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第10章 神造者とカミツクリ
第288話 そして真実はいつものように――
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ここでワストリはテセルに対してゆっくりと迫る。
「テセル支部長。それではあなたは『神造者』として、これからどうされるおつもりです」
そうだ。ここで本当に重要なのはこのバッド・ディールの過去に何があったのかでもなければ、怪物の正体でもない。
いや。むしろ『怪物』なのはワストリ ―― というよりはワストリも歯車の一つに過ぎない神造者の組織だろう。
「今から真相についてこの街の住民に対して叫びますか?」
「そんな事をしても無益な混乱を招くだけだという事は分かっているさ。だいたいこんなちっぽけな地方都市一つでカタがつく問題でも無いだろうしな」
「なるほど。あくまでも中央に働きかけ、神造者の組織そのものを改革したい、と言うのがあなたの目的 ―― いや。野望なのですな」
「もちろんだよ」
「そうすると……ひとつ障害がありますな」
そしてここでワストリは改めてオレに視線を向ける。
その視線は喜びを発していた偽女神のものと違い、まるで何の感情もこもっていない『人形』のごときものに感じられた。
それだからこそ、ワストリの方があのまがい物の女神よりもよほど恐ろしく思えるのは、決して気のせいではないはずだ。
だがそこで横からテセルが口を挟んでくる。
「副支部長は彼女をどうすべきかと思っているのだね?」
「簡単な話ですよ。このような極めて希少で特異な存在は、是非とも徹底的に調査すべきですよ。それだけでも大きな功績と言えるでしょう」
なんだって?
つまりワストリはオレの正体に気付いていたのか。
いや。テセルは神格をごまかす魔法を使ったとは言っていたが、ワストリはそれを見抜いていたということか。
むしろオレが望みもしないのに大勢の信徒を抱えて、その気になれば神界にも入れる存在だと見抜いていたからこそ、あれこれと釘を刺しつつ今まで泳がせていたのかもしれない。
「支部長のそのために今まで手元においておられたのでございましょう? もう十分ではありませんか?」
え?! まさか? テセルがそんな事を考えているはずが ―― オレの身にヒヤリとしたものが駆け抜けた瞬間、それが一気に背骨を貫通するかのような衝撃となった。
テセルはアッサリと頷いたのだ。
「そうだな。それも悪くないか」
なんだって?
それではテセルはオレと一緒に行動し、信頼させた上で結局は捕らえて研究材料にするつもりだったのか!
くそう。
今までだって確かにロクでもない相手に捕まった事は何度もある。
しかし国家レベルの組織であり、過去に多くの神や精霊を自在にしてきた相手ともなれば、とても逃げられそうにないぞ。
だがここでテセルは更に宣言する。
「だけどそれは却下だな。彼女にはこのまま出ていってもらうさ」
「何ですと?! どういうおつもりですか!」
さすがにワストリは驚愕しているが、たぶんオレも同じぐらい驚いていたと思う。
「おいおい。僕たちは公僕である事を忘れたのかね? アルタシャは紛れも無く『人の身』だぞ。犯罪者でもないのに、身柄を拘束するなどそれこそ帝国の法に背く事だろう。君はその程度の道理も分からないほど耄碌しているのかね?」
「支部長……あなたはそれを本気で言っているのですか? いえ。自分が口にしている事の意味を理解されているのですかな」
ワストリの表情、そして言葉には警告めいた色が含まれている。
「当たり前だ。僕の言葉に何か間違っているところがあるかね? 一つでもあるなら副支部長は指摘してみたまえ」
「改めて確認しますけど、あなたの野望はこの帝国を、カミツクリを、自らの理想とする方向に進める事ではないのですか?」
「もちろんだ。だからこそ君の言う通りには出来ない」
そしてここでテセルはオレに向き直る。
「そういうわけだから、すぐにここから出ていきたまえ。どうやら潮時のようだ」
「え? だけど――」
これまでのワストリの態度からして、それはテセルにとって大きなリスクがあることなのは間違いないだろう。
副支部長も違法だとまでは言っていないから、いきなり処刑だの投獄だのされるとは思わないが、支部長をクビないし左遷の可能性は当然ありうる。
今後の出世に差し支えるどころか、下手をすれば一生浮かび上がれないところに飛ばされるかもしれないのだ。
それは当然、テセルの望みとは真逆の事なのは間違いない。
「なんだ? お前はこの僕と別れたくないのかな? それは実に嬉しいから今からでも寝所に――」
「最後の思い出がわたしに殴り倒された事になりたいんですか?」
いや。毎度のセクハラ発言に対し、ついついツッコミを入れてしまったが、この軽口はたぶんオレに余計な心配や心残りをさせないためのものなんだろう。
何というか初めてテセルを『カッコイイ』と思ってしまった気がするぞ。
「あとアンブラール神については、その容貌を空にさらさなければ大丈夫だからな。安心して立ち去るといい」
「ええ?!」
「前にも言ったがアンブラール神は天空と嵐の神だからな」
やっぱり簡単に避ける方法があったんじゃないか!
