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第5章 辺境の地にて
第77話 霊体がお堂に飛び込むと
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「なんだぁ?!」
アカスタも霊体が見えるので、当然ながら自分に霊体が迫ってきている事は察し、その表情をこわばらせる。
「危ない! 逃げて!」
「ひぃぃぃ。師匠助けて!」
見た目の恐ろしい霊体の群れに迫られ、悲鳴を挙げて頭を抱えるところは、大人ぶっていてもやっぱり年相応の少年なんだな、などと状況をわきまえない事を考えてしまう。
いや。そうじゃないだろう。
こちらは連中に一瞬、攻撃されただけで相当な苦痛を感じ、実際にダメージを受けたのだ。
もしアカスタがあれだけ多くの霊体に襲われたら、下手をすれば命に関わる事になる。
「いけない!」
オレは慌ててアカスタの方に駆け寄って霊体からの防御魔術である【除霊】を投射しようとする。
だが霊体達はアカスタには何ら関心など無いかのように、その身をすり抜け、一気にお堂の中へと飛び込んでいった。
「あ……これは……」
アカスタも何が起きたのか分らなかったらしく、呆然と周囲を見回しているが、そこで血相を変えて駆けつけたオレと目が合う。
「おお。お前はワシをそんなに心配してくれているのか。やっぱりワシらは結ばれる運命なんだな」
「そんなわけないでしょうが! それより中の心配をしなさい!」
オレは暢気に笑顔を浮かべたアカスタを押しやって、お堂の中をのぞき込む。
そんなことをするまでもなく周囲を【霊体遮断】で覆って、あの『疫病』の原因らしい霊体を閉じ込めようとかと思ったが、ここの管理者であるアカスタの許可無く魔術をかけるような真似は躊躇せざるをえなかった。
それにオレは霊体を閉じ込める事は出来ても、退治する手段がない。
とりあえず対策についてはアカスタかその『師匠』に聞こう。
その場合、また胸を触られたり、いろいろとセクハラされそうな不吉な予感がヒシヒシとしてくるけど、この場は我慢するしかあるまい。
だが中を見たオレはまたしても強いショックを受ける。
もういろいろと驚いてばっかりだな。
どういうわけかさっき飛び込んだ霊体達が、ごっそりと姿を消していたのだ。
「ど、どういうこと? こんなバカな…」
いきない成仏してこの世から去ったわけでも無いだろうし、オレの『霊視』をごまかすこともできないはずなのだ。
いったい何がどうなったのか、オレはしばし困惑していたが、そこで唐突に何かがきしむ音が小さなお堂の中に響く。
なんだ? まさか地震か何かか?
オレが周囲を見回したそのとき、驚くべきものが視界に飛び込んできた。
この時このお堂の正面に安置されていた、腐りかけた木製の神像がきしみ、あちこちから木屑を落としつつ、動き始めていたのだ。
「なにこれ? いったい?」
オレは驚いてアカスタの方に振り向いた。
彼なら何か知っているかもしれないと思ったのだ。しかしいつも通りというべきか、オレの希望は裏切られる。
「こんなバカな事が……お師匠様……」
アカスタはすがるような視線を傍らの霊体師匠に向けているが、どうやら師匠はこの後に及んでも手助けはしてくれない ―― もしくは出来ない ―― ようだ。
不意打ちで人の胸をもむぐらいしか取り柄がないのかこの師弟は! などと胸の中で毒づいても仕方ない。
ここはとにかく退却だ。
木像は見ていると鎮座していた台座から降りて、こちらに向かってこようとしている。
間違いなくこちらに襲ってくる前兆だろう。
オレは即座にお外に出ると【霊体遮断】をかけてお堂全体を霊体から封鎖する。
