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第2章 変わり果てた後で冒険の始まり
第5話 元少年は運命に抗う事を決めた!
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オレが意識を取り戻した場所は明るい光で満たされた清潔な部屋だった。
ふう。なんて夢だ。
オレが美少女に変身するなんてありえない。
幾ら凄い美少女でも、それが自分自身なのはごめんこうむる。
何しろオレの望みはハーレムなのだ。
百合は趣味ではないのである。
そう思ってベッドから身体を起こした瞬間、オレの視界の下の方に見まがう事の無い膨らみが目に入った。
それは特別、大きいというわけではなかったが、それでもオレの精神を麻痺させるだけの圧倒的な存在感があったのだ。
この胸の存在感と、対照的な股間の頼りなさを感じたとき、オレは先ほどの『悪夢』が紛れもない事実である事を、否応なしに思い知らされた。
うわぁ~! なんじゃぁこりゃぁ~!
オレの精神が衝撃に切り刻まれかけたとき、部屋の扉が開き、そこには見慣れた金髪の妍姿が姿を見せた。
「お目覚めでございましたか」
「オスリラさん! これはいったいどういうことなんですか?! オレの身体はどうなったんです?!」
「ご心配には及びません。アタルクス様」
「え?」
聞き覚えの無い名を呼ばれオレは少しばかり当惑する。
「あなた様のお名前ですよ。今後はその名をお使い下さい」
「な、何を言っているのですか?」
「その名は女神イロールの娘の一人の名でもあります。『選ばれし者』たるあなた様にふさわしい御名でございますとも」
オレが絶句していると、オスリラは静かに近寄ってくる。
「あなた様は、正しい姿に戻ったのです。これまでの男の姿が誤りだったのですよ」
「そんな馬鹿な。オレは男ですよ! いったい何が起きたんですか? いえ。オレは何をされたんですか?!」
「ふふっ」
オレの叫びを受けて、オスリラはどこか懐かしそうに微笑む。
「そういうところは私と同じですね」
「え? オスリラさんと……同じ?」
ここで『処置』をされる前に、オスリラがオレに向けて発した言葉が脳裏に閃いた。
まだ男だった頃――なぜか遠い過去のように思えてくる――オレのいきり立った股間を見て、オスリラはこう口にした。
『私は「それ」がどういうものだったか殆ど忘れてしまいましたけど、すぐにあなたも同じになりますよ』
この言葉の意味はひょっとして?!
「まさか? オスリラさんも?! オレと同じ?!」
「そうです。私も一三歳の時まで自分を『男』だと思っていました。そして治癒魔術の才能を見いだされ『処置』を受けて、正しい姿になったのです」
そう言ってオスリラは自らの胸に手を当てる。
「あなた様も私も、誤った姿で生まれ育っていたのです。希にそういう人間が生まれますが、それも一つの『病気』です。そして教会ではそれを正しく戻す事を『処置』というのです」
「そんな……」
オレもさして詳しいワケでは無いが、胎児が母親の胎内にいるときにホルモン異常などで本来の性別と別の姿で生まれてくる例がある事は知っている。
オスリラが言っているのもそれだろう。
だがオレに関してはそんなことは絶対に無い。なぜならオレは健全な青少年として、あんなことやこんなことをしていたから――
「と、とにかく元に戻して下さい!」
オレの叫びを受けて、オスリラは困ったように微笑む。
それはどちらかと言えば『ワガママな妹』に対する態度のように感じられた。
つまり彼女がオレを『異性』として意識していなかったのは、そういう意味だったのか――今さら気付いたところでどうしようも無いけどな!
