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第10章 神造者とカミツクリ

第230話 『人の身』と『神の身』と

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 以前に出会ったホン・イールはいろいろな信仰について、あくまでも研究者として距離をおいて接していた。
 だがテセルから聞いた限りでは『神造者』というのは信仰を自分達に有利になるよう利用する事だけを考えているのだ。
 言ってみれば神や精霊を『利用可能な資源』ととらえ、信徒の捧げる崇拝は『そのためのコスト』であり、元の世界で資源を加工し、自然を開発するのに近い感覚で、神々を操作しているらしい。

「さてと……だいたい話はしたが、それではこっちの疑問にも答えてもらおうか」

 テセルはこっちに厳しい視線を注いできたので、オレはちょっとばかり身構える。

「とりあえずお前の名前は?」
「……アルタシャです」

 正直に答える ―― と言ってもこれも偽名だけど ―― のはどうかと思ったが、テセルにもこれだけ説明させたのだから、相応の誠意をこちらも示さねばならないだろう。

「そうか。それは分かった」

 あっさりスルーした?
 オレの事を知らないのか、それとも知っていても気にしないのか。この帝国は地理的にも政治的にも他の地域とは隔絶しているので、それは今のところは分からないな。

「それでお前は何をしにこの帝国に来たんだ?」

 ここで『ただの観光旅行です』などと答えられたら、随分と楽なんだけど、いくら何でもそんな話が聞き入れられると思うほど、オレもバカでは無い。
 だがどう返答すべきか躊躇しているとテセルはたたみかけるように寄ってくる。

「まさか神造者を敵視する連中の手先で、帝国の転覆でも目論んでいるのか?」
「そんなわけありますか!」
「冗談だよ。本当にそんな事を目論んで送り込まれてきたヤツが、この帝国について何も知らないはずがないからな」
「どういたしまして」

 まったくオレの周囲の連中はどうしてこうも人を振り回す輩ばかりなのかね。
 もっともオレ自身があっちこっちで大騒動に関わってきたから、人の事は言えないのかもしれないけど。

「こっちはただ単にこの地について知りたかっただけですよ。見聞を広めるのは悪い事ではないでしょう」
「まあな。ところで僕の見たところお前はとっくに神界にその身をおけるだけの崇拝を集めているようだが――」
「ちょっと待って下さい。そんな事が見ただけで分かるんですか?」
「当たり前だ。相手の神格を感知するのは神造者の初歩の能力だぞ。それはともかく改めて聞くが、なぜお前は『人の身』のままなんだ? どうしてこの人の世にいつまでもとどまっている?」
「神の世界になど興味は無いからですよ」

 そりゃまあオレだって『人の身』であることの不便さは何度も突きつけられてきたけど、そもそも神様になりたいなんて思ってないし、もっと言えば『女神』として崇拝されるのは、羞恥の極みだよ。
 しかしそれはたぶんテセルの奉じる『カミツクリ』からすると ―― むしろこの世界の基準からすると ―― かなり異端の存在なのだろう。
 だがオレの言葉を聞いたテセルは、いかにも大げさな様子で頭に手を当てる。

「ふう……お前のような存在は神造者学院でも教えてくれなかったな。まったく世界は広いというべきか、それとも狭いから僕の前に姿を見せたのか……いろいろと悩ましい」

 そんな事で悩むのかよ!
 やっぱりコイツもいろいろとおかしい。

「それであなたの言う『カミツクリ』でこっちをどうにかするつもりなんですか?」

 この問いかけに対してテセルは小さく肩を落とす。

「残念だが……この僕にもそれは出来ないんだ」

 なんかマジで残念そうなんですけど、それはともかくどういう意図なんだろう。

「僕たち神造者は崇拝の対象として神界はじめ、異界にその身をおくものを操作できるが、この世界の存在には手を出せないのさ」
「それではさっきの『廃神』はどうなんですか?」

 あの巨大な怪物をアッサリと消滅 ―― テセルに言わせると再定義 ―― したのを見せつけられておいて『この世界の存在には手を出せない』と言われてもにわかには信じられない。

「だからあれは『かつての神』であり、半ば神界に身を置いていたから、その正しい場所に送り返しただけ。人の身を有するお前には同じ事は出来ないのさ」

 ここでテセルは『お手上げ』と言わんばかりに、今度はその肩をすくめる。

「我がカミツクリといえど、お前のような『ひねくれ者』まで想定出来ていないということだな。まあ一ついい教訓になったよ。これからはお前のような存在も我が帝国の公式神話に取り込めるよう研究するべきだと進言しておこう」

 本人を前にしてよくまあそんな無神経な事を口に出来るもんだな。

「光栄に思うがいいぞ。お前の存在が我が帝国の進歩発展に貢献出来るのだからな」

 まったくありがたすぎて涙が出て来そうだ。
 ただこのテセルも決して悪意で言っているわけではない。たぶん他の神格同様に、このオレも帝国の利用できる資源だという次元で捉えているだけなのだろう。

「もしもお前が望むなら、僕の方から研究の対象に申請してもいいんだぞ。お前のような希少な存在には価値があるからな」
「まったくもってお話にもなりません。きっぱりお断りします」
「そうなのか? もしもお前が最初の例となるのなら、その存在は神造者の記録に永遠に残るのだぞ。こんなチャンスは滅多にないのにやっぱり変わったヤツだ」

 コイツはマジでオレが『実験材料』になることを光栄に思うと考えているのか。
 たぶんテセルは自分たち神造者こそが、世界で最も優れた崇拝を実践していて、その進歩・発展について微塵も疑念を抱いていないのだろう。

「まあどうしてもダメというなら、こればっかりは仕方ない」

 テセルは明らかに落胆した様子だ。それを見てオレも少しは同情しようかと思ったが、やっぱりそれは早すぎた。

「これが精霊や神の眷属なら、僕の魔法で拘束してどうにでも出来たけど、相手が『人の身』ではどうすることも出来ないからな。いや。実に残念だよ」
「それは本当に残念でしたね!」

 正直に言って、オレ自身も自分がいつまでも『人の身』である事に感謝する時が来るとは思っても見なかったよ。
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