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第3章 出会ったのは王子様 立ち向かうのはアンデッド教団
第13話 この世界について知った結果
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オレがテマーティン達と共にラマーリア王国の首都コルストに来てから十日が経った。
とりあえずオレは男装を通しつつ、正体を隠してテマーティンの屋敷に匿ってもらっている。
そして毎朝の日課として――
「おはよう」
目を覚ましたところでオレが挨拶すると、枕元にて小さな茶色いネズミが声を挙げ、そして部屋の片隅へと隠れる。
ここに来てオレが真っ先に行ったのは、ドルイド魔術で屋敷にいたネズミを仲間にして、就寝時など無防備になるときに周囲を監視してもらうことだった。
テマーティンを疑っているわけではないが、やっぱり女の身である以上、そこは警戒を怠るわけにはいかないし、聖女教会がいきなりやってきてオレの身柄の引き渡しを要求する可能性もあり得るのだ。
幸いにも今のところそんな兆候はないのだが、万一にもそうなった場合、テマーティンには申し訳ないが、オレは尻に帆をかけてさっさと逃げさせてもらうことにするつもりだ。
こっちはずっと男装した上で、髪も染めているし、少なくともオレは聖女教会から公式にお尋ね者になっているわけでもないから、テマーティンも『何も知りませんでした』とシラを切り通せばどうにかなるだろう。
後の事はほったらかしにして逃げ出すのは無責任と言われるかもしれないが、むしろその場合、オレの身柄を抑えられた方がテマーティンの立場上まずい事になるだろうから、ここは勘弁してもらいたい。
だがそれでもオレにとって日々接する重大な脅威が存在した。
それはこの屋敷の侍女達の相手である。
「さあそれでは湯浴みをしましょうか」
「いつも申し上げていますけど、それぐらいは一人で出来ますから」
「いえいえ。貴婦人たるもの、従者に任せる事も覚えねばなりませんよ」
侍女達は朝と晩にオレを風呂に入れて、身体を洗おうとする。
身の回りの世話をしてくれている侍女達に『男装の麗人』である事を隠すのは不可能なので、彼女達は何かとオレの世話を焼こうとする。
風呂に入れて身体を洗うのもその一環なのだ。まず間違い無くテマーティンの命令でもあるだろう。
清潔にするのはいい事だが、その度に自分の身体が原型をとどめず変わってしまったことを思い知らされる毎日である。
もちろん侍女達は身体を洗っている最中にオレの身体を隅から隅まで見ているわけだが、何の疑問も抱いている様子は無い。
聖女教会で女の身に変えられてから、他の女性と裸の身体を比較した事は一度も無いが、やはり完全に女の身になってしまっているようだ。
「何をおっしゃいますか。そのような見事な体型と美しい肌を維持するためには、日々の手入れが何よりも重要なのですよ」
そう言って侍女は二人組で、強引に風呂に入れたオレの身体をあちこち触りつつ洗っている。
オレも風呂はどちらと言えば好きな方だが、他人の手でむき出しの身体を洗われるのは正直に言ってかなり恥ずかしい。
もちろん侍女達には胸だとか、秘めたところだとか、そのような恥ずかしいとことまで毎日磨かれてしまっている。
髪の毛は相変わらず黒く染めたままだが、風呂で侍女達に見られるので、他のところの毛も全部黒く染めている。
頭髪が黒いのに大事なところの毛が金色だったら、あからさまに怪しいからな。
「はあ……本当にどこをとっても見事なお体です……殿下の寵愛を受けるお方はやはり凡人とは違うのですね」
「まるで伝説の妖精か、女神様の化身かと思えるほどですよ」
侍女達がオレの変わり果てた身体を触りつつ、感嘆の声をこぼすのもいつも事だ。
その都度、自分の肉体が女のものである事を改めて実感させられてしまう。
そしてその後に続く言葉も決まっている。
「アルタシャ様。それで殿下とはどこまで進んでいるのか、お聞かせ下さいな」
「恥ずかしがることなどありませんわよ」
いつの間にかオレは『辺境の地で王子に見初められた美少女』ということにされていてのである。
テマーティンはオレの事を『命の恩人』とだけ説明しているようだが、その結果として侍女達は妄想を暴走させ、オレについて――というより王子と美少女のロマンス――の話が勝手に作られているらしい。
そんなわけで話好きの侍女達は、オレとテマーティンの馴れ初めだの、命を救った経緯だのについて、いろいろと問いかけてくるのである。
ええい!
