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第8章 ライバンス・魔法学院編
第184話 残った厄介者は……
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ミツリーンは誇らしげに天を仰いで感嘆の声を挙げる。
「何しろ『女神の化身』に出会えるなど、私のような下級の者では生涯に一度あるかないかです。そのような希少な機会に恵まれてついつい興奮してしまいました」
あれ? ミツリーンの言葉にはどこか違和感があるぞ。
「え? いま何と言いました?」
「はい。イロールの化身を直に目の当たりにするなど、極めて珍しい出来事だと申し上げました」
これはおかしい。確かさっきイロールは『数多の人間を自分の器にしてきた』とオレに伝えてきた。
あの女神の態度や言い方からでは、自分の化身が希少な存在であるという意識はまるで感じられなかった。
もちろん千年のも間、女神をやってきたのだから、その間に器になった人間が大勢いたという意味なのかもしれない。やっぱり神の感覚と人間の感覚は違うと言われれば、そこまでだろう。
だけど殆どの信徒は一生に一度機会があるかないかだとも言っていたけど、その言い方からすれば逆を言えば一度は化身になったことのある信徒は珍しくないと受け取れる。
いくら回復魔法を身につけた聖女が少ないと言っても、聖女教会が君臨する大陸中央部には万単位でいるはずだ。
化身の力はその器となった人間 ―― つまり本当に『神の力を受け入れる器』 ―― 次第らしいので誰もが強大な力を振るえるようになるわけでないのは間違いないが、それにしてもそんなに機会が少ないとはどういうことだろう?
イロールが嘘をついたのか。
いや。オレに対してそんな嘘をついても何の意味もないはずだ。
それではミツリーンがオレを騙そうとしているのか?
しかしいまオレの目の前で、感動に打ち震えているこいつがそんなことを考えているとはちょっと思えない。
それとも正式な聖女教会の信徒では無い、この男が何か誤解しているのか?
この食い違いに何かが引っかかるぞ。
そんな事を考えていると、いつの間にかオレの身長が低くなり、胸も先ほどまでのはち切れんばかりの状態から小さくなってきたようだ。
どうやら『元通り』になってきたらしい ―― そう思った時、やっぱりこの少女の姿を普通に受け入れつつある自分を認識せずにはいられなかった。
いずれにしてもオレの身体が ―― アルタシャを『正常』とするなら ―― 普段通りになったところで、これからどうするか考えるとしよう。
「……」
どうもオレの姿がまた少女に戻った事に対して、周囲の面々は色々と複雑な視線を注いできているようだ。
悪いけどどいつもこいつもこれ以上、オレは付き合うつもりはないからね。
特にガランディアはオレに巻き込まれて、怨霊に乗っ取られてしまったのだから、これに懲りてくれたらいいのだが ―― どう考えてもそんなヤツがハーレム野郎やっていないことはこっちだって分かっている。
そもそもこの学園に来た目的が何も果たされていないのは残念だが、オレに残された選択肢はとっとと逃げ出す以外にはないのだ。
『とりあえずあなたにはいろいろと聞きたい事があるので、しばらくはこの学園に留まって下さいませんかね~』
オレの心を読んだのか、ホン・イールがこちらに話しかけてくる。
「何があったのかについて、あなたは先代から記憶を引き継いでいるのではないのですか?」
そもそもビューゼリアンがこの全ての元凶であり、捕まえたオレの身体をいろいろとまさぐった変態野郎だ。
ホン・イールにもその記憶が引き継がれているはずだから、結構恥ずかしい。
しかしオレのそんな感情に気付いているのかいないのか、ホン・イールは相変わらず間の抜けた口調のままだ。
『それだけでは不足ですわ~ 先代だって欠けている知識を補うためにあなたに協力を要請したわけですからね~』
あのどこが『協力を要請』だ!
