異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第7章 西方・リバージョイン編

第135話 やっぱり「宗教家」というものは……

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 ひょっとしたら『あの世』を垣間見るどころか直行かもしれない、などと覚悟を固めて回復魔法を使ったところ、そこで展開した光景はその思惑とは大違いのものだった。

「団長! 大丈夫ですか!」
「す、すげえ……一瞬で団長の傷が――」

 あれ? 確かにちょっとばかり抵抗は感じたんだけど、それでもオレには何のペナルティもなく、もちろん首が吹き飛ぶ事も無く、ついさきほどまで瀕死だったタティウスが回復しているぞ。

「タティウス!」

 カリルは回復させたオレの事など目に入っていない様子でこっちの体を押しのけると、涙を浮かべてタティウスの体にしがみついていた。
 まあそんなことはどうでもいい。
 このときのオレは安堵、困惑、そして怒りのまぜこぜとなった状態で首輪に向けて問いかける。

「ケノビウスさん……」
『今回は首が吹き飛ばなくてよかったな』
「そういう話ではないでしょうが! 騙しましたね!」

 最初にオレがこの首輪に魔法を封じられたときは、その直前に何十人もの重傷者を治療し、更に数百人の民兵・兵士達を戦争に駆り立てる|【士気高揚】の魔法を使った後だったので魔力がかなり減少していた。
 それ故にオレの魔法が封じられていたが、魔力が全快している状況であればこの『悔悛の首輪』の枷をぶっちぎる事は出来たのだ。
 しかしケノビウスはそこで『首が吹っ飛ぶ』とウソをついて、オレにそれをさせないようにしていたということか。

 普段、放し飼いにされている犬をときどきヒモでつなぐことをしていると、犬は『ヒモをつけられたら動けなくなる』と学習してしまう。
 そうなるとその犬は、ただどこにもつないでいないヒモを首につけられただけで動かなくなってしまうというが、さっきまでのオレもさしずめそんなところだったのだろう。

『そう怒るな。そなたの悔悛を優先させた結果として、吾も少しばかり誇張した話をしたに過ぎん』

 くそう。やっぱりコイツも生きていた時は宗教家だけあって、ご都合主義な開き直りに長けていやがる。
 今は首輪の癖に!
 オレの魔力を抑えきれないので『首が吹き飛ぶ』なんてウソをついて、こちらの行動を封じておきながら何が『少しばかり誇張』だ。
 そのハッタリのためにこっちがどれだけ気に病んだか。あんたはたぶん分っていてやったんだろけどな。

『それに吾からそなたは数多くの魔法を学んだであろう。それを考えれば我らが一緒になっていたのはそう悪い事でも無かったはずだ』

 都合のよすぎる言いぐさに、いますぐにでもこの首輪にダイヤモンドの原石をこすりつけて削ってやりたい衝動に駆られる。
 実際、ケノビウスから魔法を学べた事はそれなりに将来の役に立つとは思うけど、収支は圧倒的に赤字だろう。
 しかし今は復讐していられる状況では無い。

「ふう。死ぬかと思ったぞ」

 ここで傷が治ったタティウスが意識を取り戻して起き上がったのだ。
 本来ならば感動的な場面のはずなのだが、タティウスはどちらかと言えば困惑した様子で傍らのカリルに対して問いかけた。

「あの……総長……どうされました?」
「え……その……」

 カリルはその充血し、涙に染まったブロウブロウ輝く眉を恥ずかしげに隠そうとする。
 もうオレはもちろん周囲の連中にもカリルの真意はバレバレだけど、そこで敢えてツッコミを入れるのは野暮というものだ。
 しかし今まで何をやってもその底を見せなかったカリルが、こんな形でも真意をさらけ出してしまうとは。
 何というか実にありがちな展開だが、まあこの二人の幸せぐらいは祈っておこう。
 今まで受けた仕打ちは少しどころで無く腹に据えかねるところであるが、今さら蒸し返すのは勘弁しておいてやろう。

 そんなわけでしばしの後、凶行に出たクシアスは連行されていった。
 実際にどうなるかは知らないけど、彼の地位が『おしまい』なのは確実だろう。
 あのまま現状を受け入れていれば、中央からの干渉は増えただろうけど、本人はまだ地位を維持出来たはずなのに、追い詰められて ―― 少なくとも本人はそう思い込んで ―― 暴発してしまったのだな。
 カリルもこれに懲りて、少しは人付き合いのやり方を改めて欲しいものだ。
 もっとも彼女の場合、自分がそれを下手なのが分っているからこそ、オレを偶像にしたはずなので、その反省から『後ろで糸を引く』のを徹底させるようになるかもしれないな。
 
 そして『暁の使徒』たちと言えば――

「あのう総長――」
「いえ……何でも無いですわ」

 カリルとタティウスはお互いに僅かに言葉をかけては、どうしていいのか分らないと言わんばかりのギクシャクした会話を続けている。
 なんだよ。今までの『夫婦漫才』の勢いはどこにいった?
 その『幼なじみの相手を異性として初めて意識した中学生』のごとき態度はなんなんだ。
 見ているこっちの方が恥ずかしくなってくるぞ!

