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第7章 西方・リバージョイン編
第109話 新たな出会いと騒乱、そしていくさの火ぶたが切られて
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リバージョインの寺院に行く道すがら、オレは今後の行動について考えていた。
オレとすれば、さっさとこの街から出て行くのが一番、確実な方法だろう。
いや。落ち着け。話を聞く限りでは、今すぐ攻め込まれてこの街が陥落するというわけでもないようだ。
少なくともまだ戦闘が始っている様子も無いし、それを考えるとまだ余裕はあるようだ。
だがオレがそう思ってリバージョインの寺院を訪れると、そこでは不安げな市民が大勢押し寄せていた。
そりゃまあ当然の反応というものか。
交易商や旅人は逃げ出せればいいけど、ここに住んでいる人間はそういうわけにいかないからな。
防衛のために民兵の招集が行われているらしく、寺院の倉庫に保管されていた槍や革鎧が男達に配られているようだ。
これはかなり危うい雰囲気がヒシヒシと迫ってくるな。
ただオレ自身がどこか余裕を持って眺めているのは、逃げようと思えばいつでも逃げ出せるのと、後は今まで出会ってきた脅威と比較すれば、人間の軍勢ならそれほど大した事でも無いという意識があるからだろう。
つい先日、第五階級を追ってきた兵士を食い止めた事もあるし、オレひとりだけならどうにでもなるつもりだ。
残念だけど戦争となれば攻撃魔法の使えないオレにはどうにも出来っこない。
そんな風に悩みつつ、サリゾールを探してリバージョインの寺院の奥に足を踏み入れようとしていると、周囲への注意が抜けていたのか恰幅のいい男にぶつかってしまった。
「あの。すみません」
「いえ。こちらこそ迂闊でした」
相手は見たところ二十代の後半ぐらい。ぶつかった時の感触からすると、鎖帷子をまとっているらしい。
腰には剣をさしているし、仕事にありつこうと思ってやってきた傭兵のたぐいだろうか。
そんな事を考えていると、背後から鈴を振るような優しい声が聞こえてきた。
「待って下さいな。そんなに先を急がれては困りますよ~」
「そうですよ。団長。お嬢さんを守っているこっちの身にもなって下さい」
やってきたのは十代半ばから後半 ―― たぶんオレと同年配かさもなくば少し上ぐらい ―― の少女とその護衛らしい数人の男達だった。
少女は薄いプラチナブロンドとすみれ色の瞳をしており、その容姿といい、立ち振る舞いといい高貴な雰囲気のただよう美少女だ。
その整った身なりからして、恐らく貴族の令嬢かそんなところだろう。
周囲の人間の態度からして、たぶんたまたまこの街に逗留していて、こんな事態に出くわしてしまったのじゃないかな。
そして団長と呼ばれた男は、困った様子でやってきた連中に応じる。
「お嬢様は宿で待っていて下さいとお願いしていたはずですが」
「そんな事を言われても、困りますわ~」
「それは全く返答になっていません!」
どうやら世間知らずな貴族のワガママ娘と、それに振り回されるお目付役というありがちなパターンに出くわしたらしい。
ああ。数ヶ月前だったらそんな彼女も『ハーレム要員』などと勝手に妄想していたかもしれないけど、それは今のオレにはむしろ『黒歴史』に思えてきてしまう。
これは男性的な意識が後退しているからなのか。
いや。断じて違う!
美女を見たら『ハーレム』を想像するなんて、どう考えても不健全な発想だから、今のオレは単に『健全化』しただけだ!
