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第7章 西方・リバージョイン編

第107話 歴史を求めてまた新たな町に

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 オレは『第五階級』の連中から別れた後で、ひとまず穏便に旅を続けていた。
 兵隊達とやらかしたとは言えど、オレの本当の姿にまでは気付かれていないはずだし、さっさと逃げ出したから手配がオレに追いつくこともないだろう。
 ちょっとばかり脇道にそれてしまったけど、今のオレが目指しているのは西方で一番の大河であるジャニューブ河を下ることだ。
 その河口部には世界最大の都市の一つだというライバンスがある。

 そこは人口数十万人という巨大都市であり、大陸有数の図書館が存在し、貴重な古書が何万冊も保管されているらしい。
 もちろん部外者がそうそう簡単に古書を見せてもらえるわけではないだろうが、そこは金でどうにかするしかないだろう。
 大都市なら今オレが手にしているダイヤモンドをさばいて換金出来るかもしれないし、出来る事はいろいろとあるに違いない。

 そういうわけなのでオレはライバンスに向かうために、ジャニューブ河における交通の拠点であるリバージョインの町に来ていた。
 まあ魔法で移動力を強化出来るオレとしては、河を下るよりも走った方がずっと早いのだけど、こういうところで情報を収集しておかないと何が起きるか分ったもんじゃないからな。

 リバージョインは大河と支流が合流する狭い場所に築かれているので、町の規模そのものはさほど大きいわけでもなく、定住者はせいぜい数千人というところだ。
 しかしそれゆえに古くから河川交通の要衝として交易で栄えていたというから、古い資料だって残っているかもしれない。
 とにかく最近、女性化が進んでいることを自覚させられているオレにしてみれば、何らかの手がかりが欲しい状況なのである。
 街に入ってみると中々に活気があるというか、一歩間違うと殺気が漂っているような気もするが、交易の拠点ともなるといろいろとあるのだろう。
 ただし相変わらずひとり旅のため男装しているオレとしては、見つかって『異端』扱いされるのは困るので、なるだけ人目を惹かないようにこっそりと行動するしかない。

 そしてそこでオレはひとまず裕福そうな商会を幾つか出入りして、持っている『ダイヤモンドの原石』をどうにか金にかえられないか試してみた
 オレの場合、交渉の拘束力を高める魔法である|『誓言』(オース)が使えるので、少なくとも相手が正当だと思う価格を提示させる事が出来る。
 だから価値の分る商人ならば一個でも莫大な値段をつけてくれるのではないか、そんな夢を見ながらオレはあちこちの商会の門を叩いてみたのだ。
 しかしその結果は見事なまでに大外れだった。
 この世界では原石のダイヤモンドなど二束三文でしかない事をオレはすぐに思い知らされたのだ。

 オレのうろ覚えの記憶によると、元の世界でダイヤモンドが宝石としての価値を認められるようになったのは銃や火薬が普及するだけの技術が得られた後の事で、それでも一六世紀の有名な宝石商によるとルビーの八分の一の価格だったらしい。
 つまり突出した科学技術を持つ『第五階級』の連中以外にとって、オレが持っているダイヤモンドは『ただの硬い石ころ』でしかないのだ。
 これなら金塊の一つだけでも前払いしてもらっていた方が、どれだけよかったか。
 いや。まだあきらめるのは早い。
 このリバージョインでは価値を認められないだけで、他の都市に行ったらまだマシな価格で引き取ってもらえるかもしれない。

 だいたいオレがこの街に留まっている本当の目的はダイヤモンドを金に換えることでも、加工してもらうことでもない。
 交易で古くから栄えていたという、この街の古い記録を見せてもらうことだ。
 そうすれば人間だった頃はこのあたりで『癒やしの聖女』として活動していたという、女神イロールの手がかりが得られるかもしれない。

