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第7章 西方・リバージョイン編
第108話 気がつくとまたしても厄介ごとに……
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オレはどうにかサリゾールに頼み込む。
「もしよろしければ、その当時の記録があれば読ませてもらえませんか?」
「ここ数十年程度のものならお見せしても構いませんが、さすがにそこまで古い記録となると、そうそう簡単にはいきません」
当たり前だよな。そこまで古ければ立派な文化遺産だし、いかに保存状態がよくとも紙だってボロボロだろう。
「確かに部外者が簡単に触れるモノで無いことは分りますけど、そこをどうにか――」
「いえ。別に部外者に見せてはならないわけではないのですよ」
「え? いいんですか?」
「ただし……あなたが見ても理解出来るかどうか……」
「どういうことですか」
「あちらをご覧なさい」
そういってサリゾールが指し示したのは、過去の司祭達の墓とおぼしきものの横に並べられ、びっちりと文字が刻み込まれた石版だった。
「当時の記録はこれらに彫り込んであるのです」
そういうことかい!
千年前ともなると、紙は普及していなくて記録は石版に刻んで残していたというわけか。
当然ながら持ち運ぶどころか、ホコリを払い、ちゃんと読めるように掃除するだけでも一苦労だろう。
しかもこれらには索引もなければ、目次もなく、順番に並べられている保証もない。
オマケに数百年もの間に渡って作られ続けたらしく、ぱっと見で大きさもまちまちだし、割れていたり欠けていたりするのも多そうだ。
これは『賢者系』の魔法も使えるオレでもちゃんと調べるのは、骨が折れる作業だろう。
仕方ない。手間はかかるけど一つ一つ調べていくしかないか。
そう思って手を伸ばしたところで、サリゾールが横合いから怪訝そうに口を挟んでくる。
「失礼ながら……この石版があなたに読めるのですか?」
「あ……それは……」
オレは少しばかり口ごもる。
そりゃまあ今のオレの姿は『十代半ばの男装した異邦人の小娘』だからな。そんな古い石版を読めると思う方がどうかしている ―― 本来の男子高校生の姿でもそれは一緒だが。
ここはオレの魔法について教えるべきだろうか。
いや。それはどう考えてもマズい。
下手に『聖セルム教団』の教えにない能力を明かせば、やっぱりこの西方では警戒される危険性がある。
サリゾールはガチガチに凝り固まった人間というわけではないようだが、それでも差し迫った必要がないところで、他人に魔法の能力を見せるのは慎重になるべきだろう。
「すみません。こんな大事なものに部外者が軽々しく触るべきではないですね」
「そうです。貴重なものですから――」
サリゾールはどこかつらそうな表情を浮かべている。
「どうされたんですか?」
「実は……いえ。なんでもありません。あなたはお気になさらずに」
そんな事を言われたら、むしろあからさまに気になりますよ!
「出来ればお教え下さいませんか。ひょっとしたら微力でも何か出来るかもしれません」
オレの質問に対しサリゾールは小さく肩を落としてつぶやく。
「最近になって聖セルム教団の方から一部ですが、このような記録を破棄しろという声がありましてね」
「はあ? なんですかそれ?!」
「この石版には聖セルム教がこの地で広まる以前の神話についての記載もありましてね。この町や河の聖者を『神』としてたたえる文もあるのです。それがどうにもお気に召さないらしいのです」
そんなことで千年以上前から伝えられる歴史を記載した石版を破棄しろだと?