そう思い込むとしよう。
まあいずれにせよ今はこんな連中に関わっている場合では無い。
そう思って立ち去ろうとすると、どういうわけか『お嬢様』がオレの顔をマジマジと見つめてきた。
「あれれ~あなたは?」
まずい。オレの男装に気付かれたか。
厄介事を避けるためにも、こういう場合はさっさと逃げ出すに限るな。
「先を急いでいるので失礼します!」
「ああ。ちょっと待って下さいな~」
悪いけど待てません。今は先を急いでいるんですから。
オレは『お嬢様』の呼びかけを振り切って、先に進むことにした。
しばらく寺院の中を進んでいると、オレに向けて呼びかけてくる声が聞こえてきた。
見るとサリゾールがオレを手招きしていたのだ。
とりあえずオレが駆けつけると、サリゾールはいつも通りの心労で胃を悪くしていそうな表情で話しかけてくる。
「アルタシャさん。ご存じかと思いますが、すぐにこの街は戦禍に巻き込まれかねません。なるだけ早く逃げて下さい」
「ありがとうございます。しかし何があったんですか?」
この問いかけにサリゾールは表情をあからさまに曇らせる。
「以前にあちこちの街や村を『異端』と言いがかりをつけて襲撃している軍勢の話はしましたね」
「そいつらがここに来たわけですか。いったい何ものなんですか?」
「表向きは『唯一なる者』の敬虔な信徒だと唱え、異端を滅ぼすために『聖戦を行っている』と主張していますが、聞くところによれば彼らは単なる傭兵団だったのが、仕事にあぶれて略奪者となったもの達だそうで、単に行く先々で行っている略奪を正当化しているだけなのですよ」
それは以前『第五階級』と一緒にいたときに、ちょっかいかけてきた連中の同類か。
そういえば元の世界の中世でも君主達が戦時に雇った傭兵達が、戦後には職を失った結果として略奪を生業にするようになり、結果として戦争に匹敵する被害を領民達に与える事態が頻発していたと聞いた事があるな。
しかもそんな連中が宗教を盾にするとは本当に始末に負えん。
いや。待て。たかが傭兵団崩れが、そんなもんを掲げていいはずがないだろう。
聖セルム教団の権威に傷をつけかねないが、そのあたりはどうなっているんだ。
「あのう。勝手に『聖戦』なんて唱えていいんですか?」
「もちろん本来ならばそんな事は許されません。しかし連中はどうやら地域の有力な聖職者に略奪したものを寄進しているらしくて……」
サリゾールは語尾を濁したが、その言わんとする事は明白だ。
つまり聖セルム教団は見て見ぬふりということか。
前に出会った宣教師のフレストルは確かにいろいろとツッコミどころの多い人間だったが、それでも布教や救済に命をかけていた。
しかしこっちでは金で教団の権威を売って、流血を招き、その上前をはねるようなヤツまでいるのか。
元の世界でも腐った宗教家は大勢いただろうけど、正直に言って気分が悪い。
本当にそんな話は聞きたくなかった。
だってそれを聞いてしまった以上、オレが何もせずこの街を去るなんて出来ないじゃないか。
その翌日、オレはリバージョインを守る城壁の近くまで来ていた。
この街は大河とその支流とが合流する三角形の地点に築かれたため、三方は河に囲まれており、攻められるのは一方だけだ。
当然、街の防壁もそちらに建設されていて、今は少なくとも百人を越える民兵が緊張の面持ちで防備を固めている。
聞くところによると、これからしばらくは三交代で防備を固める事にしたらしい。
領主の元にいた常設の兵士が百人前後であり、これに加えて民兵が五百人ほど集まったので、現在この街の兵力は六百人程度、三交代だと二百人ずつということになる。
それ以外にも近隣の街に援軍を要請しているらしいが、それが来てくれるか、間に合うかどうかは分らないようだ。
不安が周囲に高まる中、リバージョインに向かう交易路に多くの兵士が向かってくる姿が目に入った。
ここまで来たら相手が何ものかは考えるまでもない。
