異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第7章 西方・リバージョイン編

第133話 市長達との会談 ―― その裏にあったもの

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 しばらく後、大理石方陣連隊はオレを引き連れて市民の歓呼の声と共に、リバージョインの街に入った。
 たぶんオレを抜きに街に入ったら、たとえ傭兵団を殲滅したとしても、ある程度は警戒されるのが間違いなかっただろうからオレを利用したというわけか。
 そしてオレは有無を言うことも出来ずに、カリルとボル・イールと一緒にリバージョインの中央部、市庁舎にして街の守護聖者リバージョインの寺院へと向かわされる。
 市民達の声援を背に受けて市庁舎に入ると、オレ達は貴賓室に案内された。

「あのう……カリルさん。ここでいったい何をするのですか」

 そりゃまあ指揮官のボル・イールが市長と今後の事について話をするのは当然だろうけど、なぜその席にオレやカリルまで一緒になる必要があるんだ?

「ご心配なく。アルタシャさんはただ黙ってそこに座っておられたら十分ですから」

 恐らくカリルは嘘はついていないだろう。
 だが間違いなく全てを話しているわけでもないはずだ。
 そんな事を考えていると、扉が開き初老の男性が二人入ってきた。

「よくおいで下さいました。私が市長のミリロスです」
「主任司祭のクシアスです」

 どうやらこの二人がリバージョインの政治と宗教のツートップらしい。

「この街を救っていただき、感謝の言葉もありません」
「本当にありがとうございました。皆様に『唯一なるもの』の祝福のあらんことを」

 ミリロスとクシアスの二人は揃って丁重に礼を述べる。
 確かにこの街が傭兵団から救われて二人とも安堵し、感謝しているのは分るのだが、それと共にどうもこちらに対して警戒心を抱いている雰囲気が感じられた。
 そしてボル・イールも前に出て市長と主任司祭に相対する。

「いえいえ。お気になさらず。我らも使命を果たしただけに過ぎません」
「それで経費についてなのですが――」

 なるほどミリロス達が気にかけていたのは大理石方陣連隊の費用をどれだけふっかけられるかというものだったのか。
 タダで精鋭部隊が動くはずが無いから、その心配は当然だろう。

「ご心配なく。経費は不要です。もちろん食料などの必要物資は調達させてもらいますが、ちゃんと対価を払わせていただきます」
「いえ。そんなわけには参りません」

 あれ? ミリロスの態度はむしろ『金を受け取って欲しい』という空気が感じられるぞ。
 どういうことだ?

「ですから金は不要です。何しろ我らがはこれからこのリバージョインに駐屯して、あのような不埒者が再び出る事がないようにしますからね」
「「!!」」

 このときミリロスとクシアスの二人の顔に揃って浮かび上がった表情、それはボル・イールの言葉が『予想した通り』だった事を示していた。

 ここで市長のミリロスは血相を変えてボル・イールにくってかかる。

「お待ち下さい。いくら何でもこの街では大理石方陣連隊の皆様を――」
「もちろんこのリバージョインだけで我ら千人を超える連隊を全て駐屯させるわけではありません。このジャニューブ河にそって点在する各都市に百人づつ駐屯させていただく手はずとなっておりますから」
「なんですと?」

 ええ? 大理石方陣連隊はこの街どころか、今までオレ達が巡ってきた街にそれぞれ駐屯するつもりなの?

「そういうわけなので、このリバージョインに駐屯するのは私と後は百人だけです。もちろん経費はこちらで持ちますのでご心配なく」
「しかしそれでは我らはよくても市民の反発が……」
「大丈夫ですよ。我らがここに来たのも『黄金の乙女』が引き起こした奇跡だと市民の皆様は喜んでおられますからね」