 そしてオレがこれまで調べたところでは、この世界における街の記録は一般に『街の守護神=西方では守護聖者』を祀った寺院に保管してある事が殆どのようだ。
 もちろん通りすがりの旅人、しかも十代半ばの子供がいきなりそんな古い記録を見せてくれと頼んだところ簡単に応じてくれるとは思えない。
 ダイヤモンドを換金出来れば、それをお布施して見せてもらう方策もあったのだが、それが挫折してしまった以上、別の方策を考えねばならないだろう。

 そんなわけでオレは『リバージョイン』を祀る寺院に足を踏み入れていた。
 この街では西方の唯一神である『唯一なるもの』とこの街の守護聖者である『リバージョイン』そして河の守護聖者である『ジャニューブ』が崇拝されている。

 オレに目には『守護聖者』というのは精霊崇拝か地方神の崇拝とさして違わないのだが、唯一神の崇拝地域ではそれらを神とするわけにはいかないので『守護聖者』という呼び方で、宗教上の問題をごまかしているということらしい。
 実際に神様が実在して、それに対する崇拝が信徒の利益に直結しかねない、この世界における『神様の生き残り策』ということなんだろう。

「おや。いらっしゃい。何か御用でしょうか?」

 年齢的には初老に達した、人の良さそうな司祭らしき人物が、寺院に入って周囲をきょろきょろ見ていたオレに対して笑顔で話しかけてくる。
 交易都市だけあって、見知らぬ相手にも愛想はいいようだ。

「実は歴史に興味がありまして……お手数ですけど、この街の古い資料を見せていただけないでしょうか?」

 こんな事をいきなり頼み込んだところで、貴重な資料をはいそうですかと見せてくれるとはとても思えないけど、ここは何もしないで済ませるわけにはいかないのだ。
 そして司祭はオレの頼みに対して血相を変える。

「何ですって? あなたがこの街の歴史資料を?!」

 見ず知らずの人間が、歴史資料を見せろと頼むのは、そんなに驚くほど非常識な事なんだろうか。
 だがここで初老の司祭はいきなり感激した様子でその手を広げる。

「そんなに若いのに、何と立派な心がけでしょう! 分りました。是非ともこちらに来なさい!」
「え?」
「うう……最近の若い者は私がこの街の歴史を語って聞かせようとしても『そんな古い話は自分たちには関係ない』とまともに聞こうともしません。是非ともあなたの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぐらいです」

 こっちの眼前で司祭様は勝手に涙ぐんでいる。
 どうやらこの人は、街の歴史に興味を持ってくれる人間をむしろ待ち望んでいたらしい。

「それはどうもありがとうございます……」

 オレはむしろ自分にとって都合のよい展開だったにも関わらず、やや困惑して感激している司祭に相対していた。
 過去の経験から順調に物事が進んでいるかのように思える時には、必ずロクでもない事に巻き込まれてきたからだ。
 そしてその予感はやっぱり外れる事はなかったのである。



 初老の司祭は笑顔でオレを案内しつつひとまず自己紹介を行う。

「私の名前はサリゾールと言います。旅のお方、あなたは?」

 ここでオレはちょっと名乗るのを躊躇する。しかしそこでサリゾールは安心させるように答える。

「男装なさっておられるのは、長旅のためですか?」
「ええ……まあ……」
「あまり大声では言えませんが、この街は東方からこられた異教徒の交易商も大勢逗留されていますから、そのような装いでも目くじらを立てる者はそう多くありませんよ」

 サリゾールの言う『多くない』という表現は、言い換えると少数ながら存在しているということだろう。
 しかしいまこの場では問題ないと考えていいようだ。

「わたしのことはアルタシャと呼んで下さい」
「分りました。確か……東方ではよく知られている名前ですね」
「え?」

 今までオレの偽名を聞いて『変った名前』だと評価されたことはあるが『よく知られている』と言われた事は無かった。
 まあここは今まで活動してきた大陸中部よりかなり離れているから、サリゾールには誤った情報が入っているのかもしれない。

「さあここですよ」

 サリゾールが鍵を開けて、オレを案内したのはいわゆる『薄暗くカビ臭い地下室』そのものであった。
 一見すると|地下墓地(カタコンベ)だと言われても真に受けてしまいそうだ。