「そんなところも最初はあなたと同じでした。しばらくは必死で『自分は女じゃない。男なんだ』と自分に言い聞かせていましたよ」
オスリラは遠い目をしている。
どうやら自分自身の事を思い出しているのだろう。
「私があなた様の世話役を命じられたのも、かつては同じ境遇でその気持ちが分かるから、ということからです」
「だけどオレは――」
オレの空しい反論を聞きつつ、オスリラは柔らかい笑顔で体をよせてくる。
身体が紛うこと無き女でも、オスリラのような美人にすり寄られると、まだオレの胸は高鳴ってくる。
「よくご覧下さい」
オスリラは改めて、部屋に据え付けられた姿見を指し示す。
そこには二人の『金髪で青紫の瞳を持つ美女(美少女)』が写っていた。
どちらも美しいが、敢えて言えばオスリラは『人並み以上の美女』ではあるが『オスリラではない方』の少女は『桁外れの人知を超越した美少女』なのだ。
よくよく見ると、その顔には僅かながら男だった頃のオレの面影が痕跡程度に残っているが、原形をとどめているのはそこだけ。
後は全くの別人としか言いようが無い。
その身体は細く、柔らかく、そしてか弱く、どれほど想像をたくましくしても『男らしさ』と言える、何ものとも全くかけ離れた存在であることは明らかだった。
オレはそんな姿を見て、息を呑み、言葉を失っていた。
一言でいえば、このときのオレは改めて『自分自身の美しさに圧倒されていた』のである――それだけを聞いたら異常なナルシストに思われるかもしれないが、残念ながら事実なのだ
「この姿を見て、男だと思う者など世界のどこにもおりません。お分かりでしょう?」
「それは……そうかもしれませんが……」
思わず同意してしまうほど、鏡に映っている姿にオレは圧倒されかけていた。
「これこそがアタルクス様の正しき姿なのです」
いえいえ。違いますって!
百歩譲ってオレが本当は女だとしても、髪が金髪になって、目が青紫になることはありえませんから!
「何よりも回復魔法が使える、という事実こそ、あなた様が『本当は女』である事の何よりの証拠です」
そんな馬鹿な。だってオレは本当に男なんだ。
『男でありながら、女しか使えないとされる回復魔法が使える』
それはただ単にありふれたチートフラグのはず。いや。ちょっと待てよ。
オレはここで一つの可能性に愕然と至る。
これまでこの『聖女』達の異常な金髪・青紫瞳率についてオレは『女神と同じ外見の女性ばかり集めていたから』だと考えていた。
だけどこの聖女教会の魔術で性転換させられた『元男』が、オレやオスリラと同じように金髪・青紫瞳になるとしたら、それが意味する事はもしかしたら――
そういえば『生まれた時に魔術の才能を調べ、回復魔法の素質があれば聖女になるため教会が引き取る』と言っていたな!
そういうことだったのかよ!
当たり前だが0歳児に『自分が男』だという自我など存在しない。
そのときに女に性転換させられ、そのまま育てられたらそれは完全な女にしかならないだろう。
いや。それだけではない。
もっと成長してからでも『こちらが本来の姿。男の姿は誤りだった』と言われたら、信じるしかないだろうし、それを受け入れて何年も暮らせば同じ事だ。
それはオスリラを見れば明らかである。
恐らくオスリラは0歳児の時点で、多くの男子が性転換させられているという事は全く知らないし、想像だにしていないのだろう。
だから自分並みに成長してから性転換させられた例が殆ど無いので『希にしかいない』と思っているのだ。
オレは呆然と立ちすくんだ。
この世界では『女しか回復魔法が使えない』のではない。
聖女教会が回復魔法の使える男を女に変えることで『女しか回復魔法が使えないという建前を守っている』のだ!
この金髪・青紫瞳率の高さからすれば、下手をすると『本来の男女比』はほぼ同じなのかもしれん。
なんてこった!
オレはそんなことなど考えもせず『男なのに一人だけ回復魔法が使えるチートなオレはハーレムでウハウハ』などと夢を見ていたのだ!
ちくしょう!
オレのハーレム――じゃない! 生まれた時からずっと一緒にいた、かけがえのない股間の相棒を返してくれ!
