対して羨望の視線を向けてくる。
 いや。男に戻してくれるならオレは喜んで譲りますよ。
 仮に不老の身体だとしても、こんな異世界で男の妻になるなんてまっぴらですからね!

「今日は遅いですから、それではまた明日に」

 オレを断崖絶壁から突き落としつつ、いつもの柔らかい笑顔で別れを言いつつオスリラは部屋を後にした。

 オスリラが去った後、オレは部屋でひとり考え込んでいた。
 すでに日は暮れて周囲は真っ暗になっている。
 それはオレの運命を暗示しているかのようだ。
 なおこの救貧院では魔法による灯りがともされており『不夜城』とまではいかないが、人間が活動するには不自由ないだけの明るさが確保されている。
 このままここに居れば、間違いなく遠からず、大陸中のさらし者にされた挙げ句、どこぞの男の側室にされてしまう。
 相手が皇帝だろうが、王だろうが、オレにとっては関係ない。
 男の嫁になる時点で論外である。

 だが今更どう文句をつけようが、レシーラ達がオレを男に戻す事はあり得まい。
 交渉の余地など全くないのだ。
 ならば答えは簡単! 逃げるしかない!
 逃げ出して元の身体に戻る方策を探す。これ以外の道は無い。
 もちろんオレにはこの教会の外の世界は殆ど分からない。
 おまけにこの身は『かよわい乙女』そのものだし、逃げ出したら間違いなくこの聖女教会から追っ手がかかるだろう。
 前途には不安が山積み、というより不安しか無い。
 だがその山を越えなければ、オレは残された一生を女として、このクソ教会のために尽くす羽目となる。
こうなったら『前に向かって全力逃走』だ!

 結論は出たが、どうするか。
 いまオレがいるのはこの巨大な救貧院の奥の部屋だ。
 ここは特別警戒厳重というわけでは無いが、それでも警備員の巡回ぐらいは行われているのは、ここ数日の生活で分かっている。
 ただし少しばかり幸運な面があるとすれば、警備体制を見た限り『オレが逃走する』と言うことをレシーラ達が考えていないらしい事だ。
 これも考えて見ればある意味、当然だ。
 仮に物心ついてから女に変身させられた場合、そりゃまあ『家に帰りたい』程度のことは口にするだろう。
 しかし右も左も分からないところから、逃げ出すという選択肢はまず選べまい。
 仮に逃げだそうとしたところで、年端もいかぬ子供の脱走を連れ戻すなぞ造作もないだろう。
 それになによりレシーラは先ほどオレに対し『大陸中の英傑が側室に求める』と言い切った。
 彼女の態度からして、それが大変な栄誉であることから、オレが拒絶するとは考えていないようだ。
 まあレシーラ達の今までの経験からすれば、そう判断するのも無理はあるまい。
 女になった事を受け入れず、元に戻ろうとするオレの方がたぶん例外なのだ。

 だが、いくら今の警戒がゆるいと言っても、オレが逃走を図って失敗すれば、監視が遙かに厳しくなるのは確実である。
 下手をすればどこかの牢屋に幽閉ということだってあり得る。
 つまりチャンスは一回こっきり。
 そう考えるとここはしばらく様子を見て、機会をうかがうべきだろうか――

 いや。それはまずい。
 ひょっとしたら洗脳魔術のたぐいが存在して、オレの精神もすぐに女性化させられてしまうかもしれない。
 オスリラが精神まで完全に女性になっているのが『本来は女性だった』という教育の成果なのか、魔術で洗脳されたからなのか、その両方なのかは分からない。
 しかしレシーラの態度からして、オレも近い将来、オスリラと同じく身も心も完全な女になるだろうと確信しているのは、ほぼ間違いあるまい。
 仮に洗脳する魔法などなくとも、連中は女性化させた男を自分たちの意のままにする事は慣れているだろう。
 このままではやはり身体だけで無く、心まで女に変えられてしまいかねない。
 ならば『善は急げ』だ。逃げ出すなら早いほうがいい!

 ひとまずオレは脱出の手法を練り始める。
 オレに使える武器はチートで得た魔術だけである。
 だがいかにチートとは言え、今のところオレは回復、ないし治療に役立つ魔術しか使った事が無い。
 物理的な破壊魔法のたぐいは全く使えないので、壁をぶち抜くとかその手の行為は不可能だ。
 当然、警備員が何人もやってきたら簡単に拘束されてしまうだろう。
 もちろん瞬間移動だとか飛行系の術も使えない。
 ひょっとすると将来的には、その手の魔法も使えるようになるかもしれないが、現時点では自分に出来る事から考えるより他に無いのだ。
 そして回復魔術で逃げ出すのは無理だが、治療に役立つ魔術の中に、逃走に使えるものがあったぞ!
 決心を固めると、オレは周囲にある小さくて金になりそうなものを物色する。
 さすがに救貧院において金銀財宝がきらめくとはいかないが、それでも売れば結構な金になりそうなものは探せばあるものだ。
 適当にかき集めるとオレは、質素なローブで頭髪と身体を隠せる装いをすると、こっそりと部屋を出た。

 目指すは自由。
 そしてその先にあるチート・ハーレム――もとい男に戻る事だ。
 いくらオレがチートで魔術が使えても、警備員の目をごまかし続けて逃げ出すのは困難だ。
 当然ながら夜中に動き回っている相手がいれば、警戒して近寄ってくるだろう。
 しかしこの救貧院では大勢の貧しい人間が一時的に生活しており、その中には規則を把握せずにうろつき回る連中も多い。
 文字が読めないので部外者立ち入り禁止の区域に入ってしまう事もしばしばあるので、少しばかり怪しい人間がいても、警備員はいきなり攻撃したり警報を発したりする事も無いのも分かっているのだ。
 恐らくオレを性転換させた部屋とか、特別な箇所以外では『見慣れない相手』がいることは常態化しているのだろう。
 それがオレのつけ込む格好のチャンスでもある。
 オレが少しばかり歩いていると視界の片隅に、警備員が入ってきた。

「そこのお人。ちょっと止まりなさい」
「はい。分かりました」

 オレは警戒させないように動きを止めつつ、近寄ってくる警備員に向けて、こっそりと魔術を放つ。

「あ……」

 警備員の目からあらゆる感情が消え去り、動きが止まる。
 このときオレが警備員にかけたのは精神系魔術である【平静】《カーム》だ。
 本来は苦痛や恐怖でパニックに陥っている人間の感情を抑え、平静を取り戻させるものだが、魔力を強化してかけることで一時的に相手の精神を『何が起きても感情が動かない』状態にする事が出来るようになる。
 もちろんこの手の魔術のお約束で、攻撃など仕掛けたら即座に破れてしまうため戦闘ではほとんど効果は無いが、逃げ出すだけなら十分なのだ。

「それでは失礼します」

 仮に遠くから誰かに見られていても、すぐには怪しまれないようオレは感情が停止した警備員に対し一礼してその場を離れる。
 しばしの後、オレは救貧院の表にまでたどり着いていた。
 オレは夜闇にそびえる大きな建物を見返し、嘆息する。
 ほんの数日前、この玄関をくぐって中に入った時と今のオレは文字通り『別人』であった。
 世に『男子三日会わざれば刮目して見よ』というが、外見的にはほぼ原型を止めず、性別まで完璧に変わってしまったら、刮目したってオレが『楠本充という名前の日本人』だとは見当もつくまい。
 だがオレは諦めないぞ!
 必ず男に戻って、オレは自分の道を貫いてやるんだ!
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