異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第8章 ライバンス・魔法学院編

第156話 女神と一神教のややこしい関わりの話

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 スビーリーとアニーラの二人から思わぬ糾弾を受けて、少々どころでなくオレは返答に窮していた。
 大陸の中央部から西の果てであるこのライバンスまで旅してきて『ちょっと調べ物に来ました』などと口にするのは、元の世界の感覚だと『別の星からUFOに乗ってアキバにオタグッズ買いに来ました』と言うぐらい非常識なものだったのだ。

 確かにこれでは何か裏があると思われても仕方が無い。
 正直に言って、かなりマズい状況だな。
 もちろん話を打ち切って、とっととこの湯船から逃げ出す道もあるが、それだと確実に『重大な何かを隠している』と決めつけられてしまうだろう。
 最初からこの二人とは仲良くなかったのだけど、やっぱり誤解されたままなのは気分がよくないし、後々に悪影響もあるだろう。
 もちろんオレは行く先々で誤解されまくっているんだけど、それでも不本意である事にかわりは無いのだ。
 オレが使える精神操作系魔法は、一時的に気分を落ち着かせたり、戦闘意欲を喪失させたりするところまでは出来るが、残念ながら記憶を消すような真似は不可能だ。
 そんなわけでこの場はどうにか言い逃れるしかない事になる。
 しかしオレが黙り込んでいると、二人は更にかさにかかってきた。

「ひょっとしてあなたがここに来たのは、ガランディアさんの事に関係があるのですか?」
「やはりそうか!」

 おい。なんでいきなりあのスケベ野郎の話になっているんだよ!
 オレがハーレム要員扱いされていることは、とっくの昔から分っていたけど、いくら何でも飛躍が過ぎる。
 あれ? しかしこの話は妙だな。
 ガランディアは千年前の英雄にして背教者ガーランドの末裔という話だったけど、いくら何でも大陸中央部から何千キロも旅して、探し求めるような存在ではないはずだぞ。
 ひょっとしてオレの知らない何かの秘密があるのだろうか?

「ちょっと待って下さい。今の話からすると大陸の半分を横切ってまで、ガランディアさんに関わろうとする何かがあるんですか?」

 この問いかけに対し、二人は少しばかり引いた表情を浮かべ、とげとげしい空気がゆるんだ気がするぞ。
 するとスビーリーがズイとその身を寄せてくる。
 湯船で顔を紅潮させた少女が、その巨乳を半分水面に浮かべて近寄ってくる光景は、もし今のオレが男だったら、血流が頭と下半身に一気に偏ったことだろうな。

「本当になにも知らないんですか?」
「当たり前ですよ。そもそもここに来るまでガランディアさんどころかガーランドの事すら全く知らなかったんですからね」
「それはやっぱり信じられないわ」

 アニーラが今度はスビーリーとは逆の方向にやってきてオレを問い詰めにくる。
 ああ。お風呂で美少女二人に全裸で迫られるとは、男だった頃には想像も出来ない夢のような世界だよ ―― オレ自身が女であり、こんなシチュエーションでもまるで身体も心も反応しなくなっているのは悪夢だけどな。

「なんでアニーラさんはさっきからそんなにとげとげしいのですか? 今の話と何か関係あるんでしょうか?」
「それについてはわたしの方から説明しましょう」

 ここでどういうわけかスビーリーの方が割って入ってくる。

「実は偉大な英雄だったガーランドを誘惑し、堕落させ、多神教に引き込んだのが黄金の髪と青紫の瞳を持つ美しき乙女だったという逸話があります」
「え……それって……まさか?」

 そういえばガーランドが活躍していたとされるのは千年前、そしてイロールが人間だったのもまたほぼ千年前、つまり両者の活動時期はかぶっているんだ。
 ならばその二人に接点があっても不思議じゃ無い。
 いや。ひょっとしたらあの女神は、一神教の開祖である聖セルムについても何か知っているかもしれないぞ。
 この話を知っていたら、さっき会った時に問うことも出来たのに何ともタイミングが悪い話だな。

「そのことからガーランドに道を踏み外させたのがイロールだとする学説も存在するのです」

 それでこっちがガーランドの末裔であるガランディアを誘惑しようとしていると彼女達は勝手に勘違いしているということか。
 そしてオレの容姿から、イロールを崇拝する聖女教会の関係者だと疑うのは何の不思議も無い。
 当たり前だが容姿だけでなく、回復魔法の使い手で、なおかつイロールの情報を求めて数千キロを旅してきたとなれば、無関係だと幾ら主張しても信じてもらえるはずが無い ―― オレが彼女達の立場でも同じだろう。

「しかし……その話はあくまでも伝説でしょう? 幾つもの矛盾した伝説がある中で、そういう解釈も出来るというだけなのではないですか?」

 そしてここでオレの脳裏に一つの可能性が思い浮かんだ。

「一つ聞きますけどジャニューブ河沿いの街々で聖人として崇拝されている『黄金の乙女』もほぼ同時期に活動していたのですよね? 伝えられている容姿も金髪で青紫の瞳ですから共通しています」
「つまり……あなたは『黄金の乙女』が実はイロール自身だったと言うのですか?」
「その可能性はあると思いますけど」

 人間だった時の姿が西方の一神教徒の間で聖者として崇拝され、それから大陸中央部で神として崇拝されているとは何ともややこしい気がするけど、元の世界における世界的宗教の悪魔達も、元は別の宗教の神様だったりするわけだからこの世界でそんな事があっても何の不思議も無い。
 しかしそれを考えると本当にややこしいな。
 たぶんそんな例はイロールだけではないはずだ。
 何しろオレ自身が今では地域によって女神だったり聖者だったりするわけなんだから。


