異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第4章 マニリア帝国編

第27話 新しい冒険の第一歩はやはりトラブルからでした

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 オレがラマーリア王国から逃走して十日ほどたった。
 魔法で脚力を強化し、夜目がきく状態にして人目につかないよう、夜中にずっと移動し続けたオレは現在、ラマーリア王国から距離にして千キロほど離れたマニリア帝国に来ている。
 普通に聞いたら『帝国』という言葉には、凄い大国のようなイメージがあるが、この国は最盛期をとっくに過ぎて、今や絶賛衰退中である。
 領土は過去百年の間に一/三にまで減少し、それにも関わらず、いや、それだからこそか国内では内紛が絶えず、大貴族や皇位の継承者同士の争いが日常茶飯事という状況にあるらしい。
 そんな国をわざわざオレが訪れたのは当然、ワケがある。
 このマニリア帝国は確かに衰退しているが、国家の歴史はこのペント大陸でも一、二を争う古い国だった。
 そのため聖女教会の崇める女神、イロールが『治癒の女神』となる前、つまり聖女教会が出来る前から存在している数少ない国家なのである。
 そんなわけでこの国の記録を調べる事が出来たなら、ひょっとすると聖女教会が封印している知識にも触れる事が出来るかもしれないと思ったのだ。

 こういった知識は全て先日まで逗留していたラマーリア王国首都コルストの図書館で得たものだ。
 便宜を図ってくれたテマーティンには感謝しているが、彼の望みを叶えられなかったのは勘弁してもらいたい。

 ただしこのマニリア帝国では昨年にも皇帝の崩御に伴い、皇位継承を巡って内戦となったそうで、治安はさぞかし悪化しているに違いない。
 いまだ二一世紀の日本人の感覚が抜けないオレにとっては、決して安心して過ごせるようなところではなかろう。
 それに聖女教会だってコルストの件を調べれば、オレの事に気付く可能性が高いので追っ手を差し向けてくるかもしれない。
 オレにどれだけチート魔力があろうとも、本質的にはか弱い乙女の身体であり、いきなり押さえつけられるなどして魔術が使えない状況に陥ればどうしようもないという事実は決して忘れてはならないのだ。

 そんなわけでオレはいつも通り【着色】カラースプレーで髪を黒く染め、男装した状態でマニリア帝国の首都ノチェットを訪れていた。
 かつては人口十万人を越えて大陸でも有数の巨大都市だったらしいが、今の人口は最盛期の半分程度らしい。
 それでもこの世界の基準では立派な大都市であり、帝国最盛期に築かれた城壁はもし元の世界に残っていたら世界遺産級の文化遺産になるだろうなと思わせるものである。

 そしてオレが城壁を越えて中に入ると、昨年起きたという皇位継承を巡る内戦の傷跡らしい焼け跡があちこちに残る一方、市場や街区は大勢の人間が出入りして活気ある声が響いていた。
 男装のお陰で、今のところオレを見とがめる相手はいないようだが、用心に越したことはあるまい。
 オレは慎重に警戒を怠る事無く、市場を進む。

 もちろんオレはこの地に縁もゆかりもなく、まさかラマーリア王国の時のようにいきなり王子に対面できるなんて事も無いだろう。
 しかしオレは『普通の小娘』では無いのだ。
 オレのチートな魔力をもってすれば有力者とどうにかコネをつけて、この国に残っている古い資料を閲覧させてもらうのは決して不可能ではないはず。
 ここは噂話でも何でもいいので、情報を収集して機会をうかがうべきだろう。
 あとこの地での聖女教会の動向についても知っておかねばなるまい。
 むこうがオレを追求しているのは間違いないし、このノチェットの救貧院でも回復魔法の素質のある男子を性転換しているなら、その証拠をつかむ機会だって万に一つでもあるかもしれない。
 そんな風に考えていたオレの視界の片隅に、ひっかかるものがあった。

「おいこのジジイ! 人にぶつかっておいて挨拶もなしかよ!」
「待て。ワシを誰だと思っておる? この紋章が見えんのか」
「やかましい。お役人だから何だってんだ?! 俺たちから税金を搾り取るだけで、守ってくれもしない穀潰しだろうが!」

 どうやら老人がチンピラに絡まれているらしい。
 言っては何だがそれ自体は、ありふれた出来事だろうし、見てしまわなければどうという事も無いのだけど、やっぱり老人が暴行されそうなのを黙って見過ごすのは、性に合わないのだ。
 それにその老人の言葉が本当なら相手は役人らしいので、たとえ下っ端でも、何らかの情報が得られるかもしれない。
 聖女教会の追っ手を考えたら目立つのは避けたいが、だからといって何もしなければ何も進展しないのは明らかだ。
 やっぱりここは行動に出るべきだろう。
 ついでに言えばやっぱり事件があったら首を突っ込んで見たくなるのは、RPGゲーマーのサガみたいなものなのだ。
 そう思ってオレが老人とチンピラに近づこうとすると、いきなり悲鳴と共に赤いものが舞う。
 なにぃ?

