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第4章 マニリア帝国編
第33話 脱衣場から風呂場にて そこで始まる「女の戦争」
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脱衣場にはオレの予想というか、希望通り何人もの女子がいた。
これから風呂に入るために手際よく服を脱いでいる宮女もいれば、いま湯上がりしたばかりで上気した頬のまま、あまり手慣れない様子でやや不器用そうに衣類をまとっている宮女もいる。
たぶん後者はいいところのお嬢さんだったので、自分の手で服をまとう機会があまりなかったんだろうなあ。
光系魔術によって照らされている脱衣場内部に入ったところ、充満した香水やおしろいの臭いが漂い、オレにとっては少々息苦しい気がした。
また例によって鏡が何枚もそろえてあるので、それに映る自分の姿を見ないようにも心がけていた。
だがそれよりもオレにとって気になったのは、周囲の宮女達の反応である。
デレンダの時のように驚くものもいれば、刺々しい視線を注ぐもの、値踏みするように凝視するものなどいろいろいるが、どう見ても『新しい仲間』を歓迎する雰囲気ではないな。
「どうしました。早く服を脱いで、風呂に入りましょうよ」
声をかけてきたデレンダの方に振り向くと、オレは思わず硬直する。
当然なのだが彼女は全裸で、まぶしい肢体を堂々とさらしていたのだ。
「え……ええ……」
オレは頬を火照らせてデレンダから視線を微妙に逸らしつつ、急いで服を脱ぎ、無造作に脱衣カゴに放り込む。
そしてさらされたオレの裸身をデレンダは興味深そうに、のぞき込んでくる。
「あの……ちょっと……」
間近で女の子にマジマジと見つめられると、オレは気恥ずかしくなってきてタオルで身体を覆う。
「アルタシャさんの身体……凄いです。肌には傷もシミもないし、きめ細かくてまるで白雪のよう。それに身体の線は滑らかで、整っていて、女であるあたしが見てもほれぼれします……」
デレンダはまるで我が事のようにウットリとオレの身体を見つめている。
もちろん全裸のままだから、近くにいるオレの目には彼女の身体が全部くっきり見えていた。
ああ。やっぱりデレンダと比較しても、オレの身体は完全な女そのものだよ。
今までも生理になったこともあれば、テマーティンの屋敷で侍女達にいろいろとお世話された事もある。
しかし同年配の女の子の裸体を直に見るのは初めてだった。
そして今、オレは他の女の子の身体と見比べ、自分が非の打ち所のない完璧な女の身である事をあらためて思い知ったのだ。
そんなオレの悩みなど、デレンダにとってはもちろん想像の埒外であり、どこか打ちのめされた様子で力なくこぼす。
「やっぱり……アルタシャさんとあたしでは何もかも段違い……あたしなんかにこの後宮は場違いなんですかね……」
「いえ。そんな事は無い……と思うわ」
デレンダに劣等感を抱かせてしまった負い目から、オレは気休めだと分っていながらも慰めの言葉をかける。
だがデレンダはここで無理矢理な笑顔を作って、その目を上げる。
「そうですね。アルタシャさんに出会えたのはむしろ幸運だったと思います。誰よりも美しくて、それでいて親切で、気高くて、右も左も分らないあたしの友だちになってくれて……感謝してます」
うう。そんな純粋な瞳でオレを見ないでくれ。
デレンダに数多くの事を隠し、それなりに下心を持って近づいたオレとしては彼女の感謝はむしろ罪悪感をかき立てるものだったのだ。
「とにかく。今は風呂に入りましょう」
「そうですね。あたしの郷里では風呂といったら、焼いた石を使った蒸し風呂しかないんです。こんなに立派なお風呂に入れるなんて、それだけでも幸せですよ」
いろいろと複雑な感情を抱いているオレとは対照的に、デレンダはもう気を取り直したらしく、嬉しげに湯気の立ちこめる浴場へと歩いて行った。