冗談も休み休み言ってくれ。
こんな貴重な文化遺産はまさに『人類の宝』だぞ。
せめて『カリオ○トロの城』でも見て、ル○ン三世を見習いやがれ! などと内心で罵ってみても仕方ない。
二一世紀の世界でも一部の狂信的な一神教徒が文化遺産を破壊する話を聞いた事があるが、ここではもっと大規模に行われていそうだな。
「しかもこのところ、あちこちの村や町を『異端の教えを奉じている』として、襲撃している軍勢がいるそうです」
「ええ? それは本当なのですか?!」
「残念ながら……しかも彼らは『聖戦』を唱え、その上で町を攻め落とすと、略奪とともにその町の図書館、更に記録を刻んだ石碑や古い像などを異端として破壊しているとも聞いています」
「そんなことを聖セルム教会が推奨しているのですか?」
「そういうわけではないようですが、残念ながら支持する人間も多いようで、この町でも苦慮しているのですよ」
それはどう考えても相手に『異端』のレッテルを貼って、それを口実に戦争を仕掛けて略奪しているようにしか見えません。
だけどそういう『原理主義』を掲げた連中は『自分たちこそが唯一絶対の正義』だと勘違いしているから始末に負えない。
建前はどうあれ現実にはあれこれと理屈を唱えて周囲と折り合いをつけようとしていた、フレストルあたりに比べても圧倒的にタチが悪いな。
「この町は確かに交易で栄えてはきましたが、定住者が多いわけでもなく、兵士も少ないですからね。もし攻められたらと思うとゾッとします」
ここでさらにサリゾールの顔は暗くなる。おいおい。これでは心労で倒れてしまいかねないな。
もし残念ながらほとんどのRPGでは『精神の異常状態』の解除は出来ても、心労についてはどうしようもなく、それについてはオレも同様である。
「このところ領主様のご一族も健康が思わしくないようで、このリバージョインの寺院にお姿を見せる事も殆どありません。これが何かの凶兆の証ではないかと不安なのです」
これは確かに危うすぎる。なるだけ早くこの石版から情報を引き出して、とっととこの街を出て行くしかないな。
などというオレの見込みが ―― いつものように ―― 甘すぎる事はすぐに思い知らされる事になるのだった。
サリゾールにいろいろと教えてもらってから数日、オレはリバージョインの町に逗留しつつひとまず資料として残されている古書や写本を見ていた。
信徒でもないのにオレに付き合ってくれるサリゾールには感謝に堪えない。
ただサリゾールはオレに歴史の話をするときは嬉しげな表情を浮かべるが、それ以外ではいつも心労に押しつぶされかねない様子で、他人事ながらオレの方が心配になってくるよ。
そして調べたところでは『街を救った黄金の乙女』について、ここが一神教に帰依するまでは伝承として語られており、街の神への信仰の一部となっていたらしいが、今では少なくとも崇拝の対象とはなっておらず、単なる『昔ばなし』の一つ程度の扱いらしい。
当然ながら古書程度ではオレの役に立つ情報など存在せず、やっぱり千年前の石版を読まないと、肝心な事はつかめないようだ。
そのあたりはサリゾールに対して『石版の記述を写し取りたい』とでも頼んでみるしかないのだろう。
時間はかかるかだろうし、またサリゾールは大丈夫だと請け負ってくれたが、やはり地下墓地には何か棲んでいるかもしれないのであんまりやりたくはないのだが、ここは他に選択肢などないのだ。
だがそんな事に悩んでいられる日々は、そうは続かなかった。
その日の朝、オレが逗留している宿を出たところで、周囲の商人達が活気だっているというよりは『殺気だっている』事に気がついた。
まさか? 不吉な予感と共にオレは荷物を降ろして休憩している人足に話しかけてみる。
「あのう。なんでこんなに皆さん急いでいるんですか?」
「うるせえ。こっちは疲れているんだ。ガキは下がってろ!」
けんもほろろに断られ、オレが少々落胆してその場を離れようとしたところで呼び止める声があった。
「おい。そこの坊主。ひとり旅なのか? 巡礼かい?」
振り向くと別の人足が荷物に腰を下ろしつつ、こっちに深刻そうな顔をして話しかけてきた。
「ええ……まあ……そんなところです」
一般人も比較的裕福な生活をしている西方だが、それでもオレぐらいの年齢でひとり旅をしている人間は珍しい。
聖地の巡礼というのが一番、ありふれた結論であるのは間違いない。
「気の毒だがお前さん。随分と間の悪い時にこの街に来てしまったな。早いところ逃げられたらいいんだけど……」
「いったい何かあったんですか?」
「なあに。よくあることさ」
やや深刻そうだが、どこかあきらめのこもった声を聞いてオレは少しばかり安心する。
何かトラブルはあったらしいが『よくあること』で済まされる程度なら大した事でもないと思ったからだ。
しかしそれただ単にオレがまだこの世界になれていなかっただけだった。
「ただ単にいくさになっただけだ」
「はあ?」
オレはあまりにあっさりと言い切られた言葉に思わずあっけに取られた。
それからたっぷり数秒の間、オレは硬直していたが、どうにか意識が現実に追いついたところで勢い込んで問いかける。
「ど、どういうことなんですか?」
「だから言っただろ。いくさなんだって。お陰でこちとら荷物をまとめて逃げ出そうとしているんだよ」
ちょっと人足さん。当たり前のように言わないで下さいよ。
戦争なんでしょう?!