もうここをどうするかを悠長に相談などしていられる場合では無い。
木で出来た神像は、最初に《霊視》で見たとき、かつての『信仰の焦点』として以前には神の力を吹き込まれていたが、既にそれは抜けて中は空っぽになっている様子だった。
恐らく中に飛び込んだ霊体がその『空っぽ』に飛び込んで神の力の替わりとなって、あの像を動かしていたのだろう。
その目的はおそらくオレを襲って、やつらの『飢え』を満たすことにあるはずで、単体ではこちらの防御を破れない事を察し、あの神像を焦点にして力を集めたというところだろうか。
あの霊体が本当に『疫病』の原因なのか、またなぜそんな霊体が最近になってこのファーゼスト周辺をうろつきだしたのか。
疑問は幾らでも出てくるが、今はそれよりもこのお堂を封鎖できている内に逃げるのが先決だ。
何しろオレには霊体からの攻撃を防ぐ点に自信はあるけど、残念ながらこちらから攻撃する手段は何も無いのだ。
「アカスタ。ここは逃げましょう」
「待てよ……だけど……」
アカスタはオレとお堂の交互に視線を飛ばしつつ、どうしたらよいか分らず困惑しているようだ。
そりゃまあ幾ら信仰の薄さに自信のあるオレだって、崇拝の対象にしていた神像がワケも分からず、いきなり暴れ出したら動揺するのは当然だと思う。
しかし今はそんな風におちおち驚いていられる場合では無いのだ。
「とにかく今は――」
オレがアカスタの手を取って逃げようとした瞬間、お堂の扉が吹き飛び、そこから人型が飛び出してきた。
「ええ?! まさか!」
腐りかけた部分を吹き飛ばしつつ、こっちに向かってくる神像を見てオレは自分のおかしたミスを悟る。
【霊体遮断】は霊体を食い止める事が出来るが、今の『あれ』は木像に宿っているので、それでは封鎖出来ないのだ。
オレが自分の迂闊さにほぞをかんだ瞬間、きしんだ音を立てながら伸ばされたヒビだらけの木の腕にこちらの細い首は抱え込まれていた。
オレを抱え込んだかつての神像は文字通り『声にならない』歓喜の声を挙げていた。
【おお……感じる! 感じるぞ!】
そしてオレはコイツに触れられたところから『何か』を吸い取られる感覚が生じ、それと引き換えにするように焼け付くような苦痛がこの身に走る。
それはまるで血管に解けた金属でも流し込まれているかのようだ。
「は、離して!」
引きはがそうと必死であがくものの、オレの細腕では脆くなった木像の表面を削って、こけらを周囲にまき散らすのがせいぜいだ。
くそう。相手が実体を持ったら、途端にこれだ。
今のオレには霊体を防ぐ術には自信があったし、人間が相手でも戦闘行為を抑止する術もあった。
しかし霊体が生身の人間を襲うのでは無く、さっきのあの神像に取り憑くなんてこっちだって予想出来ないよ!
腐りかけあちこちが崩れつつあるが、それでも神像はオレをがっちりとつかんで離さず、むしろオレから奪っている『何か』によって、刻一刻と力を増しているかのように見えていた。
そしてその一方でオレの身体にはおぞましい変化が生じている。
神像に触れられた箇所の皮膚はあばたが生じ、変色し、ひび割れ、ウミがあふれ出す。
先ほど霊体に襲われた時点で分ってはいたが、こいつらに『何か』を奪われると、その代わりとして『特異な毒』としか表現出来ないものを体内に送り込んでくるらしい。
こうなると一般人には察知できない、あの霊体の攻撃を受けた結果が『疫病』の正体であることはほぼ間違いないだろう。
しかしそれが分かったところで今のオレには何の意味もない。
体を押さえられた状態では、回復魔法を唱える事も出来ず、このままではオレの身は朽ち果てていくだけだ。
くそう。こんなところで、ワケの分からない像に無理矢理抱かれるのが最後の体験だなんて真っ平だよ!