まったくどいつもこいつもこの学園の連中は本当に鉄面皮揃いだな。
まあオレもそれにつけ込んで、事態の収集と、自分の身の安全を図ったのだから偉そうな事を言えた義理ではないかもしれないけどな。
もちろん学園の守護精霊となったあんたはそういう人間的な感情は欠落してしまったのかもしれないが、オレにとってはそういうわけにはいかないのだ。
『もしも協力して下さるなら、学園秘蔵の書籍を望むだけ見せて差し上げますわ~ 今のわたしなら造作も無いことですからね~』
うぐう。これは釣られないと言いたいが心が傾く。
結局のところ苦労してこの学園に来たのは、そういった秘蔵の書籍を調べる事で『男に戻る』方策を見いだす事にあったわけだ。
そして一連の出来事でオレの男としての自我がかなりヤバい事になっているのを再認識させられたところでもある。
仕方ない。背に腹は代えられないか。
「それではしばらくはお付き合いさせてもらいます。ただし――」
『分かっていますよわよ~ あなたに無理強いはしませんから、あくまでもこちらの質問に答えてもらえるだけで結構です』
もちろんオレだって相手がビューゼリアンだったら、絶対にこんな言葉を信じたりはしなかっただろう。
しかしホン・イールは絶体絶命だったオレを身を挺して庇ってくれたわけなので、後始末に付き合う事は仕方ないと割り切るしかあるまい。
「分かりました。あくまでも数日間ですけど、ここに留まりましょう」
その場合、当面の邪魔者と言えば――
「おお。元に戻られましたか。それでイロールはいかなる神命を下されましたか?」
オレが深刻な顔をしていると、ミツリーンが声をかけてくる。
たぶんコイツはホン・イールと意志疎通していないので、オレが何かブツブツ呟いているようにしか見えない。
そうなるとこの場合、さっきまでオレに憑いていた女神イロールと何か会話していたと思うのが普通か。
この際だからその誤解は利用させてもらおう。
「すみませんが細かい事は話せません。ただしばらくわたしの事は黙っていてもらえないでしょうか?」
「お言葉ではありますが……」
ミツリーンは明らかに釈然としない様子だ。
そりゃまあコイツが聖女教会から受けているであろう命令は推測するに『オレの事を探し出し、その情報を収集し、そして場合に寄っては連れてくる』事だろうからな。
ぶっちゃけミツリーンは『オレの言うことを聞く義理』はあるかもしれないが『オレの命令を受ける立場』ではない。
ひょっとしたら『腕尽くでも捕らえて連れて帰れ』という命令を受けている可能性だってあるのだ ―― それを行わないのは、たぶんこの異邦の地において、単独行動をしている都合からそんな事が不可能だからに過ぎないのだろう。
つまりコイツは聖女教会からの命令とオレの頼みがバッティングしたら、聖女教会の方をとるのは間違いないのだ。
もちろんその気になれば、オレがコイツを実力でどうこうするのはさほど難しくは無い。
それにミツリーンは異教徒だから、やりようによってはこの学園の牢屋に放り込む事だって出来るだろう。
しかし実際に危害を加えられたわけでもないし、異教徒として迫害されるような事になるのはオレとしても避けたい。
仕方ないのでここはどうにか『お願い』するしかないだろう ―― 自分でもその甘さ故にいつも失敗し、追い込まれている事は理解しているが、こればっかりはオレの性分だからどうしようもない。
「お願いです。事情を話すわけにはいきませんが、わたしがここを離れるまで、黙っていてもらえないでしょうか?」
「命令……ではないのですか?」
「ええ。あくまでもお願いです」
「……」
ミツリーンは少しばかり困惑している様子を見せる。たぶんオレの意図を計りかねているのだろう。
ミツリーン以外の連中が来ていないのは、地球の裏側だって即座に連絡がついた元の世界と違って、情報伝達速度イコール人の足だから時間がかかっているに過ぎないのだ。
「せいぜい数日の事です。それだけ目をつぶって下さい」
