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第9章 『思想の神』と『英雄』編
第206話 『恐れられる理由』とは
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モラーニのウルハンガに対する非難を聞いていて一つ気付いた事がある。
少なくとも彼女は千年前にウルハンガが倒された戦いについては『遠い異国の地』で行われたというだけで詳しい事を知らない。
実際、ここにあった資料でもそんな事は分からなかった。
つまり今のウルハンガが復活のために、過去の自分が滅びた場所だとか、その戦いの中身について調べるためにここを訪れたワケではないということを意味している。
だったら何が目的だったのだろうか。
オレがまだ気付いていない何かがここにあるのだろうか?
それともいつものごとくオレが何か大事な事を見落としているのか。
そんな事を考えている間にもモラーニは説明を続けている。
「そして悲しい事に未だにウルハンガに騙され続け、それを偉大な神と誤解している者が大勢いるのです」
「その人達はウルハンガをどう思って支持しているのですか?」
「単にウルハンガをかつて存在した『光の神の一柱』として信仰している事も多いようです。その誤った信心が死せる邪神に力を与えかねない事が分かっていないのですから困ったものです」
さすがにその『ウルハンガ』本人らしき相手がここを訪れていたとは、モラーニも思わなくて当然か。
そんな事が本当に起きていたら説教ぐらいで済むわけないよな。
「しかしただの誤解ならばまだマシですが、ウルハンガの教えを信奉し、それを広めようとしている者も少なくありません」
「その教えとはいかなるものなのですか?」
もちろんオレはウルハンガの考えを知っている ―― それが全てなのかどうかは分からないけど、元の世界においてはむしろ普通の考えに近いものだ。
しかしモラーニがそれをどんなものとして受け止めているのかは知っておきたい。
オレ自身、迂闊に口にしたらどんなことになるのか分からないからな。
だがここでモラーニはオレに向けてとがめ立てするような視線を注ぐ。
「それはあなたが知るべきではない事です」
いつものことだけど『大人は肝心な事を教えてくれない』というヤツだな。
モラーニの認識からすればウルハンガの教えは『魂を汚染する』ものらしいので、子供達がそれに触れる事を望まないのは当然だ。
たぶんそれを排除するために、ある程度の知識を得ることは許されても深く考察するような真似は認められないのだろう。
「ただしウルハンガの教えを奉じるものは、殆どの場合、自分の考えが死せる邪神由来のものだと知らないか、知っている者に騙されている事が多いようです」
まあウルハンガの考えが、今でも受け継がれているなら、その由来などどうでもいい人間の方が多いだろうな。
「それ故に、その考えが何も知らぬ無知なものに広まった結果として戦争となった街や国が幾つもありました。この湖の向かいで燃えていたドスカロスが攻められたのもそれが理由だという噂です」
「え?」
その町の住民だって全員がウルハンガに帰依していたワケでは無いはずなのに、広まっただけで戦争になるとは。
しかしそれを考えると、ウルハンガの思想は本当にこの世界の少なからぬ住民にとっては、文字通り命を賭ける程の重大事であるらしい。
「噂ですけど、かの街ではウルハンガを『善の存在』だと信じるもの達が勃興し、それを復活させるべく行動していたそうです。そしてそれを知ったもの達が攻め込んで力尽くで彼らを排除したとの事です」
それではまさか『あのウルハンガ』はそうやって復活したのか?
