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第8章 ライバンス・魔法学院編
第149話 『名も無きもの』と人のサガ
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オレとガランディアはホン・イールの部屋のところまで戻ったが、見たところまだあのマッドな教授は帰ってきていないようだ。
ただあの人は俺とガランディアをくっつけたがっていた様子だから、ひょっとすると『後は若い人に任せて』などと勝手に仕組んでいるのかもしれないな。
しかしホン・イールはこの部屋に高価な書籍を多数収めているにも関わらず、扉に鍵もかけていないとは何とも不用心だな。
いや。何らかの盗難防止用の魔法でも仕掛けてあるかもしれない。
そう考えると迂闊に目の前にある本を読むことも出来ないのは少々もどかしい。
まあ別に切羽詰まっているわけでもないので、ここの主人の許可無く本を読むつもりは無いけれどね ―― 下手にそんな真似をしたらそれを恩に着せられて何を要求されるか分ったもんじゃないからな。
それはともかく、ここではいち生徒に過ぎないガランディアでも離れたところで使われたオレの魔法を察知する事が出来るのなら、同様の事が出来る人間が他にいても何の不思議も無い。
これだけ大きな学校の中で、知り合いのホンの数人だけが特別でオレの事情に通じているなんて事は中二病なフィクションの中でしかないのだ。
つまりオレを狙っているヤツがいれば、こちらの魔力を察知して何かを仕掛けてくるのは間違いない。
そんな事を考えていると、ガランディアの方から話しかけてくる。
「少し君の事について聞いていいかな? さっき僕は君が『黄金の乙女』ではないと言ったけど、本当はどうなんだい?」
「こちらの事情については、少なくともあなたに対して話す理由はないと思いますけど。まさか包み隠さず何でも話せと言うのではないでしょうね」
そりゃまあガランディアにはオレの『包み隠したところ』まで見られてしまった関係だけど、それでも隠し事ぐらいあって当たり前だろう。
「そこまでは言わないよ。だけど君の事についてもっと知りたいんだよ」
「なぜですか?」
「君が何に怒るか知っておかないと、また悶絶させられるかもしれないからね」
オレが股間を蹴り上げた事を言っているなら、それはお前が人の秘めたところをつくセクハラ発言したからだろうが!
「ご、ごめん……今の発言は忘れて欲しい」
オレの剣呑な視線を受けて、ガランディアは少しばかり赤面しつつ頭を下げた。
まあ正直に言えばオレはコイツに対して特に怒っているわけでもない。
やはり元男としてその気持ちは分るからな。
「正直に言って君の事が心配なんだ」
悪いけど今のオレにとっては、むしろガランディアの方が心配だよ。
さっきの精霊だって別に滅ぼしたわけじゃなく、元の世界に追い返しただけだからな。
もちそんそう簡単に異界の精霊を呼び戻せるものではないはずだけど、時間をかければまたやってきてもおかしくはない。
そうなれば次はガランディアを巻き込みかねないじゃないか。
「さきほど君が魔法を使ったのは、ひょっとしたら異様な精霊に襲われたからなんじゃないのかい?」
「ええ?!」
やっぱり気付いていたのか。
「いったい何に襲われたのか、僕に教えてくれないかな? 君の力になれる……いや。なりたいと思っているんだ」
見る限りガランディアの目は真剣だ。
なるほどね。危険は承知の上でオレのために身を張ろうとするつもりか。
たぶんアニーラやスビーリーの心を奪ったのもそれだろう。
何ともお約束なハーレムものの主人公らしい行動だとは言えるだろう。
オレとしてはガランディアが巻き込まれる心配はあるが、とりあえずは知っている限りの事を聞くとしよう。
「それでガランディアさんは、こっちを襲った相手が何ものの手先なのか、見当ぐらいついているんでしょうね」
「え? 僕はそれについて何も言っていなかったと思うけど……」
「さっき『名の無きもの』についての考えが四つあると言っていましたけど、すぐに三つと言いかえましたね?」
「あ……ああ……その通りだよ」
「ガランディアさんがいま思い浮かべたのは、その四つ目なんじゃないんですか?」
オレのこの指摘にガランディアの目は大きく見開かれる。
「そいつらはたぶん『名の無きもの』を積極的に崇拝して、可能性を尊ぶ聖セルム教団と対立している相手なんでしょう。だからあなたもそれを口にしたくなかった、というところではないですか?」
これを聞いてガランディアはどこか観念した様子でかぶりを振る。
「驚いたよ。あれだけの話でよくそこまで見当がつくものだね」
いや。そんなのはお約束のパターンそのものですから。
「確かに悲しいけど『名の無きもの』を仮想の存在とは思わず、むしろ積極的に崇拝してその力を得ようとする者達も少数ながら存在しているんだ。彼らは『名の無きもの』の意志は世界の破壊にあると信じている」
この場合、次に来る話も予想がつくな。
「それで彼らは今の世界が破壊された後で、新たな世界が創造されて、自分たちがその新世界の支配者になれると考えているんですか?」
「ああ……そういう連中も中にはいるらしいね」
え? 違うの?