気がつくとオレはその目からサメザメと涙を流していた。
鏡に映る『美少女が流す涙』はまるでダイヤモンドのごとく輝き、その美しさをさらに引き立てるアクセサリーとなっている。
それはまさに『この世のものとも思えぬ美貌』だった。
だけどどんなに美しく、かわいらしく、いとおしくとも自分自身を恋人にする事は絶対に出来ない――もしかすると『自分の手を恋人にする』事は可能かもしれないが、それは少なくともオレの趣味では無い。
「しばらくは落ち着かないでしょう。しかしすぐに慣れますよ。繰り返しますが私自身がそうでしたからね」
そういってオスリラは安堵させるように微笑む。
そんなに簡単に性別が変わったことに慣れたら苦労はしない――じゃなくて二度と男に戻れなくなるだろうが!
そしてそれからしばらくの間、オレはオスリラにいろいろな事を教えられた。
下着の付け方やトイレの入り方、更に『女の子の日』の処置の仕方。『同じ経験を有する先輩』の言葉は確かに分かりやすく、参考になったのは事実だ。
多大な羞恥心の犠牲を余儀なくされたがな。
その後、他の聖女と同じ白い貫頭衣を与えられたオレは再び院長室に案内され、改めてレシーラに対面する事になった。
「どうやら落ち着かれたようですね。アタルクス様」
「……」
分かってはいたが、オレは性別も、股間のイチモツも、夢だったハーレムも、そして名前すらも取り上げられてしまったのだ。
ここでレシーラはオレに同行していたオスリラに向き直る。
「よくやってくれた。今後も頼むぞ」
「分かりました」
「それでは改めて、いろいろとお話をさせてもらいましょう」
よく考えてみると、この狭い部屋に金髪と青紫の瞳の持ち主が三人集まっているのだ。
レシーラも金髪で青紫の瞳ということは『元男』の可能性が高い。
だけどいまこの場でそれを指摘したところで、意味はあるまい。
オスリラはまだ男だった時の記憶があるが、レシーラの場合、仮に性転換させられていたとしても、それは生まれた直後の事だろう。
本人がそれを自覚していないのならば、そんなことを指摘してもただの妄言でしか無いのだ。
それにオレが聞くべき事はもっと他にあった。
「これからオレはどうなるんですか……」
「とりあえず、そのような聖女にふさわしくない言葉使いは辞めていただく必要がありますな」
「……」
レシーラはキツい視線を注ぎ、オレはただでさえ小さくなった身体を更に縮める。
前よりもずっとレシーラの威圧感が強くなった気がするのは、女にされてしまったために、オレの背が縮んだからなのか、それとも精神まで変化したからなのか。
たぶん両方だろうな。
「本来ならば魔術の訓練に入っていただくのでしょうが『選ばれしもの』には不要ですから、これからはあなた様には聖女としてふさわしいたしなみ、礼儀作法、そして学識を身につけていただきます」
「その次はどうなるのですか?」
ここでレシーラは少しばかり微笑む。
「そこで『お披露目』ということになるでしょうね」
またしても耳慣れない言葉を受けて、たぶんオレは困惑していたのだろう。
そんなオレに対し、レシーラは誇らしげに胸を張る。
「百年に一度現れる『選ばれし者』のお披露目となれば、この国どころか大陸中の注目を浴びる一大イベントになるのは確実です。間違いなく列強諸国の皇帝、王、その後継者、名だたる貴族や将軍、そして各神殿の英雄達が競ってあなた様を求めることでしょう」
「それって……まさか?」
「そうです。あなた様にはそこで伴侶となる男性を選んでいただくのですよ」
「ええ?!」
女にされた事ですら、思考がついて行かない状況で、もう伴侶となる男を選べなどと言われたら、精神が麻痺したって誰もオレを責められまい。
「過去に『選ばれし者』の夫となったものは、いずれも例外なく伴侶と共に伝説に名を刻む素晴らしい業績を残し、その国や神殿の偉大な礎となっております。あなた様を伴侶と出来るならば、その身と同じ大きさの黄金の像と引き替えにしても引く手数多となるのは確実でしょう」
そんなの全くありがたくも何ともない。
だいたい自分の黄金の像を造ってもらって喜ぶなんて、悪趣味に過ぎるだろ!
