27 / 1,316
第4章 マニリア帝国編
第27話 新しい冒険の第一歩はやはりトラブルからでした
しおりを挟む
オレがラマーリア王国から逃走して十日ほどたった。
魔法で脚力を強化し、夜目がきく状態にして人目につかないよう、夜中にずっと移動し続けたオレは現在、ラマーリア王国から距離にして千キロほど離れたマニリア帝国に来ている。
普通に聞いたら『帝国』という言葉には、凄い大国のようなイメージがあるが、この国は最盛期をとっくに過ぎて、今や絶賛衰退中である。
領土は過去百年の間に一/三にまで減少し、それにも関わらず、いや、それだからこそか国内では内紛が絶えず、大貴族や皇位の継承者同士の争いが日常茶飯事という状況にあるらしい。
そんな国をわざわざオレが訪れたのは当然、ワケがある。
このマニリア帝国は確かに衰退しているが、国家の歴史はこのペント大陸でも一、二を争う古い国だった。
そのため聖女教会の崇める女神、イロールが『治癒の女神』となる前、つまり聖女教会が出来る前から存在している数少ない国家なのである。
そんなわけでこの国の記録を調べる事が出来たなら、ひょっとすると聖女教会が封印している知識にも触れる事が出来るかもしれないと思ったのだ。
こういった知識は全て先日まで逗留していたラマーリア王国首都コルストの図書館で得たものだ。
便宜を図ってくれたテマーティンには感謝しているが、彼の望みを叶えられなかったのは勘弁してもらいたい。
ただしこのマニリア帝国では昨年にも皇帝の崩御に伴い、皇位継承を巡って内戦となったそうで、治安はさぞかし悪化しているに違いない。
いまだ二一世紀の日本人の感覚が抜けないオレにとっては、決して安心して過ごせるようなところではなかろう。
それに聖女教会だってコルストの件を調べれば、オレの事に気付く可能性が高いので追っ手を差し向けてくるかもしれない。
オレにどれだけチート魔力があろうとも、本質的にはか弱い乙女の身体であり、いきなり押さえつけられるなどして魔術が使えない状況に陥ればどうしようもないという事実は決して忘れてはならないのだ。
そんなわけでオレはいつも通り【着色】で髪を黒く染め、男装した状態でマニリア帝国の首都ノチェットを訪れていた。
かつては人口十万人を越えて大陸でも有数の巨大都市だったらしいが、今の人口は最盛期の半分程度らしい。
それでもこの世界の基準では立派な大都市であり、帝国最盛期に築かれた城壁はもし元の世界に残っていたら世界遺産級の文化遺産になるだろうなと思わせるものである。
そしてオレが城壁を越えて中に入ると、昨年起きたという皇位継承を巡る内戦の傷跡らしい焼け跡があちこちに残る一方、市場や街区は大勢の人間が出入りして活気ある声が響いていた。
男装のお陰で、今のところオレを見とがめる相手はいないようだが、用心に越したことはあるまい。
オレは慎重に警戒を怠る事無く、市場を進む。
もちろんオレはこの地に縁もゆかりもなく、まさかラマーリア王国の時のようにいきなり王子に対面できるなんて事も無いだろう。
しかしオレは『普通の小娘』では無いのだ。
オレのチートな魔力をもってすれば有力者とどうにかコネをつけて、この国に残っている古い資料を閲覧させてもらうのは決して不可能ではないはず。
ここは噂話でも何でもいいので、情報を収集して機会をうかがうべきだろう。
あとこの地での聖女教会の動向についても知っておかねばなるまい。
むこうがオレを追求しているのは間違いないし、このノチェットの救貧院でも回復魔法の素質のある男子を性転換しているなら、その証拠をつかむ機会だって万に一つでもあるかもしれない。
そんな風に考えていたオレの視界の片隅に、ひっかかるものがあった。
「おいこのジジイ! 人にぶつかっておいて挨拶もなしかよ!」
「待て。ワシを誰だと思っておる? この紋章が見えんのか」
「やかましい。お役人だから何だってんだ?! 俺たちから税金を搾り取るだけで、守ってくれもしない穀潰しだろうが!」
どうやら老人がチンピラに絡まれているらしい。
言っては何だがそれ自体は、ありふれた出来事だろうし、見てしまわなければどうという事も無いのだけど、やっぱり老人が暴行されそうなのを黙って見過ごすのは、性に合わないのだ。
それにその老人の言葉が本当なら相手は役人らしいので、たとえ下っ端でも、何らかの情報が得られるかもしれない。
聖女教会の追っ手を考えたら目立つのは避けたいが、だからといって何もしなければ何も進展しないのは明らかだ。
やっぱりここは行動に出るべきだろう。
ついでに言えばやっぱり事件があったら首を突っ込んで見たくなるのは、RPGゲーマーのサガみたいなものなのだ。
そう思ってオレが老人とチンピラに近づこうとすると、いきなり悲鳴と共に赤いものが舞う。
なにぃ?