オレはあくまでも『美少女とのロマンス』が望みなのであって、オレの方が美少女の側のロマンスなどお呼びでは無いのだ!
「これで後は化粧して、ちゃんとした装いさえして下されば完璧なのですけど」
「そうですよ。美しいものはもっと美しくなる義務があるのです。それなのにアルタシャ様ときたら……」
残念そうに侍女はこぼすが、オレはそれを無視して湯船をあがる。
これから本当にオレにとっての大事な『攻防』が待っているのだ。
「さあアルタシャ様。今日こそドレスを」
いつものように男装して出かけようとすると、かなり太った侍女頭の女性がオレの前に立ちはだかり、フリルがふんだんにあしらわれたドレスを突きつけてくる。
「今日も図書館に行きますので、そんな服装は出来ません」
「あなた様は殿下のお相手でございましょう? まずは殿下に相応しい装いをして、淑女らしい振る舞いを学ぶのが先決です。本を読むのはその後からにして下さいませ」
だから違うっつうの!
いや。テマーティンはそれを望んでいるかもしれないが、少なくともオレにそんな気は、フリルのひとかけらほども存在しない!
「とりあえず今日も出かけますから!」
「ああ! お待ちを!」
そんなわけで今日もまた、オレは迫り来る侍女達を振り切って図書館へと情報収集に向かうが、ここでオレの背に一瞬だがヒヤリとした感覚が走る。
思わず振り返ると、廊下の隅からオレを睨み付ける視線が突き刺さった。
二十代半ばの黒髪の美人がオレに対して、口にこそ出さないが、刺々しい敵意を全身から発しているのだ。
当然ながら侍女の皆さんが全員、オレを歓迎しているわけではない。
さすがにオレが聖女教会から逃げ回っている事までは気づかれていないだろうが、どこの馬の骨とも分からない相手が、いきなりやってきて『王子様のお気に入り』ともなれば面白くない人間がいないほうがおかしい。
下世話な想像をすると、侍女の中には『王子様のお手つき』になって身ごもり、あわよくば側室に、などと考えている女性だっているに決まっている。
不本意極まりないが、今のオレはそういう相手の嫉妬をかき立てる存在であることは自覚せざるを得ない。
テマーティンは侍女達に箝口令を強いてはいるものの、この様子ではオレの事が噂になるのはそう遠い先の話でもあるまい。
あまり時間が無いことを自覚しつつ、オレはせかされるように図書館へと足を向けるのだった。
侍女達の件はともかくテマーティン王子の紹介を受けて、この国の図書館に出入り出来るようになったお陰で、オレはいろいろな情報に触れる事が出来るようになった。
ネットで検索すれば、幾らでも情報が得られる元の世界には遠く及ばないにせよ、それでも自分がいまどこにいるのかすら分からない、逃亡生活時とは段違いである。
言語を理解出来るようになる【翻訳】、欲しい書物の場所が分かる【書物探査】、得た知識を書き溜めておける【知識保全】だとか、知識系の魔術がこんなに早く役立つとは、オレにとっても嬉しい誤算であった。
とりあえず最初にオレが探したのは、このペント大陸の地図である。
測量技術など現代日本とは比較にもならず、大ざっぱで不正確なものしかないが、それでもあるとないでは大違いだ。
ラマーリア王国は、オレがこの世界に来て女にされてしまったアルコー王国の隣国で、首都同士は五百キロほど離れているようだ。
魔術で移動力を強化できる今のオレが全力を出せば二日でたどり着けるわけで、そんなに遠くはないな。
この地域の国家は元の世界に例えると、大半がヨーロッパ諸国ぐらいの大きさであるらしい。
そしてペント大陸そのものは、だいたい北米大陸ぐらいの面積があるらしい。
