異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第9章 『思想の神』と『英雄』編

第202話 「謎の美少年」の正体は?

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 オレはひとまず気を引き締めつつ、この『謎の美少年』ウルハンガにどう対処しようか考えることにした。
 脳内に収納している資料を紐解けば、名前の由来になっているらしい『ウルハンガ』という存在についても手がかりは得られるかもしれないが、何しろこの世界には公正客観的な資料というものは殆ど無いので、簡単に信じるわけにはいかない。
 それにただ単に名前を冠しているというだけでは、その『元ネタ』を調べたところで全く的外れである可能性も高いだろう。
 それでもちょっとばかり覗いて見ると――

『ウルハンガ ―― 古代の西方語にて《完全なるもの》の意味。転じて他者を導く《先導するもの》の意味でもある』

 これは何とも凄いネーミングだな。自分で名乗るところも図々しいというか何というか。
 この世界では一神教徒が崇める『唯一なるもの』ですら『可能性を尊ぶ』とされていて、完全さを求めてはいない。
 当然ながら多神教の神は常に不完全な存在だ。
 むろん人名についていちいちその由来をツッコむのは野暮なのかもしれない。だが明らかにウルハンガは言葉の意味を分かっていて、名乗っているように思えたのだ。
 しかしオレがそんな事を思い浮かべた瞬間、ウルハンガはいたずらっぽい笑みをその整った顔に浮かべる。

「いったいどうしたんだい? ひょっとしてこの世界に完全なるものウルハンガなんて存在するはずが無いと思ったのかな?」

 何だって? まさかオレの心を読んだのか?
 それともオレが名前の由来に気付く事を分かっていて、カマをかけたのか?

「もちろんそれは正しいよ。気にくわないなら、他の名前でいいさ。何だったら君がいま名付けてくれても構わない。それを僕の名前にしよう」

 どういうつもりなんだろう?
 ここでギャグものならとんでもないあだ名をつけてやって、ずっとからかい続けるなんて展開になるかもしれないけど、たぶんこの少年はそんな事など一切意に介さず、平然とスルーするだろうなという妙な確信があった。

「ところでさっきから僕の事ばかり聞いているけど、君の事も聞いていいかな?」

 そうウルハンガが口にした瞬間、オレの青紫の瞳とウルハンガの紺碧の瞳が、触れ合うかと思うぐらい近くで対峙していた。
 何というか『気がつくと、いつの間にか視界いっぱいにその顔が広まっていた』とでも言うぐらい唐突で、気配を感じさせない動きだった。
 そしてなぜかオレはその目から視線を逸らす事が出来ずに互いに凝視し合う事となる。

「君だってかなり面白いね」
「たとえばどんなところですか?」

 オレが問いかけると、ウルハンガは全てを承知しているかのように言い切る。

「その姿は君の本当のものではないだろう」

 この何もかもお見通し言わんばかりの言葉を受けても、オレはさほど驚きはしなかった。今までにもこういう相手には何度も出会ってきたからな。
 ウルハンガにもこちらの『正体』について気付かれているかもしれないと、薄々は予想していたのだ。

「だったらあなたにとって本当の姿はどう見えているんですか?」

 こちらの質問に対してウルハンガはちょっと苦笑した態度を示す。

「その姿が本来のものでは無いことを認めるんだ」
「別にウルハンガを騙すために、こんな格好をしているわけではありませんからね。それにあなたのその姿だって、本性ではないのでは?」

 これは別に『見えている』からそんな事を口にしたのではなく、ちょっとカマをかけてみただけだ。
 一見すると美少年に見えて、一皮むくとその正体は ―― などという展開は超定番だからな。
 しかしこれには少しばかりウルハンガは憤慨した様子を見せる。

「失礼な言いぐさだね。これは間違いなく『今の僕』の姿だよ」

 やっぱりどこか含みがありそうな言いぐさだな。

「なんにせよ君の本当の姿はもっと大きい……今よりも十歳は年を取った身体だね?」
「それだけですか?」

 以前にも『魂には性別は無い』と断言されていたから、性別については分からないかもしれないが、少なくともこの身になる前の『アルタシャ』の身体まで見抜いているのに、十数年にわたって男の身だった事について言及してもらえないのはちょっとへこむ。
 考えようによってはウルハンガは『肉体の残像』を見ているだけなのかもしれないが、逆を言うと既に『男の身の残像』は何も残っていないという事になってしまう事になる。