それは黙っていて、下心満載で脅して連れ回していたのか。『カッコイイ』と思ったのは、一瞬の幻想だったようだ。
うう。別れ際に教えてくれただけでも、感謝するしかないだろう。
「どうやら支部長は心底その者の色香に惑わされてしまったようですな」
「先ほども言ったが、その程度の事しか考えられないから、君はそこまでの人間なんだよ」
「私の心配よりもご自身の心配をなさったほうがよろしいのではないですかね」
もうワストリの表情も発言も完全に脅迫になっているな。
「ふん。この僕ほどの人間ともなれば、どこにいようとすぐに実力を示して、名声も地位も得てみせるさ。今回の事もいい勉強になったよ」
まるでワストリの脅迫など意に介さずテセルは断言する。
冷静に考えると、テセルも神造者として神や精霊を人間にとって都合よく操作する事は全然否定してないわけで、早い話が『コップの中の争い』でしかない。
だけどそれでも、やっぱりテセルにどうにかしてもらいたいと思うしかないだろう。
そしてオレはテセルとワストリの両方に一礼する。
「ワストリ副支部長……あなたの事は怖いとは思っていましたけど、別に嫌いではなかったですよ。あなたも自分の役目を果たそうとしただけなんでしょうからね」
「そのような事を言っても、私は籠絡はされんぞ」
「いいですよ。そんなつもりはありませんから。あとそれから ―― テセル。あなたの事は忘れませんよ」
「当たり前だろ。何年かして僕の名が帝国中、いや、大陸中に轟く事になったら、やってくるがいいさ。そうなった時にはお前の方からひれ伏して、臥所を共にさせて欲しいと願う事だろうよ」
「そんな時が来ることをこちらも祈ってはおきますよ」
あくまでも祈るだけだけどな。
オレはそれだけ言って、ドアを閉めると神造者支部とバッド・ディール市を後にした。
後ろ髪を引かれる思いが僅かでもあるのは、一応はテセルを『友人』と言うべき存在だと認識して、その身を案じているからのはずだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それ以降も神造者達は自分達に都合よく、神界や精霊界を操作する事を続け、それによる繁栄と共に数々の問題を引き起こし続けた。
ただ神造者の中には少数ながら、人間の欲望に根ざす行き過ぎた神話の操作について警鐘をならす勢力が現れて、内部の改革を根強く訴える動きが起きた。
その中心となった人物の若き日、そのように導いた美しき乙女がいたと言われるが、それは好意的な勢力からは
『神界や精霊界の荒廃を危惧したある女神の使徒ないし化身』
『とある美しき賢者の善導』
などと言われ、また反発する側からは
『神造者を脅威視した異国から送り込まれたスパイに扇動された』
『ただ単に美人にたぶらかされて道を踏み外しただけ』
などと非難されたが、その真相は双方の口論の中に紛れていくだけだった。
【後書き】
ここでカミツクリと神造者の話は一応の決着です。
お付き合い下さってありがとうございます。
「テセル支部長。それではあなたは『神造者』として、これからどうされるおつもりです」
そうだ。ここで本当に重要なのはこのバッド・ディールの過去に何があったのかでもなければ、怪物の正体でもない。
いや。むしろ『怪物』なのはワストリ ―― というよりはワストリも歯車の一つに過ぎない神造者の組織だろう。
「今から真相についてこの街の住民に対して叫びますか?」
「そんな事をしても無益な混乱を招くだけだという事は分かっているさ。だいたいこんなちっぽけな地方都市一つでカタがつく問題でも無いだろうしな」
「なるほど。あくまでも中央に働きかけ、神造者の組織そのものを改革したい、と言うのがあなたの目的 ―― いや。野望なのですな」
「もちろんだよ」
「そうすると……ひとつ障害がありますな」
そしてここでワストリは改めてオレに視線を向ける。
その視線は喜びを発していた偽女神のものと違い、まるで何の感情もこもっていない『人形』のごときものに感じられた。