 この言葉を聞いたところでミリロスとクシアスは揃ってオレを見て、そこで『してやられた』と言わんばかりの表情を浮かべる。

 そうか。そういうことだったのか。
 カリルがあそこまでオレを『美しき偶像』として持ち上げるように仕組んだのは、ただ単に『傭兵団に対する囮』として使うだけじゃない。
 この地域の町々に大理石方陣連隊の部隊を駐屯させる時に、その反発を抑えるために利用するつもりだったからなんだ。
 いきなり軍勢がやってきて駐屯すると言えば、反発を招くだろうけど、この地域で尊崇されている『美しき偶像』を盾にすればそれが小さくなる。
 そういう計算だったに違いない。

「よろしいですね?」
「……分りました」

 市長は力なく同意しつつ椅子に腰掛ける。
 やはり『街を守るためには受け入れざるを得ない』という意識もあったのだろう。
 しかし主任司祭のクシアスは引き下がらなかった。

「お待ち下さい! いくら何でもそのような事は受け入れられません!」

 あれ? 法王庁直属の部隊が駐屯するなら、この街における聖セルム教の力は増すだろうに、どうしてクシアスが反対しているんだ?

「この街における信仰や信徒の扱いは我らに一任されているはずですぞ」
「もちろんですとも。我らとてあなたの領分を侵すような真似はいたしません」
「そんな事を鵜呑みに出来ると思っているのですか」

 なるほど。要するにクシアスは大理石方陣連隊が駐屯することで、この街の宗教トップの地位が脅かされる事を心配しているんだ。
 確かにあの連隊をこの街に駐屯させた上で、中央から代わりの主任司祭が送り込まれてきたら自分の地位が危ないだろうからな。
 気持ちは分るけど、あんたはこの街を守るのに力が足りなかったんだから、自分の地位を優先させる態度は正直言って好感は持てないよ。

「もしも無理強いすると言われるなら、こちらにも考えがありますぞ」
「おや~ どうなされるおつもりなんですか?」

 ここでどういうわけかカリルが割って入る。
 少しばかり、というよりかなり場違いなカリルの態度に、クシアスは明らかな憤慨した様子を見せる。

「査察官だかなんだか知らんが。小娘は下がっておれ! どうしてもと言うなら、今からこの街の信徒に訴えて、お前達をたたき出すぞ!」
「それはおやめになったほうがいいですよ~ なぜなら――」

 ここでカリルのブロウブロウ輝く眉が一瞬だがクシアスを包み込むように光を放つ。
 そんな風にオレには見えていた。


 カリルに対してクシアスは噛みつかんばかりに勢いだったが、そのブロウブロウ輝く眉で見据えられてひるむ様子を見せる。
 そしてそこでカリルはどういうわけか、クシアスの首を抱えて、愛しげに頬ずりをする。

 はあ? あんた何しているの?

 そんな事をして何の意味があるのか、とオレや市長のミリロスが困惑している中で、クシアスはまるで凍り付いたかのように動きを止めていた。
 しばしの後、カリルは抱きかかえていたクシアスを離し、そしていつもと全く変わらぬ笑顔を注ぎ込む。

「クシアスさんもご了承いただけたようで何よりです。本当に嬉しいですわ」

 ええ? どういうこと?
 カリルの色気に迷ったわけじゃあるまいし、何がどうなってるの?
 まさかカリルが何か魔法を使ったのか?!

「わ、分りました……」

 オレは了承の言葉をかろうじて絞り出したクシアスを見て、思わず背筋が寒くなった。
 このときのクシアスの顔は怒りと恥辱で土気色になり、その唇をかみしめていたのだ。
 これは『魔法』なんて生やさしいものじゃない。もっと『生々しい』ものだ。

 まるで何か弱みを握られて、それで言うことを聞かされているような ―― ああ?! そういうことか!

 今までカリル達に付き合ってきたオレには思い当たる節があった。
 これまでカリル達が寺院の宝物庫だの何だのあさっていながら、それについて何も手を打ってなかったように見えたのはこういうことだったんだ!