だがオレがそうやってこの危機を乗り切る方策を考えている間にも、オレの身の受けた浸食は広まっていく一方、こちらの力は抜け、疲労感と苦痛だけが高まっていく。
【おお……すばらしい……すばらしいぞ。これなら……】
オレが憔悴していく最中にも、神像に取り憑いた霊体は【歓喜の声なき雄叫び】を挙げ続けている。
相当に嬉しいらしいが、その代償がこちらの命なのだからたまったものではない。
まずい。このままでは本当にオレはやられる!
怪物に抱きすくめられるおぞましさと、苦痛と、恐怖に、オレが背骨を鷲づかみにされかけたとき、耳に飛び込んでくる悲鳴のごとき声があった。
「そいつはワシの女だぞ! 勝手に抱くなぁ!」
アカスタの叫びと共に、オレの身にも小さな振動が走る。
首を回して見るとアカスタはさきほどお堂の扉が吹き飛んだときに、周囲に散った扉の一部を拾って殴りつけていたのだ。だが――
【邪魔だ】
「ぎゃぁ!」
神像は何のダメージも受けていない様子で片腕を振るって、アカスタをはね飛ばし、少年はあっさりと悲鳴と共に地面を転げ回る。
しかしその瞬間、オレを押さえ込んでいた腕の一方が無くなった事で、こちらの身が僅かに自由になった。
これならどうにか魔法が使える。
千載一遇の好機だ!
だがここで何をすればいい?
オレには攻撃魔法はまったく無いし、単なる像に霊体が多数取り憑いたコイツに精神操作系魔法が効くとは思えない。
しかしこの僅かな機会を逃したら、オレは確実に殺される。
オレが必死で頭を巡らせている最中にも、神像はいったん離した腕を戻してこっちを再び押さえ込もうとする。
ぐう。元々は朽ちかけた木の像に過ぎなかったくせに、なんでそんなに動けるんだ。
待てよ。こいつは『木の像』だったんだよな ―― ひょっとしたら!
このときオレの脳裏には雷光のごとき閃きが走った。
そうか。まだオレにも出来ることがあったぞ。
オレはこちらを押さえ込もうとした木の腕をつかみつつ魔法を唱える。
間一髪間に合った!
この神像にオレがかけたのは【植物歪曲】だ。
これは植物をこちらの意図したようにねじ曲げる魔法であり、生きている植物はもちろん死んで材木となっていてもある程度は有効なのだ。
オレはここで通常の数倍の魔力を込めて、この木で出来た神像に魔法を放つ。
もしこれが効かなければ今度こそオレはおしまいだろう。
わずか数秒だがオレは文字通り祈る思いで、魔力を注ぎ込んだ神像を見つめる。
そして神像の腕はゆがみ、その首は変な方向にねじ曲がり始める。
やった! 効いてくれた!
オレの首を押さえていた木の腕もまた変形し、こちらを手放す。
半ば朽ちていたその体が変形に耐えきれなくなったのだろうか。
そして神像の全体に亀裂が走り、こけらが飛び散り、その身が崩れ果てていく。
どうやら霊体はこの腐りかけた神像に相当な無理(?)をさせていたらしい。
見る見るうちにその形は崩れて【かつて神像だった木の破片】へと変わっていく。
オレが助かったのは文字通り紙一重の差だった。
もしアカスタが助けてくれなかったら ―― って、あいつぶっ飛ばされて倒れたまんまだ!