「ここは歴代の司祭が葬られている場所でしてね。それと共に彼らの残した記録も一緒に保管されているのですよ」

 そのまんまだったのかよ!
 そう考えると結構、不気味に見えてくるな。
 何しろこの世界ではアンデッドだっているわけで、いきなりここに安置されている遺体が起き上がって攻撃してきたりする可能性だって否定出来ないのだ。

「大丈夫ですよ。ここに葬られたものの魂は全て我らがリバージョインの御許にありますから」

 どうやらサリゾールはこの地下墓地について、部外者が恐怖心を抱く事は重々承知しているらしい。

「それでこの街の歴史ですが――」

 うわあ。これは『話せば長くなる』のは確定だな。
 ここまでタダで案内してもらっている以上、断るわけにはいかないけど、オレが知りたいのはもっとピンポイントでの情報なんです。
 しかしひょっとすると千年前にイロールが活動していた時期の情報もあるかもしれないのでここは真面目に聞くとしよう。

「このリバージョインの街の起こりは千二百年前にまで遡ります」

 それはいくら何でも遡りすぎです。
 そしてサリゾールは街の名前や支配者の変遷について、まるで歌っているかのようにスラスラと滑らかに説明を始める。
 もちろんそんなのオレには何の興味も無いのだが、ここで拒否して資料を見せてもらえなくなったら、元も子もないのでここはひとまず付き合うしかなかった。

 当然と言うべきか、街の起こりに関する伝承はかなり長いもので、オレはちょっとばかりうんざりせざるを得なかった。
 実際、元の世界でもオレは自分の住んでいた街の歴史なんて興味なかったし、ましてや他の街の設立時の話など本当にどうでもいいことだったからな。
 表向きは神妙な表情でサリゾールの説明を聞き流していたオレだったが、少しばかり眠くなり始めたところで、思わぬものを耳にして一気に神経が覚醒する。

「そして千年前ですが、ひとつの大事件が起こります」
「それはなんですか?!」

 千年前と言えばイロールが『癒やしの聖女』として西方で活動していた時期だ。オレは興奮を禁じ得ず、ついつい叫んでしまった。

「ほう。そこまで関心を持って下さるとは、私としてもうれしいですよ」

 ええい。もったいぶらずに話を進めてくれ!

「当時からすでにこの町は周辺の交易の拠点となっていたのですが、その富を狙って蛮族の軍勢が攻め込んできたのです」

 なんだ。よくある話じゃないか。
 それで蹂躙されて略奪の限りを尽くされようと、はたまたどうにか撃退して勝利に沸いたにしろ、千年も前の事だったら今では『歴史の一コマ』でしかないのは明らかだ。
 だがオレが落胆するのはまだ早かった。

「蛮族の猛攻の前に、多数の犠牲を出し、今まさに城門が破られようとしたそのときでした『黄金に輝く乙女』がこの街に降りたち人々を勇気づけ、それによってこの町は救われたそうです」
「ええ?! それは本当なんですか?」
「もちろんですとも。紛れもない我らの歴史ですよ」

 サリゾールは自信満々に請け負ってくれた。
 オレは思わず興奮するが、それがイロールかもしれないが、ひょっとするとまるで別の存在なのかもしれない。
 ここはひとまず確認せねばなるまい。

「その『黄金に輝く乙女』というのは何者だったんです?」
「それは『神の使徒』たる聖者といわれていますが、なにぶんにも昔の話なのと、少しばかり難しいところが……」

 ああそうか。たぶんその『乙女』の使った力が一神教徒の魔法とは違うのだな。
 下手に話を広めると異端だの何だのいちゃもんをつけられかねないので、あんまり大っぴらに出来ないわけだ。
 しかしそれならなおさらのこと、詳しく調べねばならない。
 そう思って身を乗り出すが、サリゾールは少しばかり厳しい表情を浮かべていたのだった。
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