「おぬし……ぐわぁ! 血が!」

 見るとチンピラが老人の胸を短刀で切りつけていた。
 突き刺したワケではないので、即致命傷というわけではないだろうが、それでも未だ日本人の感覚の強いオレの度肝を抜くには十分な出来事だった。

「おおいいぞ!」
「そんなジジイの役人なんざぶっ殺せ!」

 呆れた事に止める人間がいないどころか、周囲ははやし立てている。
 治安が悪いとは聞いていたが、いきなりこれかい?!
 ここの荒くれ連中は人間の首もカボチャか、スイカぐらいにしか思ってないのか?
 そしてチンピラが今度は短刀を振り上げたとき、オレは反射的に駆け出していた。

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 老人は今にも短刀を振り下ろそうとしているチンピラに対して、必死で命乞いをしていた。

「待て。待ってくれ。ワシなど殺しても何の意味もない。いや。お主は死刑になるのじゃぞ。それでもいいのか?!」
「やかましい! どうせ警邏の連中も俺たちの事なんざ気にもとめねえよ! だから安心してジジイはさっさとくたばりやがれ!」

 短刀が振り下ろされる瞬間、オレは範囲内の暴力的な行動を抑止する【調和】ハーモニーをかける。

「あれ? 俺は……」

 するとチンピラはいきなり動きを止め、むしろ困惑した様子で自分の持っている短刀をしげしげと眺める。
 周囲ではやし立てていた連中も急に気が削がれた様子で、自分の仕事に戻りだす。
 そこでオレは老人に駆け寄って助け起こす。

「お爺さん、大丈夫ですか?」
「お前さんは?」
「話は後です。今のうちにここを離れましょう」

 オレはあくまでも魔法で一時的に暴力的な行動を封じただけだ。しかもこの【調和】ハーモニーは他者から暴力を振われたら即座に破れてしまう。
 こんな荒れたところでは、魔法をかけたときに効果範囲外だった相手がいきなり暴力を振う事だってありうるし、ここはさっさと逃げ出すに限る。

「分った。そうさせてもら……うぐう」

 老人は立ち上がろうとするが、そこで苦痛に顔をゆがめる。
 致命傷にはほど遠くとも、短刀で切りつけられたのだから当然だろう。
 どうしよう。
 もちろんオレが魔法を使えば、この程度の負傷を治すのは造作も無い。
 だがそれをすればこの老人にオレが回復魔法使い、つまり聖女教会に関わりがある事をばらしてしまいかねない。
 相手が何者か分らない以上、それがオレにとって危険を招きかねないのは明らかだ。

「すまんな……ぬぐう……」

 老人は何とか逃げようと足掻くものの、足下も覚束ない有様で、とてもまともに歩ける様子ではない。
 ダメだこのままではとても逃げられないぞ。
 ここでオレのかけた【調和】ハーモニーが破れ、チンピラが再度暴力に訴え、周囲の連中も興奮しだしたらオレにとっても危険なのは明らかだ。
 もしこんな荒くれ連中にとっ捕まったらどうなるか。
 コルストで『虚ろなる者』の教団において、陵辱されかけた恐怖がオレの胸中に蘇った。
 ええい。ここは背に腹はかえられない。

「少しだけ我慢して下さい」

 オレは老人の傷口に触れると【応急手当】スーズをかける。
 すると傷口はすぐに縫い合わされたようにふさがり、血も止まり、また老人の表情からも苦痛の色が消え失せ、驚きが取って代わる。

「こ、これはまさか? 回復魔法か? それではお前さんは?!」

 やっぱり役人というだけあって、そこはごまかしようがないようだ。
 これでオレが『男装の麗人』であることも、聖女教会との関わりも気付かれてしまったに違いない。
 しかし今はそれを悔やんでいる場合ではないのだ。

「説明は後です。とにかく逃げましょう」

「分った。感謝するぞ」

 オレは元気を取り戻した老人と共に、急いで市場を後にした。


 しばしの後、市場から離れてひとまず無事を確認したところで、老人はその白い頭を下げる。

「助かったわい。すまんのう。ワシの名前はマルキウス。このマニリア帝国に仕える役人の端くれじゃ」

「わたしのことはアルタシャと呼んで下さい」

 オレは使い慣れた偽名を使う事にした。
 もうこっちの『男装』はバレているだろうから、むしろボロを出しにくい方がいいと判断したのだ。

「アルタシャか……妙な名前じゃがお前さん。聖女じゃろう? さきほどワシに使ったのは、紛れもない回復魔法じゃからな」

 そう思うのは当然だろうけど、オレは聖女だった事は一瞬たりともありませんから!
 ウソをついたところで、この町の救貧院に問い合わされたら、一発でばれてしまう以上、ここはどうにかごまかすしかない。

「いえ。違います」

 オレの否定を受けてマルキウスは一瞬、目を瞬かせるがそこで納得した様子で頷く。

「そうか。そういうことか……まあ仕方あるまいな」
「どういうことですか?」
「お前さんは救貧院の再建を手伝いにきたのじゃが、ここは治安が悪い事を知って、そんな男装をしておるのだろう? そしてワシが役人とは言っているが、ひょっとするとお前さんを騙して売り飛ばすような輩かと心配したのではないか?」

 そんな疑いはもっていない ―― え? いまこの老人はなんと言った?

「救貧院の再建?! あの……それはどういう意味です?」
「なんじゃ。お前さん、もしかしてここの救貧院の事を知らなかったのか?」
「教えて下さい。救貧院や聖女教会がいまどうなっているんですか?」

 もちろん聖女教会の拠点である救貧院はオレにとって、因縁の場所であり、かつ最大の脅威と言ってもいいが、逆に言えば男に戻れる手がかりが得られるかもしれないところでもある。
 それがどうなっているかは是非とも確認しておきたい。

「そうじゃな……ここは口で説明するよりも、実際に見てもらった方が早かろう。ワシについてきてくれんかの?」
「……分りました」

 オレは一瞬、躊躇するもマルキウスの言葉に従うことにした。
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