異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第9章 『思想の神』と『英雄』編

第191話 そして新たな出会いが

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 オレが振り向くと、そこにいたのは外見的には三十歳ぐらいの女性だった。
 容姿はなかなかに整っていて、黒い髪を短く狩りそろえたいわゆる『妙齢の美女』というやつである。
 手にした網かごには、緑色の草が詰め込まれているようだ。
 たぶんこの近隣に住んでいる女性で、山菜採りにでも来ているのだろう。

「どうしてこんなところに……いえ。いけない!」

 その女性はまるで身体に合わない旅装束を、どうにか巻き付けているだけのオレを見て目を丸くしていたが、我に返った様子で慌ててこちらに駆け寄ってくる。

「あ……あの……」
「あなたはどなた? 一緒にいた人はどこに行ったのかしら?」

 女性はぶかぶかの服の中にいるオレと、その横に落ちているこっちの全財産を入れた鞄を見て首をひねっている。
 この発言からすると、どうやらオレが誰かと一緒にここに来て、連れとはぐれてしまったのかと思っているのだろう。

「こんなものを置いていなくなるなんて……」

 確かに全く身体に合っていないこの旅装束と落ちている鞄を見て、オレが身につけていたものだとは思うまい。
 この世界の常識も大枠では、元の世界とは大して変わらない。
 今のオレの有様は明らかに不自然だ。

「捨て子……にしてはおかしいわね……」

 そりゃまあオレのような美幼女を捨てるはずがない ―― ではなく鞄の中には路銀も全部入っているからな。

 この世界では通貨は当然ながら地域毎に異なっているが、もちろん元の世界のように為替相場など存在しない。
 そんなわけで殆どの場合、大ざっぱに『銀貨』『金貨』が何枚という単位で換算される。
 当然ながら品質の悪い通貨の扱いとかで、色々とトラブルがあるのでオレとしては結構気をつかっていたのだ。
 ただしこっちはドルイド魔法を使えば野山でも生活には困らなかったし、それ以外でもカリル達に無理矢理引き回されるなど殆ど金を使う事はなかった一方で、オレに金を押しつけてくる相手が何人かいたのでひと財産にはなっているはず。
 いくら何でもそんな金と一緒に子供を捨てるヤツはいないだろう。

「まさか……いえ。きっとそうね……」

 女性は痛ましい表情を浮かべつつ、オレをじっと見つめる。
 今のオレはほぼ全裸に近い状態で『かつてオレの服だった布』を巻き付けているだけなので、いかに相手が女性と言えど結構恥ずかしい。
 そして女性は不可解そうな表情ながら、どうにか結論を出したらしく小さく頷く。

「何らかの怪物にでも襲われたのかしら……この娘をここに残して囮にでもなったのかもしれないわね」

 ああそうか。この世界にはロクでもないしかも多種多様なモンスターがいるし、人に取り憑く悪霊の部類には何度も遭遇してきた。
 たぶんこの人は眼前に展開している不可解な状況を、怪物に襲われて幼女だけが一人取り残された、と認識しているのではないだろうか。
 オレが彼女の立場として、目の前の光景を単純に見ると、その『連れ』は着替えの服に幼女を包み、路銀の入った鞄を置いて立ち去っているということになるか。

 そう考えると『連れ』はオレを見捨てて逃げたというよりは、自分が囮になって幼女をどうにか助けようとした、という感じだな。
 まあ少なくともこの旅装束をまとっていた相手が若返って、こんな幼女になっていると考えるよりは余程まともな結論というものだろう。

 こんな場合、元の世界の先進国だったら警察に通報し、オレの身柄を預けるだろうけど、もちろんこの世界ではそんな都合のいい警察は存在しない。
 欲深い人間なら路銀の入った鞄だけ持っていくだろうし、もっと欲が深ければオレも奴隷として売り払うだろう。
 まあそんな事になった場合、オレとしてはどうにか切り抜けるしかないのだけど。
 そして女性は真剣な表情でオレに顔を近づけてくる。