遠目ではこれ見よがしに『唯一なるもの』の象徴である正三角形を描いた旗が数多く掲げられている。
しかし子細に見ると、連中は服装や武器もまちまちでむしろ『寄せ集めの荒くれ集団』と表現した方が正しいだろう。
その荒くれ共の中から、数人が出て来て城門近くまでやってくる。
何をするのかと思ったら、そいつはよく通る声で宣言した。
「我らは神の名の下に異端者との聖戦に挑んでいる、神聖兵団である!」
まるで街全体に響き渡るほどの大音声だが、推測するに魔法で発声能力を強化しているのだろうな。
たぶんこの役目のためにわざわざ学んだ魔法の可能性が高いな。
「この街に異端者が大勢いることは分っている。城門を開けて我らと共に異端者を討伐するならそれでよし。さもなくばこの街そのものを異端として討伐することになるぞ!」
もちろんこれはただの略奪の口実に過ぎない。
脅しに応じて連中を城壁内に入れると、街の中で適当に異端だといちゃもんをつけては価値のあるものを奪い、女性をかどわかし口に言えない所行を行っている事はとっくに知れ渡っているのだ。
それに当然ながらこのリバージョインは交易で栄えている街であり、異教徒の交易商も少なからずいるのは間違いない。
他の宗教の正当性を否定する聖セルム教団の影響力が圧倒的な西方地域だが、交易商人については自分の信仰を大っぴらにしたり、布教活動を行わなければ大目に見るのが暗黙のルールとなっている ―― 一部には交易商ですら異教徒は許さない厳格な地域もあるようだが、当然そんなところには交易商が近寄らない。
従ってリバージョインで敢えて『異端』を探せば、いくらでも言いがかりをつけられるわけで、城壁内に自称『神聖兵団』を入れたが最後、下手をすれば根こそぎ略奪されてしまいかねない。
そんなわけでこの街が徹底抗戦するのは当然のことなのだ。
「返答をせず、門も開けないという事はお前達が異端に与したと見なすことになる!」
一方的に宣言したところで、使者の男は去って行く。
粘る気が全く無かったところを見ると、最初からリバージョインが門を開けるとは思っていなかったようだ。
そして男が去っていったところで、軍勢はこちらに向けて進撃してくる。
ざっと見て総数は千人程度だろうか。
この自称『神聖兵団』は最近になってドンドン勢力を拡大しているらしいが、それまでの傭兵崩れはもちろんのこと、連中が略奪・破壊した町や村で喰うことが出来なくなった男までが参加しているという話もあるらしい。
『聖戦を口実に蹂躙された人間が、次には自分が聖戦を口実にして他者を蹂躙する』
何とも皮肉な事だが、これも悲しい人間のサガというものなのか。
いずれせによせ連中はリバージョインのように城壁もあって、それなりに防御の整った街を攻めるだけの戦力を得たので、今こうやって攻め込んできているわけだ。
しかもこちらの防衛隊には緊張の面持ちで聖セルム教団の司祭達も加わっている。
彼らは負傷者が出たときに、その傷を自分たちに移す役割なわけで、敢えて言えばもっとも厳しい役目を引き受けているのだ。
聖戦の名の下に、同じ神を崇める司祭達が苦しむ事を承知で攻め込んでくるなんて、つくづく困った話である。
もっとも元の世界でも戦争になれば、同じ神を崇拝している寺院を吹っ飛ばす事はしばしば聞く話だったから、そういう意味でこの世界とは大して違わないのだろう。
ただ幸か不幸か、一神教徒に魔法を使える者は多いが、その殆どは自分の筋力や耐久力を何割か引き上げる程度であって【火の玉】のように強力な攻撃魔法を放てる魔法使いはいない。
つまり派手な攻撃魔法の応酬になったりはせず、こちらの世界でも元の世界における中世の戦いと同じく双方が弓矢による攻撃で戦いが始まるのだ。
少し離れたところから見ていると膨大な数の矢が飛び交い、次から次に死傷者が出ている。
「痛ぇ! 痛ぇよ!」
「しっかりしろ! 誰か手当を!」
当然ながら負傷して苦しみ民兵や、倒れた仲間に取りすがり必死で助けを呼ぶ姿が続出している。