ここでミツリーンは数瞬の間、考えた様子を見せるが、どこか観念したようすで小さくため息をつく。
「……分かりました。それではわたしはこの件を報告するため、しばしのお別れとさせていただきます。それでよろしいですね」
「ありがとうございます!」
オレは思わず頭を下げた。オレの意図をちゃんと汲んでもらえたのは、本当に久しぶりのような気がするよ。
「何しろ『女神の化身』に出会えるなど、私のような下級の者では生涯に一度あるかないかです。そのような希少な機会に恵まれてついつい興奮してしまいました」
あれ? ミツリーンの言葉にはどこか違和感があるぞ。
「え? いま何と言いました?」
「はい。イロールの化身を直に目の当たりにするなど、極めて珍しい出来事だと申し上げました」
これはおかしい。確かさっきイロールは『数多の人間を自分の器にしてきた』とオレに伝えてきた。
あの女神の態度や言い方からでは、自分の化身が希少な存在であるという意識はまるで感じられなかった。
もちろん千年のも間、女神をやってきたのだから、その間に器になった人間が大勢いたという意味なのかもしれない。やっぱり神の感覚と人間の感覚は違うと言われれば、そこまでだろう。
だけど殆どの信徒は一生に一度機会があるかないかだとも言っていたけど、その言い方からすれば逆を言えば一度は化身になったことのある信徒は珍しくないと受け取れる。
いくら回復魔法を身につけた聖女が少ないと言っても、聖女教会が君臨する大陸中央部には万単位でいるはずだ。
化身の力はその器となった人間 ―― つまり本当に『神の力を受け入れる器』 ―― 次第らしいので誰もが強大な力を振るえるようになるわけでないのは間違いないが、それにしてもそんなに機会が少ないとはどういうことだろう?
イロールが嘘をついたのか。
いや。オレに対してそんな嘘をついても何の意味もないはずだ。
それではミツリーンがオレを騙そうとしているのか?
しかしいまオレの目の前で、感動に打ち震えているこいつがそんなことを考えているとはちょっと思えない。
それとも正式な聖女教会の信徒では無い、この男が何か誤解しているのか?
この食い違いに何かが引っかかるぞ。
そんな事を考えていると、いつの間にかオレの身長が低くなり、胸も先ほどまでのはち切れんばかりの状態から小さくなってきたようだ。
どうやら『元通り』になってきたらしい ―― そう思った時、やっぱりこの少女の姿を普通に受け入れつつある自分を認識せずにはいられなかった。
いずれにしてもオレの身体が ―― アルタシャを『正常』とするなら ―― 普段通りになったところで、これからどうするか考えるとしよう。
「……」
どうもオレの姿がまた少女に戻った事に対して、周囲の面々は色々と複雑な視線を注いできているようだ。
悪いけどどいつもこいつもこれ以上、オレは付き合うつもりはないからね。
特にガランディアはオレに巻き込まれて、怨霊に乗っ取られてしまったのだから、これに懲りてくれたらいいのだが ―― どう考えてもそんなヤツがハーレム野郎やっていないことはこっちだって分かっている。
そもそもこの学園に来た目的が何も果たされていないのは残念だが、オレに残された選択肢はとっとと逃げ出す以外にはないのだ。
『とりあえずあなたにはいろいろと聞きたい事があるので、しばらくはこの学園に留まって下さいませんかね~』
オレの心を読んだのか、ホン・イールがこちらに話しかけてくる。
「何があったのかについて、あなたは先代から記憶を引き継いでいるのではないのですか?」
そもそもビューゼリアンがこの全ての元凶であり、捕まえたオレの身体をいろいろとまさぐった変態野郎だ。
ホン・イールにもその記憶が引き継がれているはずだから、結構恥ずかしい。
しかしオレのそんな感情に気付いているのかいないのか、ホン・イールは相変わらず間の抜けた口調のままだ。
『それだけでは不足ですわ~ 先代だって欠けている知識を補うためにあなたに協力を要請したわけですからね~』
あのどこが『協力を要請』だ!