すぐに治療しないと危ない。
オレはどうにか駆け寄ろうとするが、さきほどの神像から受けたダメージのため体が思うように動かない。
こうなったら先にオレ自身を治してからにしようか。
だがアカスタの治療は一刻を争うかも知れない。いかにチートな回復魔法の使い手でも、残念ながらオレは死人を蘇らせる術をもっていないのだ。
そう思ってオレは痛む体にむち打って、倒れたままのアカスタにどうにか駆け寄る。
だがこのとき崩れ果てた神像から、まるで陽炎のごとくボンヤリと何かが立ち上っている事にオレは気付いていなかった。
アカスタも霊体が見えるので、当然ながら自分に霊体が迫ってきている事は察し、その表情をこわばらせる。
「危ない! 逃げて!」
「ひぃぃぃ。師匠助けて!」
見た目の恐ろしい霊体の群れに迫られ、悲鳴を挙げて頭を抱えるところは、大人ぶっていてもやっぱり年相応の少年なんだな、などと状況をわきまえない事を考えてしまう。
いや。そうじゃないだろう。
こちらは連中に一瞬、攻撃されただけで相当な苦痛を感じ、実際にダメージを受けたのだ。
もしアカスタがあれだけ多くの霊体に襲われたら、下手をすれば命に関わる事になる。
「いけない!」
オレは慌ててアカスタの方に駆け寄って霊体からの防御魔術である【除霊】を投射しようとする。
だが霊体達はアカスタには何ら関心など無いかのように、その身をすり抜け、一気にお堂の中へと飛び込んでいった。
「あ……これは……」
アカスタも何が起きたのか分らなかったらしく、呆然と周囲を見回しているが、そこで血相を変えて駆けつけたオレと目が合う。
「おお。お前はワシをそんなに心配してくれているのか。やっぱりワシらは結ばれる運命なんだな」
「そんなわけないでしょうが! それより中の心配をしなさい!」
オレは暢気に笑顔を浮かべたアカスタを押しやって、お堂の中をのぞき込む。
そんなことをするまでもなく周囲を【霊体遮断】で覆って、あの『疫病』の原因らしい霊体を閉じ込めようとかと思ったが、ここの管理者であるアカスタの許可無く魔術をかけるような真似は躊躇せざるをえなかった。
それにオレは霊体を閉じ込める事は出来ても、退治する手段がない。
とりあえず対策についてはアカスタかその『師匠』に聞こう。
その場合、また胸を触られたり、いろいろとセクハラされそうな不吉な予感がヒシヒシとしてくるけど、この場は我慢するしかあるまい。
だが中を見たオレはまたしても強いショックを受ける。
もういろいろと驚いてばっかりだな。
どういうわけかさっき飛び込んだ霊体達が、ごっそりと姿を消していたのだ。
「ど、どういうこと? こんなバカな…」
いきない成仏してこの世から去ったわけでも無いだろうし、オレの『霊視』をごまかすこともできないはずなのだ。
いったい何がどうなったのか、オレはしばし困惑していたが、そこで唐突に何かがきしむ音が小さなお堂の中に響く。
なんだ? まさか地震か何かか?
オレが周囲を見回したそのとき、驚くべきものが視界に飛び込んできた。
この時このお堂の正面に安置されていた、腐りかけた木製の神像がきしみ、あちこちから木屑を落としつつ、動き始めていたのだ。
「なにこれ? いったい?」
オレは驚いてアカスタの方に振り向いた。
彼なら何か知っているかもしれないと思ったのだ。しかしいつも通りというべきか、オレの希望は裏切られる。
「こんなバカな事が……お師匠様……」
アカスタはすがるような視線を傍らの霊体師匠に向けているが、どうやら師匠はこの後に及んでも手助けはしてくれない ―― もしくは出来ない ―― ようだ。
不意打ちで人の胸をもむぐらいしか取り柄がないのかこの師弟は! などと胸の中で毒づいても仕方ない。
ここはとにかく退却だ。
木像は見ていると鎮座していた台座から降りて、こちらに向かってこようとしている。