世界全体では他の大陸もあるようだが、そこまでは詳しく分からない。
そしてここの住民の言う『大陸』とは、あくまでも彼らの文化圏を指すのであって『大陸全土』という意味では無いようだ。
つまり日本語で言えば『中国大陸』などという表現と同じようなものらしい。
縮尺のあやふやな地図から大ざっぱに見たところでは、この文化圏は大陸中央部に広がっており、面積的には全体の三分の一程度だ。
それ以外は『蛮地』――つまり異民族・異宗派の支配地域ということになっている。
当然ながらこの世界には『文化相対主義』など存在しない。
蛮地に棲んでいる『蛮族』については、その得体の知れない暴力的な傾向を恐れる意識と『正しい文明・宗教を持たない劣った存在』として見下す意識の両方が存在しているが、これは元の世界における自称『文明国』が他の文化圏に対して示していたものと同じだろう。
つまり異なる文化や宗教圏に属しているというだけで敵として迫害され、命まで奪われるのすらありうる話だ。
何しろここでは『回復魔法が使えるのは女だけ』という虚構を守るため、性別を強制的に変える事すら行われているのだから、何があるか分かったもんじゃない。
残念ながら他の文化圏で回復魔法がどんな扱いになっているのかは、今のところはハッキリしないが、可能ならば調べておきたいところである。
魔術に関して言えば、この世界ではその存在は周知の事実であるが、一般人が簡単に使えるものではなく――オレのような例外を除き――長年にわたる訓練を受けてようやくまともに使えるようになる。
つまり魔術師というだけで、特権階級なのだ。
また一般的な魔術とは別に、いろいろな宗派や学派など各種勢力がそれぞれ独自の魔術を有しており、お互いにその秘密を厳重に守り合っている。
これは要するに聖女教会が回復魔法の秘密を守り『女しか回復魔法は使えない』という虚構を唱えていても、それが簡単には他の勢力には見抜けないということを意味している。
そして情報が増えた結果として、オレが気付いたのは聖女教会の狡猾さである。
たとえば聖女が側室にしかなれず、生んだ子供も家を継がないのが原則なのは、聖女が救済に徹して政治とは無縁でいるためだという建前になっている。
それは確かにウソではないだろうが、もっと別の意図もあるのではないか。
もし聖女が王や皇帝の正妻となり、子供が後継者となれるのならば、短期的に聖女教会の権力は飛躍的に増すかもしれない。
だがそうなると有力貴族や他の神殿が当然、聖女教会に対し反発・嫉妬心を抱くだろう。
その場合、次に起きるのは何か。
もちろん聖女教会の力の源である『回復魔法の独占』を崩すべく、教会の秘密を探ろうとするものが次から次へと出てくるに違いない。
加えて言えば、聖女教会があまりに政治に深入りすると、失政を犯したときに、その責任を問われる事だって考えられるだろう。
逆を言えば政治とは一定の距離を置き、失政や天災などで庶民が困った時には『側室』の立場から、彼らの救済を君主に訴える聖女の存在は庶民にとってはまさに崇敬の対象そのものとなりうるのだ。
つまり聖女教会は回復魔法を独占する一方で、表向きの権力には手を出さず、信徒も独占しないでいることで、虚構の上に立っていて実は脆い自分たちの立場を守ろうとしているのではないか。
言い換えると『聖女教会の味方をする』方が王家や大貴族、他の神殿にとっても有利になるように分を越えるものに手を出さないということだ。
当然ながらそれは『回復魔法の独占』を脅かし、虚構を暴こうとするものには容赦はしない事をも意味している。