あの少年の姿は復活の呪文 ―― もとい儀式が不完全だったのであんな中途半端な形になったのかもしれない。
そして恐らくシャガーシュの連中はそのウルハンガの事をある程度まで知っていたから、ここまで来て探していたのではないだろうか。
しかしここでオレはちょっとばかり違和感を抱く。
ウルハンガを崇拝している人たちだって、元々は別の神を崇拝していたのだろう。
この世界の神様は、基本的には崇拝を受けてその見返りに恩恵を信徒に与える。
一神教徒の聖者などいろいろなバリエーションはあるが、基本的には信徒と神はギブアンドテイクの関係だ。
いくら何でも神様が滅んでいるのに、子々孫々に渡り千年もその教えと崇拝を受け継いでいるような一族がいるとは思えない ―― 見返りもないのにそんな事をやっていられるのは陸奥○明流ぐらいのものだろう。
それでもウルハンガの考えが根強く残っているのは、厳密に言えばそれが『崇拝』ではないからかもしれない。
なぜならウルハンガの唱えている『物事に絶対の善も悪も無く、全ては相対的なもの』とする考えは、宗教と相容れないものではない。
元の世界において『宗教の聖典』に書いてある内容を事実では無いと考えつつ、それに敬意を払って毎日読み上げている敬虔な信徒は別に珍しくは無かった。
だから現在のウルハンガの教えを信奉する人間の多くは、別の神を崇拝しているのではないだろうか。
それまで通りの崇拝によって恩恵を受けつつ、また別の思想によりその神の信徒が一般に求められるものと別の考えを抱くようになる ―― これはオレにとってはさして問題だとは思わないけど、宗教とその教えがその人間の人生に極めて密接に関わっているこの世界では善悪抜きに重大な問題だ。
モラーニ達がウルハンガの教えをこれほどまでに脅威視するのは、それが理由なのだろうか。
言い換えるとウルハンガは他の神々のように、自然現象だとか、身近な事象を司るのでは無く、自分が語る哲学の神のように思えてくる。
だから信者はいなくとも、その考えを信じる人間がいる限り存在し続けるのかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
オレはひとしきり説教を受けたところで、院長室を後にした。
とりあえずモラーニ ―― というよりは聖女教会側の考えは理解出来た。
その教えがどこまで千年前の真実を反映しているのかは分からないけど、とにかくオレの想像を遙かにぶっちぎってウルハンガは恐れられ忌み嫌われているらしい。
だがこれは推測だけど、ウルハンガの真理そのものについてモラーニも詳しい事は知らないと思う。
もちろん別に彼女の頭が悪いわけでは無い。
オレが簡単に理解出来たのは、元の世界ではウルハンガの教えがむしろ当たり前だったからであって、こっちの世界では馴染みの無い『超越』した理論なのだろう。
それが分かっただけでも一つの収穫だったとも言える。
自分の感覚で迂闊にウルハンガの事を語っていたら、あの優しいモラーニですらどんな態度に出て来たのか分からない。
そして悲しい事だけど、そんな人間がこの世界ではむしろ『標準』なのだ。
今までにもオレとこの世界の住民との考えの違いを思い知らされる事はしょっちゅうだったけど、今回の断絶はちょっと堪えるな。
元の世界ではごく当たり前の思想が、この世界では忌み嫌われ、時には戦争すら招きかねない事を思い知らされたからだ。
そこで少しばかり落ち込んだが、ここでこちらが歩みを止める事は出来ない。
オレが悩んでいる間も、きっとウルハンガは『何か』をしているはずだ。
彼を止めるにしろ、味方するにしろ、できる限りの事を知らねばならない事にかわりは無いのだ。
そんなわけでオレは別の関係者 ―― 負傷して現在はこの村で手当を受けているエウスブス ―― の話を聞きに行くことにした。
エウスブスのいる場所はすぐに分かった。傷の手当てを受けた後で村はずれにある今は無人の小屋で休んでいるらしい。
たぶん『虐殺の神』の信徒なので恐れられて、距離を置かれているのだろうな。
怪我人とはいえ死を恐れぬ戦闘教団の信徒で、スイッチが入ったら虐殺を始めかねない相手ともなれば、村人にとっては十分に恐ろしい相手だろう。
もちろんオレも警戒を怠るわけにはいかないが、エウスブスは一応、話は通じる相手だし、何よりも聞きたい事がいろいろとあるので、ここは危険を承知で行くしかない。
「やあ。アルタシャ」
オレが決意を固め、がたつくドアを開けると、そこでエウスブスは待っていたと言わんばかりに応じてきた。
「君が僕の事を村人に連絡してくれたと聞いたよ。つまり僕にとって君は命の恩人だね」
この愛想のよい態度だけなら文字通りの『さわやかな好青年』にしか見えないな。
一皮むくと何をするか分からない人なんだけど、今はそれよりも優先すべき事がある。
「ところで他の人たちは……」
オレとしても助かったのがエウスブス一人だけというのは、ちょっとばかり心が痛む。
「それは仕方ないさ。彼らもいつ何時、我らの神のところに逝くか分からない事を覚悟の上で、シャガーシュの教団に入信したのだからね」
一緒にいた仲間が全滅し、自分も一歩間違えば同じ運命だった事を知っていても、エウスブスの態度には何の陰りも無い。
虚勢を張っているとかそういう話ではなく、本当に割り切っているらしい。
元の世界の基準だと『死んでも神のところにいけるから、死ぬ事は恐ろしくない』と本気で信じているのは『狂信者』と呼ばれるけど、神様が実在していて実際に信徒に恩恵を与えてくれているこの世界では、これが普通の価値観なのだろうか。