間違いなくこちらに襲ってくる前兆だろう。
オレは即座にお外に出ると【霊体遮断】をかけてお堂全体を霊体から封鎖する。
もうここをどうするかを悠長に相談などしていられる場合では無い。
木で出来た神像は、最初に《霊視》で見たとき、かつての『信仰の焦点』として以前には神の力を吹き込まれていたが、既にそれは抜けて中は空っぽになっている様子だった。
恐らく中に飛び込んだ霊体がその『空っぽ』に飛び込んで神の力の替わりとなって、あの像を動かしていたのだろう。
その目的はおそらくオレを襲って、やつらの『飢え』を満たすことにあるはずで、単体ではこちらの防御を破れない事を察し、あの神像を焦点にして力を集めたというところだろうか。
あの霊体が本当に『疫病』の原因なのか、またなぜそんな霊体が最近になってこのファーゼスト周辺をうろつきだしたのか。
疑問は幾らでも出てくるが、今はそれよりもこのお堂を封鎖できている内に逃げるのが先決だ。
何しろオレには霊体からの攻撃を防ぐ点に自信はあるけど、残念ながらこちらから攻撃する手段は何も無いのだ。
「アカスタ。ここは逃げましょう」
「待てよ……だけど……」
アカスタはオレとお堂の交互に視線を飛ばしつつ、どうしたらよいか分らず困惑しているようだ。
そりゃまあ幾ら信仰の薄さに自信のあるオレだって、崇拝の対象にしていた神像がワケも分からず、いきなり暴れ出したら動揺するのは当然だと思う。
しかし今はそんな風におちおち驚いていられる場合では無いのだ。
「とにかく今は――」
オレがアカスタの手を取って逃げようとした瞬間、お堂の扉が吹き飛び、そこから人型が飛び出してきた。
「ええ?! まさか!」
腐りかけた部分を吹き飛ばしつつ、こっちに向かってくる神像を見てオレは自分のおかしたミスを悟る。
【霊体遮断】は霊体を食い止める事が出来るが、今の『あれ』は木像に宿っているので、それでは封鎖出来ないのだ。
オレが自分の迂闊さにほぞをかんだ瞬間、きしんだ音を立てながら伸ばされたヒビだらけの木の腕にこちらの細い首は抱え込まれていた。
オレを抱え込んだかつての神像は文字通り『声にならない』歓喜の声を挙げていた。
【おお……感じる! 感じるぞ!】
そしてオレはコイツに触れられたところから『何か』を吸い取られる感覚が生じ、それと引き換えにするように焼け付くような苦痛がこの身に走る。
それはまるで血管に解けた金属でも流し込まれているかのようだ。
「は、離して!」
引きはがそうと必死であがくものの、オレの細腕では脆くなった木像の表面を削って、こけらを周囲にまき散らすのがせいぜいだ。
くそう。相手が実体を持ったら、途端にこれだ。
今のオレには霊体を防ぐ術には自信があったし、人間が相手でも戦闘行為を抑止する術もあった。
しかし霊体が生身の人間を襲うのでは無く、さっきのあの神像に取り憑くなんてこっちだって予想出来ないよ!
腐りかけあちこちが崩れつつあるが、それでも神像はオレをがっちりとつかんで離さず、むしろオレから奪っている『何か』によって、刻一刻と力を増しているかのように見えていた。
そしてその一方でオレの身体にはおぞましい変化が生じている。
神像に触れられた箇所の皮膚はあばたが生じ、変色し、ひび割れ、ウミがあふれ出す。
先ほど霊体に襲われた時点で分ってはいたが、こいつらに『何か』を奪われると、その代わりとして『特異な毒』としか表現出来ないものを体内に送り込んでくるらしい。
こうなると一般人には察知できない、あの霊体の攻撃を受けた結果が『疫病』の正体であることはほぼ間違いないだろう。
しかしそれが分かったところで今のオレには何の意味もない。
体を押さえられた状態では、回復魔法を唱える事も出来ず、このままではオレの身は朽ち果てていくだけだ。
くそう。こんなところで、ワケの分からない像に無理矢理抱かれるのが最後の体験だなんて真っ平だよ!