そしてそこに『唯一なるもの』の司祭が駆けつけ、魔法によって民兵達の傷を自らの身に移している。
今のところは傷の影響を別の魔法で抑えている様子だが、時間が経てばバタバタと倒れていく事は間違いない。
うぐう。予想はしていたが、正直に言ってこんな光景を見るだけで背筋が寒くなる。
実は『神聖兵団』が大して戦いもせず、引き上げてくれることも少しは期待していたけど、やはりそんなに甘くはなかった。
さっさと逃げ出すべきだったかと、後悔が胸にわき上がる。
しかしここで背を向けるなら、そもそもここに残ったりはしない。
オレは決意を固めると、負傷した民兵達が集められ、寝かされている粗末なテントに向けて駆け出した。
オレとすれば、さっさとこの街から出て行くのが一番、確実な方法だろう。
いや。落ち着け。話を聞く限りでは、今すぐ攻め込まれてこの街が陥落するというわけでもないようだ。
少なくともまだ戦闘が始っている様子も無いし、それを考えるとまだ余裕はあるようだ。
だがオレがそう思ってリバージョインの寺院を訪れると、そこでは不安げな市民が大勢押し寄せていた。
そりゃまあ当然の反応というものか。
交易商や旅人は逃げ出せればいいけど、ここに住んでいる人間はそういうわけにいかないからな。
防衛のために民兵の招集が行われているらしく、寺院の倉庫に保管されていた槍や革鎧が男達に配られているようだ。
これはかなり危うい雰囲気がヒシヒシと迫ってくるな。
ただオレ自身がどこか余裕を持って眺めているのは、逃げようと思えばいつでも逃げ出せるのと、後は今まで出会ってきた脅威と比較すれば、人間の軍勢ならそれほど大した事でも無いという意識があるからだろう。
つい先日、第五階級を追ってきた兵士を食い止めた事もあるし、オレひとりだけならどうにでもなるつもりだ。
残念だけど戦争となれば攻撃魔法の使えないオレにはどうにも出来っこない。
そんな風に悩みつつ、サリゾールを探してリバージョインの寺院の奥に足を踏み入れようとしていると、周囲への注意が抜けていたのか恰幅のいい男にぶつかってしまった。
「あの。すみません」
「いえ。こちらこそ迂闊でした」
相手は見たところ二十代の後半ぐらい。ぶつかった時の感触からすると、鎖帷子をまとっているらしい。
腰には剣をさしているし、仕事にありつこうと思ってやってきた傭兵のたぐいだろうか。
そんな事を考えていると、背後から鈴を振るような優しい声が聞こえてきた。
「待って下さいな。そんなに先を急がれては困りますよ~」
「そうですよ。団長。お嬢さんを守っているこっちの身にもなって下さい」
やってきたのは十代半ばから後半 ―― たぶんオレと同年配かさもなくば少し上ぐらい ―― の少女とその護衛らしい数人の男達だった。
少女は薄いプラチナブロンドとすみれ色の瞳をしており、その容姿といい、立ち振る舞いといい高貴な雰囲気のただよう美少女だ。
その整った身なりからして、恐らく貴族の令嬢かそんなところだろう。
周囲の人間の態度からして、たぶんたまたまこの街に逗留していて、こんな事態に出くわしてしまったのじゃないかな。
そして団長と呼ばれた男は、困った様子でやってきた連中に応じる。
「お嬢様は宿で待っていて下さいとお願いしていたはずですが」
「そんな事を言われても、困りますわ~」
「それは全く返答になっていません!」
どうやら世間知らずな貴族のワガママ娘と、それに振り回されるお目付役というありがちなパターンに出くわしたらしい。
ああ。数ヶ月前だったらそんな彼女も『ハーレム要員』などと勝手に妄想していたかもしれないけど、それは今のオレにはむしろ『黒歴史』に思えてきてしまう。
これは男性的な意識が後退しているからなのか。
いや。断じて違う!
美女を見たら『ハーレム』を想像するなんて、どう考えても不健全な発想だから、今のオレは単に『健全化』しただけだ!