過去の記録を見ても、いくつかの勢力が秘密を探ろうとしたが、それが発覚すると聖女教会だけでなく、その味方をする無数の勢力に袋だたきにされている。
テマーティンに対して『王位継承どころで無くなる』と警告したファザールの言葉は決して誇張ではなかったのだ。
などなど数日の調査で、かなりの情報が得られたのは間違い無い。
だが俺の最も求めていた性転換魔法については、やっぱり欠片も判明しなかった。
神話や伝説、昔話のたぐいでは、そういう性転換について言及されているものもあるが、それは元の世界でもよくある話であって参考にはならない。
性転換魔法については聖女教会、それもごく一部の限られた人間だけが知る秘術であるに違いない。
このコルストの救貧院でも、回復魔法の才能のある男子を女子に変身させているのはほぼ間違い無いが、証拠がない以上、どうする事も出来ないのである。
オレが結婚をエサにしてでもテマーティンを説得して、強引にでもこの国の兵士を送り込んで調べることは出来るかもしれないが、聖女教会だってそのような場合に備えて、証拠を隠す手段を用意している事も十分に考えられる。
もうこうなったらオレがこっそり潜入して証拠をつかむ、と言いたいがそれは不可能だ。
物理的な破壊魔術が使えないオレには、石造りの扉でもあれば手も足も出ないし、他に魔術そのものが一切使えないエリアなどもあるらしい。
ここの王宮でも、王への謁見や御前会議を行うような重要な箇所では原則としてあらゆる魔術の使用が封じられているとされており、聖女教会にも同じような場所があるに違いない。
そんなところに誘い込まれたら、か弱い少女の肉体にすぎないオレは警備員ひとりで簡単に押さえ込まれてしまう。
田舎の町にある小さな救貧院なら、厳重な警備はされていないが、そこを預かる聖女は性転換魔法の存在すら教えられてはいないだろう。
やはり回復魔法の独占を破って、聖女教会の真実を暴くしかないのか。
それを実現するために訪れるであろう『自らの将来像』を考え、オレは少々、暗澹たる気持ちになっていた。
とりあえずオレは男装を通しつつ、正体を隠してテマーティンの屋敷に匿ってもらっている。
そして毎朝の日課として――
「おはよう」
目を覚ましたところでオレが挨拶すると、枕元にて小さな茶色いネズミが声を挙げ、そして部屋の片隅へと隠れる。
ここに来てオレが真っ先に行ったのは、ドルイド魔術で屋敷にいたネズミを仲間にして、就寝時など無防備になるときに周囲を監視してもらうことだった。
テマーティンを疑っているわけではないが、やっぱり女の身である以上、そこは警戒を怠るわけにはいかないし、聖女教会がいきなりやってきてオレの身柄の引き渡しを要求する可能性もあり得るのだ。
幸いにも今のところそんな兆候はないのだが、万一にもそうなった場合、テマーティンには申し訳ないが、オレは尻に帆をかけてさっさと逃げさせてもらうことにするつもりだ。
こっちはずっと男装した上で、髪も染めているし、少なくともオレは聖女教会から公式にお尋ね者になっているわけでもないから、テマーティンも『何も知りませんでした』とシラを切り通せばどうにかなるだろう。
後の事はほったらかしにして逃げ出すのは無責任と言われるかもしれないが、むしろその場合、オレの身柄を抑えられた方がテマーティンの立場上まずい事になるだろうから、ここは勘弁してもらいたい。
だがそれでもオレにとって日々接する重大な脅威が存在した。
それはこの屋敷の侍女達の相手である。
「さあそれでは湯浴みをしましょうか」
「いつも申し上げていますけど、それぐらいは一人で出来ますから」
「いえいえ。貴婦人たるもの、従者に任せる事も覚えねばなりませんよ」
