異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第9章 『思想の神』と『英雄』編

第192話 幼女と化して迎え入れられた先は

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 もしかしてあれは戦争なのか?
 ここは湖を中心にして宗教的に相容れない幾つもの勢力が入り乱れ、オマケに水運による交易で富が集まる場所なので、紛争はしょっちゅうだと聞いた事がある。

 そりゃまあオレも今までだって、この世界に来て何度も紛争は目の当たりにしてきたが、どれだけ見ても慣れるもんじゃないよ。
 元の世界だったらテレビの向こうで何万人犠牲が出ていようが、全く気にもせず日々の生活を送ってきたオレだけど、実際に目の当たりにしたら湖越しで直接に脅威が迫っているわけでないと分かっていてもいい気はしないものだ。
 そしてここでどういうわけか、オレの首回りに柔らかい感触が発生する。

「大丈夫よ。あなたの事はわたしが守るから」

 見るとモラーニがオレを抱きしめて、落ち着かせるように優しく声をかけてきていた。
 もしもこれが戦争なら彼女だって不安なはずなのに、実に母性にあふれるいい人だな。
 あとこういう事にかなり手慣れた様子が見受けられる。
 たぶん今までに何度もこうやって子供達を慰めてきたのだろう。
 それはともかく何が起きているのかは確認しておきたい。

「あれは――」

 質問を発しようとしたところで、オレは慌てて口を閉じる。
 今のオレはどう見ても五,六歳の幼女の身体だぞ。
 下手な事を口にしたら怪しまれかねない。
 まあ普通に『天才』だとか『神の落とし子』とかいい方向に見てもらえるのならまだいいけど、下手すると『子供のフリをした怪物の化身』とか『魔女』とかそっち方面に見られる危険性がある。
 モラーニは善人だとは思うけど、前の世界の歴史でもそういう善人が思い込みや恐慌に陥ってとんでもない事をしでかしてしまった事はよく聞く話だった。
 そしてオレが言葉を止めたところでモラーニは少しばかり怪訝な表情を浮かべる。

「どうしたの?」
「いえ。何でもないです」
「そう……とりあえず急ぎましょう。わたしの村はもうすぐだからね」

 いかに『対岸の火事』とはいえど、本当に戦争ともなればどんな火の粉がふってくるか分かったものではない。
 今の幼女の身体では問題外だが、仮にもとのアルタシャでも戦争ともなれば出来るのは目の前にいる人達の怪我を治すのが関の山だ。
 しかもどういう理由で、何と何が戦っているのかも分からないが、迂闊に質問も出来ないのだから何とも困ったことになった。
 かの有名な『見た目は子供、頭脳は大人』な名探偵の本当の苦労をこんなところで味わう羽目になるとはまったく想定外だったよ。

 そしてオレとモラーニは日が沈みかけたところで小さな村に足を踏み入れた。
 ざっと見て人口はせいぜい数百人というところか。
 周囲は柵で覆われ、外敵に対しては一応の備えはあるが本格的に攻め込まれたらひとたまりもないのは当然だろう。
 ただ一つだけ目を引くのは村の外れに位置する煉瓦造りの建物だ。
 かなり古びたものだが相当大きい。
 村の規模に比べると不釣り合いな程だ。

 この世界では神様は大勢いるので、その神様ゆかりの聖地も数多いから、ひょっとするとどこかの神様の聖地として結構、大きな寺院が建てられたけど、何かの事情で寂れてしまったのかもしれない。
 ただ少々不可解なのは、ここに来るまでに通りすがりの村人達はモラーニがオレを連れているのを見てもさして驚きもせず、皆が会釈して通り過ぎるだけだという事だ。
 明らかにモラーニはこの村では結構な立場にあるらしい。
 裕福とは言えないが、村人達から敬意を払われ、かつ見慣れぬ子供を連れていても疑問に思われないとしたらどんな立場だろうか。