「どうして戦争になったんですか?」
「そんなの俺たちが知るわけ無いだろ。そういうのはお上が決めるこった」
ああ。そうだった。
この世界では一般市民は戦争に巻き込まれ、戦禍に逃げ惑う事はあるけど、戦争そのものについては何ら関与できない。
全てはお貴族様と神様の思し召しでしかないのである。
「それに昨日まで、何の話も聞いてませんよ」
「当たり前だろ。俺たちだって今朝、聞いたばかりだ。何でも近くに軍勢が来ているのが見つかったそうだ」
ああそうか。
元の世界では戦争になりそうだというだけで、マスコミがかぎつけて大々的に報じるからイヤでもそれを思い知らされるけど、殆どの人間にとって情報が人の足と口でもたらされるこの世界では一般市民は、現在進行形でそんな情報をそうそう得られないんだな。
やっぱり元の世界の感覚が残っているオレは、そんなところでまだまだついていけないという事か。
それに元の世界でも一般市民は実際に戦争になるまで、そんな事になるとは思っておらず、そのために戦渦に巻き込まれてひどい目に遭ったなんて話もしばしば聞く話だ。
当然、こっちの世界ではそういう人間はもっと多いだろう。
このリバージョインでも殆どの人間は戦争が起きるとは思っていなかった様子だし、もっと言えば今でもこの街が攻め滅ぼされるとまでは考えていないようだ。
あとサリゾールは戦争の危機について知らなかったのだろうか?
そんな事は無いだろう。オレには直接伝えなかったけど、たぶん大ざっぱな情報は得ていた可能性が高い。
だからこそここ数日、あんなに悩んでいたのだろう。
しかし確証もなく、部外者にそんな話を口に出来ないので苦しんでいたのかもしれないな。
いつでもこの街から逃げ出せるオレとしては、たとえ隠されていたとしても、むしろ街の司祭として最後まで留まらざるを得ないサリゾールに同情してしまうよ。
もしも出来る事があれば、微力でも助けになってあげたいなどと思ってしまうのはオレの思い上がりかもしれない。
しかし気がつくと、オレの足はリバージョインの寺院に向かってしまっていたのだった。
「もしよろしければ、その当時の記録があれば読ませてもらえませんか?」
「ここ数十年程度のものならお見せしても構いませんが、さすがにそこまで古い記録となると、そうそう簡単にはいきません」
当たり前だよな。そこまで古ければ立派な文化遺産だし、いかに保存状態がよくとも紙だってボロボロだろう。
「確かに部外者が簡単に触れるモノで無いことは分りますけど、そこをどうにか――」
「いえ。別に部外者に見せてはならないわけではないのですよ」
「え? いいんですか?」
「ただし……あなたが見ても理解出来るかどうか……」
「どういうことですか」
「あちらをご覧なさい」
そういってサリゾールが指し示したのは、過去の司祭達の墓とおぼしきものの横に並べられ、びっちりと文字が刻み込まれた石版だった。
「当時の記録はこれらに彫り込んであるのです」
そういうことかい!
千年前ともなると、紙は普及していなくて記録は石版に刻んで残していたというわけか。
当然ながら持ち運ぶどころか、ホコリを払い、ちゃんと読めるように掃除するだけでも一苦労だろう。
しかもこれらには索引もなければ、目次もなく、順番に並べられている保証もない。
オマケに数百年もの間に渡って作られ続けたらしく、ぱっと見で大きさもまちまちだし、割れていたり欠けていたりするのも多そうだ。
これは『賢者系』の魔法も使えるオレでもちゃんと調べるのは、骨が折れる作業だろう。
仕方ない。手間はかかるけど一つ一つ調べていくしかないか。
そう思って手を伸ばしたところで、サリゾールが横合いから怪訝そうに口を挟んでくる。
「失礼ながら……この石版があなたに読めるのですか?」
「あ……それは……」
オレは少しばかり口ごもる。
そりゃまあ今のオレの姿は『十代半ばの男装した異邦人の小娘』だからな。そんな古い石版を読めると思う方がどうかしている ―― 本来の男子高校生の姿でもそれは一緒だが。
ここはオレの魔法について教えるべきだろうか。
いや。それはどう考えてもマズい。
下手に『聖セルム教団』の教えにない能力を明かせば、やっぱりこの西方では警戒される危険性がある。
サリゾールはガチガチに凝り固まった人間というわけではないようだが、それでも差し迫った必要がないところで、他人に魔法の能力を見せるのは慎重になるべきだろう。
「すみません。こんな大事なものに部外者が軽々しく触るべきではないですね」
「そうです。貴重なものですから――」
サリゾールはどこかつらそうな表情を浮かべている。
「どうされたんですか?」
「実は……いえ。なんでもありません。あなたはお気になさらずに」
そんな事を言われたら、むしろあからさまに気になりますよ!