 まあ何だ。たぶんクシアスがいなかったら、この二人はいつまでも今までの関係を続けていただろうからそういう意味ではあの暴挙にもそれなりの意義があったということか。
 つくづく世の中とは分らないもんだな。
 そんなわけでそれから数日を経て、このリバージョインでの後始末も終わり、オレとカリル達『暁の使徒』との別れの日がやってきた。


 別れの朝、オレはカリル達に出会った時とほぼ同じ旅装束の男装をしていた。
 まだ首輪はつけられたままだが、オレも少しは気分が和らいだ状況だ。
 あの『セクハラ用ドレス』はもう二度と袖を通したくは無いぞ。

「それではお別れですわね~ 名残惜しいですわ~」
「総長もいつまで同じ事を言っているのですか」

 表面的にはタティウスとカリルの態度は今までと変わらない。だけどどこかお互いの空気が和らいでいる気がしないでもない。
 まあ長年の付き合いなんだから、いきなり進展はしないかもしれないが、とりあえずこの二人には幸せになったもらいたいところである。
 少なくともそうすれば『カリルの犠牲』になる人間は確実に減るだろう。

「団長はもうオレ達の前だからってカタブツを貫く必要はないんですよ」
「貴様はただ単に自分たちの規律が緩めばいいと思っているだけだろうが!」

 相変わらずトラートとタティウスも仲がいい。

「俺は何だったら彼女とずっと一緒に旅を――」
「お前は自分の使命を果たせ! それとも死命に果てた方がいいのか!」
「ぐがぁ……」

 トラートは顔を赤面させたタティウスに締め上げられ、しばらくジタバタしていたが、そこで何かをつかもうと腕を突き上げた状態で力尽きる。
 それだけ見るとまるで『宗教画』のごとき光景だな。
 しかしあんたらほのぼのしているみたいだけど、やっている事は『中央の統制強化のために各地の自主性を奪っていく』というものだ。
 もちろんオレはそれを単純に否定は出来ないが、喜んで支持するわけでもない。
 正直に言えば、傍観者でいれば何も気にしなかっただろう。
 しかしそれに関わらされてしまった身である以上は、やっぱり今後の事は気にせざるを得ない。
 もっともオレに出来る事など、せめてこのリバージョインをはじめこの川沿いの町々が最大限の利益を得ることが出来るように祈るのがせいぜいだけどな。

 それにも関わらず、どういうわけかこのリバージョインをはじめ、この河沿いの各都市や村々では何でも『黄金の乙女』に捧げられた礼拝所がもうけられているとか。
 もちろんその殆どは粗末なもので『黄金の乙女』に対して一応の敬意を示すだけのものだが、それでも自分の正体を知っている身としては猛烈に恥ずかしいぞ。
 しかしひょっとすると数百年前にリバージョインを救った聖女も、今のオレと同様に民衆の偶像として持ち上げられただけの存在かもしれない。
 ついついそんな事を考えてしまうのは、ここしばらくのオレがあらゆるところがウソと偽りで塗り固められていたからだろう。


「それでは約束通り、その『悔悛の首輪』は外させてもらいますわ~」

 カリルに首輪をはめられた時も唐突だったが、外すときも何ら儀式や呪文など必要なく、ごく簡単にできるらしい。
 いよいよ自由になれる ―― そんな待望の瞬間だがカリルが手を伸ばしたとき、オレの脳裏にまたしてもケノビウスの声が響く。

『ホンの少しだけでかまわん。最後に会話をさせてもらえぬか?』
「まあいいでしょう」

 オレにとってもケノビウスとの別れに少しばかりは惜しい気もある。しかし日常生活を全て首輪に覗かれ続けるのはどうにも気恥ずかしい。

「すみませんが。ちょっとばかり時間をくれますか?」
「あら~ やっぱりその首輪をつけたままの方が――」
「そういう話じゃありませんから!」

 この反応は予想通りだったが、それでもついついオレは叫んでしまった。
 そしてオレはケノビウスとの最後の会話をする事となる。

『そなたともとうとうお別れか。確かに吾にとっても残念極まりないことだ。もうそなたの魔力を封じるような真似をせぬから、これからも一緒に暮らさないか?』
「なんでそんなにこっちにこだわるんですか?」
『吾も元は男だったからな。そういうことだ』

 ぐがあ。まさか首輪になっても『男のサガ』から逃れていないのかよ!

『冗談だ。既に吾にはそういう欲望など全く残っておらん』

 どこまで本当なんだか。
 つくづくこいつは信頼出来ないな。
 それを考えるとこのケノビウスから解放されるだけでありがたいと言うべきだ。
 しかしそれでも確認しておきたい事はある。

「こっちからもひとつだけ聞いていいですか?」
『何だね』
「預言者、聖セルムについてですよ」
『……』

 ケノビウスはわずかに間をとった。それはたぶんオレのこれから行うであろう質問についての見当がついたので、少しばかり思案したのだろう。

「聖セルムは確かに偉大な人だったのでしょう。しかしそれはあくまでも周囲の人たちが彼を必死で持ち上げたからではないでしょうか?」
『つまり先日までのそなたと同じだと言いたいのか?』
「まさか。そんなことは考えてもいませんよ」

 オレだってそこまで思い上がってはいない。
 ちょっとばかり『他人の演出』で持てはやされて、そんなに簡単に大宗教の預言者と同等になったと考えられるほど、オレが楽天的だったらもうとっくに『女神』になっているだろうよ。

「もちろん聖セルムはわたしと違って、ただ流され利用されるだけでなく、いろいろと努力し、人々の心をつかんだのでしょうね。もちろん神の力ではなく、本人と仲間の力で」
『そなたはそう思うのか』
「もちろんですよ」

 元の世界における大宗教の開祖は、完全無欠の偉大な存在であるように描かれる事も多いが、実際にはどの人も『悩み、苦しみ、あがいた人間』だったのではないだろうか。
 世が世なら、いや、二一世紀でも口にする相手次第では命を奪われかねない『暴言』になりかねないけど、神様が実在して信徒に魔法を与えているこの世界でも同じだと思う。
 それはオレが女の身にされようが、女神だの何だと崇敬されようが ―― むしろそれだからこそ、その確信は深まるばかりだ。
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