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第10章 神造者とカミツクリ
第229話 明かされる『カミツクリ』
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オレの前でテセルはいかにも誇らしげに説教を始めていた。
「いいかね。よく聞きたまえ。我がフォンリット帝国と、他の遅れた地域とでは何が決定的に違うのか。それは僕たち神造者の存在だ」
「もっと具体的に教えてくれませんかね」
いつもの事だが、この世界の人間は『自分達こそが世界一素晴らしい文化と宗教を持っている』と考え、それに基づく前置きが長すぎる。
「いいだろう。まず神とは不変・不滅の存在では無い。時を重ね、信仰が広まっていくに従って変質していくものなのだ。たとえば初めは『戦神』とされていたものが後世には商売や天候など元来、有していなかった権能を持つことなど当たり前。外見や性格どころか性別まで異なっていることすら珍しくない」
「それぐらいの事なら、こっちだってよく知っていますよ」
今まで何度、信仰や神話というもののあいまいさ、頼りなさに直面してきたか。
そんな事知りたくも無かったのに、オレ以上に思い知らされてきた人間はそうそういないだろうな。
「それで殆どの人間は自分達が崇拝しているのが『正当』だと信じていて、異なるものは良くて無関心、時には敵対関係になるんですよね」
「ふむ。よかろう。それが分かっているなら話は早い。そしてこのフォンリット帝国では
『人間の崇拝により神が新たに生まれ、また別の形へと変化していくのならば、それを一つの体系に基づいて意図的に行うことで、より効率的で有益な崇拝を行うことが出来る』
という理論を唱えている。その理論を『カミツクリ』という」
そういうことか。
元の世界だって教義やその解釈について唱える連中が、自分達に都合よく変えていくのはよくある事だった。
それと同じ事をテセル達は神様が実在し、信徒に実際に恩恵を与えているこの世界でも実践しているらしい。
「その『カミツクリ』理論に基づき、帝国における神話を『公式神話』として修正・操作し、また崇拝を維持・管理する役目を与えられたのが僕たち神造者なのだよ」
そういって胸の八角形の装身具を指し示すテセルは本当に誇らしげだ。
「今や帝国では季節の移り変わり、地域の自然環境、そして星々の運行や消長も我ら神造者が管理している。そしてその我らの研究の集大成とも言えるのが、あの『新しき月』というわけだ」
神様が世界を動かしていて、その神の力の原動力が信徒の捧げる崇拝であるならば、その崇拝を操る事で神を操作し、それによって世界を改変するのがテセルの言う『カミツクリ』という理論であるらしい。
なるほど。帝国についての知識が他の地域では殆ど得られないのは、この思想がまったく相容れず、たぶん理解されていないからなのだろう。
「断っておくが『神造者』と言ってもピンキリだ。この僕は帝国首都の神造者学院を十六歳で卒業したけど、殆どの卒業生は僕より十歳は年上なんだぞ。つまり僕は『天才』だってことだな」
普通だったら半ば呆れて『ハイハイ』と聞き流すところだが、つい先ほどこのオレでも命がけで止めるのが精一杯だった相手を一蹴したテセルの実力を見ると、受け入れざるを得ない。
そして他にも尋ねる事が幾つもあった。
「それでは先ほどの『廃神』というのは一体何だったんですか?」
「まず帝国に新たに参加した地域において、それまで現地で崇拝されていた神は帝国の公式神話に組み込まれる事になる。山や街など明白に司る対象のある神や、豊穣や天候など、どこででも崇拝される権能を持つ神であれば、公式神話に組み入れるのも難しくはない。しかし雑多な神性の中には、組み込む必要性を認められなかった、神話の中の位置づけを決める事が出来なかった、などという理由で取りこぼしが出てしまう事も多い」
「それがさっきの怪物なんですか?」
「もちろん殆どは信仰されなくなった結果、力を失って消滅していくが、中には衰えつつもある程度の力を残す例もある。それを僕たち神造者は『廃神』と呼ぶんだ」
意味は分かったけど、曲がりなりにも神だった存在に対してあんまりな呼び方だな。
本当にこいつらは自分達の基準でしか評価していないのだろう。
「そして廃神の中には、自分たちを信仰しなくなった人間を恨み、無差別に攻撃するような存在も出てくる。それがさっき相手した奴だ」
「そこまでは分かりますけど……いったいどうやってあの化け物を倒したんです」