普通、それは悪役の所行だぞ!
「大陸に名を馳せる傑物がこぞってあなた様を『側室』に迎え入れようとするのです。それがいかに誇るべき事か、よくお考え下さい」
このレシーラの言葉にオレは少しばかり違和感を抱く。
「側室……ですか?」
「ああ。それもご存じないのでしたな。聖女は原則として正妻とはなりません。正妻となりうるのは妻が聖女一人という場合だけですが、それはごく一部。殆どの場合、聖女を娶るのは地位も名誉も財産もある英傑ですから妻は複数いて当然。私もあくまでも国王陛下の側室です」
「なぜ?」
「聖女は世俗の争いとは無関係でなければならないからです。側室として夫を支えつつ、まつりごとには口を挟むことなく、あくまでも民を助ける事を優先します。そのため聖女の生んだ子供も、他に候補者がいないなどの事情が無い限り、後継者にもならず、養子に出されるか聖職者となるものが殆どです」
ここでレシーラはオレに対して、改めて頭を下げる。
「あくまでも側室という点にご不満はあるかもしれませんが、納得して下さい。これも千年にわたりこの聖女教会に受け継がれた伝統なのです」
オレに不満があるのは『正妻になれない』ことじゃねえ!
奥さんを娶ることが出来なくなった方だよ!
「あと聖女を二人以上、娶る事も原則としてありません。特に規則があるわけではありませんが、それが不文律となっていますので、その点はご心配なく」
そっちの心配もしてないよ!
不文律に過ぎないなら、敢えて二人以上の聖女を娶ってハーレムにしたい、などと考えても今では遠い遠い夢になってしまったのだ。
「とにかく。しばらくはこの地にて、あなた様にふさわしい教育を受けていただきます。『お披露目』はその後で、どこに出しても恥ずかしくない聖女となられた暁の話でございます」
それはオレにとって『暁』じゃなくて『暗黒』そのものだよ!
オレは自分にのしかかってきた過酷極まりない運命に、思わず立ちすくんでいた。
ふう。なんて夢だ。
オレが美少女に変身するなんてありえない。
幾ら凄い美少女でも、それが自分自身なのはごめんこうむる。
何しろオレの望みはハーレムなのだ。
百合は趣味ではないのである。
そう思ってベッドから身体を起こした瞬間、オレの視界の下の方に見まがう事の無い膨らみが目に入った。
それは特別、大きいというわけではなかったが、それでもオレの精神を麻痺させるだけの圧倒的な存在感があったのだ。
この胸の存在感と、対照的な股間の頼りなさを感じたとき、オレは先ほどの『悪夢』が紛れもない事実である事を、否応なしに思い知らされた。
うわぁ~! なんじゃぁこりゃぁ~!
オレの精神が衝撃に切り刻まれかけたとき、部屋の扉が開き、そこには見慣れた金髪の妍姿が姿を見せた。
「お目覚めでございましたか」
「オスリラさん! これはいったいどういうことなんですか?! オレの身体はどうなったんです?!」
「ご心配には及びません。アタルクス様」
「え?」
聞き覚えの無い名を呼ばれオレは少しばかり当惑する。
「あなた様のお名前ですよ。今後はその名をお使い下さい」
「な、何を言っているのですか?」
「その名は女神イロールの娘の一人の名でもあります。『選ばれし者』たるあなた様にふさわしい御名でございますとも」
オレが絶句していると、オスリラは静かに近寄ってくる。
「あなた様は、正しい姿に戻ったのです。これまでの男の姿が誤りだったのですよ」
「そんな馬鹿な。オレは男ですよ! いったい何が起きたんですか? いえ。オレは何をされたんですか?!」
「ふふっ」
オレの叫びを受けて、オスリラはどこか懐かしそうに微笑む。
「そういうところは私と同じですね」
「え? オスリラさんと……同じ?」
ここで『処置』をされる前に、オスリラがオレに向けて発した言葉が脳裏に閃いた。
まだ男だった頃――なぜか遠い過去のように思えてくる――オレのいきり立った股間を見て、オスリラはこう口にした。
『私は「それ」がどういうものだったか殆ど忘れてしまいましたけど、すぐにあなたも同じになりますよ』
この言葉の意味はひょっとして?!