「わたしの名はモラーニ。あなたのお名前は?」
「えっと……アルタシャ……」

 ついつい口から出てしまったが、いつの間にかこの偽名が当たり前になりつつあるな。
 しかしその名を聞いたところで、モラーニと名乗った女性の顔色が変わる。

「え? その名は確か……」

 どうやらこの人は『アルタシャ』の事を知っているらしい。
 ミツリーンから聞いていたところでは、大陸中央部ではオレを女神と崇拝する人間が万単位でいるらしいし、最近までいたジャニューブ河流域でも不本意ながらその名が広まっているのは間違いない。
 こんなところまで名前が広まっても、別段少しも嬉しくないな。
 しかしいくら何でもその『アルタシャ』と眼前の幼女が同一人物だと思うはずはない。

「その目と髪の色……まさかと思ったけど、あなたはひょっとしたら……」

 あれ? モラーニはオレの正体に気付いた?
 いや。さすがにそれはないだろう。
 そりゃまあオレのこれまでの行いについての話を聞いていたら、髪と目の色は一緒で、名前も同じとなれば、何らかの関係は疑うかもしれない。
 しかしそこで同一人物だと判断したら、それは慧眼ではなく変人だ。
 たぶんモラーニは聖女教会について知っていて、それでオレを『幼い見習い聖女』とでも思ったのだろう。
 どうせアルタシャも適当につけた偽名だったわけだし、詳しく知らない人間なら『異邦の地にはそんな名前もあるのだろう』程度の事に過ぎまい。
 オレがそんな事を考えているとモラーニはその表情を引き締めつつ立ち上がった。

「とにかく。ここは危ないわ。アルタシャだったね。今は私についてきなさい」

 そう言ってモラーニはオレに向けて手を伸ばす。
 まあ本当にモンスターがいるのなら、一刻を争うだろうし彼女の判断は当然だろう。
 もちろんモラーニが何者か分からないので、警戒を怠る事は出来ない。
 しかしこの幼女の身で、しかもまるで縁もゆかりもない異邦の地にいるとなれば、ここは敢えて従っておくとしよう。
 もしもモラーニがオレを奴隷として売り払うとか、よからぬ事を考えていたら少しは嬉しそうな表情を浮かべるはずだが、そんな様子はまるでない。

「分かりました」

 この出会いがどうなるか、幼女と化したこの身がどうなるか、などなどかなりの不安とちょっとばかりの期待を胸にしてオレはモラーニの手を取った。

 モラーニはオレ達が出会ったところから少し離れた街道上にて、周囲を見回しつつ安堵の息を吐く。

「とりあえずは大丈夫なようね……このあたりはモンスターなど滅多に出ないはずだったのだけど少し安心しすぎていたらしいわ」

 いえ。あなたが警戒するのは当然ですけど、モンスターなんていませんから。
 そしてこのとき常人よりは遙かに鋭いオレの聴覚には、モラーニがこぼした小声が聞こえてきた。

「何というか……むしろモンスターが出たとしたらその原因はこの娘かもしれないわね」

 ちょっと! いくら何でもそれはあんまりでしょ!
 そりゃまあモンスターだの精霊だのに狙われた事は今までに何度もありますけど、今回は誓って違いますよ!
 毎度のごとく不本意な評価に少々憤慨していると、モラーニは改めてオレに視線を注いでくる。
 その目にはどちらかと言えば宝石か芸術品を愛でるかのような、それでいてどこか同情しているような、そんな複雑な感情が含まれているかのように思えた。

「美しすぎる子供は悪霊に魅入られるなんて話は迷信だと思っていたけど、本当にそんなことがあるのかしら?」

 ああ。そういう意味なのね。
 似たような話ならば、元の世界でもあちこちに存在していた事は聞いている。
 まあ現実には『かわいい子供は人さらいに連れ去られかねないので気をつけろ』という警告を含んだものだったらしいけど、こっちの世界ではそのまんまの意味でも通じるのだろうな。
 オレは別にナルシストではないが、それでも自分が今の幼女形態でも人並み外れた美貌があることぐらいは理解している。
 とりあえずそれが一応は都合が良さそうなので、そのままにしておこう。