「おぬし……ぐわぁ! 血が!」
見るとチンピラが老人の胸を短刀で切りつけていた。
突き刺したワケではないので、即致命傷というわけではないだろうが、それでも未だ日本人の感覚の強いオレの度肝を抜くには十分な出来事だった。
「おおいいぞ!」
「そんなジジイの役人なんざぶっ殺せ!」
呆れた事に止める人間がいないどころか、周囲ははやし立てている。
治安が悪いとは聞いていたが、いきなりこれかい?!
ここの荒くれ連中は人間の首もカボチャか、スイカぐらいにしか思ってないのか?
そしてチンピラが今度は短刀を振り上げたとき、オレは反射的に駆け出していた。
--------------------------------------------------
老人は今にも短刀を振り下ろそうとしているチンピラに対して、必死で命乞いをしていた。
「待て。待ってくれ。ワシなど殺しても何の意味もない。いや。お主は死刑になるのじゃぞ。それでもいいのか?!」
「やかましい! どうせ警邏の連中も俺たちの事なんざ気にもとめねえよ! だから安心してジジイはさっさとくたばりやがれ!」
短刀が振り下ろされる瞬間、オレは範囲内の暴力的な行動を抑止する【調和】をかける。
「あれ? 俺は……」
するとチンピラはいきなり動きを止め、むしろ困惑した様子で自分の持っている短刀をしげしげと眺める。
周囲ではやし立てていた連中も急に気が削がれた様子で、自分の仕事に戻りだす。
そこでオレは老人に駆け寄って助け起こす。
「お爺さん、大丈夫ですか?」
「お前さんは?」
「話は後です。今のうちにここを離れましょう」
オレはあくまでも魔法で一時的に暴力的な行動を封じただけだ。しかもこの【調和】は他者から暴力を振われたら即座に破れてしまう。
こんな荒れたところでは、魔法をかけたときに効果範囲外だった相手がいきなり暴力を振う事だってありうるし、ここはさっさと逃げ出すに限る。
「分った。そうさせてもら……うぐう」
老人は立ち上がろうとするが、そこで苦痛に顔をゆがめる。
致命傷にはほど遠くとも、短刀で切りつけられたのだから当然だろう。
どうしよう。
もちろんオレが魔法を使えば、この程度の負傷を治すのは造作も無い。
だがそれをすればこの老人にオレが回復魔法使い、つまり聖女教会に関わりがある事をばらしてしまいかねない。
相手が何者か分らない以上、それがオレにとって危険を招きかねないのは明らかだ。
「すまんな……ぬぐう……」
老人は何とか逃げようと足掻くものの、足下も覚束ない有様で、とてもまともに歩ける様子ではない。
ダメだこのままではとても逃げられないぞ。
ここでオレのかけた【調和】が破れ、チンピラが再度暴力に訴え、周囲の連中も興奮しだしたらオレにとっても危険なのは明らかだ。
もしこんな荒くれ連中にとっ捕まったらどうなるか。
コルストで『虚ろなる者』の教団において、陵辱されかけた恐怖がオレの胸中に蘇った。
ええい。ここは背に腹はかえられない。
「少しだけ我慢して下さい」
オレは老人の傷口に触れると【応急手当】をかける。
すると傷口はすぐに縫い合わされたようにふさがり、血も止まり、また老人の表情からも苦痛の色が消え失せ、驚きが取って代わる。
「こ、これはまさか? 回復魔法か? それではお前さんは?!」
やっぱり役人というだけあって、そこはごまかしようがないようだ。
これでオレが『男装の麗人』であることも、聖女教会との関わりも気付かれてしまったに違いない。
しかし今はそれを悔やんでいる場合ではないのだ。
「説明は後です。とにかく逃げましょう」
「分った。感謝するぞ」
オレは元気を取り戻した老人と共に、急いで市場を後にした。
しばしの後、市場から離れてひとまず無事を確認したところで、老人はその白い頭を下げる。
「助かったわい。すまんのう。ワシの名前はマルキウス。このマニリア帝国に仕える役人の端くれじゃ」
「わたしのことはアルタシャと呼んで下さい」
オレは使い慣れた偽名を使う事にした。
もうこっちの『男装』はバレているだろうから、むしろボロを出しにくい方がいいと判断したのだ。
「アルタシャか……妙な名前じゃがお前さん。聖女じゃろう? さきほどワシに使ったのは、紛れもない回復魔法じゃからな」
そう思うのは当然だろうけど、オレは聖女だった事は一瞬たりともありませんから!