 結局のところ一神教の聖人も多神教の神様も、信者から崇拝を受ける事で、ある程度まで共通しているところがあるのは間違いないようだ。
 オレが知っているところで、たとえると多神教の地域では『街の守護神』なのが一神教の地域では『街の守護聖者』という扱いだけど一見すると両者にはほとんど違いは無い。
 その地域で支配的な信仰に合わせて『守護神』と『守護聖者』を使い分けているだけに過ぎないようにも思えてくるぐらいだ。
 神様も支配的な宗教に合わせて大悪魔になったり、聖者様になったりいろいろと忙しいけど、ある意味でそれが神にしろ信徒にしろ『生き残り策』というものなのだろうか。
 ただ神様として崇拝されている場合、自分の意志を信徒に対して『神託』という形で示す事が多いが、それが聖者になると意志を顕わすことはなくなるらしい。
 これはたぶん神様そのものが変化するのでは無く、信徒の崇める形態が変った結果なんだろうな。
 そんな事を考えているとアニーラがオレを問い詰めにくる。

「それであなたは今の話、つまりイロールが『黄金の乙女』であるかどうかを調べるためにここに来ているのですね!」
「違いますよ! さっき言った通り、その話もまるで知らなかったんですから」

 ひょっとすると彼女達は聖セルム教の聖人が多神教の女神と同一だと唱える事で、聖セルム教を貶めようとしているとか、そんな風に考えているのかもしれない。
 今までオレは幸いにも『異教徒の虐殺』とか『奴隷化』とかそんな場面に出くわした事は一度も無い。
 宗教を盾に略奪するようなロクでもない連中もいたけど、それでもオレ自身がそれを直接目の当りにはせずにすんだ。
 しかしそれはオレがたまたま今まではせいぜい『摩擦』ですんだぐらいで、深刻な宗教対立には接した事がないだけなのだ。
 ライバル関係にある異教に対し、何かの切っ掛けさえあったらその足を引っ張るために行動に出る事は決しておかしくはない。
 神様が実際に御利益を与えてくれるわけでもない、元の世界でも宗教を巡っては熾烈な争いが二一世紀でもあっちこっちで起きていたのだ。
 現実に神様が存在して、信徒に力を与えているこの世界では、宗教対立が火を吹いたら元の世界よりももっと深刻な事にもなりかねない。
 しかしオレは宗教的無節操を自認しているが、それは別に各宗教の美味しいところをつまみ食いしたいのではなく、可能な限り患わされたくないだけなんだよ。
 そう思っても『男に戻る』ためには自分から深入りせざるを得ないのが悲しいところなんだけど。

「あなたは先ほどから『知らない』ばかりですね!」
「だからこそ『知る』ためにここに来たんです。分りませんか?」

 オレもいい加減ウンザリしてきたよ。
 まあ彼女達からすれば、オレは謎が多すぎて、強力な魔法使いで、しかも大陸の中央部から何千キロも旅してやってきて、異教徒の教団と繋がりがありそうな存在だ。
 そしてたぶん『恋敵』でもあるのだろう。
 ここまであれこれと詰め込まれていたら、何を聞いても額面通り受け止められないのは当然かもしれないが、本当にいつもいつもオレは誤解されてばかりだな。
 もっともオレもまた自分が異世界出身で、元男だったりする事を隠しているから、誤解されても仕方ない面もあるのだが、それでも限度はあるよね?

「あなたの話を額面通りに受け止めると、本当に大陸中央からただ知識を得るためにここに来たということになりますね」
「本当にそれだけなんですって。信じられないかもしれませんけど、紛れも無い真実なのですよ」
「もちろんあなたの言うとおり信じられません。何か隠しているとしか思えませんよ」

 アニーラはやっぱり疑っているようだな。しかしここでスビーリーがオレの身体をグッと引っ張る。
 そのために彼女の胸にオレの腕が押しつけられて、男だった時の感覚を思い出す ―― ウソです。男だった時にそんな経験ありません。

「お待ちなさい。確かにわたしも鵜呑みにはしていませんけど、この人はウソをつくのがうまいとも思えません。本当に後ろ暗い意図があるなら、もっとうまい言い訳を考えるでしょう。それに――」
「分っていますよ。一度は助けてもらったのですからね」

 どうやら二人ともここで矛を収めてくれるようだ。
 たぶんオレについての謎はむしろ深まったけど、今この場でどこまでも追求するつもりではないらしい。
 残念ながら女湯は『女が本音を語る場所』とまではいかなかったようだ。
 そんなわけでオレもそろそろ話を打ち切らせてもらいたい。

「十分に身体も温もって綺麗になったことですし、そろそろ上がらせて――」
「お待ちなさい。今晩はこの女子寮に泊まって行きなさいな」
「ええ?! どうしてですか?」

 引き留められてオレはちょっとばかり驚く。

「あなたが一人でいてまた先ほどのような怪物に襲撃されたら困るでしょう?」
「確かにその通りね。何ものかに狙われているのは明らかなのだから」
 
 え? この人達オレを追い出したかったんじゃないの?

「勘違いしないでくれますか。確かにあなたに対して思うところはいろいろとありますけど、危険がある事を承知で放り出すなんて真似はしません」
「あなたが邪な者どもに襲われて喜ぶほど腐ってはいないつもりよ」

 おお。本気なのか。オレを迎え入れたら危険があるのは分っているはずなのに、それでもここに泊まれというのか。
 どうやらオレが彼女達の事を勘違いしていたらしい。
 ここしばらくこんな厚情を受けた事が無かったので、オレはついつい感激してしまった。
 しかしやっぱりこれには裏がある事に、オレはすぐに気付かされる事になるのだが。
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