それともやっぱりエウスブスも見た目が好青年なだけで、狂信者の部類に入るのか。
こっちの世界に来て結構経つオレだけど、さすがに軽々しく結論を出すわけには行かない話題だ。
何より重要なのはここから先なのだ。
「ところでいったい何があったのですか? 戦った相手は誰だったんです?」
「僕達が戦ったのは『裏切りものグバシ』の信徒だよ」
たしか『裏切りもの』は敵対者からのウルハンガに対する蔑称だったな。
ここはちょっとばかり脳内の資料を紐解いて見るとしよう。
『裏切りものグバシ ―― グバシとは古代西方語で『忌まわしい嘘つき』『卑劣な詐欺師』を意味する』
今ではウルハンガは古語だからこそ、嫌っている側も普通に使っているけど、その時代では敵対者がそのまま呼ぶのは難しいだろうからな。
そんなわけでそんな蔑称がつけられたというわけか。
そうするとやっぱりエウスブスも、ウルハンガを打倒すべく探していたということなのかな。
「そのグバシの信徒とはどんな人達なんですか?」
「彼らの信奉するグバシは人々に悪徳を善と誤解させ、受け入れさせる神なんだ」
なるほど。おおむねウルハンガに対するモラーニの評価と同じようなものだな。
「僕達と戦ったのは下っ端の連中だけど、高位の信徒は表向きは善意と良心の人間であるかのように振る舞いつつ、その裏で暗黒の秘儀に通じていて、邪悪な享楽に身をゆだねているらしいね」
もしもそれがあのウルハンガの信徒だとしたら、元の世界でもよくある『正義は人の数だけある』という理屈を『自分の行動は正義』とねじ曲げたタイプだろう。
ウルハンガ自身が悪いワケではないにしろ、そんな輩が出てくると、モラーニ達のように敵視している側の気持ちも分かってくるな。
「君には僕たちが『金髪の美しい人』を探していると伝えたね」
「ええ……覚えていますよ」
その『金髪の美しい人』がウルハンガすなわちグバシという事なんだな。
ちょっとばかりややこしいけど、これまでの話からすれば、エウスブス達はウルハンガがグバシの信徒と合流する事を恐れて行動していたのだろうか。
だけどオレのそんな身込みは甘かった。
いつものことだけど、この話のややこしさと入り込み具合はそんな生ぬるいものではなかったのだ。
少なくとも彼女は千年前にウルハンガが倒された戦いについては『遠い異国の地』で行われたというだけで詳しい事を知らない。
実際、ここにあった資料でもそんな事は分からなかった。
つまり今のウルハンガが復活のために、過去の自分が滅びた場所だとか、その戦いの中身について調べるためにここを訪れたワケではないということを意味している。
だったら何が目的だったのだろうか。
オレがまだ気付いていない何かがここにあるのだろうか?
それともいつものごとくオレが何か大事な事を見落としているのか。
そんな事を考えている間にもモラーニは説明を続けている。
「そして悲しい事に未だにウルハンガに騙され続け、それを偉大な神と誤解している者が大勢いるのです」
「その人達はウルハンガをどう思って支持しているのですか?」
「単にウルハンガをかつて存在した『光の神の一柱』として信仰している事も多いようです。その誤った信心が死せる邪神に力を与えかねない事が分かっていないのですから困ったものです」
さすがにその『ウルハンガ』本人らしき相手がここを訪れていたとは、モラーニも思わなくて当然か。
そんな事が本当に起きていたら説教ぐらいで済むわけないよな。
「しかしただの誤解ならばまだマシですが、ウルハンガの教えを信奉し、それを広めようとしている者も少なくありません」
「その教えとはいかなるものなのですか?」
もちろんオレはウルハンガの考えを知っている ―― それが全てなのかどうかは分からないけど、元の世界においてはむしろ普通の考えに近いものだ。
しかしモラーニがそれをどんなものとして受け止めているのかは知っておきたい。
オレ自身、迂闊に口にしたらどんなことになるのか分からないからな。
だがここでモラーニはオレに向けてとがめ立てするような視線を注ぐ。
「それはあなたが知るべきではない事です」
いつものことだけど『大人は肝心な事を教えてくれない』というヤツだな。
モラーニの認識からすればウルハンガの教えは『魂を汚染する』ものらしいので、子供達がそれに触れる事を望まないのは当然だ。
たぶんそれを排除するために、ある程度の知識を得ることは許されても深く考察するような真似は認められないのだろう。
「ただしウルハンガの教えを奉じるものは、殆どの場合、自分の考えが死せる邪神由来のものだと知らないか、知っている者に騙されている事が多いようです」
まあウルハンガの考えが、今でも受け継がれているなら、その由来などどうでもいい人間の方が多いだろうな。
「それ故に、その考えが何も知らぬ無知なものに広まった結果として戦争となった街や国が幾つもありました。この湖の向かいで燃えていたドスカロスが攻められたのもそれが理由だという噂です」
「え?」
その町の住民だって全員がウルハンガに帰依していたワケでは無いはずなのに、広まっただけで戦争になるとは。
しかしそれを考えると、ウルハンガの思想は本当にこの世界の少なからぬ住民にとっては、文字通り命を賭ける程の重大事であるらしい。
「噂ですけど、かの街ではウルハンガを『善の存在』だと信じるもの達が勃興し、それを復活させるべく行動していたそうです。そしてそれを知ったもの達が攻め込んで力尽くで彼らを排除したとの事です」
それではまさか『あのウルハンガ』はそうやって復活したのか?