ウソをついたところで、この町の救貧院に問い合わされたら、一発でばれてしまう以上、ここはどうにかごまかすしかない。
「いえ。違います」
オレの否定を受けてマルキウスは一瞬、目を瞬かせるがそこで納得した様子で頷く。
「そうか。そういうことか……まあ仕方あるまいな」
「どういうことですか?」
「お前さんは救貧院の再建を手伝いにきたのじゃが、ここは治安が悪い事を知って、そんな男装をしておるのだろう? そしてワシが役人とは言っているが、ひょっとするとお前さんを騙して売り飛ばすような輩かと心配したのではないか?」
そんな疑いはもっていない ―― え? いまこの老人はなんと言った?
「救貧院の再建?! あの……それはどういう意味です?」
「なんじゃ。お前さん、もしかしてここの救貧院の事を知らなかったのか?」
「教えて下さい。救貧院や聖女教会がいまどうなっているんですか?」
もちろん聖女教会の拠点である救貧院はオレにとって、因縁の場所であり、かつ最大の脅威と言ってもいいが、逆に言えば男に戻れる手がかりが得られるかもしれないところでもある。
それがどうなっているかは是非とも確認しておきたい。
「そうじゃな……ここは口で説明するよりも、実際に見てもらった方が早かろう。ワシについてきてくれんかの?」
「……分りました」
オレは一瞬、躊躇するもマルキウスの言葉に従うことにした。
魔法で脚力を強化し、夜目がきく状態にして人目につかないよう、夜中にずっと移動し続けたオレは現在、ラマーリア王国から距離にして千キロほど離れたマニリア帝国に来ている。
普通に聞いたら『帝国』という言葉には、凄い大国のようなイメージがあるが、この国は最盛期をとっくに過ぎて、今や絶賛衰退中である。
領土は過去百年の間に一/三にまで減少し、それにも関わらず、いや、それだからこそか国内では内紛が絶えず、大貴族や皇位の継承者同士の争いが日常茶飯事という状況にあるらしい。
そんな国をわざわざオレが訪れたのは当然、ワケがある。
このマニリア帝国は確かに衰退しているが、国家の歴史はこのペント大陸でも一、二を争う古い国だった。
そのため聖女教会の崇める女神、イロールが『治癒の女神』となる前、つまり聖女教会が出来る前から存在している数少ない国家なのである。
そんなわけでこの国の記録を調べる事が出来たなら、ひょっとすると聖女教会が封印している知識にも触れる事が出来るかもしれないと思ったのだ。
こういった知識は全て先日まで逗留していたラマーリア王国首都コルストの図書館で得たものだ。
便宜を図ってくれたテマーティンには感謝しているが、彼の望みを叶えられなかったのは勘弁してもらいたい。
ただしこのマニリア帝国では昨年にも皇帝の崩御に伴い、皇位継承を巡って内戦となったそうで、治安はさぞかし悪化しているに違いない。
いまだ二一世紀の日本人の感覚が抜けないオレにとっては、決して安心して過ごせるようなところではなかろう。
それに聖女教会だってコルストの件を調べれば、オレの事に気付く可能性が高いので追っ手を差し向けてくるかもしれない。
オレにどれだけチート魔力があろうとも、本質的にはか弱い乙女の身体であり、いきなり押さえつけられるなどして魔術が使えない状況に陥ればどうしようもないという事実は決して忘れてはならないのだ。