「そこまで荒唐無稽で大げさな事を唱えても、信奉する相手はごく一部だよ」
言われてみればその通りだ。
元の世界でも『世界は終わる』云々の破滅的思想を唱える勢力もあったけど、実際に世界は終わらないわけだから、いつまでもそれでは通用しないよな。
そういう破滅的思想が高じて、自分たちで最終戦争を引き起こそうとして暴走し、ただの下劣な殺人集団になってしまったり、集団自殺するなどとんでもない集団もあったと聞いた事がある。
「この学園でこっそり活動しているのは《名の無きもの》の力を引き出し、それによって新たな魔法を開発しようとする派閥だよ。それによって何を実現しようとしているかは、人それぞれらしいけどね」
なるほど。聖セルム教徒の殆どは《唯一なるもの》の意志が『可能性を解き放つこと』だと信じているけど、そこから開発されている魔法は実にさまざまだ。
ならば『可能性を否定し、世界を破壊する』という意志を持った存在を力の源として研究に取り組んでも、そこから何を望むのかもまたさまざまだろう。
魔法の研究者でも自分の研究が長年に渡って行き詰まっていたら、その問題を克服するためにそういった存在に手を伸ばす事があっても不思議では無い。
これもまた『人間の習性』ということか。だからと言って自分が狙われた理由がそれだったとしたら、こっちが納得するはずがないけどな。
ガランディアと会話した『名の無きもの』の信奉者の事はあくまでもこっちの想像に過ぎないけど、いずれにしてもオレが何ものかに狙われているのは間違いない。
目当てなのがオレの魔力なのか、神の力を宿したこの身なのか、他に何か目当てがあるのかはハッキリしないけど、それを考えても仕方あるまい。
結局、どこにいてもオレの境遇は変らないということだ。
もっともそれを認識したとしてもオレがまるで驚きもしないのは、今までこんな事がしょっちゅうだったからだろう。
あと襲撃してきた精霊を簡単に退けたのと、またガランディアとその周囲の方がよっぽどオレにとっては面倒な相手だということも大きいな。
何よりここを出て行ったとしても、行く当てがあるわけでもないし、オマケに聖女教会の追っ手もオレを探し求めているわけで外でもあまり状況が変るわけでもない。
そんなわけで当面はここで厄介になりつつ、ここの図書館をあさらせてもらうのが今のところはもっとも賢明な道だろう。
オレがそんな事を考えていると、いつの間にかガランディアが深刻そうにオレの顔をのぞき込んでいた。
「改めて一つ聞いていいかな?」
「なんですか」
「ひょっとしたら……君はここから出て行くつもりなのかい」
「え? 何ですって?」
「さっき精霊に襲われたのだろう? しかもその相手が今でも君を狙っているのは確実なんだ。そんな危険なところに留まるつもりだというのかい」
ああそうか。ガランディアの視点からすれば今のオレは『正体不明な相手に狙われている小娘』なわけだ。
ガランディアもこっちの魔力については知っていて、簡単に倒されるとは思っていないとしても、ここに特別な縁もゆかりも無いオレが狙われている事を承知であえて留まるとは思えなくて当然だな。
「いえ。まだしばらくはお世話になるつもりですよ」
「そんな危険を承知でやらねばならない使命があるのかい?」
「すみませんけど、それもお話は出来ません」
ウソをついてもいいけど、下手にツッコミを入れられるとボロが出かねないからな。
ここは敢えて突き放しておくべきだろう。下手に気をもませるような事をしたら、余計にしゃしゃり出て来そうな気もするしな。
「そうか……そこまでするとなるとなにか大事な要件でもあるのだろうな……」
あれ。何か勝手に勘違いしているのか?