「これからどこに行くのですか?」
「あそこよ」

 モラーニが静かに指さしたのは先ほどからオレが気になっていた例の建物だ。

「これからあなたの兄弟や姉妹となる子供達がいるのよ。仲良くしてあげてね」

 うすうす気付いていたけどやっぱりそうか。
 彼女はあの寺院らしい建物の管理人であり、なおかつあそこで子供を引き取って面倒を見ているのは間違いないだろう。
 そしてオレとモラーニが粗末な柵で覆われた敷地内に入ると、子供達が集まってきた。
 ざっと見ても十人近く。年齢はいずれも十歳以下だろう。

「みんないい子にしていたかしら?」
「「はーい!」」

 一同は一斉にモラーニに向けて叫ぶ。
 その笑顔はオレの記憶に微かに残る、幼稚園の先生に対する子供達のものと同じだった。
 ただ日が沈みかけたこの時でもいるということは、ここがこの連中の『家』であって、幼稚園のように日中預かっているというわけではないことになる。

「ねえねえ。先生。この娘は?」
「いったい誰なの?」

 当然ながら子供達はオレの事について次から次へとモラーニに問いかける。

「彼女はアルタシャ。今日からしばらくここでみんなと一緒に生活するのよ。仲良くしなさいね」
「「はーい!」」

 子供達は先ほどと同じく一斉に声を合わせて返答する。
 これだけ簡単に受け入れるとなると、モラーニがこうやって身寄りの無い子供を連れてくるのはしょっちゅうなんだろう。
 だがここにはモラーニ以外に大人の姿が見当たらない。
 いくら何でもこれだけの子供を一人で世話をするのは不可能だろう。
 かなりの喜捨と支援を受けているのは間違いない。
 しかしモラーニは見たところ三十歳ぐらい。仮に司祭だとしたらむしろ若手のはずだ。
 とにかくここが寺院だとしたら、何の神様を祀っているのかを真っ先に確認すべきだな。
 ちょっとばかり『表向き良心的な孤児院を装っていて、裏では子供を売り飛ばしたり、生け贄に捧げている』などという妄想が脳裏をよぎるが、さすがにモラーニがそんな所行に手を染めているという事はないだろう。
 今まで正義面してロクでもない事をする連中ばかり接してきたせいか、オレも随分と毒されてきてしまった気がするよ。

「ねえねえ。どこから来たの?」
「今まで何していたの?」
「ごめんなさい。今日は疲れているので……」

 好奇心旺盛にこっちについて問いかけてくる子供達を適当にあしらいつつ、オレは周囲の様子をうかがっていた。
 しかし建物の壁にモザイクで描かれたものを見て、思わず身体が硬直し、全身から冷や汗が吹き出す。

 まさか? あれは?
 そのモザイクで描かれていたのは金髪と青紫の瞳をした美女 ―― すなわちオレを女の身に変えた元凶であり、かつ守護女神であるイロールだったのだ。

 オレは見覚えのある ―― なにしろ自分自身と殆ど同じなんだから ―― 女神の姿に目を奪われていた。
 宗教画を前にして打たれたように立ちすくむのは、一歩間違うとそこで凍死してしまった少年と犬の世界的名作を思い出すかもしれない。
 それはともかく、あの壁面に描かれているのはイロールの宗教画か?!

 そうだとしたらここは聖女教会の関連施設ということになるぞ。
 オレが驚愕していると、寄ってきた男子の一人が手を伸ばして髪をいじっていた。
 おい。ちょっとお前、気安いぞ!

「その髪と目は僕らの女神様と一緒だよね?」

 うげえ! ただ宗教画が描かれているだけで無関係な施設である可能性も考えたけど『僕らの女神様』などと言っているということは、ここは本当にイロールを崇拝する聖女教会の支部なのか!
 金髪と青紫の瞳が聖女のシンボルみたいなものだけど、それはあくまでも女神がその外見だからだ。
 そして何より聖女教会で性転換させられた元男もオレと同様にその姿になるけど、元から回復魔法の素質のある女性が聖女になった場合、その外見は様々だ。
 だが回復魔法を使う聖女でなくとも、聖女教会の関係者はいるわけで、モラーニはそっちの世俗的な事に取り組んでいる信徒なのかもしれない。
 しかし今のオレはそれについて深く考える余裕はなかった。