侍女達は朝と晩にオレを風呂に入れて、身体を洗おうとする。
身の回りの世話をしてくれている侍女達に『男装の麗人』である事を隠すのは不可能なので、彼女達は何かとオレの世話を焼こうとする。
風呂に入れて身体を洗うのもその一環なのだ。まず間違い無くテマーティンの命令でもあるだろう。
清潔にするのはいい事だが、その度に自分の身体が原型をとどめず変わってしまったことを思い知らされる毎日である。
もちろん侍女達は身体を洗っている最中にオレの身体を隅から隅まで見ているわけだが、何の疑問も抱いている様子は無い。
聖女教会で女の身に変えられてから、他の女性と裸の身体を比較した事は一度も無いが、やはり完全に女の身になってしまっているようだ。
「何をおっしゃいますか。そのような見事な体型と美しい肌を維持するためには、日々の手入れが何よりも重要なのですよ」
そう言って侍女は二人組で、強引に風呂に入れたオレの身体をあちこち触りつつ洗っている。
オレも風呂はどちらと言えば好きな方だが、他人の手でむき出しの身体を洗われるのは正直に言ってかなり恥ずかしい。
もちろん侍女達には胸だとか、秘めたところだとか、そのような恥ずかしいとことまで毎日磨かれてしまっている。
髪の毛は相変わらず黒く染めたままだが、風呂で侍女達に見られるので、他のところの毛も全部黒く染めている。
頭髪が黒いのに大事なところの毛が金色だったら、あからさまに怪しいからな。
「はあ……本当にどこをとっても見事なお体です……殿下の寵愛を受けるお方はやはり凡人とは違うのですね」
「まるで伝説の妖精か、女神様の化身かと思えるほどですよ」
侍女達がオレの変わり果てた身体を触りつつ、感嘆の声をこぼすのもいつも事だ。
その都度、自分の肉体が女のものである事を改めて実感させられてしまう。
そしてその後に続く言葉も決まっている。
「アルタシャ様。それで殿下とはどこまで進んでいるのか、お聞かせ下さいな」
「恥ずかしがることなどありませんわよ」
いつの間にかオレは『辺境の地で王子に見初められた美少女』ということにされていてのである。
テマーティンはオレの事を『命の恩人』とだけ説明しているようだが、その結果として侍女達は妄想を暴走させ、オレについて――というより王子と美少女のロマンス――の話が勝手に作られているらしい。
そんなわけで話好きの侍女達は、オレとテマーティンの馴れ初めだの、命を救った経緯だのについて、いろいろと問いかけてくるのである。
ええい!
オレはあくまでも『美少女とのロマンス』が望みなのであって、オレの方が美少女の側のロマンスなどお呼びでは無いのだ!
「これで後は化粧して、ちゃんとした装いさえして下されば完璧なのですけど」
「そうですよ。美しいものはもっと美しくなる義務があるのです。それなのにアルタシャ様ときたら……」
残念そうに侍女はこぼすが、オレはそれを無視して湯船をあがる。
これから本当にオレにとっての大事な『攻防』が待っているのだ。
「さあアルタシャ様。今日こそドレスを」
いつものように男装して出かけようとすると、かなり太った侍女頭の女性がオレの前に立ちはだかり、フリルがふんだんにあしらわれたドレスを突きつけてくる。
「今日も図書館に行きますので、そんな服装は出来ません」
「あなた様は殿下のお相手でございましょう? まずは殿下に相応しい装いをして、淑女らしい振る舞いを学ぶのが先決です。本を読むのはその後からにして下さいませ」
だから違うっつうの!
いや。テマーティンはそれを望んでいるかもしれないが、少なくともオレにそんな気は、フリルのひとかけらほども存在しない!