「まさか? オスリラさんも?! オレと同じ?!」
「そうです。私も一三歳の時まで自分を『男』だと思っていました。そして治癒魔術の才能を見いだされ『処置』を受けて、正しい姿になったのです」
そう言ってオスリラは自らの胸に手を当てる。
「あなた様も私も、誤った姿で生まれ育っていたのです。希にそういう人間が生まれますが、それも一つの『病気』です。そして教会ではそれを正しく戻す事を『処置』というのです」
「そんな……」
オレもさして詳しいワケでは無いが、胎児が母親の胎内にいるときにホルモン異常などで本来の性別と別の姿で生まれてくる例がある事は知っている。
オスリラが言っているのもそれだろう。
だがオレに関してはそんなことは絶対に無い。なぜならオレは健全な青少年として、あんなことやこんなことをしていたから――
「と、とにかく元に戻して下さい!」
オレの叫びを受けて、オスリラは困ったように微笑む。
それはどちらかと言えば『ワガママな妹』に対する態度のように感じられた。
つまり彼女がオレを『異性』として意識していなかったのは、そういう意味だったのか――今さら気付いたところでどうしようも無いけどな!
「そんなところも最初はあなたと同じでした。しばらくは必死で『自分は女じゃない。男なんだ』と自分に言い聞かせていましたよ」
オスリラは遠い目をしている。
どうやら自分自身の事を思い出しているのだろう。
「私があなた様の世話役を命じられたのも、かつては同じ境遇でその気持ちが分かるから、ということからです」
「だけどオレは――」
オレの空しい反論を聞きつつ、オスリラは柔らかい笑顔で体をよせてくる。
身体が紛うこと無き女でも、オスリラのような美人にすり寄られると、まだオレの胸は高鳴ってくる。
「よくご覧下さい」
オスリラは改めて、部屋に据え付けられた姿見を指し示す。
そこには二人の『金髪で青紫の瞳を持つ美女(美少女)』が写っていた。
どちらも美しいが、敢えて言えばオスリラは『人並み以上の美女』ではあるが『オスリラではない方』の少女は『桁外れの人知を超越した美少女』なのだ。
よくよく見ると、その顔には僅かながら男だった頃のオレの面影が痕跡程度に残っているが、原形をとどめているのはそこだけ。
後は全くの別人としか言いようが無い。
その身体は細く、柔らかく、そしてか弱く、どれほど想像をたくましくしても『男らしさ』と言える、何ものとも全くかけ離れた存在であることは明らかだった。
オレはそんな姿を見て、息を呑み、言葉を失っていた。
一言でいえば、このときのオレは改めて『自分自身の美しさに圧倒されていた』のである――それだけを聞いたら異常なナルシストに思われるかもしれないが、残念ながら事実なのだ
「この姿を見て、男だと思う者など世界のどこにもおりません。お分かりでしょう?」
「それは……そうかもしれませんが……」
思わず同意してしまうほど、鏡に映っている姿にオレは圧倒されかけていた。
「これこそがアタルクス様の正しき姿なのです」
いえいえ。違いますって!
百歩譲ってオレが本当は女だとしても、髪が金髪になって、目が青紫になることはありえませんから!
「何よりも回復魔法が使える、という事実こそ、あなた様が『本当は女』である事の何よりの証拠です」
そんな馬鹿な。だってオレは本当に男なんだ。
『男でありながら、女しか使えないとされる回復魔法が使える』
それはただ単にありふれたチートフラグのはず。いや。ちょっと待てよ。
オレはここで一つの可能性に愕然と至る。
これまでこの『聖女』達の異常な金髪・青紫瞳率についてオレは『女神と同じ外見の女性ばかり集めていたから』だと考えていた。
だけどこの聖女教会の魔術で性転換させられた『元男』が、オレやオスリラと同じように金髪・青紫瞳になるとしたら、それが意味する事はもしかしたら――
そういえば『生まれた時に魔術の才能を調べ、回復魔法の素質があれば聖女になるため教会が引き取る』と言っていたな!