日本でも『女をさらっていく山神様』の正体が巨大な白猿だとか、そのたぐいの怪物でそれを英雄が倒すという話は結構あったようだが、テセルの場合はまるで掃除でもするかのように簡単に『廃神』を消滅させてしまったのだ。
「別に倒しちゃいない。カミツクリ理論において神はその『権能』、つまり司る事象によって分類され、信徒から崇拝を受ける。あの廃神はおおかた水晶を産出する山の神として崇拝されていたが信徒が帝国に帰依して忘れられたのだろう。だから――」
テセルはここで少々もったいぶるように言葉を切った。
「だから、何ですか?」
「僕が『再定義』し、鉱物と鍛冶屋の神ロドウリルの眷属に加えてやったのさ。これであれはもう廃神ではなくなったから、この世界から消え失せたように見えただけだ。本来ならば神とはその権能 ―― 例えば天候や山、更には軍事や商売など ―― を通じてしか人間の世界に関わる事は出来ない。だから逆を言えば、直接我々が目の当たりに出来る存在は、正式な『神』ではない事になる」
「さっきの『あれ』が消えたように見えたのは、正式な神となったからなの?」
「正確に言えば『神の眷属』だが、大筋ではお前の言う通りだ。つまり僕は世界におけるあいつの居場所を提供してやったということさ」
そこまで言ったところで、テセルは自慢げに宣言する。
「もちろんこんなに簡単にできるのは、僕が並外れたエリート神造者だからだぞ。並の神造者だったら調査の上で長い儀式を行ってようやく出来る行為なんだからな」
テセルの自慢はともかく、この地域における神と人との関わりは、他の地域とは全く別物だという事はよく分かった。
神様が実在するこの世界でも『歴史の中で信仰が生まれ、それが時代と共に変わっていく』のならば、それを逆手にとって『人間に扱いやすい都合のいい神様』にしようと考えるヤツが出て来ても何の不思議も無い。
この前に出会ったウルハンガは『人間を神々から解放する』だけでなく『神々も人間から解放する』と言っていたが、それは『人間と神が互いを拘束しあっている』という観点から、オレがやってきた元の世界のように、神の教義や神話と人間を切り離すものだった。
しかしこのフォンリット帝国では神の教義や神話をその都度、人間が都合よく変えるのが当たり前になっているらしい。
つまり『人間が神を拘束する』という点では『ウルハンガの対極』という事になるだろうか。
それがオレにとってどんな事態を招くのかは、全く予想も出来ないけどな。
「いいかね。よく聞きたまえ。我がフォンリット帝国と、他の遅れた地域とでは何が決定的に違うのか。それは僕たち神造者の存在だ」
「もっと具体的に教えてくれませんかね」
いつもの事だが、この世界の人間は『自分達こそが世界一素晴らしい文化と宗教を持っている』と考え、それに基づく前置きが長すぎる。
「いいだろう。まず神とは不変・不滅の存在では無い。時を重ね、信仰が広まっていくに従って変質していくものなのだ。たとえば初めは『戦神』とされていたものが後世には商売や天候など元来、有していなかった権能を持つことなど当たり前。外見や性格どころか性別まで異なっていることすら珍しくない」
「それぐらいの事なら、こっちだってよく知っていますよ」
今まで何度、信仰や神話というもののあいまいさ、頼りなさに直面してきたか。
そんな事知りたくも無かったのに、オレ以上に思い知らされてきた人間はそうそういないだろうな。
「それで殆どの人間は自分達が崇拝しているのが『正当』だと信じていて、異なるものは良くて無関心、時には敵対関係になるんですよね」
「ふむ。よかろう。それが分かっているなら話は早い。そしてこのフォンリット帝国では
『人間の崇拝により神が新たに生まれ、また別の形へと変化していくのならば、それを一つの体系に基づいて意図的に行うことで、より効率的で有益な崇拝を行うことが出来る』
という理論を唱えている。その理論を『カミツクリ』という」
そういうことか。
元の世界だって教義やその解釈について唱える連中が、自分達に都合よく変えていくのはよくある事だった。
それと同じ事をテセル達は神様が実在し、信徒に実際に恩恵を与えているこの世界でも実践しているらしい。
「その『カミツクリ』理論に基づき、帝国における神話を『公式神話』として修正・操作し、また崇拝を維持・管理する役目を与えられたのが僕たち神造者なのだよ」
そういって胸の八角形の装身具を指し示すテセルは本当に誇らしげだ。
「今や帝国では季節の移り変わり、地域の自然環境、そして星々の運行や消長も我ら神造者が管理している。そしてその我らの研究の集大成とも言えるのが、あの『新しき月』というわけだ」