「うわあ。サラサラだし凄く綺麗だね」
「こら! オレにも触らせろ!」
「僕も触っていい?」
「待って。あたしもあたしも」

 いつの間にかオレは完全にオモチャにされているぞ。
 うぐう。今はされるがままになるしかない。
 しかしそんなオレと子供達の行動をモラーニは頬笑みながら見つめているが、少なくとも彼女はオレの髪と目の色、そして何より『アルタシャ』の名が意味するものについても聞いているはずだ。
 だけどいくら何でも同一人物とは思わないはずだし、実際これまでの態度からもそれは感じられない。
 推測だけど聖女教会に入った時に、新しい名前を与えられるはずだから、恐らくオレが名乗った『アルタシャ』はあやかってつけられたものだと考えたのだろう。
 まあそれがもっとも合理的な結論ということになるだろう。
 しかしそれはいいとして――

「髪も目も女神様と一緒だなんて凄いね」
「もっともっと触らせて」
「こっちもだよ」

 いい加減にしろよこいつら。いつまで人の身体を好きにしているつもりだ。
 もしも大人だったら完全にセクハラで訴えられるレベルだぞ。
 だけどたぶんオレがこいつらの立場だとしたら、きっと同じ事をしていたのだろうな。
 新入りが崇拝する女神と同じだったりしたら、そこをいじり回したくなる気持ちは分かるからな ―― あと比較的年齢の高い男子はやっぱりオレに『異性』としての関心も抱いているようだ。
 まあいい。しばらくは付き合わねばならないようだし、ここはオモチャにされるのも我慢して受け入れよう。
 これまでにも虜囚にされて散々な目に遭わされた事も何度もあるし、それに比べればオモチャにされるぐらいなら文字通り『児戯』でしかないからな。
 とにかく元の身体 ―― アルタシャのことだけど ―― に戻るまではなるだけおとなしくいておくしかないのだ。

 そうなるとここがイロールを崇拝する場所だとしても、いかなるものなのかはハッキリさせないといけない。
 もちろん通常の聖女教会とは違って、回復魔法と救貧活動を大々的に行っているわけではなく、建物はかなり大きいとは言えど、モラーニがあくまでも行く当てのない子供達の面倒を見ているだけなのだろう。
 それに聖女教会にて育てられる『聖女見習い』だとすれば、全員が女性であり、なおかつオレと同じく金髪と青紫の瞳の持ち主がいるはずだが、ここにいる孤児は男女比も半々で髪や瞳の色が該当するものもいない。
 つまり未来の聖女を育成すべく、回復魔法の訓練をしているわけではないということになる。
 だけどここが単にイロールに敬意を払い、通常の意味で信仰しているだけならいいが、聖女教会と密接な繋がりがあれば困った事にもなりかねない。
 いくら何でも今のオレの正体に気付くとは考えにくいけど、万に一つ知られたら捕まって無理矢理に聖女教会に連行されてしまう事もありうるのだ。
 何しろ聖女教会がこっちの方面にオレを探し出すべく、手先を何人も送り込んでいるのは間違いないからな。
 前にいたライバンスであれだけ目立つ真似をしてしまった以上、オレの動きを追っているのも一人や二人ではないだろう。
 もちろんオレも追っ手に見つからないように行動はしていたけど、以前にもミツリーンがライバンスに先回りしていた事を考えると、他の連中だって同様の事が出来て、既にこっちに来ている奴らもいるかもしれない。
 しかしこの身で動き回るのも危険だし、あとモラーニがいい人なのでもしもオレがいなくなったら間違いなく心配してあちこち探し回って、余計な苦労をかけてしまうのも申し訳ない。たとえここを出て行くとしても、可能な限り彼女に余計な気苦労をかけないようにしたいものだ。
 ガキ連中に身体を弄ばれつつ ―― 自分で言っていて卑猥な響きだ ―― オレはいろいろとややこしい事を考えずにはいられなかった。
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