そう思い込むとしよう。
まあいずれにせよ今はこんな連中に関わっている場合では無い。
そう思って立ち去ろうとすると、どういうわけか『お嬢様』がオレの顔をマジマジと見つめてきた。
「あれれ~あなたは?」
まずい。オレの男装に気付かれたか。
厄介事を避けるためにも、こういう場合はさっさと逃げ出すに限るな。
「先を急いでいるので失礼します!」
「ああ。ちょっと待って下さいな~」
悪いけど待てません。今は先を急いでいるんですから。
オレは『お嬢様』の呼びかけを振り切って、先に進むことにした。
しばらく寺院の中を進んでいると、オレに向けて呼びかけてくる声が聞こえてきた。
見るとサリゾールがオレを手招きしていたのだ。
とりあえずオレが駆けつけると、サリゾールはいつも通りの心労で胃を悪くしていそうな表情で話しかけてくる。
「アルタシャさん。ご存じかと思いますが、すぐにこの街は戦禍に巻き込まれかねません。なるだけ早く逃げて下さい」
「ありがとうございます。しかし何があったんですか?」
この問いかけにサリゾールは表情をあからさまに曇らせる。
「以前にあちこちの街や村を『異端』と言いがかりをつけて襲撃している軍勢の話はしましたね」
「そいつらがここに来たわけですか。いったい何ものなんですか?」
「表向きは『唯一なる者』の敬虔な信徒だと唱え、異端を滅ぼすために『聖戦を行っている』と主張していますが、聞くところによれば彼らは単なる傭兵団だったのが、仕事にあぶれて略奪者となったもの達だそうで、単に行く先々で行っている略奪を正当化しているだけなのですよ」
それは以前『第五階級』と一緒にいたときに、ちょっかいかけてきた連中の同類か。
そういえば元の世界の中世でも君主達が戦時に雇った傭兵達が、戦後には職を失った結果として略奪を生業にするようになり、結果として戦争に匹敵する被害を領民達に与える事態が頻発していたと聞いた事があるな。
しかもそんな連中が宗教を盾にするとは本当に始末に負えん。
いや。待て。たかが傭兵団崩れが、そんなもんを掲げていいはずがないだろう。
聖セルム教団の権威に傷をつけかねないが、そのあたりはどうなっているんだ。
「あのう。勝手に『聖戦』なんて唱えていいんですか?」
「もちろん本来ならばそんな事は許されません。しかし連中はどうやら地域の有力な聖職者に略奪したものを寄進しているらしくて……」
サリゾールは語尾を濁したが、その言わんとする事は明白だ。
つまり聖セルム教団は見て見ぬふりということか。
前に出会った宣教師のフレストルは確かにいろいろとツッコミどころの多い人間だったが、それでも布教や救済に命をかけていた。
しかしこっちでは金で教団の権威を売って、流血を招き、その上前をはねるようなヤツまでいるのか。
元の世界でも腐った宗教家は大勢いただろうけど、正直に言って気分が悪い。
本当にそんな話は聞きたくなかった。
だってそれを聞いてしまった以上、オレが何もせずこの街を去るなんて出来ないじゃないか。
その翌日、オレはリバージョインを守る城壁の近くまで来ていた。
この街は大河とその支流とが合流する三角形の地点に築かれたため、三方は河に囲まれており、攻められるのは一方だけだ。
当然、街の防壁もそちらに建設されていて、今は少なくとも百人を越える民兵が緊張の面持ちで防備を固めている。
聞くところによると、これからしばらくは三交代で防備を固める事にしたらしい。
領主の元にいた常設の兵士が百人前後であり、これに加えて民兵が五百人ほど集まったので、現在この街の兵力は六百人程度、三交代だと二百人ずつということになる。
それ以外にも近隣の街に援軍を要請しているらしいが、それが来てくれるか、間に合うかどうかは分らないようだ。
不安が周囲に高まる中、リバージョインに向かう交易路に多くの兵士が向かってくる姿が目に入った。
ここまで来たら相手が何ものかは考えるまでもない。
遠目ではこれ見よがしに『唯一なるもの』の象徴である正三角形を描いた旗が数多く掲げられている。
しかし子細に見ると、連中は服装や武器もまちまちでむしろ『寄せ集めの荒くれ集団』と表現した方が正しいだろう。
その荒くれ共の中から、数人が出て来て城門近くまでやってくる。
何をするのかと思ったら、そいつはよく通る声で宣言した。
「我らは神の名の下に異端者との聖戦に挑んでいる、神聖兵団である!」