そんなわけでオレはいつも通り【着色】で髪を黒く染め、男装した状態でマニリア帝国の首都ノチェットを訪れていた。
かつては人口十万人を越えて大陸でも有数の巨大都市だったらしいが、今の人口は最盛期の半分程度らしい。
それでもこの世界の基準では立派な大都市であり、帝国最盛期に築かれた城壁はもし元の世界に残っていたら世界遺産級の文化遺産になるだろうなと思わせるものである。
そしてオレが城壁を越えて中に入ると、昨年起きたという皇位継承を巡る内戦の傷跡らしい焼け跡があちこちに残る一方、市場や街区は大勢の人間が出入りして活気ある声が響いていた。
男装のお陰で、今のところオレを見とがめる相手はいないようだが、用心に越したことはあるまい。
オレは慎重に警戒を怠る事無く、市場を進む。
もちろんオレはこの地に縁もゆかりもなく、まさかラマーリア王国の時のようにいきなり王子に対面できるなんて事も無いだろう。
しかしオレは『普通の小娘』では無いのだ。
オレのチートな魔力をもってすれば有力者とどうにかコネをつけて、この国に残っている古い資料を閲覧させてもらうのは決して不可能ではないはず。
ここは噂話でも何でもいいので、情報を収集して機会をうかがうべきだろう。
あとこの地での聖女教会の動向についても知っておかねばなるまい。
むこうがオレを追求しているのは間違いないし、このノチェットの救貧院でも回復魔法の素質のある男子を性転換しているなら、その証拠をつかむ機会だって万に一つでもあるかもしれない。
そんな風に考えていたオレの視界の片隅に、ひっかかるものがあった。
「おいこのジジイ! 人にぶつかっておいて挨拶もなしかよ!」
「待て。ワシを誰だと思っておる? この紋章が見えんのか」
「やかましい。お役人だから何だってんだ?! 俺たちから税金を搾り取るだけで、守ってくれもしない穀潰しだろうが!」
どうやら老人がチンピラに絡まれているらしい。
言っては何だがそれ自体は、ありふれた出来事だろうし、見てしまわなければどうという事も無いのだけど、やっぱり老人が暴行されそうなのを黙って見過ごすのは、性に合わないのだ。
それにその老人の言葉が本当なら相手は役人らしいので、たとえ下っ端でも、何らかの情報が得られるかもしれない。
聖女教会の追っ手を考えたら目立つのは避けたいが、だからといって何もしなければ何も進展しないのは明らかだ。
やっぱりここは行動に出るべきだろう。
ついでに言えばやっぱり事件があったら首を突っ込んで見たくなるのは、RPGゲーマーのサガみたいなものなのだ。
そう思ってオレが老人とチンピラに近づこうとすると、いきなり悲鳴と共に赤いものが舞う。
なにぃ?
「おぬし……ぐわぁ! 血が!」
見るとチンピラが老人の胸を短刀で切りつけていた。
突き刺したワケではないので、即致命傷というわけではないだろうが、それでも未だ日本人の感覚の強いオレの度肝を抜くには十分な出来事だった。
「おおいいぞ!」
「そんなジジイの役人なんざぶっ殺せ!」
呆れた事に止める人間がいないどころか、周囲ははやし立てている。
治安が悪いとは聞いていたが、いきなりこれかい?!
ここの荒くれ連中は人間の首もカボチャか、スイカぐらいにしか思ってないのか?