「とりあえず今日も出かけますから!」
「ああ! お待ちを!」
そんなわけで今日もまた、オレは迫り来る侍女達を振り切って図書館へと情報収集に向かうが、ここでオレの背に一瞬だがヒヤリとした感覚が走る。
思わず振り返ると、廊下の隅からオレを睨み付ける視線が突き刺さった。
二十代半ばの黒髪の美人がオレに対して、口にこそ出さないが、刺々しい敵意を全身から発しているのだ。
当然ながら侍女の皆さんが全員、オレを歓迎しているわけではない。
さすがにオレが聖女教会から逃げ回っている事までは気づかれていないだろうが、どこの馬の骨とも分からない相手が、いきなりやってきて『王子様のお気に入り』ともなれば面白くない人間がいないほうがおかしい。
下世話な想像をすると、侍女の中には『王子様のお手つき』になって身ごもり、あわよくば側室に、などと考えている女性だっているに決まっている。
不本意極まりないが、今のオレはそういう相手の嫉妬をかき立てる存在であることは自覚せざるを得ない。
テマーティンは侍女達に箝口令を強いてはいるものの、この様子ではオレの事が噂になるのはそう遠い先の話でもあるまい。
あまり時間が無いことを自覚しつつ、オレはせかされるように図書館へと足を向けるのだった。
侍女達の件はともかくテマーティン王子の紹介を受けて、この国の図書館に出入り出来るようになったお陰で、オレはいろいろな情報に触れる事が出来るようになった。
ネットで検索すれば、幾らでも情報が得られる元の世界には遠く及ばないにせよ、それでも自分がいまどこにいるのかすら分からない、逃亡生活時とは段違いである。
言語を理解出来るようになる【翻訳】、欲しい書物の場所が分かる【書物探査】、得た知識を書き溜めておける【知識保全】だとか、知識系の魔術がこんなに早く役立つとは、オレにとっても嬉しい誤算であった。
とりあえず最初にオレが探したのは、このペント大陸の地図である。
測量技術など現代日本とは比較にもならず、大ざっぱで不正確なものしかないが、それでもあるとないでは大違いだ。
ラマーリア王国は、オレがこの世界に来て女にされてしまったアルコー王国の隣国で、首都同士は五百キロほど離れているようだ。
魔術で移動力を強化できる今のオレが全力を出せば二日でたどり着けるわけで、そんなに遠くはないな。
この地域の国家は元の世界に例えると、大半がヨーロッパ諸国ぐらいの大きさであるらしい。
そしてペント大陸そのものは、だいたい北米大陸ぐらいの面積があるらしい。
世界全体では他の大陸もあるようだが、そこまでは詳しく分からない。
そしてここの住民の言う『大陸』とは、あくまでも彼らの文化圏を指すのであって『大陸全土』という意味では無いようだ。
つまり日本語で言えば『中国大陸』などという表現と同じようなものらしい。
縮尺のあやふやな地図から大ざっぱに見たところでは、この文化圏は大陸中央部に広がっており、面積的には全体の三分の一程度だ。
それ以外は『蛮地』――つまり異民族・異宗派の支配地域ということになっている。
当然ながらこの世界には『文化相対主義』など存在しない。
蛮地に棲んでいる『蛮族』については、その得体の知れない暴力的な傾向を恐れる意識と『正しい文明・宗教を持たない劣った存在』として見下す意識の両方が存在しているが、これは元の世界における自称『文明国』が他の文化圏に対して示していたものと同じだろう。
つまり異なる文化や宗教圏に属しているというだけで敵として迫害され、命まで奪われるのすらありうる話だ。
何しろここでは『回復魔法が使えるのは女だけ』という虚構を守るため、性別を強制的に変える事すら行われているのだから、何があるか分かったもんじゃない。
残念ながら他の文化圏で回復魔法がどんな扱いになっているのかは、今のところはハッキリしないが、可能ならば調べておきたいところである。
魔術に関して言えば、この世界ではその存在は周知の事実であるが、一般人が簡単に使えるものではなく――オレのような例外を除き――長年にわたる訓練を受けてようやくまともに使えるようになる。
つまり魔術師というだけで、特権階級なのだ。
また一般的な魔術とは別に、いろいろな宗派や学派など各種勢力がそれぞれ独自の魔術を有しており、お互いにその秘密を厳重に守り合っている。