まったくどいつもこいつもこの学園の連中は本当に鉄面皮揃いだな。
まあオレもそれにつけ込んで、事態の収集と、自分の身の安全を図ったのだから偉そうな事を言えた義理ではないかもしれないけどな。
もちろん学園の守護精霊となったあんたはそういう人間的な感情は欠落してしまったのかもしれないが、オレにとってはそういうわけにはいかないのだ。
『もしも協力して下さるなら、学園秘蔵の書籍を望むだけ見せて差し上げますわ~ 今のわたしなら造作も無いことですからね~』
うぐう。これは釣られないと言いたいが心が傾く。
結局のところ苦労してこの学園に来たのは、そういった秘蔵の書籍を調べる事で『男に戻る』方策を見いだす事にあったわけだ。
そして一連の出来事でオレの男としての自我がかなりヤバい事になっているのを再認識させられたところでもある。
仕方ない。背に腹は代えられないか。
「それではしばらくはお付き合いさせてもらいます。ただし――」
『分かっていますよわよ~ あなたに無理強いはしませんから、あくまでもこちらの質問に答えてもらえるだけで結構です』
もちろんオレだって相手がビューゼリアンだったら、絶対にこんな言葉を信じたりはしなかっただろう。
しかしホン・イールは絶体絶命だったオレを身を挺して庇ってくれたわけなので、後始末に付き合う事は仕方ないと割り切るしかあるまい。
「分かりました。あくまでも数日間ですけど、ここに留まりましょう」
その場合、当面の邪魔者と言えば――
「おお。元に戻られましたか。それでイロールはいかなる神命を下されましたか?」
オレが深刻な顔をしていると、ミツリーンが声をかけてくる。
たぶんコイツはホン・イールと意志疎通していないので、オレが何かブツブツ呟いているようにしか見えない。
そうなるとこの場合、さっきまでオレに憑いていた女神イロールと何か会話していたと思うのが普通か。
この際だからその誤解は利用させてもらおう。
「すみませんが細かい事は話せません。ただしばらくわたしの事は黙っていてもらえないでしょうか?」
「お言葉ではありますが……」
ミツリーンは明らかに釈然としない様子だ。
そりゃまあコイツが聖女教会から受けているであろう命令は推測するに『オレの事を探し出し、その情報を収集し、そして場合に寄っては連れてくる』事だろうからな。
ぶっちゃけミツリーンは『オレの言うことを聞く義理』はあるかもしれないが『オレの命令を受ける立場』ではない。
ひょっとしたら『腕尽くでも捕らえて連れて帰れ』という命令を受けている可能性だってあるのだ ―― それを行わないのは、たぶんこの異邦の地において、単独行動をしている都合からそんな事が不可能だからに過ぎないのだろう。
つまりコイツは聖女教会からの命令とオレの頼みがバッティングしたら、聖女教会の方をとるのは間違いないのだ。
もちろんその気になれば、オレがコイツを実力でどうこうするのはさほど難しくは無い。
それにミツリーンは異教徒だから、やりようによってはこの学園の牢屋に放り込む事だって出来るだろう。
しかし実際に危害を加えられたわけでもないし、異教徒として迫害されるような事になるのはオレとしても避けたい。
仕方ないのでここはどうにか『お願い』するしかないだろう ―― 自分でもその甘さ故にいつも失敗し、追い込まれている事は理解しているが、こればっかりはオレの性分だからどうしようもない。
「お願いです。事情を話すわけにはいきませんが、わたしがここを離れるまで、黙っていてもらえないでしょうか?」
「命令……ではないのですか?」
「ええ。あくまでもお願いです」
「……」
ミツリーンは少しばかり困惑している様子を見せる。たぶんオレの意図を計りかねているのだろう。
ミツリーン以外の連中が来ていないのは、地球の裏側だって即座に連絡がついた元の世界と違って、情報伝達速度イコール人の足だから時間がかかっているに過ぎないのだ。
「せいぜい数日の事です。それだけ目をつぶって下さい」
ここでミツリーンは数瞬の間、考えた様子を見せるが、どこか観念したようすで小さくため息をつく。
「……分かりました。それではわたしはこの件を報告するため、しばしのお別れとさせていただきます。それでよろしいですね」
「ありがとうございます!」
オレは思わず頭を下げた。オレの意図をちゃんと汲んでもらえたのは、本当に久しぶりのような気がするよ。
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