そういうことだったのかよ!
当たり前だが0歳児に『自分が男』だという自我など存在しない。
そのときに女に性転換させられ、そのまま育てられたらそれは完全な女にしかならないだろう。
いや。それだけではない。
もっと成長してからでも『こちらが本来の姿。男の姿は誤りだった』と言われたら、信じるしかないだろうし、それを受け入れて何年も暮らせば同じ事だ。
それはオスリラを見れば明らかである。
恐らくオスリラは0歳児の時点で、多くの男子が性転換させられているという事は全く知らないし、想像だにしていないのだろう。
だから自分並みに成長してから性転換させられた例が殆ど無いので『希にしかいない』と思っているのだ。
オレは呆然と立ちすくんだ。
この世界では『女しか回復魔法が使えない』のではない。
聖女教会が回復魔法の使える男を女に変えることで『女しか回復魔法が使えないという建前を守っている』のだ!
この金髪・青紫瞳率の高さからすれば、下手をすると『本来の男女比』はほぼ同じなのかもしれん。
なんてこった!
オレはそんなことなど考えもせず『男なのに一人だけ回復魔法が使えるチートなオレはハーレムでウハウハ』などと夢を見ていたのだ!
ちくしょう!
オレのハーレム――じゃない! 生まれた時からずっと一緒にいた、かけがえのない股間の相棒を返してくれ!
気がつくとオレはその目からサメザメと涙を流していた。
鏡に映る『美少女が流す涙』はまるでダイヤモンドのごとく輝き、その美しさをさらに引き立てるアクセサリーとなっている。
それはまさに『この世のものとも思えぬ美貌』だった。
だけどどんなに美しく、かわいらしく、いとおしくとも自分自身を恋人にする事は絶対に出来ない――もしかすると『自分の手を恋人にする』事は可能かもしれないが、それは少なくともオレの趣味では無い。
「しばらくは落ち着かないでしょう。しかしすぐに慣れますよ。繰り返しますが私自身がそうでしたからね」
そういってオスリラは安堵させるように微笑む。
そんなに簡単に性別が変わったことに慣れたら苦労はしない――じゃなくて二度と男に戻れなくなるだろうが!
そしてそれからしばらくの間、オレはオスリラにいろいろな事を教えられた。
下着の付け方やトイレの入り方、更に『女の子の日』の処置の仕方。『同じ経験を有する先輩』の言葉は確かに分かりやすく、参考になったのは事実だ。
多大な羞恥心の犠牲を余儀なくされたがな。
その後、他の聖女と同じ白い貫頭衣を与えられたオレは再び院長室に案内され、改めてレシーラに対面する事になった。
「どうやら落ち着かれたようですね。アタルクス様」
「……」
分かってはいたが、オレは性別も、股間のイチモツも、夢だったハーレムも、そして名前すらも取り上げられてしまったのだ。
ここでレシーラはオレに同行していたオスリラに向き直る。
「よくやってくれた。今後も頼むぞ」
「分かりました」
「それでは改めて、いろいろとお話をさせてもらいましょう」
よく考えてみると、この狭い部屋に金髪と青紫の瞳の持ち主が三人集まっているのだ。
レシーラも金髪で青紫の瞳ということは『元男』の可能性が高い。
だけどいまこの場でそれを指摘したところで、意味はあるまい。
オスリラはまだ男だった時の記憶があるが、レシーラの場合、仮に性転換させられていたとしても、それは生まれた直後の事だろう。
本人がそれを自覚していないのならば、そんなことを指摘してもただの妄言でしか無いのだ。
それにオレが聞くべき事はもっと他にあった。
「これからオレはどうなるんですか……」
「とりあえず、そのような聖女にふさわしくない言葉使いは辞めていただく必要がありますな」
「……」
レシーラはキツい視線を注ぎ、オレはただでさえ小さくなった身体を更に縮める。