「他にもいろいろと混じっているようには見えるね。その姿によく似た女神の強い加護を感じるよ」
「それではあなたもどこかの神様の加護を受けているのですか?」
「違うよ」

 即答かい。
 しかしウルハンガの態度からすると、このような質問は過去何度もぶつけられてきたかのように感じられる。

「僕はむしろそんなものからはもっとも遠い存在だよ」

 ウルハンガは躊躇無く断言したけど、それはいったいどういう意味だろうか?
 この世界では多神教の世界では、悪行についてもそれぞれ守護神や正当化する神がいて崇拝されている。
 これまで接した事は無いが、詐欺や強盗の神様だって存在しているのだ。
 ウルハンガの名前はオレが魔法で保持している資料からは『裏切りもの』として記録されていたが、仮に何らかの背信行為に手を染めていたとしても、この世界の基準では『神と縁遠い』とは言えない。
 それでは信仰心が無いから、そんな事を言っているのだろうか?
 だけどぶっちゃけ信仰心にまるで自信が無いけど、無節操さには確固たる自負のあるオレでも神から縁遠いとは思っていない ―― まああれだけ付きまとわれたら、否応なしにその関係を思い知らされる事になるのが当たり前だけどな。
 それでは神を否定する無神論者ということもありうるのか。これだけ神様が氾濫していても、それでも『神様なんて存在しない』という人間だっているかもしれない。

 いや。それも違う。
 ついさっきウルハンガはオレが女神の加護を受けている事を見抜いていたし、それを否定する様子も全く示していない。
 つまり無神論でもないのは明らかだ。
 いったいどういうつもりなのだろうか。

「敢えて言えば君とはむしろ対極かな…… いや。ひょっとしたら――」

 ここでウルハンガは言葉を切って気を揉ませるような態度を示す。

「いったい何ですか?」
「将来、僕と君とは敵になるかもしれないね」

 ウルハンガは先ほどまでと全く変わらない、ごく当然のような口調で言い切った。
 なんだって?!
 この金髪美少年もといウルハンガはオレと敵対すると言ったのか?

 初対面の相手に対していきなりそんな事を言う十歳未満の子供がいたら、普通なら大人がしかり飛ばすだろう。
 しかしこのウルハンガは落ち着いた柔らかい態度でありながら、何者とも隔絶したかのごとき雰囲気を宿しており、敵味方と言った立場ですらも『超越』しているようにすら感じられたのだ。

「あなたはいま何て言ったんですか?」
「だから君とは敵になるかもしれないと言ったんだよ」

 ウルハンガは堂々と目の前のオレに対して敵対宣言したが、考えてみると命を狙われた事はしょっちゅうだけど、これだけ正面切って『敵』だと言われたのは初めてのような気がするな。
 何とも物騒な言いぐさだけど、例によってこの不思議な少年の言葉には人の心を安堵させるような要素が含まれているかのように感じられる。
 そのせいでかなりヤバい事を言われているにもかかわらず、オレは殆ど動揺したり、驚いたりはしなかった。
 しかもウルハンガにはその仇敵になるかもしれない神の加護のある相手 ―― いろいろとツッコミたいところが幾つもあるけど ―― を前にしておいて敵意も警戒心もまるで示していないのだ。

「断っておくけど、今すぐ敵に回るとか君に危害を加えるとか、そんなつもりはさらさらないよ。僕は争い事が嫌いなんだ ―― それについてはたぶん君も同意見だろう」
「その点は同意見ですけど、それならあなたも余計な事を言わない方がいいんじゃないですか? ひょっとしたらこっちだって『敵は芽の内に摘んでおけ』という事になるかもしれませんよ」
「ふうん。君にそれが出来るのかい」