 あれは中央から送り込まれた部隊を駐屯させる時に、反発するであろう地元の司祭達の弱みを握るのが目的だったのだろう。
 カリルは否定していたけど、ひょっとすると傭兵団が『聖戦』を騙るのを黙認した上で、略奪の上前をはねていた司祭だっていたかもしれない。
 だけどそれをすぐに公にしたところで、現地の別の司祭が後釜に座るだけ。
 だからその弱みを後で文句を言わせないために利用するつもりだったんだ。

 さすがに傭兵団の略奪までは仕組んだわけじゃないだろう。
 しかしそれを利用してこの地域に対する中央の統制を強めるのが、カリル達『暁の使徒』に与えられた本当の任務なのだ。
 そしてオレが偶像とされたのはそれを隠すためであり、また地元民の尊崇をオレに集めさせて反感を弱めるためだったのだろう。
 全てカリルの ―― いや。カリルを送り込んだ連中の思惑通りということなのか?

 しばしの後、駐屯を無理矢理に呑ませた大理石方陣連隊の面々が市長達と具体的な話を詰めている間、オレとカリルは別室で待つこととなった。
 そしてカリルはオレに問いかけてくる。

「どうやらわたくしたちの行ってきた事についてお気づきになったようですね」
「まあ……だいたいのところはね」
「今のことをアルタシャさんはどう思われましたか?」
「仕方ないこと……なんでしょう」

 この返答に対しカリルは少々意外そうな表情を浮かべる。

「おや。あなただったらてっきりお怒りになると思っていたのですけど」

 確かにオレとしても文句を言いたい事は多々あるよ。
 だけどカリル達のやっていることを否定出来ない自分がいたんだ。
 そしてここでオレはついつい『日本』の事を口にしていた。

「わたしの祖国では、おのおのの都市が自衛のために武装して、民兵を招集し戦うなんてあり得ないんです」
「おや。アルタシャさんがご自身の事を語ったのは初めてですよね」
「まあ……そうですね……」

 考えて見ればカリル達にとってはオレの方がよっぽど『謎だらけ』の存在だったはずだ。

「嬉しいですわ。ようやくわたくしに少しは心を許して下さったんですね」

 やっぱりあんたオレが心を許してないと分ってたんじゃないか!
 首輪なんか無理矢理はめられているんだから当たり前だけどな。
 だがカリルはそんな事など気にもとめていない様子で、興味深そうに寄ってくる。

「それであなたの祖国では都市が武装しないとしたら、いったい誰がいざというときに市民を守るんです?」
「わたしの国ではもう何十年も都市が外敵から攻撃された事なんて無いんです。だからそんな心配をする人間がほとんどいません」

 オレの返答を受けてカリルのそのブロウブロウ輝く眉が僅かながら驚きに上がる。

「もちろん万一に備えて国が ―― もっというなら国だけが ―― 軍隊を持っていますよ。いざという時はそれで守ります」

 まあ厳密に言うと『自衛隊』だけどそこをわざわざ説明する意味は無いだろう。

「それと同じで、いざというときにこの街の人達が民兵として戦うよりも、大理石方陣連隊のような正規の兵士達が戦った方がいいと思います」

 リバージョインの最初の戦いで、民兵に多数の犠牲が出るのを目の当たりにしていなかったら、ひょっとするとオレの意見も変わっていたかもしれない。
 だが普段はロクに訓練もしておらず、素人同然の人間に武器を配って戦わせる事の悲惨さをオレは見てしまった。
 しかもその時はオレが魔法で助力した結果かろうじて勝っただけだ。

 だが大理石方陣連隊はその傭兵団を簡単に蹴散らせた。
 それを見れば彼らが駐屯した方がこの街の人達にとってもいいという結論にならざるをえない。

 もちろん代償はある。
 彼らの駐屯を受け入れた事で確実にこの街の『自治』は犠牲になるだろう。
 もっと言えばこのリバージョインに留まらずジャニューブ河沿いの街はより大きな権力に呑み込まれていくに違いない。
 それはオレとしてもあんまり気分のいいものではないのだが、同時にそれを無碍に否定も出来ないところもあった。
 なぜなら二一世紀の人間としてそれが『歴史の流れ』だとオレは知っている ―― 知ってしまっている ―― からだ。
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