それだからこそ、ワストリの方があのまがい物の女神よりもよほど恐ろしく思えるのは、決して気のせいではないはずだ。
だがそこで横からテセルが口を挟んでくる。
「副支部長は彼女をどうすべきかと思っているのだね?」
「簡単な話ですよ。このような極めて希少で特異な存在は、是非とも徹底的に調査すべきですよ。それだけでも大きな功績と言えるでしょう」
なんだって?
つまりワストリはオレの正体に気付いていたのか。
いや。テセルは神格をごまかす魔法を使ったとは言っていたが、ワストリはそれを見抜いていたということか。
むしろオレが望みもしないのに大勢の信徒を抱えて、その気になれば神界にも入れる存在だと見抜いていたからこそ、あれこれと釘を刺しつつ今まで泳がせていたのかもしれない。
「支部長のそのために今まで手元においておられたのでございましょう? もう十分ではありませんか?」
え?! まさか? テセルがそんな事を考えているはずが ―― オレの身にヒヤリとしたものが駆け抜けた瞬間、それが一気に背骨を貫通するかのような衝撃となった。
テセルはアッサリと頷いたのだ。
「そうだな。それも悪くないか」
なんだって?
それではテセルはオレと一緒に行動し、信頼させた上で結局は捕らえて研究材料にするつもりだったのか!
くそう。
今までだって確かにロクでもない相手に捕まった事は何度もある。
しかし国家レベルの組織であり、過去に多くの神や精霊を自在にしてきた相手ともなれば、とても逃げられそうにないぞ。
だがここでテセルは更に宣言する。
「だけどそれは却下だな。彼女にはこのまま出ていってもらうさ」
「何ですと?! どういうおつもりですか!」
さすがにワストリは驚愕しているが、たぶんオレも同じぐらい驚いていたと思う。
「おいおい。僕たちは公僕である事を忘れたのかね? アルタシャは紛れも無く『人の身』だぞ。犯罪者でもないのに、身柄を拘束するなどそれこそ帝国の法に背く事だろう。君はその程度の道理も分からないほど耄碌しているのかね?」
「支部長……あなたはそれを本気で言っているのですか? いえ。自分が口にしている事の意味を理解されているのですかな」
ワストリの表情、そして言葉には警告めいた色が含まれている。
「当たり前だ。僕の言葉に何か間違っているところがあるかね? 一つでもあるなら副支部長は指摘してみたまえ」
「改めて確認しますけど、あなたの野望はこの帝国を、カミツクリを、自らの理想とする方向に進める事ではないのですか?」
「もちろんだ。だからこそ君の言う通りには出来ない」
そしてここでテセルはオレに向き直る。
「そういうわけだから、すぐにここから出ていきたまえ。どうやら潮時のようだ」
「え? だけど――」
これまでのワストリの態度からして、それはテセルにとって大きなリスクがあることなのは間違いないだろう。
副支部長も違法だとまでは言っていないから、いきなり処刑だの投獄だのされるとは思わないが、支部長をクビないし左遷の可能性は当然ありうる。
今後の出世に差し支えるどころか、下手をすれば一生浮かび上がれないところに飛ばされるかもしれないのだ。
それは当然、テセルの望みとは真逆の事なのは間違いない。
「なんだ? お前はこの僕と別れたくないのかな? それは実に嬉しいから今からでも寝所に――」
「最後の思い出がわたしに殴り倒された事になりたいんですか?」
いや。毎度のセクハラ発言に対し、ついついツッコミを入れてしまったが、この軽口はたぶんオレに余計な心配や心残りをさせないためのものなんだろう。
何というか初めてテセルを『カッコイイ』と思ってしまった気がするぞ。
「あとアンブラール神については、その容貌を空にさらさなければ大丈夫だからな。安心して立ち去るといい」
「ええ?!」
「前にも言ったがアンブラール神は天空と嵐の神だからな」
やっぱり簡単に避ける方法があったんじゃないか!