 ウルハンガは初対面でなおかつ敵対宣言しておきながら、オレが自分に対して危害を加える事は決して無いと思っているらしい ―― その通りだけど。
 むしろもしもウルハンガが武器を持った集団に攻撃でもされたら、やっぱり助けて一緒に逃げるだろうなあ。
 そんなオレの考えを全て見抜いているかのようなウルハンガはどう考えても尋常な相手ではない。
 それはともかくいつまでもこうしているわけにもいかなかった。

 孤児院の連中もオレの帰りが遅いと心配しているだろうし、それとは別にいつ何時、武器を持った連中がここに現れるか分かったもんじゃない。
 負傷していたエウスブスは《応急手当》でどうにかなったようだが、村人を呼んできてこの連中をどうにかしてもらおう。
 何よりもウルハンガについては興味が尽きない点はある。しかしこの少年こそシャガーシュ達が探している相手なら、下手すればこの村が紛争に巻き込まれかねないので、とっとと人目につかないところに案内したかったのだ。

「とにかくここは離れましょう。あなたにはどこか行く当てがあるのですか?」
「あると言えばあるけど……別に急ぐつもりはないから、出来れば君と一緒させてもらいたいね」
「どうしてですか?」

 幾ら『何でもお見通し』に見えるウルハンガでもオレがやってくるところまで、予想していたわけではないだろう。
 そこまで行ったら予想ではなく予知だ。
 それなのに予定を変えてまで ―― 敵対宣言までした ―― このオレと同行したい理由はなんだろうか。

「決まっているよ。君を気に入ったからさ。だからこういう場合『君をお嫁さんに欲しい』というのが決まりなんじゃなかったのかな」

 これが見た目通りの子供なら、ほほえましい言葉だけど『見た目は子供。頭脳は化け物』だったらちょっとどころか、かなり引いてしまう。

「ついさっきこっちを敵になると言っていませんでしたか」
「そんなの時と場合によりけりだよ。いっとき敵対したと思ったらまた味方になって、それからまた敵になる ―― 人間の世界でも神の世界でもそんな珍しい事じゃないさ」

 ウルハンガの口にしている事は、オレにとっては特別凄い事では無い。
 しかしその点を除いてもやはりウルハンガには違和感がある。
 何が異なるのかと思ったら、これまで出会った殆どの相手とこの少年の間には大きな違いがあったのだ。

「あなたは自分が正義だとは言わないのですか」

 今まで善人や正義の味方面して、ロクでもない事をやっていた連中にはあきる程出会ってきた。
 もちろんこの世界は多様だからマニリア帝国のヴァリウスのように皇帝でありながら、特に正義を振りかざすような事をしないのもいたし、モラーニのようにかつて信じていた大義に疑問を有している相手もいた。
 しかしこのウルハンガはそういった存在とも何かが違うのだ。あえて言えば『達観している』とでも言うべきだろか。

「正義? そんなものは人の数だけ存在するよ。世界には無数の正義があって、互いに競い合いしのぎを削っているんだ。その中で最終的に大きな勢力を得たものが人々に受け入れられる『正義』となる。だけどその『正義』だって、時代が変わればまた変わっていく。そういうものさ」
「な……」

 オレは一瞬、絶句した。

「どうしたの? やっぱり僕の言っていることは分からないかな?」
「そんなことはないですよ」

 オレが驚いたのは別にウルハンガの言葉が理解できなかったからではない。
 全く逆に二一世紀の人間ならば、程度の差こそあれど多くが共有している価値観をウルハンガが唱えた事が驚愕だったのだ。
 この世界において『他者の考えを尊重する』というのは、せいぜい同じ信仰 ―― 神話と言い換えてもいいだろう ―― を共有する人間同士でしか通用しない。
 わかりやすい例で言えば一神教徒と多神教徒は互いに相手を蔑んでおり、よくてせいぜい研究対象ぐらいにしか思っておらず、争いを望まない場合はその存在を『許容』はするが『尊重』することはない。
 ましてや相手の唱える『正義』など一顧だにしないのが当たり前だ。
 それにも関わらずこのウルハンガが『正義など人の数だけある』とこの世界の基準をぶっちぎった発言をしたのが驚いたのだ。
 こんなことを口にするとしたら、ひょっとするとこのウルハンガは ―― オレの同類、すなわち異世界からここにやってきた人間なのか?
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