「とにかく……あなたの事はしばらく私が預かりますのでついてきなさい」
「分かりました」

 元の世界だと『知らない人について行ってはダメ』と言われるところだろうけど、ここは仕方ないだろうな。

「それでいろいろと聞くことがありますけど、知っている事を教えてもらえますね?」
「ええ……」

 オレは曖昧に頷いたが、ちょっと困ったな。
 何しろオレは見た目と中身が全然違うわけだし、迂闊に正体を明かすわけにもいかない。
 こんな場合、一番便利な方法は記憶喪失か何かで名前以外は何も覚えていないとか、白を切り通す事だろうか。
 陳腐なやり方ではあるが、便利だからこそよく使われて陳腐になるということだ。
 そして強いショックを受けて記憶が混乱するのはしばしばある事だろう。
 しかもこっちは年端もいかない幼女なわけで、こんな野外にひとりぼっちでいたら要領を得ない発言をしていても納得するだろう。

「あなたはどうしてあんなところにいたのかしら? 一緒にいた人はどうしているのか覚えていないの?」
「それは……その……分かりません……」
「分からないの?」

 オレが首を振って返答したのを聞いて、モラーニは何か疑わしそうな視線をこっちに注いでくる。

「ひょっとして一緒にいた人が誰なのかよく分かっていないのかしら? つまりご家族の人ではなかったのね。なるほど……」

 むう。モラーニは勝手に判断しているらしい。
 まあ想像するだけなら幾らでも出てくるだろうし、今のオレは年端もいかない幼女なわけでそんな詳しい事を答えられるとは思わないはず。
 そんなわけでモラーニは自分で考え出した結果に納得したようだ。
 悪人ではないと思うけど結構、思い込みの激しいタイプかもしれないな。
 これまでもそういう相手に出会って、いろいろと困った事になってきたが、今回ぐらいはやっかいごととは無縁に済ませたい ―― 出来る事ならば。

 しかし彼女はオレをどうするつもりだろうか?
 服装を見る限りそれほど裕福とも思えない。それに普通に考えて貴族や大商人のような特権階級に属する女性がひとりで山菜なり、薬草なりをとりに出歩く事はないだろう。
 しかし彼女が普通の主婦だとしたら、捨て犬を拾うようなワケにもいかないし、そうそう簡単に人間ひとりの面倒を見られるものじゃあるまい。
 ひょっとすると孤児院のたぐいにでも送るのだろうか。
 とりあえず現状では付き合うしかない。
 問題があればそのときにどうにかしよう。
 今までに何度もピンチに陥ってきたけど、まあこれぐらいは許容範囲だ。
 だがそんな風に身構えていたオレの予想はやっぱり ―― いつも通り ―― 外れる事になるのだが。

 しばしの後、時間が夕刻に達しようとしたときオレはモラーニに連れられて彼女の住んでいるという村に戻るのに同行していた。
 当然ながら道中であれこれと彼女からは問われたが、曖昧に答えているとモラーニも深く追求してもオレが何も知らないと思ったのか、それともかなりのショックを受けていると都合よく誤解してくれたのか、質問を控えるようになってくれた。
 そして途中でこのフェルスター盆地の中央に位置し、また水上交通の結節点でもあるフェルスター湖を見下ろす丘を通る事となったが、そこで見逃す事の出来ないものが目に飛び込んできた。

「あ……あれは?」

 フェルスター湖は一口に『湖』と言ってもかなり巨大なもので、低い位置からでは水平線に覆われて対岸が見えなかった ―― たぶん今のオレの身長がかなり縮んでいることも理由の一つだろう ―― のだけど丘に上ったところで対岸の街が視界に入ってきた。
 もちろんそれだけならば何という事はない、ごく当たり前の光景だ。
 しかしその街とその周囲からは、細い煙が幾つも立ち上がっていたのだ ―― まるで大火事のように、だがそれが火事ではない事はこのオレでも直感できた。
 あれはもしや戦火?!
 オレは文字通り『対岸の火事』を眺めつつも、思わず打ちのめされるように立ちすくむこととなった。
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