それは黙っていて、下心満載で脅して連れ回していたのか。『カッコイイ』と思ったのは、一瞬の幻想だったようだ。
うう。別れ際に教えてくれただけでも、感謝するしかないだろう。
「どうやら支部長は心底その者の色香に惑わされてしまったようですな」
「先ほども言ったが、その程度の事しか考えられないから、君はそこまでの人間なんだよ」
「私の心配よりもご自身の心配をなさったほうがよろしいのではないですかね」
もうワストリの表情も発言も完全に脅迫になっているな。
「ふん。この僕ほどの人間ともなれば、どこにいようとすぐに実力を示して、名声も地位も得てみせるさ。今回の事もいい勉強になったよ」
まるでワストリの脅迫など意に介さずテセルは断言する。
冷静に考えると、テセルも神造者として神や精霊を人間にとって都合よく操作する事は全然否定してないわけで、早い話が『コップの中の争い』でしかない。
だけどそれでも、やっぱりテセルにどうにかしてもらいたいと思うしかないだろう。
そしてオレはテセルとワストリの両方に一礼する。
「ワストリ副支部長……あなたの事は怖いとは思っていましたけど、別に嫌いではなかったですよ。あなたも自分の役目を果たそうとしただけなんでしょうからね」
「そのような事を言っても、私は籠絡はされんぞ」
「いいですよ。そんなつもりはありませんから。あとそれから ―― テセル。あなたの事は忘れませんよ」
「当たり前だろ。何年かして僕の名が帝国中、いや、大陸中に轟く事になったら、やってくるがいいさ。そうなった時にはお前の方からひれ伏して、臥所を共にさせて欲しいと願う事だろうよ」
「そんな時が来ることをこちらも祈ってはおきますよ」
あくまでも祈るだけだけどな。
オレはそれだけ言って、ドアを閉めると神造者支部とバッド・ディール市を後にした。
後ろ髪を引かれる思いが僅かでもあるのは、一応はテセルを『友人』と言うべき存在だと認識して、その身を案じているからのはずだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それ以降も神造者達は自分達に都合よく、神界や精霊界を操作する事を続け、それによる繁栄と共に数々の問題を引き起こし続けた。
ただ神造者の中には少数ながら、人間の欲望に根ざす行き過ぎた神話の操作について警鐘をならす勢力が現れて、内部の改革を根強く訴える動きが起きた。
その中心となった人物の若き日、そのように導いた美しき乙女がいたと言われるが、それは好意的な勢力からは
『神界や精霊界の荒廃を危惧したある女神の使徒ないし化身』
『とある美しき賢者の善導』
などと言われ、また反発する側からは
『神造者を脅威視した異国から送り込まれたスパイに扇動された』
『ただ単に美人にたぶらかされて道を踏み外しただけ』
などと非難されたが、その真相は双方の口論の中に紛れていくだけだった。
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お付き合い下さってありがとうございます。
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