神様が世界を動かしていて、その神の力の原動力が信徒の捧げる崇拝であるならば、その崇拝を操る事で神を操作し、それによって世界を改変するのがテセルの言う『カミツクリ』という理論であるらしい。
なるほど。帝国についての知識が他の地域では殆ど得られないのは、この思想がまったく相容れず、たぶん理解されていないからなのだろう。
「断っておくが『神造者』と言ってもピンキリだ。この僕は帝国首都の神造者学院を十六歳で卒業したけど、殆どの卒業生は僕より十歳は年上なんだぞ。つまり僕は『天才』だってことだな」
普通だったら半ば呆れて『ハイハイ』と聞き流すところだが、つい先ほどこのオレでも命がけで止めるのが精一杯だった相手を一蹴したテセルの実力を見ると、受け入れざるを得ない。
そして他にも尋ねる事が幾つもあった。
「それでは先ほどの『廃神』というのは一体何だったんですか?」
「まず帝国に新たに参加した地域において、それまで現地で崇拝されていた神は帝国の公式神話に組み込まれる事になる。山や街など明白に司る対象のある神や、豊穣や天候など、どこででも崇拝される権能を持つ神であれば、公式神話に組み入れるのも難しくはない。しかし雑多な神性の中には、組み込む必要性を認められなかった、神話の中の位置づけを決める事が出来なかった、などという理由で取りこぼしが出てしまう事も多い」
「それがさっきの怪物なんですか?」
「もちろん殆どは信仰されなくなった結果、力を失って消滅していくが、中には衰えつつもある程度の力を残す例もある。それを僕たち神造者は『廃神』と呼ぶんだ」
意味は分かったけど、曲がりなりにも神だった存在に対してあんまりな呼び方だな。
本当にこいつらは自分達の基準でしか評価していないのだろう。
「そして廃神の中には、自分たちを信仰しなくなった人間を恨み、無差別に攻撃するような存在も出てくる。それがさっき相手した奴だ」
「そこまでは分かりますけど……いったいどうやってあの化け物を倒したんです」
日本でも『女をさらっていく山神様』の正体が巨大な白猿だとか、そのたぐいの怪物でそれを英雄が倒すという話は結構あったようだが、テセルの場合はまるで掃除でもするかのように簡単に『廃神』を消滅させてしまったのだ。
「別に倒しちゃいない。カミツクリ理論において神はその『権能』、つまり司る事象によって分類され、信徒から崇拝を受ける。あの廃神はおおかた水晶を産出する山の神として崇拝されていたが信徒が帝国に帰依して忘れられたのだろう。だから――」
テセルはここで少々もったいぶるように言葉を切った。
「だから、何ですか?」
「僕が『再定義』し、鉱物と鍛冶屋の神ロドウリルの眷属に加えてやったのさ。これであれはもう廃神ではなくなったから、この世界から消え失せたように見えただけだ。本来ならば神とはその権能 ―― 例えば天候や山、更には軍事や商売など ―― を通じてしか人間の世界に関わる事は出来ない。だから逆を言えば、直接我々が目の当たりに出来る存在は、正式な『神』ではない事になる」
「さっきの『あれ』が消えたように見えたのは、正式な神となったからなの?」
「正確に言えば『神の眷属』だが、大筋ではお前の言う通りだ。つまり僕は世界におけるあいつの居場所を提供してやったということさ」
そこまで言ったところで、テセルは自慢げに宣言する。
「もちろんこんなに簡単にできるのは、僕が並外れたエリート神造者だからだぞ。並の神造者だったら調査の上で長い儀式を行ってようやく出来る行為なんだからな」
テセルの自慢はともかく、この地域における神と人との関わりは、他の地域とは全く別物だという事はよく分かった。
神様が実在するこの世界でも『歴史の中で信仰が生まれ、それが時代と共に変わっていく』のならば、それを逆手にとって『人間に扱いやすい都合のいい神様』にしようと考えるヤツが出て来ても何の不思議も無い。
この前に出会ったウルハンガは『人間を神々から解放する』だけでなく『神々も人間から解放する』と言っていたが、それは『人間と神が互いを拘束しあっている』という観点から、オレがやってきた元の世界のように、神の教義や神話と人間を切り離すものだった。
しかしこのフォンリット帝国では神の教義や神話をその都度、人間が都合よく変えるのが当たり前になっているらしい。
つまり『人間が神を拘束する』という点では『ウルハンガの対極』という事になるだろうか。
それがオレにとってどんな事態を招くのかは、全く予想も出来ないけどな。
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