「うわあ。すごい」
「あ、ああ」
オレ達の眼前に展開した光景は、まさしく『男の夢』そのものである。
湯船は豪奢な大理石で築かれ、龍や獅子をかたどった彫刻の口から絶えず湯が流れ出ている。
そしてその大きな風呂場では少なくとも三十人を越える少女が、一糸もまとわぬあられもない姿のまま湯気の中でうごめいていたのだ。
かつてのオレが理想としたハーレムは、せいぜい数人の美少女によるものだったが、これだけでも桁が違う。
だがこのときオレは一つの事実に内心で衝撃を受けていた。
確かにオレの心は興奮している。
デレンダの裸を見た時には、気恥ずかしい思いをして視線を逸らしたりもしていた。
だけどオレの身体は全く反応せず、普段と同じ醒めたままだったのだ。
この時、脳裏には聖女教会で性転換される直前、オスリラがオレの股間を見たときにこぼした言葉がよぎっていた。
『私は「それ」がどういうものだったか殆ど忘れてしまいましたけど、すぐにあなたも同じになりますよ』
もし男のオレがこの場にいたら、間違いなく男の象徴がいきり立ってとんでもない事になっていたはずだ。
だけど今のオレはそれがどんな感覚だったのか、霧がかかったようにぼんやりとしか思い出せない。
女にされてからまだ二ヶ月ほどしか経っていないのに、もう『男として最も大事なもの』について忘れかけている現実をオレはいま思い知らされた――つまりオスリラの言葉は正しかったのだ。
このままオレはどんどん男だった時のもろもろを失ってしまうのか。
そんなのイヤだ! オレは男に戻るんだ!
「どうされたんですか。ほら!」
「ひゃあ?!」
必死になって自分に言い聞かせていると、いきなり熱いしぶきをかけられてオレは我に返る。
デレンダが笑顔でオレに湯をかけてきたのだ。
「アルタシャさんもお風呂にはなれていないんですか? こんなにきれいなお肌をしているのですから、てっきり毎日風呂に入って磨いてらっしゃるのかと思っていたんですけど」
確かにオレには二一世紀の日本人としての感覚は残っているので、なるだけ身体は清潔にする事を心がけてきた。
しかし日本人の意識は覚えていても、男の意識が薄れていく現状はなんとかせねばならん!
とにかくマルキウスとの約束通りこの国の古い資料を見せてもらえば、そこから男に戻る手がかりがつかめるかもしれない。
いや。なんとしても手がかりをつかむんだ!
--------------------------------------------------
とりあえずデレンダと共に湯船につかりつつ、オレが決意を新たにしていると、こちらに向けて横合いから言葉が飛んできた。
「ちょっと。そこのあなたたち。こっちに来なさい」
「え?」
振り向くと湯気の向こうに数人の女子が揃って――もちろん全裸で――オレ達を呼びつけていたのだ。
「あの……何か御用ですか?」
湯船からデレンダが問いかけると、女共の真ん中にいた艶やかな裸身の持ち主が偉そうに口を開く。
「今日、この後宮に入ったというのはあなた達ですね」
相手の年齢は恐らく十八歳ぐらい。
オレ達より年上だが、その差以上に大人の気配がただよっていて『少女』というよりは『女』と表現した方が正しそうな相手である。
「ええ……そうです。あたしはデレンダ。こちらの方は――」
「アルタシャです」
一応、自己紹介して頭を下げる。
オレはなるだけデレンダ以外の宮女には関わりたくないので、ここは相手に合わせるべきだろう。
「よろしいでしょう。私の名はエジーラ。次の皇后です」
え? 次期皇后は決まっているの?
それはマルキウスにとっては残念だろうけど、オレにとっては少しだけでも嬉しい話題だな。
「そうよ。エジーラ様は、既に皇帝陛下直々のお言葉を賜っておられる、尊いお方なのよ」
あれ? 皇帝はこの後宮に姿を見せた事が無いと聞いていたけど、マルキウスはウソをついていたのか?!