だがオレがそうやってこの危機を乗り切る方策を考えている間にも、オレの身の受けた浸食は広まっていく一方、こちらの力は抜け、疲労感と苦痛だけが高まっていく。
【おお……すばらしい……すばらしいぞ。これなら……】
オレが憔悴していく最中にも、神像に取り憑いた霊体は【歓喜の声なき雄叫び】を挙げ続けている。
相当に嬉しいらしいが、その代償がこちらの命なのだからたまったものではない。
まずい。このままでは本当にオレはやられる!
怪物に抱きすくめられるおぞましさと、苦痛と、恐怖に、オレが背骨を鷲づかみにされかけたとき、耳に飛び込んでくる悲鳴のごとき声があった。
「そいつはワシの女だぞ! 勝手に抱くなぁ!」
アカスタの叫びと共に、オレの身にも小さな振動が走る。
首を回して見るとアカスタはさきほどお堂の扉が吹き飛んだときに、周囲に散った扉の一部を拾って殴りつけていたのだ。だが――
【邪魔だ】
「ぎゃぁ!」
神像は何のダメージも受けていない様子で片腕を振るって、アカスタをはね飛ばし、少年はあっさりと悲鳴と共に地面を転げ回る。
しかしその瞬間、オレを押さえ込んでいた腕の一方が無くなった事で、こちらの身が僅かに自由になった。
これならどうにか魔法が使える。
千載一遇の好機だ!
だがここで何をすればいい?
オレには攻撃魔法はまったく無いし、単なる像に霊体が多数取り憑いたコイツに精神操作系魔法が効くとは思えない。
しかしこの僅かな機会を逃したら、オレは確実に殺される。
オレが必死で頭を巡らせている最中にも、神像はいったん離した腕を戻してこっちを再び押さえ込もうとする。
ぐう。元々は朽ちかけた木の像に過ぎなかったくせに、なんでそんなに動けるんだ。
待てよ。こいつは『木の像』だったんだよな ―― ひょっとしたら!
このときオレの脳裏には雷光のごとき閃きが走った。
そうか。まだオレにも出来ることがあったぞ。
オレはこちらを押さえ込もうとした木の腕をつかみつつ魔法を唱える。
間一髪間に合った!
この神像にオレがかけたのは【植物歪曲】だ。
これは植物をこちらの意図したようにねじ曲げる魔法であり、生きている植物はもちろん死んで材木となっていてもある程度は有効なのだ。
オレはここで通常の数倍の魔力を込めて、この木で出来た神像に魔法を放つ。
もしこれが効かなければ今度こそオレはおしまいだろう。
わずか数秒だがオレは文字通り祈る思いで、魔力を注ぎ込んだ神像を見つめる。
そして神像の腕はゆがみ、その首は変な方向にねじ曲がり始める。
やった! 効いてくれた!
オレの首を押さえていた木の腕もまた変形し、こちらを手放す。
半ば朽ちていたその体が変形に耐えきれなくなったのだろうか。
そして神像の全体に亀裂が走り、こけらが飛び散り、その身が崩れ果てていく。
どうやら霊体はこの腐りかけた神像に相当な無理(?)をさせていたらしい。
見る見るうちにその形は崩れて【かつて神像だった木の破片】へと変わっていく。
オレが助かったのは文字通り紙一重の差だった。
もしアカスタが助けてくれなかったら ―― って、あいつぶっ飛ばされて倒れたまんまだ!
すぐに治療しないと危ない。
オレはどうにか駆け寄ろうとするが、さきほどの神像から受けたダメージのため体が思うように動かない。
こうなったら先にオレ自身を治してからにしようか。
だがアカスタの治療は一刻を争うかも知れない。いかにチートな回復魔法の使い手でも、残念ながらオレは死人を蘇らせる術をもっていないのだ。
そう思ってオレは痛む体にむち打って、倒れたままのアカスタにどうにか駆け寄る。
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