あの少年の姿は復活の呪文 ―― もとい儀式が不完全だったのであんな中途半端な形になったのかもしれない。
そして恐らくシャガーシュの連中はそのウルハンガの事をある程度まで知っていたから、ここまで来て探していたのではないだろうか。
しかしここでオレはちょっとばかり違和感を抱く。
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この世界の神様は、基本的には崇拝を受けてその見返りに恩恵を信徒に与える。
一神教徒の聖者などいろいろなバリエーションはあるが、基本的には信徒と神はギブアンドテイクの関係だ。
いくら何でも神様が滅んでいるのに、子々孫々に渡り千年もその教えと崇拝を受け継いでいるような一族がいるとは思えない ―― 見返りもないのにそんな事をやっていられるのは陸奥○明流ぐらいのものだろう。
それでもウルハンガの考えが根強く残っているのは、厳密に言えばそれが『崇拝』ではないからかもしれない。
なぜならウルハンガの唱えている『物事に絶対の善も悪も無く、全ては相対的なもの』とする考えは、宗教と相容れないものではない。
元の世界において『宗教の聖典』に書いてある内容を事実では無いと考えつつ、それに敬意を払って毎日読み上げている敬虔な信徒は別に珍しくは無かった。
だから現在のウルハンガの教えを信奉する人間の多くは、別の神を崇拝しているのではないだろうか。
それまで通りの崇拝によって恩恵を受けつつ、また別の思想によりその神の信徒が一般に求められるものと別の考えを抱くようになる ―― これはオレにとってはさして問題だとは思わないけど、宗教とその教えがその人間の人生に極めて密接に関わっているこの世界では善悪抜きに重大な問題だ。
モラーニ達がウルハンガの教えをこれほどまでに脅威視するのは、それが理由なのだろうか。
言い換えるとウルハンガは他の神々のように、自然現象だとか、身近な事象を司るのでは無く、自分が語る哲学の神のように思えてくる。
だから信者はいなくとも、その考えを信じる人間がいる限り存在し続けるのかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
オレはひとしきり説教を受けたところで、院長室を後にした。
とりあえずモラーニ ―― というよりは聖女教会側の考えは理解出来た。
その教えがどこまで千年前の真実を反映しているのかは分からないけど、とにかくオレの想像を遙かにぶっちぎってウルハンガは恐れられ忌み嫌われているらしい。
だがこれは推測だけど、ウルハンガの真理そのものについてモラーニも詳しい事は知らないと思う。
もちろん別に彼女の頭が悪いわけでは無い。
オレが簡単に理解出来たのは、元の世界ではウルハンガの教えがむしろ当たり前だったからであって、こっちの世界では馴染みの無い『超越』した理論なのだろう。
それが分かっただけでも一つの収穫だったとも言える。
自分の感覚で迂闊にウルハンガの事を語っていたら、あの優しいモラーニですらどんな態度に出て来たのか分からない。
そして悲しい事だけど、そんな人間がこの世界ではむしろ『標準』なのだ。
今までにもオレとこの世界の住民との考えの違いを思い知らされる事はしょっちゅうだったけど、今回の断絶はちょっと堪えるな。
元の世界ではごく当たり前の思想が、この世界では忌み嫌われ、時には戦争すら招きかねない事を思い知らされたからだ。
そこで少しばかり落ち込んだが、ここでこちらが歩みを止める事は出来ない。
オレが悩んでいる間も、きっとウルハンガは『何か』をしているはずだ。
彼を止めるにしろ、味方するにしろ、できる限りの事を知らねばならない事にかわりは無いのだ。
そんなわけでオレは別の関係者 ―― 負傷して現在はこの村で手当を受けているエウスブス ―― の話を聞きに行くことにした。