前よりもずっとレシーラの威圧感が強くなった気がするのは、女にされてしまったために、オレの背が縮んだからなのか、それとも精神まで変化したからなのか。
たぶん両方だろうな。
「本来ならば魔術の訓練に入っていただくのでしょうが『選ばれしもの』には不要ですから、これからはあなた様には聖女としてふさわしいたしなみ、礼儀作法、そして学識を身につけていただきます」
「その次はどうなるのですか?」
ここでレシーラは少しばかり微笑む。
「そこで『お披露目』ということになるでしょうね」
またしても耳慣れない言葉を受けて、たぶんオレは困惑していたのだろう。
そんなオレに対し、レシーラは誇らしげに胸を張る。
「百年に一度現れる『選ばれし者』のお披露目となれば、この国どころか大陸中の注目を浴びる一大イベントになるのは確実です。間違いなく列強諸国の皇帝、王、その後継者、名だたる貴族や将軍、そして各神殿の英雄達が競ってあなた様を求めることでしょう」
「それって……まさか?」
「そうです。あなた様にはそこで伴侶となる男性を選んでいただくのですよ」
「ええ?!」
女にされた事ですら、思考がついて行かない状況で、もう伴侶となる男を選べなどと言われたら、精神が麻痺したって誰もオレを責められまい。
「過去に『選ばれし者』の夫となったものは、いずれも例外なく伴侶と共に伝説に名を刻む素晴らしい業績を残し、その国や神殿の偉大な礎となっております。あなた様を伴侶と出来るならば、その身と同じ大きさの黄金の像と引き替えにしても引く手数多となるのは確実でしょう」
そんなの全くありがたくも何ともない。
だいたい自分の黄金の像を造ってもらって喜ぶなんて、悪趣味に過ぎるだろ!
普通、それは悪役の所行だぞ!
「大陸に名を馳せる傑物がこぞってあなた様を『側室』に迎え入れようとするのです。それがいかに誇るべき事か、よくお考え下さい」
このレシーラの言葉にオレは少しばかり違和感を抱く。
「側室……ですか?」
「ああ。それもご存じないのでしたな。聖女は原則として正妻とはなりません。正妻となりうるのは妻が聖女一人という場合だけですが、それはごく一部。殆どの場合、聖女を娶るのは地位も名誉も財産もある英傑ですから妻は複数いて当然。私もあくまでも国王陛下の側室です」
「なぜ?」
「聖女は世俗の争いとは無関係でなければならないからです。側室として夫を支えつつ、まつりごとには口を挟むことなく、あくまでも民を助ける事を優先します。そのため聖女の生んだ子供も、他に候補者がいないなどの事情が無い限り、後継者にもならず、養子に出されるか聖職者となるものが殆どです」
ここでレシーラはオレに対して、改めて頭を下げる。
「あくまでも側室という点にご不満はあるかもしれませんが、納得して下さい。これも千年にわたりこの聖女教会に受け継がれた伝統なのです」
オレに不満があるのは『正妻になれない』ことじゃねえ!
奥さんを娶ることが出来なくなった方だよ!
「あと聖女を二人以上、娶る事も原則としてありません。特に規則があるわけではありませんが、それが不文律となっていますので、その点はご心配なく」
そっちの心配もしてないよ!
不文律に過ぎないなら、敢えて二人以上の聖女を娶ってハーレムにしたい、などと考えても今では遠い遠い夢になってしまったのだ。
「とにかく。しばらくはこの地にて、あなた様にふさわしい教育を受けていただきます。『お披露目』はその後で、どこに出しても恥ずかしくない聖女となられた暁の話でございます」
それはオレにとって『暁』じゃなくて『暗黒』そのものだよ!
オレは自分にのしかかってきた過酷極まりない運命に、思わず立ちすくんでいた。
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