オレが困惑していると、エジーラはオレ達に向け、猫がネズミをいたぶるかのような嗜虐心を込めた視線を注いでくる。
「なるほど。後宮に入ったその日のうちに評判になるだけの事はあるわね」
いちおうオレの容姿を評価しているらしい。
ぜんぜん嬉しくも何ともないけどな。
何よりその視線にこもったさげすみの色は見間違えようもなく、オレの胸をえぐっていた。
「その髪と瞳の色……卑しい雑種のようね」
雑種? 何の事かと思ったら今のオレは黒い髪に青紫の瞳だからな。
エジーラはいろいろな人種や民族の混血だと思っているのか。
そんなのオレにとってはどうでもいいけど、この世界ではそんな事ですら場合によっては蔑視の対象になるんだろうな。
「どうせ自分の出自も口に出来ない、卑しい素性なのでしょう」
「エジーラ様直々にお声をかけていただくだけでも光栄に思いなさい」
周囲の取り巻き共も次々に合いの手をいれる。
どうやらこういうやり取りには、なれているらしい。
「さあ湯船から出て、我が足下で床に額を打ち付けなさい。あなた達のような新参者に礼儀を教えるのも、次期皇后たる私の役目のひとつです」
そう言ってエジーラは両の腰に手を当て、胸も下半身も露出させてそびえ立つ。
ああ。女子の恥じらいが男に対するものだけで、一皮むくとどうなるか思い知らされる決して見たくはなかった光景だ。
「どうしました。早く跪きなさい」
どうやらエジーラはこうやって新入りとの間で、序列をつけて相手が逆らえないようにしているらしい。
さっさとここから出て行くつもりのオレとしては、この場はエジーラに頭を下げてでもトラブルを回避するのが賢い選択なんだろう。
意地を張っても仕方ない。だけど――
「アルタシャさん……」
デレンダはオレに向けてすがるような視線を向けてくる。
こんな時に頼られても困るんだけどなあ。
しかしデレンダは今のところ、この世界で唯一の友だちだ。
その彼女に後宮に入っていきなり屈辱的な真似をさせたくはない――そうだ。これって結構、男らしい判断だよね?
よし! ここは『男』としてオレはデレンダを守るんだ!
オレは決断するとエジーラの前で立ち上がる。
目の前ではエジーラはもちろん、取り巻きの女共の一糸まとわぬボディがあからさまになっていたが、決意を固めた今のオレはもうそんなあられもない姿を見せつけられても、目をそらす事もなく、注がれる悪意ある視線を正面から受け止めた。
あれ? 男らしい決断をしたはずなのに、どこか違和感がある。
今のオレの姿は確かに『凜々しい』とは思うのだが『男らしい』とはどこか違う気がしてきたのだ。
「どうしました? 早く跪きなさい」
「ちょっと待ちなさい!」
内心の動揺のためにオレが立ちすくんでいると、また別方向から文句が飛んできた。
「皇后になるのはこちらのフロナ様よ。またエジーラは新入りに対してウソをついているのね!」
「なんですって?!」
エジーラの取り巻き連中と共に、オレが首を回すとそちらにもまた全裸の少女の集団が揃って険しい視線をこっちに注いでいる。
その中央にいるのがフロナとか呼ばれた娘らしい。
何だ? 自称『次期皇后』が他にもいるのか?
またしてもオレが動揺していると、フロナはエジーラに対し嘲りに満ちた罵声を飛ばす。
「皇帝陛下のお声をいただいているのはこちらの方よ。お前のような卑しい売女がよくもまあそのような見え透いたウソをつけるわね」
「なんですってぇ?! 皆の者、このほら吹きのアバズレを成敗しなさい!」
女性らしいみやびな空気を残らず消し飛ばし、濡れそぼって上気した女体の群れが激突――しようとした瞬間、即座に双方は動きを止めた。
「あれ……わたしたちは一体何を?」
「これはどういうことなんでしょうか?」
フロナとエジーラ、そしてその取り巻き達は揃って困惑した表情を浮かべている。
オレがいつも使っている【調和】で暴力的な行動を不可能にした結果、女共の争いはひとまず中断となったのだ。
「さあ。デレンダ。ここは急いで上がりましょう」
「え? ああ。分りました」
事の成り行きが理解出来ていないデレンダを連れ、オレは風呂場を後にし、その後で女官に風呂場での喧嘩を伝えておいた。
恐らく【調和】が切れたあとで連中は喧嘩を再開し、後で長官のオントールにでも油を絞られるだろうが、それはもうオレには関係のない話である。
これから風呂に入るために手際よく服を脱いでいる宮女もいれば、いま湯上がりしたばかりで上気した頬のまま、あまり手慣れない様子でやや不器用そうに衣類をまとっている宮女もいる。
たぶん後者はいいところのお嬢さんだったので、自分の手で服をまとう機会があまりなかったんだろうなあ。
光系魔術によって照らされている脱衣場内部に入ったところ、充満した香水やおしろいの臭いが漂い、オレにとっては少々息苦しい気がした。
また例によって鏡が何枚もそろえてあるので、それに映る自分の姿を見ないようにも心がけていた。
だがそれよりもオレにとって気になったのは、周囲の宮女達の反応である。
デレンダの時のように驚くものもいれば、刺々しい視線を注ぐもの、値踏みするように凝視するものなどいろいろいるが、どう見ても『新しい仲間』を歓迎する雰囲気ではないな。
「どうしました。早く服を脱いで、風呂に入りましょうよ」
声をかけてきたデレンダの方に振り向くと、オレは思わず硬直する。
当然なのだが彼女は全裸で、まぶしい肢体を堂々とさらしていたのだ。
「え……ええ……」
オレは頬を火照らせてデレンダから視線を微妙に逸らしつつ、急いで服を脱ぎ、無造作に脱衣カゴに放り込む。
そしてさらされたオレの裸身をデレンダは興味深そうに、のぞき込んでくる。
「あの……ちょっと……」
間近で女の子にマジマジと見つめられると、オレは気恥ずかしくなってきてタオルで身体を覆う。
「アルタシャさんの身体……凄いです。肌には傷もシミもないし、きめ細かくてまるで白雪のよう。それに身体の線は滑らかで、整っていて、女であるあたしが見てもほれぼれします……」
デレンダはまるで我が事のようにウットリとオレの身体を見つめている。
もちろん全裸のままだから、近くにいるオレの目には彼女の身体が全部くっきり見えていた。
ああ。やっぱりデレンダと比較しても、オレの身体は完全な女そのものだよ。
今までも生理になったこともあれば、テマーティンの屋敷で侍女達にいろいろとお世話された事もある。
しかし同年配の女の子の裸体を直に見るのは初めてだった。
そして今、オレは他の女の子の身体と見比べ、自分が非の打ち所のない完璧な女の身である事をあらためて思い知ったのだ。
そんなオレの悩みなど、デレンダにとってはもちろん想像の埒外であり、どこか打ちのめされた様子で力なくこぼす。
「やっぱり……アルタシャさんとあたしでは何もかも段違い……あたしなんかにこの後宮は場違いなんですかね……」
「いえ。そんな事は無い……と思うわ」
デレンダに劣等感を抱かせてしまった負い目から、オレは気休めだと分っていながらも慰めの言葉をかける。
だがデレンダはここで無理矢理な笑顔を作って、その目を上げる。
「そうですね。アルタシャさんに出会えたのはむしろ幸運だったと思います。誰よりも美しくて、それでいて親切で、気高くて、右も左も分らないあたしの友だちになってくれて……感謝してます」
うう。そんな純粋な瞳でオレを見ないでくれ。
デレンダに数多くの事を隠し、それなりに下心を持って近づいたオレとしては彼女の感謝はむしろ罪悪感をかき立てるものだったのだ。
「とにかく。今は風呂に入りましょう」
「そうですね。あたしの郷里では風呂といったら、焼いた石を使った蒸し風呂しかないんです。こんなに立派なお風呂に入れるなんて、それだけでも幸せですよ」
いろいろと複雑な感情を抱いているオレとは対照的に、デレンダはもう気を取り直したらしく、嬉しげに湯気の立ちこめる浴場へと歩いて行った。
「うわあ。すごい」
「あ、ああ」
オレ達の眼前に展開した光景は、まさしく『男の夢』そのものである。
湯船は豪奢な大理石で築かれ、龍や獅子をかたどった彫刻の口から絶えず湯が流れ出ている。
そしてその大きな風呂場では少なくとも三十人を越える少女が、一糸もまとわぬあられもない姿のまま湯気の中でうごめいていたのだ。
かつてのオレが理想としたハーレムは、せいぜい数人の美少女によるものだったが、これだけでも桁が違う。
だがこのときオレは一つの事実に内心で衝撃を受けていた。
確かにオレの心は興奮している。
デレンダの裸を見た時には、気恥ずかしい思いをして視線を逸らしたりもしていた。
だけどオレの身体は全く反応せず、普段と同じ醒めたままだったのだ。
この時、脳裏には聖女教会で性転換される直前、オスリラがオレの股間を見たときにこぼした言葉がよぎっていた。
『私は「それ」がどういうものだったか殆ど忘れてしまいましたけど、すぐにあなたも同じになりますよ』
もし男のオレがこの場にいたら、間違いなく男の象徴がいきり立ってとんでもない事になっていたはずだ。
だけど今のオレはそれがどんな感覚だったのか、霧がかかったようにぼんやりとしか思い出せない。
女にされてからまだ二ヶ月ほどしか経っていないのに、もう『男として最も大事なもの』について忘れかけている現実をオレはいま思い知らされた――つまりオスリラの言葉は正しかったのだ。
このままオレはどんどん男だった時のもろもろを失ってしまうのか。
そんなのイヤだ! オレは男に戻るんだ!
「どうされたんですか。ほら!」
「ひゃあ?!」
必死になって自分に言い聞かせていると、いきなり熱いしぶきをかけられてオレは我に返る。
デレンダが笑顔でオレに湯をかけてきたのだ。
「アルタシャさんもお風呂にはなれていないんですか? こんなにきれいなお肌をしているのですから、てっきり毎日風呂に入って磨いてらっしゃるのかと思っていたんですけど」
確かにオレには二一世紀の日本人としての感覚は残っているので、なるだけ身体は清潔にする事を心がけてきた。
しかし日本人の意識は覚えていても、男の意識が薄れていく現状はなんとかせねばならん!
とにかくマルキウスとの約束通りこの国の古い資料を見せてもらえば、そこから男に戻る手がかりがつかめるかもしれない。
いや。なんとしても手がかりをつかむんだ!
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とりあえずデレンダと共に湯船につかりつつ、オレが決意を新たにしていると、こちらに向けて横合いから言葉が飛んできた。
「ちょっと。そこのあなたたち。こっちに来なさい」
「え?」
振り向くと湯気の向こうに数人の女子が揃って――もちろん全裸で――オレ達を呼びつけていたのだ。
「あの……何か御用ですか?」
湯船からデレンダが問いかけると、女共の真ん中にいた艶やかな裸身の持ち主が偉そうに口を開く。
「今日、この後宮に入ったというのはあなた達ですね」
相手の年齢は恐らく十八歳ぐらい。
オレ達より年上だが、その差以上に大人の気配がただよっていて『少女』というよりは『女』と表現した方が正しそうな相手である。
「ええ……そうです。あたしはデレンダ。こちらの方は――」
「アルタシャです」
一応、自己紹介して頭を下げる。
オレはなるだけデレンダ以外の宮女には関わりたくないので、ここは相手に合わせるべきだろう。
「よろしいでしょう。私の名はエジーラ。次の皇后です」
え? 次期皇后は決まっているの?
それはマルキウスにとっては残念だろうけど、オレにとっては少しだけでも嬉しい話題だな。
「そうよ。エジーラ様は、既に皇帝陛下直々のお言葉を賜っておられる、尊いお方なのよ」
あれ? 皇帝はこの後宮に姿を見せた事が無いと聞いていたけど、マルキウスはウソをついていたのか?!
オレが困惑していると、エジーラはオレ達に向け、猫がネズミをいたぶるかのような嗜虐心を込めた視線を注いでくる。
「なるほど。後宮に入ったその日のうちに評判になるだけの事はあるわね」
いちおうオレの容姿を評価しているらしい。
ぜんぜん嬉しくも何ともないけどな。
何よりその視線にこもったさげすみの色は見間違えようもなく、オレの胸をえぐっていた。
「その髪と瞳の色……卑しい雑種のようね」
雑種? 何の事かと思ったら今のオレは黒い髪に青紫の瞳だからな。
エジーラはいろいろな人種や民族の混血だと思っているのか。
そんなのオレにとってはどうでもいいけど、この世界ではそんな事ですら場合によっては蔑視の対象になるんだろうな。
「どうせ自分の出自も口に出来ない、卑しい素性なのでしょう」
「エジーラ様直々にお声をかけていただくだけでも光栄に思いなさい」
周囲の取り巻き共も次々に合いの手をいれる。
どうやらこういうやり取りには、なれているらしい。
「さあ湯船から出て、我が足下で床に額を打ち付けなさい。あなた達のような新参者に礼儀を教えるのも、次期皇后たる私の役目のひとつです」
そう言ってエジーラは両の腰に手を当て、胸も下半身も露出させてそびえ立つ。
ああ。女子の恥じらいが男に対するものだけで、一皮むくとどうなるか思い知らされる決して見たくはなかった光景だ。
「どうしました。早く跪きなさい」
どうやらエジーラはこうやって新入りとの間で、序列をつけて相手が逆らえないようにしているらしい。
さっさとここから出て行くつもりのオレとしては、この場はエジーラに頭を下げてでもトラブルを回避するのが賢い選択なんだろう。
意地を張っても仕方ない。だけど――
「アルタシャさん……」
デレンダはオレに向けてすがるような視線を向けてくる。
こんな時に頼られても困るんだけどなあ。
しかしデレンダは今のところ、この世界で唯一の友だちだ。
その彼女に後宮に入っていきなり屈辱的な真似をさせたくはない――そうだ。これって結構、男らしい判断だよね?
よし! ここは『男』としてオレはデレンダを守るんだ!
オレは決断するとエジーラの前で立ち上がる。
目の前ではエジーラはもちろん、取り巻きの女共の一糸まとわぬボディがあからさまになっていたが、決意を固めた今のオレはもうそんなあられもない姿を見せつけられても、目をそらす事もなく、注がれる悪意ある視線を正面から受け止めた。
あれ? 男らしい決断をしたはずなのに、どこか違和感がある。
今のオレの姿は確かに『凜々しい』とは思うのだが『男らしい』とはどこか違う気がしてきたのだ。
「どうしました? 早く跪きなさい」
「ちょっと待ちなさい!」
内心の動揺のためにオレが立ちすくんでいると、また別方向から文句が飛んできた。
「皇后になるのはこちらのフロナ様よ。またエジーラは新入りに対してウソをついているのね!」
「なんですって?!」
エジーラの取り巻き連中と共に、オレが首を回すとそちらにもまた全裸の少女の集団が揃って険しい視線をこっちに注いでいる。
その中央にいるのがフロナとか呼ばれた娘らしい。
何だ? 自称『次期皇后』が他にもいるのか?
またしてもオレが動揺していると、フロナはエジーラに対し嘲りに満ちた罵声を飛ばす。
「皇帝陛下のお声をいただいているのはこちらの方よ。お前のような卑しい売女がよくもまあそのような見え透いたウソをつけるわね」
「なんですってぇ?! 皆の者、このほら吹きのアバズレを成敗しなさい!」
女性らしいみやびな空気を残らず消し飛ばし、濡れそぼって上気した女体の群れが激突――しようとした瞬間、即座に双方は動きを止めた。
「あれ……わたしたちは一体何を?」
「これはどういうことなんでしょうか?」
フロナとエジーラ、そしてその取り巻き達は揃って困惑した表情を浮かべている。
オレがいつも使っている【調和】で暴力的な行動を不可能にした結果、女共の争いはひとまず中断となったのだ。
「さあ。デレンダ。ここは急いで上がりましょう」
「え? ああ。分りました」
事の成り行きが理解出来ていないデレンダを連れ、オレは風呂場を後にし、その後で女官に風呂場での喧嘩を伝えておいた。
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サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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