エウスブスのいる場所はすぐに分かった。傷の手当てを受けた後で村はずれにある今は無人の小屋で休んでいるらしい。
たぶん『虐殺の神』の信徒なので恐れられて、距離を置かれているのだろうな。
怪我人とはいえ死を恐れぬ戦闘教団の信徒で、スイッチが入ったら虐殺を始めかねない相手ともなれば、村人にとっては十分に恐ろしい相手だろう。
もちろんオレも警戒を怠るわけにはいかないが、エウスブスは一応、話は通じる相手だし、何よりも聞きたい事がいろいろとあるので、ここは危険を承知で行くしかない。
「やあ。アルタシャ」
オレが決意を固め、がたつくドアを開けると、そこでエウスブスは待っていたと言わんばかりに応じてきた。
「君が僕の事を村人に連絡してくれたと聞いたよ。つまり僕にとって君は命の恩人だね」
この愛想のよい態度だけなら文字通りの『さわやかな好青年』にしか見えないな。
一皮むくと何をするか分からない人なんだけど、今はそれよりも優先すべき事がある。
「ところで他の人たちは……」
オレとしても助かったのがエウスブス一人だけというのは、ちょっとばかり心が痛む。
「それは仕方ないさ。彼らもいつ何時、我らの神のところに逝くか分からない事を覚悟の上で、シャガーシュの教団に入信したのだからね」
一緒にいた仲間が全滅し、自分も一歩間違えば同じ運命だった事を知っていても、エウスブスの態度には何の陰りも無い。
虚勢を張っているとかそういう話ではなく、本当に割り切っているらしい。
元の世界の基準だと『死んでも神のところにいけるから、死ぬ事は恐ろしくない』と本気で信じているのは『狂信者』と呼ばれるけど、神様が実在していて実際に信徒に恩恵を与えてくれているこの世界では、これが普通の価値観なのだろうか。
それともやっぱりエウスブスも見た目が好青年なだけで、狂信者の部類に入るのか。
こっちの世界に来て結構経つオレだけど、さすがに軽々しく結論を出すわけには行かない話題だ。
何より重要なのはここから先なのだ。
「ところでいったい何があったのですか? 戦った相手は誰だったんです?」
「僕達が戦ったのは『裏切りものグバシ』の信徒だよ」
たしか『裏切りもの』は敵対者からのウルハンガに対する蔑称だったな。
ここはちょっとばかり脳内の資料を紐解いて見るとしよう。
『裏切りものグバシ ―― グバシとは古代西方語で『忌まわしい嘘つき』『卑劣な詐欺師』を意味する』
今ではウルハンガは古語だからこそ、嫌っている側も普通に使っているけど、その時代では敵対者がそのまま呼ぶのは難しいだろうからな。
そんなわけでそんな蔑称がつけられたというわけか。
そうするとやっぱりエウスブスも、ウルハンガを打倒すべく探していたということなのかな。
「そのグバシの信徒とはどんな人達なんですか?」
「彼らの信奉するグバシは人々に悪徳を善と誤解させ、受け入れさせる神なんだ」
なるほど。おおむねウルハンガに対するモラーニの評価と同じようなものだな。
「僕達と戦ったのは下っ端の連中だけど、高位の信徒は表向きは善意と良心の人間であるかのように振る舞いつつ、その裏で暗黒の秘儀に通じていて、邪悪な享楽に身をゆだねているらしいね」
もしもそれがあのウルハンガの信徒だとしたら、元の世界でもよくある『正義は人の数だけある』という理屈を『自分の行動は正義』とねじ曲げたタイプだろう。
ウルハンガ自身が悪いワケではないにしろ、そんな輩が出てくると、モラーニ達のように敵視している側の気持ちも分かってくるな。
「君には僕たちが『金髪の美しい人』を探していると伝えたね」
「ええ……覚えていますよ」
その『金髪の美しい人』がウルハンガすなわちグバシという事なんだな。
ちょっとばかりややこしいけど、これまでの話からすれば、エウスブス達はウルハンガがグバシの信徒と合流する事を恐れて行動していたのだろうか。
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