まあガランディアの立場から見ると、オレは超絶美少女な上に、人並み外れた魔力を有していて、自分の教授とは何か縁が深そうで、しかも精霊の襲撃を軽く追い払い、狙われているにもかかわらず敢えてここに留まろうとしているわけだ。
確かにここまで来ると、オレが何か重大な使命をもってここにやってきたと思って当たり前だな。
しかも困った事にコイツの師であるホン・イールもオレが『本物の女神になるため』にここで知識を得ようとしているのではないかと疑っているのだから、むしろその誤解を余計に加速させかねない相手である。
もしガランディアが下手に相談でもしようものなら、どんなとんでもない事を吹き込むか分ったものではない。
いつものことだけどつくづくオレには頼れる味方なんていないんだな。
「分ったよ。人に言えない事なら仕方ない。だけど困った事があったらいつでも相談して欲しい」
「ならば一つだけ聞いていいですか?」
「もちろんいいよ。僕の知っている事なら何だって答えよう」
「それならホン・イール教授がお留守ですけど、ここにある蔵書を手に取ると何かあるんでしょうか?」
この質問にガランディアは少しばかり拍子抜けした様子を見せる。
あいにくだけどオレは別にガランディアを当てにはしていないんだよ。
「この部屋は合い言葉抜きに本や書類を持ち出そうとしたり、損壊しようとしたりすると精霊が出てきて警告し、それに従わないと攻撃されるんだよ。たぶん教授の大半が同様の防犯対策をとっているんじゃないかな」
なるほど。部屋の中で本や書類を手にしただけなら、問題はないわけか。
まあこの部屋は教え子が来ることもよくあるだろうから、本に触れただけで警報が出るのは困るだろうからな。
そういうことならちょっとばかり探らせてもらおう。
オレはここで【書物探査】の魔法をかける。これは効果範囲の中で望む知識のある本を探り出す魔法だ。
もちろん詳しい内容までが分かるわけではないが、それでも一冊ずつ調べるのに比べれば遙かに楽になる。
それで確認したところではやっぱりオレの望んでいた【性転換魔法】についての記録はここにはないようだ。
それは仕方が無い。ホン・イールはどう見てもそんな事を研究している様子はなかったからな。
あと聖セルム教の支配地域では性による差別は比較的小さいが、その一方で性の区別はかなり厳格だ。
その手の魔法を大っぴらに研究するのは『異端』扱いされかねないだろうし、実際に今までも出会った事が無い。
しかしその一方でオレにとって興味深い資料が幾つかある事が感じ取れた。
それはイロールについての記録であり、彼女が女神になる前、この西方で活動していた事について調査したものであるらしい。
むう。これはちゃんと中身を確認せねばなるまいな。
オレがそんな事を考えていると、ドアが開いてホン・イールが姿を見せる。
その顔にはどこか嬉しげで、そして何かとんでもない誤解が含まれているような、オレにとっての不安をかき立てるようなところがあった。
ただあの人は俺とガランディアをくっつけたがっていた様子だから、ひょっとすると『後は若い人に任せて』などと勝手に仕組んでいるのかもしれないな。
しかしホン・イールはこの部屋に高価な書籍を多数収めているにも関わらず、扉に鍵もかけていないとは何とも不用心だな。
いや。何らかの盗難防止用の魔法でも仕掛けてあるかもしれない。
そう考えると迂闊に目の前にある本を読むことも出来ないのは少々もどかしい。
まあ別に切羽詰まっているわけでもないので、ここの主人の許可無く本を読むつもりは無いけれどね ―― 下手にそんな真似をしたらそれを恩に着せられて何を要求されるか分ったもんじゃないからな。
それはともかく、ここではいち生徒に過ぎないガランディアでも離れたところで使われたオレの魔法を察知する事が出来るのなら、同様の事が出来る人間が他にいても何の不思議も無い。
これだけ大きな学校の中で、知り合いのホンの数人だけが特別でオレの事情に通じているなんて事は中二病なフィクションの中でしかないのだ。
つまりオレを狙っているヤツがいれば、こちらの魔力を察知して何かを仕掛けてくるのは間違いない。
そんな事を考えていると、ガランディアの方から話しかけてくる。
「少し君の事について聞いていいかな? さっき僕は君が『黄金の乙女』ではないと言ったけど、本当はどうなんだい?」
「こちらの事情については、少なくともあなたに対して話す理由はないと思いますけど。まさか包み隠さず何でも話せと言うのではないでしょうね」
そりゃまあガランディアにはオレの『包み隠したところ』まで見られてしまった関係だけど、それでも隠し事ぐらいあって当たり前だろう。
「そこまでは言わないよ。だけど君の事についてもっと知りたいんだよ」
「なぜですか?」
「君が何に怒るか知っておかないと、また悶絶させられるかもしれないからね」
オレが股間を蹴り上げた事を言っているなら、それはお前が人の秘めたところをつくセクハラ発言したからだろうが!