そしてチンピラが今度は短刀を振り上げたとき、オレは反射的に駆け出していた。
--------------------------------------------------
老人は今にも短刀を振り下ろそうとしているチンピラに対して、必死で命乞いをしていた。
「待て。待ってくれ。ワシなど殺しても何の意味もない。いや。お主は死刑になるのじゃぞ。それでもいいのか?!」
「やかましい! どうせ警邏の連中も俺たちの事なんざ気にもとめねえよ! だから安心してジジイはさっさとくたばりやがれ!」
短刀が振り下ろされる瞬間、オレは範囲内の暴力的な行動を抑止する【調和】をかける。
「あれ? 俺は……」
するとチンピラはいきなり動きを止め、むしろ困惑した様子で自分の持っている短刀をしげしげと眺める。
周囲ではやし立てていた連中も急に気が削がれた様子で、自分の仕事に戻りだす。
そこでオレは老人に駆け寄って助け起こす。
「お爺さん、大丈夫ですか?」
「お前さんは?」
「話は後です。今のうちにここを離れましょう」
オレはあくまでも魔法で一時的に暴力的な行動を封じただけだ。しかもこの【調和】は他者から暴力を振われたら即座に破れてしまう。
こんな荒れたところでは、魔法をかけたときに効果範囲外だった相手がいきなり暴力を振う事だってありうるし、ここはさっさと逃げ出すに限る。
「分った。そうさせてもら……うぐう」
老人は立ち上がろうとするが、そこで苦痛に顔をゆがめる。
致命傷にはほど遠くとも、短刀で切りつけられたのだから当然だろう。
どうしよう。
もちろんオレが魔法を使えば、この程度の負傷を治すのは造作も無い。
だがそれをすればこの老人にオレが回復魔法使い、つまり聖女教会に関わりがある事をばらしてしまいかねない。
相手が何者か分らない以上、それがオレにとって危険を招きかねないのは明らかだ。
「すまんな……ぬぐう……」
老人は何とか逃げようと足掻くものの、足下も覚束ない有様で、とてもまともに歩ける様子ではない。
ダメだこのままではとても逃げられないぞ。
ここでオレのかけた【調和】が破れ、チンピラが再度暴力に訴え、周囲の連中も興奮しだしたらオレにとっても危険なのは明らかだ。
もしこんな荒くれ連中にとっ捕まったらどうなるか。
コルストで『虚ろなる者』の教団において、陵辱されかけた恐怖がオレの胸中に蘇った。
ええい。ここは背に腹はかえられない。
「少しだけ我慢して下さい」
オレは老人の傷口に触れると【応急手当】をかける。
すると傷口はすぐに縫い合わされたようにふさがり、血も止まり、また老人の表情からも苦痛の色が消え失せ、驚きが取って代わる。
「こ、これはまさか? 回復魔法か? それではお前さんは?!」
やっぱり役人というだけあって、そこはごまかしようがないようだ。
これでオレが『男装の麗人』であることも、聖女教会との関わりも気付かれてしまったに違いない。
しかし今はそれを悔やんでいる場合ではないのだ。
「説明は後です。とにかく逃げましょう」
「分った。感謝するぞ」
オレは元気を取り戻した老人と共に、急いで市場を後にした。
しばしの後、市場から離れてひとまず無事を確認したところで、老人はその白い頭を下げる。
「助かったわい。すまんのう。ワシの名前はマルキウス。このマニリア帝国に仕える役人の端くれじゃ」
「わたしのことはアルタシャと呼んで下さい」
オレは使い慣れた偽名を使う事にした。
もうこっちの『男装』はバレているだろうから、むしろボロを出しにくい方がいいと判断したのだ。
「アルタシャか……妙な名前じゃがお前さん。聖女じゃろう? さきほどワシに使ったのは、紛れもない回復魔法じゃからな」
そう思うのは当然だろうけど、オレは聖女だった事は一瞬たりともありませんから!
ウソをついたところで、この町の救貧院に問い合わされたら、一発でばれてしまう以上、ここはどうにかごまかすしかない。
「いえ。違います」
オレの否定を受けてマルキウスは一瞬、目を瞬かせるがそこで納得した様子で頷く。
「そうか。そういうことか……まあ仕方あるまいな」
「どういうことですか?」
「お前さんは救貧院の再建を手伝いにきたのじゃが、ここは治安が悪い事を知って、そんな男装をしておるのだろう? そしてワシが役人とは言っているが、ひょっとするとお前さんを騙して売り飛ばすような輩かと心配したのではないか?」
そんな疑いはもっていない ―― え? いまこの老人はなんと言った?
「救貧院の再建?! あの……それはどういう意味です?」
「なんじゃ。お前さん、もしかしてここの救貧院の事を知らなかったのか?」
「教えて下さい。救貧院や聖女教会がいまどうなっているんですか?」
もちろん聖女教会の拠点である救貧院はオレにとって、因縁の場所であり、かつ最大の脅威と言ってもいいが、逆に言えば男に戻れる手がかりが得られるかもしれないところでもある。
それがどうなっているかは是非とも確認しておきたい。
「そうじゃな……ここは口で説明するよりも、実際に見てもらった方が早かろう。ワシについてきてくれんかの?」
「……分りました」
オレは一瞬、躊躇するもマルキウスの言葉に従うことにした。
13
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。
さくら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。
だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。
行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。
――だが、誰も知らなかった。
ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。
襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。
「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。
俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。
無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!?
のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる