異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第5章 辺境の地にて

第75話 貴重な知識の対価として奪われたものは

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 アカスタの言葉によれば死んで霊体となっている『師匠』だが、オレを見つめるその表情からこちらに対して並々ならぬ関心を抱いているらしい。
 まさか既に肉欲なんてものから解放されているはずなのに、オレの容姿に懸想している ―― なんてアホな妄想を抱く自分自身が悲しいよ。
 そしてオレが少しばかり落胆していると、アカスタが話しかけてくる。

「師匠が言うには、お前にはいろいろと混じっているらしいな」
「え? それはどういう意味?」

 確かにオレは元異世界人だけどこの世界にまたがっている、それに男だったけど今の体は女だ、もっと言えばチートな魔力を得て、人間離れしてしまっているところもある。
 それを見抜かれたというのだろうか。

「お前のようなヤツは師匠もいままで見た事がないそうだ。かなり変なヤツだな」

 そっちだってオレの基準から見れば十分過ぎるぐらい『変』だけど、まあこの世界の人間にそれを指摘しても無駄だろう。
 ここにはそもそも『自分たち以外の文化や文明、宗教を対等に評価する』という概念が存在しないのだ。
 そして恐らくアカスタの視覚をこの『師匠』が補っている面があるらしい。
 だからこの少女は暗がりでも問題なく行動出来ているのだろう。

「アカスタはこのあたりの霊体だとか、精霊だとかに詳しいの?」
「もちろんだとも。たとえワシが知らなくとも、師匠だったら知っているはずだ」

 自分の力でもないのに、そんなことで胸を張るな! と、思わず内心でツッコミを入れてしまったけど、そもそもそうやって『先達』が助言する事で彼らは知識と魔術を受け継いできたのだろうから、それもまた自慢なんだろう。
 聖女教会のように赤ん坊の頃から才能のある人間を探し出して教育を施したり、一神教徒のように巨大な宗教組織で聖職者を養成しているのではなく、ごく少数の師と弟子の間で知識を受け継がねばならない都合上、こんなやり方が発展していったんだろうなあ。

「それでは先ほどこちらが見た相手について教えるから、知っている事があるなら教えて欲しい」

 ここでオレは『あばただらけの霊体』について出来るだけ詳しく説明を行った。
 そしてそれを聞いたアカスタは、傍らの霊体に視線を泳がせる。

「……そういうのはワシではなく師匠がな……」

 そういうとアカスタは師匠の霊体と向き合い、そしてオレが固唾を飲んで見守る中で、しばしの時間が過ぎた後に頷く。

「残念だけど『ただ』と言うわけにはいかんそうだ」
「それは……」

 確かに重要な知識を何の対価もなく得られるものではないだろう。

「いったい何が欲しいんですか? 教えて下さい」

 アカスタに金が必要には思えないけど、それなら食料か、はたまた何らかの奉仕か。
 とにかく払えるものなら何でも提供しよう。

「分った。それでは――」

 ここでアカスタはその腕を伸ばし、無造作にオレの胸をわしづかみにした。
 何のつもりだ!

「ひゃぁぁ! いったい何を?!」

 オレが思わず叫びつつ胸を押さえて慌てて下がると、アカスタは少々驚いた様子で手を引っ込める。

「お前、やっぱり女だったのか? でもそのなりはこのあたりの男のものだよな?」

 不本意だけど、間違いなくその通りだよ。

「そうか。そういうことか……」

 何がなんだか分らないけど、アカスタは勝手に頷いて納得しているらしい。

「師匠が何でお前の胸を触れと言ったのか、これで分ったぞ」
「なにそれ?!」
「ワシと師匠は言わば一体。既に肉の身を離れた師匠がお前を触る事は出来ないけど、ワシが代わりに触った事で喜んでいるんじゃ」

 霊体になっても肉欲が捨てられないのか、このド変態が!
 オレが怒りに体を震わせていても、アカスタは全く気にした様子も無く、無遠慮にその顔を寄せてくる。

「さっきからお前の振る舞いは、ここの街の者とは大分違うと思っていたが、やっぱりワシと同じシャーマンだったんだな」
「え? それでは……」

 確かにアカスタは『神』というよりは精霊だの祖霊だのを信仰しているらしいので、それならばシャーマンというのは理解出来る。
 もちろん元の世界でも『祈祷師』の範疇は広く、全世界で同等の存在があったらしいから、この世界のシャーマンもいろいろなタイプがあるんだろう。
 もっともオレはシャーマン系の魔術、つまり霊体を見たり、その攻撃から自分の身を守る魔術は使えるにせよ、本当の意味で霊体や精霊を操ったりすることは出来ないので、本職のシャーマンとは言いがたいんだけどね。

「それでさっきの質問に答える対価が、胸を触る事じゃ。文句はなかろう?」
「何だって?」
「それで師匠は返答してくれたぞ」

 ぐう。仕方ない。
 肝心な知識を得られる見込みがついた事で、オレは無理矢理自分を納得させる。
 こちらの疑問にさえ答えてくれるなら、胸をわしづかみにされることは対価として納得してやろう。
 だがやっぱり世の中はそんなに甘くはなかった。

「師匠もそんなのは知らないそうだ」

 なんじゃそりゃ!
 そんなことでよく自慢していられるな!

「本物を見ることが出来るなら、何か分かるかもしれないけど、少なくとも師匠もそんな精霊のたぐいを見たことはないってよ」

 なんだよ。その頼りにならない返答は――
 いや。待て。
 思わずずっこけてしまったが、この師匠が本当に長年の知識を持っており、嘘をついていないとしたら、あの霊体は最近になってこの近辺に現れた事になる。
 そしてあの『疫病』がこちらに広まりつつあるのも、また最近の話だ。
 ならばやっぱり『疫病』とあの霊体には関係があるのかもしれない。
 それが分かっただけでも、このやりとりには十分に意味があったといえるだろう。
 しかしそうだとするとやはり一神教徒が最近、この地にやってきたこととの関係が否定出来ない事になる。
 むう。ますます問題は深刻になってきているのかもしれないな。
 オレは自分の達した結論に思わず苦慮せずにはいられなかった。


 オレがかなり深刻な結論に頭を悩ませていると、小さなお堂に急に光が差す。
 何事かと思って振り向くと、アカスタの手の平でボンヤリと光りが輝いている。
 どうやら魔法の光を灯したらしい。
 今までは周囲の異教徒に見つからないように明かりなど使っていなかったはずだが、なぜ今頃になってとこちらが怪訝に思っていると、アカスタはその明かりをオレに近づけつつ、マジマジと見つめてくる。
 さきほど胸を鷲づかみにされたばかりなので、そんな事をされると結構気恥ずかしい。

「な……なにか?」
「いやなあ。お前、女だと思って改めてよく見るとすんげえ美人だな。正直に言ってビックリしたよ」
「どういたしまして」

 容姿を褒められるのは慣れているが、それでいい気分になれないのは仕方ない。
 とりあえず文化の違いはどうあれ、美的感覚にはあまり差違はないらしいけど、そんな事はどうでもいい話だ。

「それでだ……師匠も是非ともお前がいいと勧めてくれている」
「はあ?」

 これは要するにアカスタの霊体師匠がオレを弟子にしたいとか、そういうことを言っているのか?
 悪いけどオレにはそんなつもりは全くないよ。
 だいたいそのスケベ師匠はいくら何でもオレを襲う事は出来ないだろうけど、こちらの着替えだのトイレだのを喜んで覗いてきそうじゃないか。
 そんな相手に始終、憑かれるなど真っ平だ。

「もうしわけないんだけど――」

 オレの断りの言葉を断ち切って、アカスタは堂々と宣言する。

「そんなわけでお前は今日からワシの嫁だ」
「はい? いま……何て言ったの?」

 まあ今まで何度もプロポーズはされてきた ―― そして全部断ってきたが、いきなり『女の子』からそんな要求をされたらオレだって困惑するに決まっている。
 まあ元の世界では同性婚を認める国も結構あったけど、さすがにこの世界でそんな『性的マイノリティの権利保護』なんて概念はないだろう。

 いや。待て。そんな話じゃ無いだろ。
 あんまりにも唐突すぎて、オレの脳がまともに考えるのを拒否していたよ。

「お前もワシと同じ『精霊』の相手をする人間だろ? だったらお似合いじゃないか」

 そういってアカスタはにっこりと笑う。
 少なくとも悪意とか冗談とか、そういうことは感じられず、本気でオレを『嫁』にするつもりらしい。
 そしてここまでくるとそれが意味する事は、オレにだって見当ぐらいはついてくる。
 つい先日、女装皇帝に無理矢理唇を奪われた事は忘れていないのだ。
 
「ちょっと待ってよ! アカスタは女の子の格好をしているけど、もしかして男の子なの?!」
「当たり前だ。お前だって男のなりをしているのに女じゃ無いか」
「それは……その通りだけど」

 まあ女装男子について良くも悪くも付き合いがあったからそんなに驚きはしないけど、少なくともウァリウスは『身を隠すための女装』だった。
 だけどアカスタの女装はなんなんだ?
 今度こそ単なる趣味なのか?

「だいたいお前もシャーマンだから、そうやって男のなりをしているのじゃないのか? それなのになんでワシが女のなりをしているのがおかしいんだ?」

 そういうことか!
 アカスタの部族ではシャーマンは異性の格好をするならわしなんだ。
 確かそういう文化が存在するとは俺も聞いた事がある。
 ただこれは別に異性の格好をすることが普通という意味ではなく、どちらかと言えば『霊を扱う特殊な仕事についている』のを示すためらしい。
 この場合の異性装は要するに服装にそれほど凝る事が出来ない、比較的貧しい文化圏においても、見た目で『特別な人間』である事を簡単に示せる方策ということだ。
 そしてアカスタはオレが男装しているのも『自分と同じシャーマンとして異性装をしている』と勘違いしているのだな。

 しかし一神教徒のように
『異性装をしているだけで最悪死刑。聖職者は知らずに会話しただけで破門になりかねない』
などというところもあれば、アカスタの部族のように
『異性装は特別な地位の証』
というところもあるのだからまったく世の中は難しい。

 両者が仮に接触したら、互いに相手の事など理解出来ず、非難と蔑みをぶつけ合うだけに終わるのはほぼ確実だな。
 もっともその場合、大勢力の一神教徒がアカスタ達を追い払う結果に終わるだろう。
 その一方で聖女教会など多神教の連中からも、恐れられ厄介者扱いされているとしたら、オレとしてはちょっと同情してしまう。
 もちろんアカスタの嫁になる気などさらさら無いが、大勢力に侵されない平穏な生活を続けられる程度の事は祈ってやりたいな。
 オレがそんな事を考えていると、アカスタはズイとその顔を寄せてくる。

 男子だと考えるとたぶんアカスタはオレより年下。
 元の世界の基準で言えば中学生ぐらいだろうか。
 そんな年で初対面の女子に対してプロポーズとは何というマセガキだ。
 いや。アカスタの部族では十代で子供を作っているのも、当たり前だったりするのかもしれない。
 晩婚化と少子高齢化が問題になっている我が祖国はアカスタを見習うべきかもな ―― じゃない!
 だいたい、いきなり胸を鷲づかみにする事を望むようなスケベ霊体が憑いているたわけたガキは家から出てくるな!
 こっちの基準ではセクハラどころか完全に犯罪行為だぞ。

「なんだ? ワシの嫁になるのはダメなのか?」
「当たり前でしょうが!」

 オレは即答で拒否するものの、アカスタはめげることはなかった。
 まったくオレの周囲の男共はどいつもこいつもしつこいぞ。
 オレは誰だろうと男の嫁になる気なんかさらさらないんだよ。

「そうか。じゃあさっきお前が言った『あばたのある精霊』を見つけてきたら、嫁になるか?」
「それでもお断りです」

 さすがにこの重ねた拒絶に対してアカスタは少しばかり落胆した表情を見せる。

「ええ~ せっかく見つけたのにそれはないだろう……」
「たとえ見つけたとしてもダメ ―― え? 今なんて言ったの?」

 いきなりの発言にオレは困惑するも、アカスタはあからさまにガタがきて外が覗き見えるお堂の窓を指さす。

「だからお前の言った精霊がいまこのお堂の周囲に来ているぞ」
「それを早く言いなさい!」
「おい! ちょっと待て!」

 オレは制止するアカスタの声を振り切って、外に飛び出す。
 だがそこで目の当たりにした光景はオレを愕然とさせるだけのものだった。
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