「ご、ごめん……今の発言は忘れて欲しい」
オレの剣呑な視線を受けて、ガランディアは少しばかり赤面しつつ頭を下げた。
まあ正直に言えばオレはコイツに対して特に怒っているわけでもない。
やはり元男としてその気持ちは分るからな。
「正直に言って君の事が心配なんだ」
悪いけど今のオレにとっては、むしろガランディアの方が心配だよ。
さっきの精霊だって別に滅ぼしたわけじゃなく、元の世界に追い返しただけだからな。
もちそんそう簡単に異界の精霊を呼び戻せるものではないはずだけど、時間をかければまたやってきてもおかしくはない。
そうなれば次はガランディアを巻き込みかねないじゃないか。
「さきほど君が魔法を使ったのは、ひょっとしたら異様な精霊に襲われたからなんじゃないのかい?」
「ええ?!」
やっぱり気付いていたのか。
「いったい何に襲われたのか、僕に教えてくれないかな? 君の力になれる……いや。なりたいと思っているんだ」
見る限りガランディアの目は真剣だ。
なるほどね。危険は承知の上でオレのために身を張ろうとするつもりか。
たぶんアニーラやスビーリーの心を奪ったのもそれだろう。
何ともお約束なハーレムものの主人公らしい行動だとは言えるだろう。
オレとしてはガランディアが巻き込まれる心配はあるが、とりあえずは知っている限りの事を聞くとしよう。
「それでガランディアさんは、こっちを襲った相手が何ものの手先なのか、見当ぐらいついているんでしょうね」
「え? 僕はそれについて何も言っていなかったと思うけど……」
「さっき『名の無きもの』についての考えが四つあると言っていましたけど、すぐに三つと言いかえましたね?」
「あ……ああ……その通りだよ」
「ガランディアさんがいま思い浮かべたのは、その四つ目なんじゃないんですか?」
オレのこの指摘にガランディアの目は大きく見開かれる。
「そいつらはたぶん『名の無きもの』を積極的に崇拝して、可能性を尊ぶ聖セルム教団と対立している相手なんでしょう。だからあなたもそれを口にしたくなかった、というところではないですか?」
これを聞いてガランディアはどこか観念した様子でかぶりを振る。
「驚いたよ。あれだけの話でよくそこまで見当がつくものだね」
いや。そんなのはお約束のパターンそのものですから。
「確かに悲しいけど『名の無きもの』を仮想の存在とは思わず、むしろ積極的に崇拝してその力を得ようとする者達も少数ながら存在しているんだ。彼らは『名の無きもの』の意志は世界の破壊にあると信じている」
この場合、次に来る話も予想がつくな。
「それで彼らは今の世界が破壊された後で、新たな世界が創造されて、自分たちがその新世界の支配者になれると考えているんですか?」
「ああ……そういう連中も中にはいるらしいね」
え? 違うの?
「そこまで荒唐無稽で大げさな事を唱えても、信奉する相手はごく一部だよ」
言われてみればその通りだ。
元の世界でも『世界は終わる』云々の破滅的思想を唱える勢力もあったけど、実際に世界は終わらないわけだから、いつまでもそれでは通用しないよな。
そういう破滅的思想が高じて、自分たちで最終戦争を引き起こそうとして暴走し、ただの下劣な殺人集団になってしまったり、集団自殺するなどとんでもない集団もあったと聞いた事がある。
「この学園でこっそり活動しているのは《名の無きもの》の力を引き出し、それによって新たな魔法を開発しようとする派閥だよ。それによって何を実現しようとしているかは、人それぞれらしいけどね」
なるほど。聖セルム教徒の殆どは《唯一なるもの》の意志が『可能性を解き放つこと』だと信じているけど、そこから開発されている魔法は実にさまざまだ。
ならば『可能性を否定し、世界を破壊する』という意志を持った存在を力の源として研究に取り組んでも、そこから何を望むのかもまたさまざまだろう。
魔法の研究者でも自分の研究が長年に渡って行き詰まっていたら、その問題を克服するためにそういった存在に手を伸ばす事があっても不思議では無い。
これもまた『人間の習性』ということか。だからと言って自分が狙われた理由がそれだったとしたら、こっちが納得するはずがないけどな。
ガランディアと会話した『名の無きもの』の信奉者の事はあくまでもこっちの想像に過ぎないけど、いずれにしてもオレが何ものかに狙われているのは間違いない。
目当てなのがオレの魔力なのか、神の力を宿したこの身なのか、他に何か目当てがあるのかはハッキリしないけど、それを考えても仕方あるまい。
結局、どこにいてもオレの境遇は変らないということだ。
もっともそれを認識したとしてもオレがまるで驚きもしないのは、今までこんな事がしょっちゅうだったからだろう。