これは要するに聖女教会が回復魔法の秘密を守り『女しか回復魔法は使えない』という虚構を唱えていても、それが簡単には他の勢力には見抜けないということを意味している。
そして情報が増えた結果として、オレが気付いたのは聖女教会の狡猾さである。
たとえば聖女が側室にしかなれず、生んだ子供も家を継がないのが原則なのは、聖女が救済に徹して政治とは無縁でいるためだという建前になっている。
それは確かにウソではないだろうが、もっと別の意図もあるのではないか。
もし聖女が王や皇帝の正妻となり、子供が後継者となれるのならば、短期的に聖女教会の権力は飛躍的に増すかもしれない。
だがそうなると有力貴族や他の神殿が当然、聖女教会に対し反発・嫉妬心を抱くだろう。
その場合、次に起きるのは何か。
もちろん聖女教会の力の源である『回復魔法の独占』を崩すべく、教会の秘密を探ろうとするものが次から次へと出てくるに違いない。
加えて言えば、聖女教会があまりに政治に深入りすると、失政を犯したときに、その責任を問われる事だって考えられるだろう。
逆を言えば政治とは一定の距離を置き、失政や天災などで庶民が困った時には『側室』の立場から、彼らの救済を君主に訴える聖女の存在は庶民にとってはまさに崇敬の対象そのものとなりうるのだ。
つまり聖女教会は回復魔法を独占する一方で、表向きの権力には手を出さず、信徒も独占しないでいることで、虚構の上に立っていて実は脆い自分たちの立場を守ろうとしているのではないか。
言い換えると『聖女教会の味方をする』方が王家や大貴族、他の神殿にとっても有利になるように分を越えるものに手を出さないということだ。
当然ながらそれは『回復魔法の独占』を脅かし、虚構を暴こうとするものには容赦はしない事をも意味している。
過去の記録を見ても、いくつかの勢力が秘密を探ろうとしたが、それが発覚すると聖女教会だけでなく、その味方をする無数の勢力に袋だたきにされている。
テマーティンに対して『王位継承どころで無くなる』と警告したファザールの言葉は決して誇張ではなかったのだ。
などなど数日の調査で、かなりの情報が得られたのは間違い無い。
だが俺の最も求めていた性転換魔法については、やっぱり欠片も判明しなかった。
神話や伝説、昔話のたぐいでは、そういう性転換について言及されているものもあるが、それは元の世界でもよくある話であって参考にはならない。
性転換魔法については聖女教会、それもごく一部の限られた人間だけが知る秘術であるに違いない。
このコルストの救貧院でも、回復魔法の才能のある男子を女子に変身させているのはほぼ間違い無いが、証拠がない以上、どうする事も出来ないのである。
オレが結婚をエサにしてでもテマーティンを説得して、強引にでもこの国の兵士を送り込んで調べることは出来るかもしれないが、聖女教会だってそのような場合に備えて、証拠を隠す手段を用意している事も十分に考えられる。
もうこうなったらオレがこっそり潜入して証拠をつかむ、と言いたいがそれは不可能だ。
物理的な破壊魔術が使えないオレには、石造りの扉でもあれば手も足も出ないし、他に魔術そのものが一切使えないエリアなどもあるらしい。
ここの王宮でも、王への謁見や御前会議を行うような重要な箇所では原則としてあらゆる魔術の使用が封じられているとされており、聖女教会にも同じような場所があるに違いない。
そんなところに誘い込まれたら、か弱い少女の肉体にすぎないオレは警備員ひとりで簡単に押さえ込まれてしまう。
田舎の町にある小さな救貧院なら、厳重な警備はされていないが、そこを預かる聖女は性転換魔法の存在すら教えられてはいないだろう。
やはり回復魔法の独占を破って、聖女教会の真実を暴くしかないのか。
それを実現するために訪れるであろう『自らの将来像』を考え、オレは少々、暗澹たる気持ちになっていた。
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追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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