「出来ればお教え下さいませんか。ひょっとしたら微力でも何か出来るかもしれません」
オレの質問に対しサリゾールは小さく肩を落としてつぶやく。
「最近になって聖セルム教団の方から一部ですが、このような記録を破棄しろという声がありましてね」
「はあ? なんですかそれ?!」
「この石版には聖セルム教がこの地で広まる以前の神話についての記載もありましてね。この町や河の聖者を『神』としてたたえる文もあるのです。それがどうにもお気に召さないらしいのです」
そんなことで千年以上前から伝えられる歴史を記載した石版を破棄しろだと?
冗談も休み休み言ってくれ。
こんな貴重な文化遺産はまさに『人類の宝』だぞ。
せめて『カリオ○トロの城』でも見て、ル○ン三世を見習いやがれ! などと内心で罵ってみても仕方ない。
二一世紀の世界でも一部の狂信的な一神教徒が文化遺産を破壊する話を聞いた事があるが、ここではもっと大規模に行われていそうだな。
「しかもこのところ、あちこちの村や町を『異端の教えを奉じている』として、襲撃している軍勢がいるそうです」
「ええ? それは本当なのですか?!」
「残念ながら……しかも彼らは『聖戦』を唱え、その上で町を攻め落とすと、略奪とともにその町の図書館、更に記録を刻んだ石碑や古い像などを異端として破壊しているとも聞いています」
「そんなことを聖セルム教会が推奨しているのですか?」
「そういうわけではないようですが、残念ながら支持する人間も多いようで、この町でも苦慮しているのですよ」
それはどう考えても相手に『異端』のレッテルを貼って、それを口実に戦争を仕掛けて略奪しているようにしか見えません。
だけどそういう『原理主義』を掲げた連中は『自分たちこそが唯一絶対の正義』だと勘違いしているから始末に負えない。
建前はどうあれ現実にはあれこれと理屈を唱えて周囲と折り合いをつけようとしていた、フレストルあたりに比べても圧倒的にタチが悪いな。
「この町は確かに交易で栄えてはきましたが、定住者が多いわけでもなく、兵士も少ないですからね。もし攻められたらと思うとゾッとします」
ここでさらにサリゾールの顔は暗くなる。おいおい。これでは心労で倒れてしまいかねないな。
もし残念ながらほとんどのRPGでは『精神の異常状態』の解除は出来ても、心労についてはどうしようもなく、それについてはオレも同様である。
「このところ領主様のご一族も健康が思わしくないようで、このリバージョインの寺院にお姿を見せる事も殆どありません。これが何かの凶兆の証ではないかと不安なのです」
これは確かに危うすぎる。なるだけ早くこの石版から情報を引き出して、とっととこの街を出て行くしかないな。
などというオレの見込みが ―― いつものように ―― 甘すぎる事はすぐに思い知らされる事になるのだった。
サリゾールにいろいろと教えてもらってから数日、オレはリバージョインの町に逗留しつつひとまず資料として残されている古書や写本を見ていた。
信徒でもないのにオレに付き合ってくれるサリゾールには感謝に堪えない。
ただサリゾールはオレに歴史の話をするときは嬉しげな表情を浮かべるが、それ以外ではいつも心労に押しつぶされかねない様子で、他人事ながらオレの方が心配になってくるよ。
そして調べたところでは『街を救った黄金の乙女』について、ここが一神教に帰依するまでは伝承として語られており、街の神への信仰の一部となっていたらしいが、今では少なくとも崇拝の対象とはなっておらず、単なる『昔ばなし』の一つ程度の扱いらしい。
当然ながら古書程度ではオレの役に立つ情報など存在せず、やっぱり千年前の石版を読まないと、肝心な事はつかめないようだ。
そのあたりはサリゾールに対して『石版の記述を写し取りたい』とでも頼んでみるしかないのだろう。
時間はかかるかだろうし、またサリゾールは大丈夫だと請け負ってくれたが、やはり地下墓地には何か棲んでいるかもしれないのであんまりやりたくはないのだが、ここは他に選択肢などないのだ。
だがそんな事に悩んでいられる日々は、そうは続かなかった。