まるで街全体に響き渡るほどの大音声だが、推測するに魔法で発声能力を強化しているのだろうな。
たぶんこの役目のためにわざわざ学んだ魔法の可能性が高いな。
「この街に異端者が大勢いることは分っている。城門を開けて我らと共に異端者を討伐するならそれでよし。さもなくばこの街そのものを異端として討伐することになるぞ!」
もちろんこれはただの略奪の口実に過ぎない。
脅しに応じて連中を城壁内に入れると、街の中で適当に異端だといちゃもんをつけては価値のあるものを奪い、女性をかどわかし口に言えない所行を行っている事はとっくに知れ渡っているのだ。
それに当然ながらこのリバージョインは交易で栄えている街であり、異教徒の交易商も少なからずいるのは間違いない。
他の宗教の正当性を否定する聖セルム教団の影響力が圧倒的な西方地域だが、交易商人については自分の信仰を大っぴらにしたり、布教活動を行わなければ大目に見るのが暗黙のルールとなっている ―― 一部には交易商ですら異教徒は許さない厳格な地域もあるようだが、当然そんなところには交易商が近寄らない。
従ってリバージョインで敢えて『異端』を探せば、いくらでも言いがかりをつけられるわけで、城壁内に自称『神聖兵団』を入れたが最後、下手をすれば根こそぎ略奪されてしまいかねない。
そんなわけでこの街が徹底抗戦するのは当然のことなのだ。
「返答をせず、門も開けないという事はお前達が異端に与したと見なすことになる!」
一方的に宣言したところで、使者の男は去って行く。
粘る気が全く無かったところを見ると、最初からリバージョインが門を開けるとは思っていなかったようだ。
そして男が去っていったところで、軍勢はこちらに向けて進撃してくる。
ざっと見て総数は千人程度だろうか。
この自称『神聖兵団』は最近になってドンドン勢力を拡大しているらしいが、それまでの傭兵崩れはもちろんのこと、連中が略奪・破壊した町や村で喰うことが出来なくなった男までが参加しているという話もあるらしい。
『聖戦を口実に蹂躙された人間が、次には自分が聖戦を口実にして他者を蹂躙する』
何とも皮肉な事だが、これも悲しい人間のサガというものなのか。
いずれせによせ連中はリバージョインのように城壁もあって、それなりに防御の整った街を攻めるだけの戦力を得たので、今こうやって攻め込んできているわけだ。
しかもこちらの防衛隊には緊張の面持ちで聖セルム教団の司祭達も加わっている。
彼らは負傷者が出たときに、その傷を自分たちに移す役割なわけで、敢えて言えばもっとも厳しい役目を引き受けているのだ。
聖戦の名の下に、同じ神を崇める司祭達が苦しむ事を承知で攻め込んでくるなんて、つくづく困った話である。
もっとも元の世界でも戦争になれば、同じ神を崇拝している寺院を吹っ飛ばす事はしばしば聞く話だったから、そういう意味でこの世界とは大して違わないのだろう。
ただ幸か不幸か、一神教徒に魔法を使える者は多いが、その殆どは自分の筋力や耐久力を何割か引き上げる程度であって【火の玉】のように強力な攻撃魔法を放てる魔法使いはいない。
つまり派手な攻撃魔法の応酬になったりはせず、こちらの世界でも元の世界における中世の戦いと同じく双方が弓矢による攻撃で戦いが始まるのだ。
少し離れたところから見ていると膨大な数の矢が飛び交い、次から次に死傷者が出ている。
「痛ぇ! 痛ぇよ!」
「しっかりしろ! 誰か手当を!」
当然ながら負傷して苦しみ民兵や、倒れた仲間に取りすがり必死で助けを呼ぶ姿が続出している。
そしてそこに『唯一なるもの』の司祭が駆けつけ、魔法によって民兵達の傷を自らの身に移している。
今のところは傷の影響を別の魔法で抑えている様子だが、時間が経てばバタバタと倒れていく事は間違いない。
うぐう。予想はしていたが、正直に言ってこんな光景を見るだけで背筋が寒くなる。
実は『神聖兵団』が大して戦いもせず、引き上げてくれることも少しは期待していたけど、やはりそんなに甘くはなかった。
さっさと逃げ出すべきだったかと、後悔が胸にわき上がる。
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しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
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