あと襲撃してきた精霊を簡単に退けたのと、またガランディアとその周囲の方がよっぽどオレにとっては面倒な相手だということも大きいな。
何よりここを出て行ったとしても、行く当てがあるわけでもないし、オマケに聖女教会の追っ手もオレを探し求めているわけで外でもあまり状況が変るわけでもない。
そんなわけで当面はここで厄介になりつつ、ここの図書館をあさらせてもらうのが今のところはもっとも賢明な道だろう。
オレがそんな事を考えていると、いつの間にかガランディアが深刻そうにオレの顔をのぞき込んでいた。
「改めて一つ聞いていいかな?」
「なんですか」
「ひょっとしたら……君はここから出て行くつもりなのかい」
「え? 何ですって?」
「さっき精霊に襲われたのだろう? しかもその相手が今でも君を狙っているのは確実なんだ。そんな危険なところに留まるつもりだというのかい」
ああそうか。ガランディアの視点からすれば今のオレは『正体不明な相手に狙われている小娘』なわけだ。
ガランディアもこっちの魔力については知っていて、簡単に倒されるとは思っていないとしても、ここに特別な縁もゆかりも無いオレが狙われている事を承知であえて留まるとは思えなくて当然だな。
「いえ。まだしばらくはお世話になるつもりですよ」
「そんな危険を承知でやらねばならない使命があるのかい?」
「すみませんけど、それもお話は出来ません」
ウソをついてもいいけど、下手にツッコミを入れられるとボロが出かねないからな。
ここは敢えて突き放しておくべきだろう。下手に気をもませるような事をしたら、余計にしゃしゃり出て来そうな気もするしな。
「そうか……そこまでするとなるとなにか大事な要件でもあるのだろうな……」
あれ。何か勝手に勘違いしているのか?
まあガランディアの立場から見ると、オレは超絶美少女な上に、人並み外れた魔力を有していて、自分の教授とは何か縁が深そうで、しかも精霊の襲撃を軽く追い払い、狙われているにもかかわらず敢えてここに留まろうとしているわけだ。
確かにここまで来ると、オレが何か重大な使命をもってここにやってきたと思って当たり前だな。
しかも困った事にコイツの師であるホン・イールもオレが『本物の女神になるため』にここで知識を得ようとしているのではないかと疑っているのだから、むしろその誤解を余計に加速させかねない相手である。
もしガランディアが下手に相談でもしようものなら、どんなとんでもない事を吹き込むか分ったものではない。
いつものことだけどつくづくオレには頼れる味方なんていないんだな。
「分ったよ。人に言えない事なら仕方ない。だけど困った事があったらいつでも相談して欲しい」
「ならば一つだけ聞いていいですか?」
「もちろんいいよ。僕の知っている事なら何だって答えよう」
「それならホン・イール教授がお留守ですけど、ここにある蔵書を手に取ると何かあるんでしょうか?」
この質問にガランディアは少しばかり拍子抜けした様子を見せる。
あいにくだけどオレは別にガランディアを当てにはしていないんだよ。
「この部屋は合い言葉抜きに本や書類を持ち出そうとしたり、損壊しようとしたりすると精霊が出てきて警告し、それに従わないと攻撃されるんだよ。たぶん教授の大半が同様の防犯対策をとっているんじゃないかな」
なるほど。部屋の中で本や書類を手にしただけなら、問題はないわけか。
まあこの部屋は教え子が来ることもよくあるだろうから、本に触れただけで警報が出るのは困るだろうからな。
そういうことならちょっとばかり探らせてもらおう。
オレはここで【書物探査】の魔法をかける。これは効果範囲の中で望む知識のある本を探り出す魔法だ。
もちろん詳しい内容までが分かるわけではないが、それでも一冊ずつ調べるのに比べれば遙かに楽になる。
それで確認したところではやっぱりオレの望んでいた【性転換魔法】についての記録はここにはないようだ。
それは仕方が無い。ホン・イールはどう見てもそんな事を研究している様子はなかったからな。
あと聖セルム教の支配地域では性による差別は比較的小さいが、その一方で性の区別はかなり厳格だ。
その手の魔法を大っぴらに研究するのは『異端』扱いされかねないだろうし、実際に今までも出会った事が無い。
しかしその一方でオレにとって興味深い資料が幾つかある事が感じ取れた。
それはイロールについての記録であり、彼女が女神になる前、この西方で活動していた事について調査したものであるらしい。
むう。これはちゃんと中身を確認せねばなるまいな。
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