その日の朝、オレが逗留している宿を出たところで、周囲の商人達が活気だっているというよりは『殺気だっている』事に気がついた。
まさか? 不吉な予感と共にオレは荷物を降ろして休憩している人足に話しかけてみる。
「あのう。なんでこんなに皆さん急いでいるんですか?」
「うるせえ。こっちは疲れているんだ。ガキは下がってろ!」
けんもほろろに断られ、オレが少々落胆してその場を離れようとしたところで呼び止める声があった。
「おい。そこの坊主。ひとり旅なのか? 巡礼かい?」
振り向くと別の人足が荷物に腰を下ろしつつ、こっちに深刻そうな顔をして話しかけてきた。
「ええ……まあ……そんなところです」
一般人も比較的裕福な生活をしている西方だが、それでもオレぐらいの年齢でひとり旅をしている人間は珍しい。
聖地の巡礼というのが一番、ありふれた結論であるのは間違いない。
「気の毒だがお前さん。随分と間の悪い時にこの街に来てしまったな。早いところ逃げられたらいいんだけど……」
「いったい何かあったんですか?」
「なあに。よくあることさ」
やや深刻そうだが、どこかあきらめのこもった声を聞いてオレは少しばかり安心する。
何かトラブルはあったらしいが『よくあること』で済まされる程度なら大した事でもないと思ったからだ。
しかしそれただ単にオレがまだこの世界になれていなかっただけだった。
「ただ単にいくさになっただけだ」
「はあ?」
オレはあまりにあっさりと言い切られた言葉に思わずあっけに取られた。
それからたっぷり数秒の間、オレは硬直していたが、どうにか意識が現実に追いついたところで勢い込んで問いかける。
「ど、どういうことなんですか?」
「だから言っただろ。いくさなんだって。お陰でこちとら荷物をまとめて逃げ出そうとしているんだよ」
ちょっと人足さん。当たり前のように言わないで下さいよ。
戦争なんでしょう?!
「どうして戦争になったんですか?」
「そんなの俺たちが知るわけ無いだろ。そういうのはお上が決めるこった」
ああ。そうだった。
この世界では一般市民は戦争に巻き込まれ、戦禍に逃げ惑う事はあるけど、戦争そのものについては何ら関与できない。
全てはお貴族様と神様の思し召しでしかないのである。
「それに昨日まで、何の話も聞いてませんよ」
「当たり前だろ。俺たちだって今朝、聞いたばかりだ。何でも近くに軍勢が来ているのが見つかったそうだ」
ああそうか。
元の世界では戦争になりそうだというだけで、マスコミがかぎつけて大々的に報じるからイヤでもそれを思い知らされるけど、殆どの人間にとって情報が人の足と口でもたらされるこの世界では一般市民は、現在進行形でそんな情報をそうそう得られないんだな。
やっぱり元の世界の感覚が残っているオレは、そんなところでまだまだついていけないという事か。
それに元の世界でも一般市民は実際に戦争になるまで、そんな事になるとは思っておらず、そのために戦渦に巻き込まれてひどい目に遭ったなんて話もしばしば聞く話だ。
当然、こっちの世界ではそういう人間はもっと多いだろう。
このリバージョインでも殆どの人間は戦争が起きるとは思っていなかった様子だし、もっと言えば今でもこの街が攻め滅ぼされるとまでは考えていないようだ。
あとサリゾールは戦争の危機について知らなかったのだろうか?
そんな事は無いだろう。オレには直接伝えなかったけど、たぶん大ざっぱな情報は得ていた可能性が高い。
だからこそここ数日、あんなに悩んでいたのだろう。
しかし確証もなく、部外者にそんな話を口に出来ないので苦しんでいたのかもしれないな。
いつでもこの街から逃げ出せるオレとしては、たとえ隠されていたとしても、むしろ街の司祭として最後まで留まらざるを得ないサリゾールに同情してしまうよ。
もしも出来る事があれば、微力でも助けになってあげたいなどと思ってしまうのはオレの思い上がりかもしれない。
しかし気がつくと、オレの足はリバージョインの寺院に向かってしまっていたのだった。
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